こぼれ話22-33 ユージ、はじめて外国の港にたどり着く
■前書き
副題の「22-33」は、この閑話が最終章終了後で「32」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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ユージがプルミエの街を出立してから一ヶ月。
はじめての船旅に臨んだユージは、ようやく港を前にしていた。
「黄色やクリーム色の壁に、オレンジっぽい屋根! 統一されていてキレイですね!」
「街のすぐ後ろに山があるでしょう? あちらから塗料が取れるので、必然的にこうした色になったそうですよ」
もちろん、沿岸を行く海路の途中で、都度、港や漁村に寄って水や食料を補給してきた。
けれど、これほど大きな港町ははじめてのことだ。
ただ、ユージがやけくそ気味に現実逃避して、ケビンも同様なのは「大きな港町」を前に緊張しているから、ではない。
「と、止まれー! 止まれ! う、動くなよ、いまから乗り込むからな、何もしないでくれよ!」
ユージは——ユージが乗る船は、港を前にした沖で、囲まれていた。
港町の警備兵を満載した、何艘もの手こぎボートに。
「港に乗りつけるなんて! たいした度胸だな!」
「ま、まさか『俺たちなんぞ蹴散らしてやる!』って自信があるのか!?」
「動くな、動くなよー! お願いだから動かないでくれー!」
警備兵はなぜか腰が引けている。
それも当然かもしれない。
「あ、あの! 俺たち海賊じゃなくて! 旅と、あとケビンさんは商売をしにきただけなんですけど!」
「嘘をつけっ! なんだその旗は、堂々とドクロを掲げた船なんて海賊船に決まってるだろ!」
「そうだそうだー! それにその船員の顔つき! まさに海賊——ひっ!」
「動くなー! こっちを睨むなー!」
なにしろユージが乗る船に掲げられたのは、ゲガス商会とケビン商会のふたつの旗。
意匠こそ違えどどちらも、天秤に「ドクロ」と「財宝」が乗っている。
そして、船を仕切るのは傷跡だらけの凶悪な面相をしたゲガス、船員はゲガス配下の見た目ならず者っぽい男たちである。
どこからどう見ても海賊船だ。
警備兵が出動するのも当たり前である。
しかも、船のうしろには道中で仕留めた大型モンスターを曳航していた。
クラーケン、海王亀、シーサーペント、小型の魔鯨。
船上では解体できるサイズじゃなかったので。
ドクロの旗を掲げ、示威行動のように大型モンスターの亡骸を曳いてくる帆船。
警戒されるのも、警備兵の腰が弾けるのも仕方あるまい。
二つも国を越えれば、ゲガス商会の威光も届かないらしい。
ユージ、波乱の到着であった。
なおコタローは船首でうなだれていた。もう、こういうときはだれかさきにいってせつめいしておくのよ、とでも言いたげに。わかっていても本人は先触れになれない。コタローは賢いが、犬なので。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「本当に申し訳ありませんっ! 商船を海賊と疑うとは!」
「いえ、こちらこそ申し訳ないです、勘違いさせて大騒ぎになっちゃって」
「いえいえ! 『血塗れゲガス』の噂は我が国にも届いております! なにとぞ穏便に、せめて私の首だけで‥‥」
「いやいやいや! そんな大袈裟な! 何事もなかったんですし! いいですよね、ゲガスさん、ケビンさん」
「先に連絡しときゃよかったな。俺も勘が鈍っちまったかねえ」
「ユージさんの判断に従います。物騒な旗で申し訳ありません。これは、国外との取引の際は何か考えないとですねえ」
桟橋に横付けした船の上で、警備兵の責任者らしき男がユージたちに深々と頭を下げる。
船に乗り込まれたのち、無事にユージたちの疑いは晴れた。
ユージとアリス、コタローの冒険者証にくわえ、ゲガスと船員たちの身分証明、ケビンにいたっては商人ギルドの身分証がある。
積荷もきっちり取引記録が残っているし、航海記録もやましいところはない。
疑いはあっさり晴れた。
結果の謝罪である。
なにしろ、もし「海賊」と海賊に勘違いされたままだったら、上陸を許されないどころか、その場で縛り首にされてもおかしくなかったので。
ユージ、何気に命の危機であった。
「そうだ。この街に冒険者ギルドってありますか? 素材を売れないかなあと思いまして」
「売っていただけるのですか!? 稀少な海の大型モンスターの素材をすべて!?」
「あっはい。持っていくには荷物になりますし……いいですよね、ケビンさん?」
「仕留めたのはユージさんとアリスさん、それとあのお二人ですから。みなさまがいいとおっしゃるなら。販売の手続きの方は……」
「おう、任された」
「ゲガスさん?」
「俺ァ残って帰りの準備しとくからよ。あの二人を見とくヤツも必要だろ?」
ゲガスがチラッと、船と桟橋の間の海に視線を向ける。
海面には、様子をうかがう四つの目が覗いていた。
リザードマンの二人である。
この国は獣人差別はないとはいえ、リザードマンは人里にいない。
海賊と疑われたいまは、ややこしいことは避けておこうというケビンとゲガスの判断であった。
密入国である。
「ありがとうございます、でもゲガスさんも行きたいんじゃ」
「なぁに、俺は一度見たからな。それに、ひさしぶりの外国、港町を堪能させてもらうぜ!」
「はは、じゃあよろしくお願いします」
「んじゃユージさん、アリスちゃん、コタローも、気をつけていけよ! ケビン、任せたぞ!」
「ち、『血塗れゲガス』が我が街に……おい、知らせを走らせておけ。あの、ゲガスさん、どうか穏便に……」
ひとまず、
これ以上のトラブルにならなくてなによりである。
まあ、気性の荒い人が多い港町で、残った『血塗れゲガス』がトラブルを起こさないかどうかは別問題だが。きっと大丈夫だろう。一番外国慣れしているのはゲガスなので。大丈夫なはずだ。
……帰りの船員は増えていそうだが。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ユージがひさしぶりの「焼くだけじゃない魚料理」、ブイヤベースっぽい煮込みに舌鼓を打って、港町で一泊して。
ユージは、およそ二週間ぶりに馬上の人となっていた。
「ふふー、なんだかかわいい馬だね、ユージ兄!」
「そうだね、なんか向こうで乗った馬より足がみじか——うわっ!」
ユージのディスが聞こえたかのように、乗っていた馬がヒヒーンといなないて両前足をあげる。
なんとか落馬せずバランスを取ったユージの前で、抱えられていたコタローがたしたしと馬の背を叩く。ゆーじにわるぎはないの、きにしちゃだめよ、とでも言わんばかりに。優しい女である。コタローの足は馬より短い。
「ずっと山道になりますからね、こうした馬の方が向いているそうですよ」
「それで馬車でもないんですね。……乗馬の練習しておいてよかった」
申し訳ない、とばかりにユージが馬を撫でる。
ぶるるんっ、と鼻を鳴らしたのち、馬は何事もなかったかのように歩を進めた。
「でも、どちらにしろ馬で行くなら、最初から危険な船旅じゃなくて馬で行ったほうがよかったんじゃないですか?」
「海路の方が早いこともありますが……この国と、私たちが暮らす国。その間にある国は、いまだ獣人差別が根強く残っているのです。奴隷制も、我が国のようなものではなく、治安も悪くてですね……」
「あー、それで補給もゲガスさんが行ってたんですね」
「お義父さんなら舐められることはありませんからね。海賊に間違われることはあっても」
ケビンが苦笑しながら言う。
だがそれは、「ユージやアリスなら舐められる、危ないかもしれない」と気を遣っての行動だった。
ユージ、異世界生活が10年を越えても、旅路にはフォローが必要らしい。
まあ、元の世界であっても海外旅行は油断した中級者ほど危ないと言うし。
「あ、じゃあ最初にケビンさんが『稀人っぽい人たちが転移してきた建物』の話をしたときと方角が違うのも、俺が一人で行って危険な目に遭わないようにって気遣いですか?」
「いえ。あれは、お義父さんから聞いた通りに話しました。当時のお義父さんが、取引先の情報をボカすために嘘を言っていたそうですね」
「なるほどー。商人も大変なんですねえ」
ユージ、他人事である。
もしケビンと出会わず、自ら商売することになっていたらどうしたのか。
いかに
「長い旅も、あと一週間ぐらいか……」
「もう、ユージ兄ってば! 帰り道のこと忘れてるよ?」
「……たしかに」
あるいは、アリスとコタロー、頼れる女たちに養われる
ともあれ。
ユージは船旅を終えて、旅の最終行程に入った。
港町でゲガスと船員、二人のリザードマンと一時別れて、ユージ、コタロー、アリス、ケビン、ケビンの専属護衛の二人は、山道をゆっくりと、だが着実に進んでいく。
目的地——かつて稀人が集団で転移してきたと思われる山間の建物——まで、あとわずかである。
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■あとがき
WEB版準拠のコミカライズ、本日更新日です!
好評発売中の
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
コミック一巻とあわせてよろしくお願いします!!!!!
次話はコミカライズ更新にあわせて6/5(月)更新予定!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
発売日:2023年5月15日
(発売日はリアル書店・ネット書店・各種電書ストアによって異なる?ため公式サイトでご確認ください)
定価:748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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