こぼれ話22-34 ユージ、かつて結界があった山あいの建物にたどり着く

■まえがき


副題の「22-34」は、この閑話が最終章終了後で「33」のあと、という意味です。

つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。


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 ユージがプルミエの街を出てから一ヶ月と一週間ばかり。

 港町を経由して「はじめての外国」に入国したユージは、旅を続けていた。


 山々を縫う細い道を馬に乗って、ときには崖の横の狭い道で馬を引いて。

 ケビンが試作したキャンプ用品で野営をしておよそ一週間。


「この難所を越えれば見えてくるそうですよ」


「ようやくだね、ユージ兄! 楽しみだなあ。どんな場所かなあ」


「この世界の旅は過酷すぎる……ずっと行商してきたケビンさんすごいですね」


「ははっ、これほど山間を旅し続けるのは私もはじめてですよ。お義父さんはいろいろやってたみたいですけどね」


 ユージはかつて、引きこもる前に二年間ほどワンダーフォーゲル部に所属していた。

 山歩きも初体験ではない。

 けれど一週間も、それも道具や環境が整っていない山道を歩き、大半を野営で過ごすのは初めてのことだ。


 目的地が近づいてワクワクするアリスとケビンを前に、ユージは疲労の色が隠せないでいた。

 なお、馬に乗った三人と、ケビンの専属護衛の二人の前を行くコタローは、わんっ!と元気なものだった。おさんぽたのしいわね!と言わんばかりに。さすが犬。


 ユージたちの会話を気にすることなく、馬はかっぽかっぽとコタローのあとを追う。

 左側が急な坂になった道をぐるりとまわりきると、視界が開けた。


「わあっ! いい景色!」


「さて、これで見えるはずですが……ああ、アレですね!」


「えーっと……ええ…………?」


 足を止めたアリスが、見晴らしのいい景色に感嘆の声をあげる。

 ケビンはきょろきょろと周囲を見渡して、隣の山の中腹部に目を留めた。

 指を追ってユージも見つけた。

 見つけた、が、首を傾げる。

 

「あれ、ですか? なんか想像と違うような……?」


 ユージがぼそっとつぶやく。


 いまいる場所から少し下がって、ふたたび上がっていった道の先。

 そこにあるのは、石を積み重ねて造られた建物だった。


「あの感じだと神社やお寺でもなさそうだし……なんか、砦というか……そもそもこっちで見かけた建物にも似てませんか?」


「『急に現れた』という事実がなければ、『国境を守る砦だ』と言われても違和感はありませんねえ」


 たいていズレているユージの感想だが、今回ばかりはケビンも同意見らしい。

 先を行くコタローも、おすわりしたままコテンと首を傾げている。


「ええー? でも私、写真や動画で、ユージ兄がいた場所のああいう建物見たことあるよ?」


「ああうん、向こうにもあるんだ。あるにはあるんだけど……日本っていうよりヨーロッパとかあっちの方の歴史的建造物っていうか……」


 12年も経てば、幼女も少女になる。

 日本語を習得して、パソコンも使いこなせるようになったアリスは、ユージの違和感を理解できなかったらしい。


「とにかく、行ってみましょう」


「あ、ちょっと待ってください」


 話していても埒があかない、先に進もうと促すケビンをユージが止める。

 馬から下りて、積んでいた荷物をガサゴソ漁って。

 ユージが取り出したのは、厳重に梱包されたひとつの包みだった。

 意を汲んだアリスが積んでいた三脚・・を広げる。

 コタローは、ゆーじ、よくおもいだしたわね、とばかりに二人のまわりをご機嫌で駆ける。

 ユージが三脚にをセットする。


「ここからちょっと撮っていきます! どうかバッテリーが保ってくれますように!」


 いい景色だから、ではない。

 掲示板住人に——いまやユージの存在が世界に知られて、情報を待つ世界中の人に——「こんな建物だった」と報告するための遠景写真である。


「あ、せっかくだからみんなで写ろうか」


 ……いい景色だから、ではない、はずだ。

 合成でもCGでもなくちゃんと行ったという証拠写真、だと思われる。ユージはわざわざIDを掲げていたし。

 リアルタイムではない以上、どれだけ説得力があるかは疑問だが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 山道は、見えている場所でもたどり着くまでは遠い。

 昼前に建物を見つけたユージは、はやる気持ちを抑えて昼食をとり、太陽も傾きはじめた午後遅く。

 ようやく、石造の建物の前に到着した。


「これは……廃墟、でしょうか?」


「どうでしょうねえ、ふもとでは何も言ってませんでしたが……すみませーん! どなたかいませんかー!」


 山道から脇に逸れて、開けた場所。

 ユージの目の前には、朽ち果てた木製の扉が転がっている。

 その左右、扉を支えていたであろう円筒状の建物も、苔むして一部が崩れていた。


 ここまで来て誰もいない、何もないのか。

 ユージの胸に去来した「空振り」の文字を打ち払うように、ケビンが大声で呼びかける。

 コタローがすんすん鼻を鳴らして、アオーンッ!と力強く遠吠える。


「どうする、ユージ兄? 探検してみる?」


 アリスは目を輝かせて、ケビンの専属護衛の二人は油断なく周囲に目を配る。


 待つことしばし。

 キリッと前方を見つめていたコタローの耳がピクッと動いて、ユージに知らせるように足に絡みつく。

 やがてユージにも聞こえてくる。


 静かな、けれど確かな足音が。


 緊張からか、ゴクッと唾を呑み込むユージ。

 首から下げたカメラに手を添える。



 待ち人は、無言でユージたちの前に現れた。



 60歳前後の女性だろうか。

 フードをかぶっているうえに、やや下を向いているため表情は窺えない。

 黒いフード付き足元まで隠れる黒いローブ。裾や袖は擦り切れて、黒も色褪せている。

 顔に刻まれた皺は、この世界では「老人」と言っていいほどの歳だろうが、足腰はしっかりしている。

 飾り気のない服のなかで、胸元の「羽根を広げた鳥のように見えるネックレス」が目に付く。


「よかった、人がいたんですね。あの、俺たち——」


 言いかけたユージを見ることなく、女性は手のひらを前に向けた。

 続けて、自身の口元を押さえる。


「『無言の行』……お義父さんから聞きましたが、まだ続いているのですね」


「そういえば、話さず身振り手振りだけでやり取りしてたって……」


 ユージの言葉を遮ったにもかかわらず、女性に威圧感はない。


「どうしようかな……あ、筆談!」


「ユージ兄、この国の文字が書けるの?」


「ダメかあ……」


 ユージは、エルフともリザードマンとも言葉が通じる、掲示板住人が言うところの『言語チート』を持っている。

 ただしそれは、口頭でコミュニケーションを取る場合に限ってのことで、文字には適用されない。

 知らない国の言葉は読み書きできない。


「お任せください、ユージさん。こういうこともあろうかと、この国の言葉を覚えてきました」


「さすがケビンさん! でもちょっと待ってくださいね。話さなくても、聞いてくれてるなら……」


 紙束とペンを取り出して前に出ようとするケビンをユージが止める。

 異世界生活も12年目になれば、ケビンに頼りきらずともやっていける。

 掲示板住人の集合知に頼り切らなくてもやっていける。かもしれない。


「いまも、ここに突然やってきた人たちはいますか?」


 ユージの真剣な表情にか、あるいは真面目な声色にか。

 伏し目がちだった女性が顔を上げた。


「俺、ひょっとしたら同じ場所——同じ世界から来たかもしれなくて」


 ユージは女性と目を合わせたまま。



「俺……俺も。ここに突然やってきた人たちと同じで。なんです」



 自らの出自を告げた。


 凪いだように表情を変えなかった女性が目を見張る。



 プルミエの街を出てから一ヶ月と一週間。

 ユージがはじめてこの場所の話を聞いてから、10年以上の時が経って。


 ユージはようやく、テッサとキース以外の稀人の情報を手にすることができる、のかもしれない。







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■あとがき


WEB版準拠のコミカライズ、本日更新日です!


好評発売中の

『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』

コミック一巻とあわせてよろしくお願いします!!!!!


次話はコミカライズ更新にあわせて6/5(月)更新予定!


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


【コミック】

『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』


画 :たぢまよしかづ

原作 :坂東太郎

キャラクター原案 :紅緒


レーベル:モンスターコミックス

発売日:2023年5月15日

 (発売日はリアル書店・ネット書店・各種電書ストアによって異なる?ため公式サイトでご確認ください)

定価:748円 (本体680円)

判型:B6判

ISBN:9784575416459



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