こぼれ話22-32 ユージ、はじめて船で海に出る
■まえがき
副題の「22-32」は、この閑話が最終章終了後で「31」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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ユージがプルミエの街を出て、2週間が過ぎた。
王都でゲガス商会に泊まり、バスチアン元侯爵とシャルルと面会したのち。
ユージは、船上の人となっていた。
「船旅って行っても、あんまり沖に出ないんですね」
ユージが船に乗るのは初めてのことではない。
元の世界では幼い頃の家族旅行で遊覧船に乗ったこともあるし、この世界ではエルフの船で王都やエルフの里など、何度も行き来した。
だが、どちらも湖、川のことだ。
ユージが「船で海を行く」のは初めてのことであった。
「深い海には大型のモンスターがいるものですからね。少しでも危険を減らすために、沿岸を通るのが基本なのです」
「たしかに。モンスターがいる世界なんだし、クラーケンとか凶暴な鯨とかいそう」
ケビンの説明に、ユージがうんうん頷く。本当にわかっているかは不明である。
ユージが一時のキャンプ地にやってきた帆船は、3本のマストを持つ小型船だった。
ユージたちは一晩を浜で明かしたあと、沖合に停泊した船に乗り込んだ。
桟橋がないため、迎えのボート経由で乗り込む形で。
もっとも、コタローはささっと空を駆けて、二人のリザードマンは濡れることを気にせず、海から直接乗り込んでいたが。
初めて乗る帆船に目を輝かせるユージとアリス、コタローを迎えたのは、ゴルティエ侯爵領に入ってから別行動していた男。
禿頭に傷跡だらけのコワモテ、『血塗れゲガス』だった。
「それにしても……ゲガスさん、船が似合いますね」
「おう、ありがとよユージさん! 若い頃はちょくちょく乗ってたからな、昔とった杵柄ってヤツだ!」
「いやあ、現役の海賊って言っても通じるんじゃ……」
ボソッと呟いたユージの言葉は届かない。
ゲガスは、どこからか連れてきたらしい船員たちに指示を出し、自身も慌ただしく作業する。
小型とはいえ、帆船は忙しいものなのだ。
なお、ゲガスが連れてきた船員もまた凶悪な面相だった。
ドクロを乗せた天秤の旗、悪人顔の船員たち。
ほぼ海賊船である。ユージとアリス、ケビンは人質もしくは海賊に捕まった者、といったところか。
船首に前足をかけて前方を見据えるコタローは、さながら
「コタロー、そんなところにいたら危ないぞー」
忠告を受けて、コタローがちらっとユージを振り返る。だが下りない。風を浴びて一人タイタニックを満喫している。
「でも、波はそんなにないから大丈夫かな?」
「そうですね、ここは内海ですから。これが外海になると……波も高く、強大なモンスターも多く出るそうです」
「へえー、じゃあそんなに危なくないんですね」
「ははっ、んなこたねえよ、ユージさん。内海だって沈む船は数えきれねえ」
「えっ。……そういえば、ゲガス商会は危険だから船運はしないって言ってましたっけ。あれ? いいんですか? それにゲガスさん、さっき『ちょくちょく乗ってた』って」
「商会としちゃイチかバチかの博打はしねえで、堅実が一番だからな。船に乗ってたってのは商会を興す前の話よ」
「はあ。なら、会頭を退いたいまも問題ないと」
「そういうことだ! それに、船旅ったってこんだけ安全策を取れりゃな! 現役だったとしても手を出したんじゃねえか? なあケビン?」
「いくら陸路より海路の方が早くとも、これほどの体制が取れなければ選択肢には入れなかったでしょうねえ」
ケビンが前方に目を向ける。
ちょうど、
「ケビンさん、ゲガスさん! モンスターっぽいです!」
「おう、ユージさん! お前ら、気合入れてけ!」
「大丈夫だよユージ兄、ゲガスおじさんも」
コタロー、続けてユージの警告を受けて、船員に臨戦態勢を促すゲガス。
その横を、赤い髪をなびかせて、アリスが悠々と通り過ぎた。
「コタロー、どのへんかわかる?」
アリスに聞かれて、コタローがわんっ!と咆哮する。
と、50メートル先の海面がぱしゅっと弾けた。コタローの風魔法である。
だがコタローはたしたしと前足で船首を叩いて悔しそうだ。かぜまほうじゃうみのなかまでとどかないの、と不満げに。さすが肉食系雌犬。文字通りの。
「ありがと、コタロー! これはアリスの出番だね!」
コタローの風魔法が当たった海面をアリスが睨みつける。
「敵」は深い場所にいるのか、青い海に魚影はない。
「んんー」
アリスがうなりながら魔力を練る。
アリスの横、空中に炎の矢が形成された。
一発、二発と増えていき、合計六発。
『万物に宿りし魔素よ。炎神姫の血脈、アリスが命ずる』
アリスが詠唱をはじめる。
エルフのイザベルと共闘した、6年前のワイバーン戦のように、エルフの言葉で。
「ちょ、ちょっと、アリス?」
いつにも増して「溜め」が長いアリスに、ユージの顔が青ざめる。
コタローが船首から下りてわんわんっ!とユージの足にまとわりつく。
《おーいっ、ニンゲン! 向こうにでっかいイカがいるぞーっ!》
《我らだけでは倒せぬ。どうするか相談を——》
《た、退避ー! 二人とも船に上がって! ほらはやく!》
ざばっと船の横から顔を出したリザードマン二人に慌てて声をかけるユージ。
声だけでなく腕も伸ばす。
《慌ててどうした?》
《……我もなんだか嫌な予感がする。急ぐぞ!》
《仕方ないなあ。うなれっ! アタシの風魔法ーっ!》
ユージの声色で通じたのか、それとも歴戦のリザードマンの勘なのか。
お目付役の言葉を受けて、エメラルドグリーンのリザードマンが得意の風魔法を使う。
ざばーっ、と音を立てて、二人が海中から飛び出して船に飛び込む。
『魔素よ、炎となりて敵を討て。風を抜け、水を抜け、破壊の王が求めるままに、彼方で弾けよ。
アリスの左右に浮いた、魔法が放たれる。
海面に当たっても消えず、6本の炎の槍は海中を進んでいく。
すぐに、船上からはその影も見えなくなって。
「消え……たわけないようなあ」
船首でコタローが、その横でアリスが、二人になにかあったら支えられるよう背後にまわったユージがじっと海面を見つめる。
潮風が帆をはためかせて。
ぼむっと、低く重い音が響いた。続けて6回。
同時に離れた海面が隆起する。
起きた波で帆船が揺れる。
「おわっ」
「大丈夫ですか、ユージさん」
コタローとアリス、ではなくフォローするつもりだったはずのユージがバランスを崩す。
おっさん——ケビンに抱きとめられて転ぶのは免れた。
バランスを立て直したユージが、あらためて海面を見ると。
足を除いて10メートルほどの巨大なイカが、ぷかーっと浮いてきた。
「おおー、すごいねアリス! あんな大きいモンスターを一発で!」
「むふー。旅に出る前に、イザベルさんとリーゼちゃんと考えたんだ!」
「お義父さん、ちなみにアレは……」
「クラーケンだな。遭遇したら、下手な魔法使いがいたところで逃げるしかねえんだが……」
ゲガスいわく「クラーケン」は、アリスの魔法で体に穴が開いている。
硬いはずの甲も、
「おう、野郎ども! 引き揚げるぞ!」
「うっす!」
ゲガスの号令で、船上はにわかに騒がしくなった。
滅多に取れないクラーケンの素材の回収のために。
「ありがとね、アリス。なんか大変なモンスターだったみたい」
「ふふー、『魔法は発想力だ』って教わったからね!」
「はは、頼もしいなあ」
胸を張るアリスにユージが微笑む。
コタローもわんっ!と飛び跳ねて、やるわねありす、と褒め称える。
そんな呑気な二人と一匹と、動き出した船員たちをよそに。
《さすが、あのニンゲンはすっごい魔法使うなー!》
《あ、あのまま海にいたら……よくやった、我》
エメラルドグリーンのリザードマンは目を輝かせ、もう一人はぷるぷると震えていた。
《アタシも負けてられないぞーっ!》
《待て、くっ! ユージさん! 我らが海にいる間はくれぐれもあの魔法を使わぬようにお願いします!》
《あっ、はい、伝えておきます!》
海中で炸裂する魔法は、水の中を自由に動きまわるリザードマンにとって脅威らしい。
なにしろ、圧力からは逃れられないので。
クラーケンの周囲には、巻き込まれた魚たちも浮いている。
ともあれ。
ゲガスが用意してきた帆船、海路を知る船員、リザードマンの運行補助と早期警戒、アリスの魔法によって。
モンスターがいる世界でのユージ初めての海の旅も、安全な航行が約束されているようだ。
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■あとがき
本日12話目の更新です!(なろうではアップ済み)
本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!
次はコミカライズ更新日の5/22(月)に更新するつもりですが……
「コミック重版」なんて嬉しいニュースが届いたら即時更新します!
……とりあえず、次話は5/22(月)更新予定ですw
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
2023.5月15日発売、748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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