こぼれ話22-30 ユージ、ひさしぶりの王都で所用を済ませる
■まえがき
副題の「22-30」は、この閑話が最終章終了後で「29」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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無事に王都のたどり着いたユージとコタロー、アリス、ケビン、ケビンの専属護衛二人にゲガスたち。
ゲガス商会に一泊したのち、一行は王都の貴族街を訪れた。
応接室に通されたユージたちだが、ソファに座るのはケビンとゲガスだけだ。
ケビンの専属護衛は入室せず、ユージとアリスはソファの後ろで控えている。ケビン商会の従業員の服を着て。
なおコタローは、窓から陽が入らない場所で腹這いになって涼んでいた。全裸で。変態ではない。コタローは淑女だが、犬なので。
「待たせたな、ゲガス、ケビン」
静かな応接室の扉が開く。
身なりのいい老人、続けて若者と狼人族の男が入ってくると、ケビンとゲガスは胸の前で手を重ねて頭を下げた。
ユージとアリスは両膝をついて目線を下に向ける。
「おひさしぶりです、バスチアン様」
「かしこまらなくてよい。儂はもう侯爵ではないゆえな」
「んじゃ言葉を崩させてもらうぜ、とはいきませんよ。陛下直属の
「就任おめでとうございます、バスチアン様」
「まあ、面倒なことを甥に押しつけたのだ。陛下のため、国のため、老骨の最後のご奉公だな。なにより孫の——シャルルのために」
バスチアンがチラッと隣に座るシャルルに目を向ける。
祖父と同じ赤い髪に赤い瞳の少年は、表情をわずかに緩めた。
「してケビン、例の物は」
「ご用意いたしました。こちらになります」
ケビンがさっと手を動かす。
が、誰も動かない。
応接室に一瞬沈黙がおりて、アリスにつつかれたユージがやっと動き出す。
足元の木箱を抱えてケビンの横にしゃがむ。
ユージ、商会の従業員という役割を忘れていたらしい。
涼んでいたコタローがわふわふっと小さく鳴いてユージに寄り添う。もう、ゆーじはわたしがいないとだめね、とでも言うかのように。
遅れたユージの動きを咎める者はいない。
貴族であるバスチアンもシャルルも、その後ろに控える護衛の狼人族のドニでさえ、懐かしそうに目を細めている。
ああ、ユージさんはこうだったな、とばかりに。
二人の貴族を前に、ケビンが箱から取り出して広げたもの。
それは、黒のフロックコートだった。
ダブルブレストで、肩にも胸元にも飾りはないシンプルなものだ。
「ほう、これは……」
「職務を考慮いたしまして、あえて装飾は入れておりません。もちろんご希望であれば刺繍や装飾をつけることも可能ですが……」
「目立つ必要はありません。よいのではないでしょうか、お祖父さま」
「うむ。公式行事の際には所属を示す証や、勲章をつければよかろう」
かしこまらなくてよい、の言葉通り、バスチアンはケビンの手から直接フロックコートを受け取る。
もう一着はシャルルに。
二人は生地や縫製を確かめたのち、立ち上がり、フロックコートの裾をバサッと翻して袖を通す。
「お二人ともお似合いでございます。よろしければこちらも合わせてお試しください」
続けて、アリスが足元の木箱を抱える。
が、ケビンの横を通り過ぎて、フロックコートを試着するバスチアンとシャルルの前で立ち止まる。
「こちらが帽子、こちらは杖です」
木箱を開けたアリスは、手ずから二人にハットとステッキを渡す。
貴族相手に、通常では考えられない大胆な行動である。
だが、バスチアンとシャルルが咎めることはない。
むしろうれしそうに微笑んで、アリスからフロックコートに合わせる小物を受け取った。
アリスは家族ではなく、商会の従業員として貴族であるバスチアンとシャルルに面会している。
この部屋には7人と一匹以外誰もいないが、もし見られたとしても「マナー知らず」「失礼だ」と思われる程度のラインであった。
貴族から紳士っぽくなった二人を前に、ユージは荷物とは別の木箱を抱えていた。
貴重なバッテリー残量を使っての撮影である。アリスよりも不敬だ。
ユージ、リスクよりも、デザインした元の世界の人たちと、作り上げたホウジョウの街の針子に見せる方を取ったようだ。
まあ、この世界にカメラは存在しないため、ユージが何をしているかは7人と一匹以外に見られたところでわからないのだが。
「杖、か。まだ足腰には来ておらぬのだが……」
「バスチアン様。持ち手の先をひねってみてください。このように」
ケビンの手つきを真似して、バスチアンがステッキをひねる。
と、手元のグリップを残して棒がすうっと外れていく。
あらわれたのは鈍く光る剣身。
「そちらは『仕込み杖』となっております」
「ほう。これもケビン商会の新作か?」
「はい。ですが、これは売りに出すつもりはありません。知られたら警戒されますので」
「くくっ、なるほどなるほど。少々細身で頼りなくはあるが……使う場面を想定したら充分であろうな」
「ケビン。剣身を黒くすることはできる?」
「もちろんです、シャルル様」
「ああ、暗闇で使うにはその方がいいでしょうなあ。さすがは『炎熱卿』の孫にして、国家警察から新設された特務機関に取り立てられた『紅炎の断罪者』ですな」
シャルルの提案に、『血塗れ』ゲガスがニヤリと笑う。
「特務機関の制服はこれでよかろう」
「では、ゲガス商会と協力して、王都で仕上げができるよう調整してまいります」
「うむ。してケビン、この杖のほかに新たな武器は」
「いくつか用意しております。ですが実用に耐えるかは……」
「よいよい。では続きは庭で話すとしよう」
そう言って、フロックコートを羽織ってハットをかぶり、杖を持ったバスチアンはその格好のまま応接室を出る。
シャルル、ドニ、そしてケビンとゲガス、ユージたちが続く。
商談——にかこつけた家族の交流は、場を移して続けられるようだ。
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バスチアンとシャルルが暮らす屋敷の中庭。
その奥まった一角に、花木の植えられていない場所があった。
この一角だけ、地面は芝ではなく土となっており、奥には人型の木の的も用意されている。
バスチアンとシャルル、ドニ、屋敷の兵士たちが使う訓練所である。
「これはドニさんの武器に取り付けるタイプの……吹き矢? 吹かないから仕込み矢? 仕込み弓? です」
庭に出てきたユージは、ドニに説明しながら持ち込んだ装備を取り付ける。
左手首に固定された武器——カタール、ジャマダハル、ブンディ・ダガー、あるいは国民的RPGシリーズに登場する『ドラゴンキラー』——に、かちゃかちゃと。
「ここを押すと、事前にセットしておいた矢が飛び出していきます」
「遠距離攻撃はありがてえが……一発限りの奥の手か」
ユージの説明を受けて、ドニが人型の的を相手に訓練をはじめる。
狼人族のスピードを活かした高速で駆けまわり、左手の刃で、両足で動きを確かめていく。
最後に、取り付けられた装備から矢を放つ。
一本限りの矢は、人型の顔の部分に突き立った。
足を止めたドニに、ユージは用意していた補充用の矢を渡す。
コタローは足元でぶんぶん尻尾を振っている。やる? どに、くんれんあいてになるわよ? とでも言っているかのように、ノリノリで。
「ケビン商会の従業員は火魔法が得意だそうだな。ケビン、借りてもよいか?」
「もちろんです。魔法の訓練をされますか? では、私とゲガスは少し離れておきますね」
一方で、バスチアンとシャルルの貴族二人は、「商会の従業員である」アリスを誘い出した。
気を遣ったケビンとゲガスは三人から離れる。「火魔法に巻き込まれたら危険だからね」とばかりに。
「大きくなったね、アリス」
「もう16才だもん! シャルル兄はキリッとしたかな?」
「ほれ二人とも、魔法を使わんとのう。『たまたま見つけた同じ属性の魔法使いに、得意な魔法を見せてもらう』のだから」
「じゃあ、リーゼちゃんと考えたヤツを!」
「アリス、威力の高すぎる魔法は使わないようにね」
「はーい!」
言って、アリスが魔法を発動する。
アリスの手元から、炎でできた蝶が何匹も飛び立った。
人型の的にまとわりつくと、ゴウッと音を立てて燃えていく。
それを見たバスチアンとシャルルは、アリスに話しかける。
まるで、魔法のコツを聞くかのように。
三人の近くに人はいない。
もし遠目に見たところで、「魔法使いたちが魔法を教え合っている」ようにしか見えないだろう。
違う道を進むことにしたアリスとシャルルの兄妹だったが、たまにはこうして家族らしいやり取りをしているようだ。
血縁だと周囲にバレないように、いろんな人の協力を得ながら。
「おっと、忘れるところであった。ケビン。帰る際に紹介状を受け取るように。侯爵からは隠居したとはいえ、領地では役に立つであろう」
「ありがとうございます、バスチアン様」
プルミエの街を出てから9日目。
王都での用事を済ませたユージは、もう一泊して準備を整えてから旅を続ける。
目的地である、「かつて稀人が現れた山あいの建物」まではまだ遠い。
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■あとがき
本日更新十話目の更新です!(なろうではアップ済み)
本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
2023.5月15日発売、748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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