こぼれ話22-29 ユージ、ひさしぶりの王都にたどり着く
■まえがき
副題の「22-29」は、この閑話が最終章終了後で「28」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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ユージが家ごとこの世界に来てから12年目の夏。
ユージは、ひさしぶりに王都にやってきた。
「おやっさん! お務めお疲れさまです!」
「さまでーす!」
「おう。ご苦労さん」
コワモテの男たちが、傷跡だらけの凶相を囲んで一斉に頭を下げる。
出所の時である。
違う。
「おうケビン! お嬢を泣かせてねぇだろうなぁ!」
「もちろんですよ。ああ、馬車を頼みますね」
「みなさん、おひさしぶりです」
「おー! ユージさん! ひさしぶりです! ささっこちらへ!」
組長と若頭とお付きの帰還、でもない。
コタローがわふわふぅ、とため息を吐くように鳴く。まるで、まったく、どこのくみよ、とでも言いたげに。
「ふふ、ゲガス商会の人たちは変わらないね、ユージ兄!」
ユージが王都に来るたびによく滞在している場所。
いまでは会頭を退いたゲガスと、ケビンがもともと働いていた、ゲガス商会である。
まあ、コワモテで、盗賊やならず者から恐れられている力自慢という意味では、大きく違っているわけではないのだが。
身内がさらわれたら、相手が貴族であっても総出で取り返そうとするほどだし。
「えっと……今回もお世話になります」
「ははっ、ユージさんのおかげで儲けさせてもらってんだ。遠慮せずいくらでもいてくれ!」
ペコリと頭を下げたユージの肩や背中を、コワモテの男たちがニコニコ笑顔でバンバン叩く。
それでもユージは、怯えることなく笑っていた。
修羅場や大舞台を経験して少しは胆力が鍛えられた、のかもしれない。
ともあれ、ユージたちはプルミエの街を出てからおよそ一週間で、何事もなく王都にたどり着いた。
王都での宿泊先は、ケビン商会との取引で服飾品を仕入れ、王都で販売して大きくなったゲガス商会。
予定では二泊〜三泊はここで過ごす手はずになっていた。
旅の目的地はかつて稀人が転移してきた建物だが、ほかにも用事を済ませようという魂胆である。
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王都の大通りを、馬車と荷車がガラガラと進んでいく。
「あれ? なんだか印象が違うような? ひさしぶりだからかな?」
御者のうしろにある席に座って、きょろきょろと周囲を見渡したユージが首をかしげる。
抱えられたコタローもこてんと首をかしげる。
「うーん……わかった! 前と比べて、みんなオシャレになってるんだよ、ユージ兄!」
「ああ、なるほど! よくわかったね、アリスはえらいなあ」
「もうー。アリス、もう子供じゃないんだよ?」
いまだに子供扱いして頭を撫でるユージに、アリスがぷくっと頬をふくらませる。
開拓地で過ごすときは「成人済みの16才」らしく大人として振る舞っているが、ひさしぶりのユージとの長旅ではしゃいでいるのだろう。
あらためて、ユージが大通りを、その両横を歩く人々に目を向ける。
以前にユージが王都までやってきたとき、平民の多くは生成りの色合いで、変わり映えのしない服を着ていた。
王都に暮らす人たちは「一張羅」を持っている者も多かったようだが、それは普段着ではない。
素材や色、デザインが煌びやかな服は、貴族や裕福な商人のものだった。
けれど。
いまは、多くが色とりどりの、さまざまなデザインの服を着ている。
なかには奇抜すぎる服や、似合ってない者もいるが、それはそれとして。
「これもユージさんの影響ですよ」
「いえいえ! ケビンさんが再現の手配をしてくれて、がんばって売ってくれたからで!」
「それもユージさんに出会ったからで」
「いやいや! 俺よりみんなが考えてくれたっていうのが大きくて!」
掲示板住人のアイデアとユージの交渉で、ケビンは服飾品の開発と販売をはじめた。
プルミエの街で販売されたそれは、手頃な価格と斬新な発想が相まって、瞬く間にブームを巻き起こした。
ホウジョウの街に針子が増えるたびに増産されて、いまではケビンの古巣であるゲガス商会を経由して、王都にまで服飾ブームを巻き起こしている。
これもユージの功績である。
あるいは、掲示板住人とネットがつながることの功績である。
「ぶーむ、というんでしたね。このまま続けばいいのですが……」
「それは大丈夫じゃないですかね? みんな張り切ってるし、協力してくれる人もたくさんいますから」
流行り廃りは変わるものだ。
まして、ファッションとなればなおさら。
だが、ユージに不安はなかった。
なにしろ元いた世界に無数のアイデアがある。歴史がある。
しかも。
「はは、アリスちゃんから聞きましたよ、
「なんか、そうみたいなんですよねえ」
ユージは、この世界に、少なくともこの国に服飾ブームをもたらした。
一方で、ユージのドキュメンタリー番組や脚色された映画が公開されて。
ユージが元いた世界では、「
ファスナーはなく、金属ではなく木や貝—あるいはそれっぽく見せた素材—のボタンで、どこか古めかしい感じの。
それは掲示板住人、というよりは、映画を見たファッション関係者たちからはじまったものだった。
異世界の存在が示されて、向こうでも通用する服を!とデザイナーたちのテンションが上がりきった結果である。
いまではハイブランドでさえユージに服を着てもらいたがっている。
日常使いの服から、「王宮のパーティ」にも着ていける服まで。
ユージ、文字通りのインフルエンサーにしてトップモデルである。
なお、ハイブランドの服をユージが着ることはなかった。
デザインは踏襲できても、素材も染色も違うので。
いまだ「世界間の物の行き来」は達成できていない。
とうぜん、人も。
「でも……この服、なんだか落ち着きませんね」
服飾品の話題になって思い出したのだろう。
ユージは肩や腕を動かして落ち着かなげだ。
ユージが着ているのは、ホウジョウの街でいつも着ている普段着でも、領主や代官に会う時の余所行きでも、冒険者として活動する時の装備でも、旅装でもない。
「ふふ、こういうの『こすぷれ』って言うんでしょ?」
「んー、この場合は違う、のかな?」
ユージは、ケビンが手配した、ケビン商会の従業員の服を着ていた。
横に座るアリスとともに。
ちなみにゲガスは自らうしろの荷車を引いている。ひと目につきやすい御者席よりこの方が目立たない、今日はケビンが主役だからな、と言って。
「すみません、今日だけですからなんとかこらえてください」
「もちろんです! すみません、こちらこそ気を遣ってもらって」
ペコペコし合うユージとケビン。
商会の主人と従業員と考えたらおかしなことなのだが、気にする人はいない。いまはまだ。
なおコタローは、常と変わらず堂々たる全裸であった。淑女だが、犬なので。
そんな会話をしている間に、通りの両脇を歩いていた通行人が少なくなっている。
たまに一人二人いる程度で、ちらほらと馬車が見えるばかりだ。
「貴族街になると、やっぱり雰囲気変わりますねえ……緊張してきた」
ユージとアリスが商会の従業員に扮して向かう場所、それは。
「気をつけようね、ユージ兄。今日、私たちは、『ケビンさんのお手伝いの従業員』だから」
「そうだね。……今日は跪く、今日は話しかけられるまで声を出さない」
王都の貴族街にある、ゴルティエ侯爵の館であった。
「今日はバスチアン様、シャルル様、今日はバスチアン様、シャルル様」
ユージが稀人だと疑われぬよう、アリスが血縁だと気づかれないよう、商会の従業員に変装して。
アリスはわざわざ髪色を変えての訪問である。
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■あとがき
本日更新九話目の更新です!(なろうではアップ済み)
本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
2023.5月15日発売、748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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