こぼれ話22-28 ユージ、長期休暇を得てプルミエの街を出立する
■まえがき
副題の「22-28」は、この閑話が最終章終了後で「27」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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ユージがこの世界にやってきてから12年目の夏。
領主夫妻、プルミエの街の代官との会談を終えた翌日、ユージはとある場所にいた。
「お待たせしました、ユージさん」
「こちらこそ、いつもすみません」
「いえいえ! 私も、旅は私も楽しみにしているのですよ!」
服飾関連商品を次々に売り出して、いまやパストゥール領どころか王都までその名が轟くケビン商会の前に。
ユージが街に来るたびにいつもお世話になっている場所である。
もっとも、いまケビン商会は街の中心部にある別店舗を「本店」として営業している。
ユージが昔から知るここは、従業員の寮 兼 商会関係者の宿泊先となっていた。
いちおう一階の店舗部分には少量の商品を置いて、ご近所さん向けの営業は続けている。
「ふふ。なんだかこういうのもひさしぶりな気がするね、ユージ兄」
「そうかな? この前、ワイバーンの住処まで行ったばっかりじゃ……」
ニコニコと笑顔を見せるアリスの言葉に首を傾げるユージ。
コタローがわんわんっ!と鳴いてユージの腰に前足をかける。じょうちょもふぜいもないわね、とでも言っているつもりなのか。違いのわかる女である。犬だけど。
「ははっ、俺らと旅するのはひさしぶりだろ?」
ケビンが御者を務める馬車に続いて、二人の男たちが馬を曳き歩いてくる。
一人は禿頭、もう一人は強面の。
「アイアスさん! イアニスさん! おひさしぶりです!」
「今回は俺らも一緒に行くからよ。まあ、護衛が必要とは思えねえんだが……」
ケビンの専属護衛の二人である。
ユージとはもう10年近い付き合いだ。
位階が上がって寿命が長くなる世界とはいえ、三人とももういいおっさんだ。ケビンも含めると四人とも。
「リーゼちゃんも一緒に行けたらなあ……」
「仕方ないよ、アリス。ほら、写真を撮ったり日記に残して、帰ったらいっぱい話してあげよう」
「……うん!」
「それにしても、これだとはじめて王都に行ったメンバーに近いんだなあ」
「ユージ兄? サロモンさんもエンゾさんもユルシェルさんもいないよ?」
ユージ、コタロー、アリス、ケビン、ケビンの専属護衛の二人。
これにリーゼと、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン、斥候役のエンゾ、針子のユルシェルを加えれば、王都初訪問のメンバーだ。
ただし。
「ユージさん、あの時の目的のひとつだった
「そうでした! 今回はよろしくお願いします、ゲガスさん」
「おう、任しとけ! アイツらがちゃんとやってるかも見に行きたいしな!」
今回はあの時と違う同行者がいる。
傷だらけの顔、つるりと剃った頭、長いアゴヒゲ。
笑うと泣く子も黙りそうな顔面の、ゲガスである。
「ところでお義父さん、旗は……」
「掲げるに決まってるだろ! ほれ、ケビンのマントだ」
自身はマントをまとっていたゲガスは、手にしたそれをほいっとケビンに投げ渡す。
渋々ながら、ケビンもマントを羽織った。
背後では、アイアスとイアニスの二人が、幌馬車の横手に旗をくくりつける。
「これもあの時みたいな……あれ?」
「あの時はゲガス商会の旗でしたが……今回はケビン商会の旗ですよ」
違和感を覚えたユージに、苦笑しながらケビンが解説する。
ゲガス商会の旗は「財貨や布や木箱と、割れたドクロが乗った天秤」のマークだ。
物騒すぎる。
ちなみに、もともとの由来は「命をかけて商売を」だが、
だが、ケビン商会の旗はじゃっかん違っている。
天秤の背後に盾が描かれているし、天秤自体の意匠も違う。
「ああ、それで!……これだけ大きなサイズで見ると印象が違いますねー。ほら、コタロー」
ユージがひょいっとコタローを抱え上げて、横に並んだケビン商会の旗を見せる。
コタローはわんっ!とご機嫌な様子で尻尾をぶんぶん振っている。しきりに前足を伸ばして、絵の天秤に触ろうとしている。
いや。
「はは、コタローの前足の方が大きいなー」
天秤の意匠に含まれた、犬の前足のモチーフを触ろうとしている。
「ユージさんとコタローさんに喜んでいただいて何よりです」
「ケビンおじさん、私はすっごくうれしいよ!」
大盾、天秤に描かれた犬の前足。
さらに盾の縁は、炎が
ケビン商会の大きな旗を見て、ユージとコタローとアリスが喜ぶのは当然だろう。
そこには、ケビンが感謝の気持ちを込めて、二人と一匹のモチーフを盛り込んだのだから。
なお、ユージを代表するものとして「家」の案も当然出たが、ユージに許可を取りに行く前にケビン自身が却下した。
この世界では変わった形の家は、
アリスの「炎」が縁取りだけで、得意の火魔法ほど印象的じゃないのも出自を疑われないための、あえての判断だ。
結果、ありふれた大盾に炎を加えたデザインとなった。
はからずも、「炎の盾」という二人でひとつの意匠となっている。
はじめてケビン商会の印を見せられた時、ユージは「へー」と反応は薄かったが、アリスはニッコニコで笑みを抑えられないようだった。
「ところでケビンさん。ずっと気になってたんですけど、マントのその色って、本当はどうなんですか……? いや聞くのも怖いですけど……」
「さあ! ユージさん、出発しましょう! 旅の間にお義父さんにでも聞いてくださいね!」
答えを拒否するかのように、声を張り上げてケビンが宣言する。
動き出した馬車の御者席で、ケビンは
馬に乗ったケビンの専属護衛の二人も、ニヤッと笑って歩き出したゲガスも。
「な、なんだかゲガスさんのマントが、一番えび茶色が深い気がする……」
「ほらユージ兄、置いてかれちゃうよ? 行こう!」
考え込むユージは、アリスに手を引かれて歩き出すのだった。
とりあえず、街を出るまでは歩いていくらしい。
ユージはホウジョウの街の代官——公務員的な存在とはいえ、どちらにせよ門では身分証を見せたりなんだりとあるので。
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プルミエの街を出たユージたち6人と一匹は、最初の宿場町に向けて順調に進んでいた。
二頭立ての幌馬車の御者席にはケビンとゲガスの商人コンビが座っている。
まあ、すでに職を辞した『血塗れゲガス』を商人と呼ぶかどうかは別として。
ケビンの専属護衛の二人は、馬車からやや先行して街道を走っていた。
馬車を狙う盗賊やモンスターがいないか索敵のため、ではない。
「ふふ。なんだか懐かしいなあ。こうして
「そういえばひさしぶりだっけ。ずっと街にいたからなあ」
専属護衛の二人が連れてきた馬の一頭は、ユージとアリスが二人乗りしている。
アリスが前に座ってユージがうしろ。
ユージがアリスを抱え込んで手綱を握るスタイルである。
ユージ、いまだアリスが子供なつもりなのか。
ケビンや専属護衛の二人が微笑みつつ見守っているが、ユージは気づかない。
そして、もう一頭の馬には。
「ははっ、楽しそうだね、コタロー」
鞍に取り付けられた専用の足台に四肢を乗せて、コタローが騎乗している。
尻尾はご機嫌にぶんぶん振られている。
コタロー、念願の騎乗スタイルであった。
なお、鞍に乗る際はコタロー得意の風魔法で空を駆けたことを考えれば、騎乗自体は驚くべきことではない。たぶん。
「でも張り切りすぎないようにね、旅はまだまだ続くんだし」
ユージのアドバイスを受けてもコタローは一顧だにしない。かしこいうまね、そのちょうしよ、とでも言いたげに馬にひと吠えかけるだけだ。賢い。
「楽しみだね、ユージ兄。何か残ってるかなあ」
「どうだろうね……期待せず、でも準備だけはしたつもりだよ」
ユージはチラッと馬車を見る。
そのなかには、厳重に梱包されたカメラが入っていた。
長期休暇を取ったユージが、二ヶ月弱かけて向かおうとしている目的地を写真に収めるために。
ユージの目的地。
それは、かつてゲガスが直接目にして、ケビンがユージに語った場所。
ある日突然現れたという、結界に守られた山あいの建物だ。
人も建物も見たことのあるゲガスは、「稀人だろう」と考えたという。
そこに稀人はいまもいるのか、結界は、建物はなんだったのか。
ユージが写真に残して情報をアップすれば、なんらかのことがわかるだろう。
ひょっとしたら、テッサやキースのように、元の世界の誰かに遺した物もあるかもしれない。
半引きこもりのユージが海外旅行に出るには充分な理由であった。
なお。
カメラは厳重に梱包されていたため、騎乗したコタローの姿は撮影されなかった。
ユージ、痛恨のミスである。
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■あとがき
本日更新八話目の更新です!(なろうではアップ済み)
本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
2023.5月15日発売、748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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