こぼれ話22-27 ユージ、領主夫妻にワイバーンの渓谷について報告する

■まえがき


副題の「22-27」は、この閑話が最終章終了後で「26」のあと、という意味です。

つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。


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 ユージがこの世界にやってきてから12年目の夏。

 ワイバーンの住処を見つけたユージは、ホウジョウの街を出て、最寄りのプルミエの街までやってきていた。


「おおっ、こうして顔を合わせるのはひさしぶりだな、ユージ殿!」


「ご無沙汰してます、ファビアン様」


「あなた。部下なのですから、『殿』はおかしいのではなくて?」


「よいではないか! ユージ殿は陛下御自ら勲章を下賜したものだからな!」


「レイモン?」


「平民の代官とはいえ、勲章を得た人物であれば、爵位にかかわらず慣例として敬称をつけることもございます」


 プルミエの街、それも、やってきたのは領主の館。

 つまり、ホウジョウの街の代官ユージにとっては、「本社で偉い人と面会」みたいなものである。


 もちろんユージにとってははじめてのことではない。

 それでも緊張を隠せず、お茶に手が伸びないユージの前に現れたのは三人。

 身長2メートルを超える偉丈夫ファビアン・パストゥールと、その妻オルガ、いつも冷静な代官レイモン・カンタールであった。


「おひさしぶりです、ファビアンさま、オルガさま、レイモンさま」


 ユージの横にはアリスが座る。

 いつも通りユージが心配でついてきた、わけではない。

 アリスはもう16才、成人である15才を超えたため、正式に「代官の補佐」としてこの場にいる。給料も出ている。稼げる女であった。足元に座るコタローと違って。


「聞いたぞユージ殿、ワイバーンの住処を見つけたそうだな!」


 領主であるファビアンは、体もデカいが声もデカい。

 身を乗り出して興奮気味な大男に、ユージはじゃっかん引き気味であった。

 いつものことである。


「さすがユージ殿! では我が自慢のハルバードで——」


「ダメですよ、あなた」


「なりません、ファビアン様」


 すぐにでも飛び出て、ワイバーンのいる渓谷に向かいそうなファビアンを、オルガとレイモンが止める。

 ユージが暮らすパストゥール領が平穏なのは、領主ではなく妻と代官の手腕なのかもしれない。


「むう……わかっておる、わかっておる。ユージ殿は殲滅ではなく、砦を作りたいのだったな」


「兵士の物見台です、ファビアン様」


「俺も、砦ほど大規模なものは難しいと思ってるのですが、バリスタなんかは設置して、出てきたら倒せればと考えてまして……」


「ううむ、それが現実的な落とし所か」


「もしワイバーンがホウジョウの街と狼の森フォレ・デ・ルーを越えれば、領地に大きな被害が出るでしょう。ゆえに、普通なら私たちが文官を派遣して現地を視察し、物資や職人を手配して、兵士も派遣するのですけれど……」


「ホウジョウ村の場所はできる限り秘匿したい。難しいところですね」


 ユージそっちのけで三人が話し合う。

 ユージがコミュ症なわけでも、話についていけないわけではない。

 上司たちの会話に口を挟めないだけである。

 いや違う、ユージは「代官」なだけで、領主がこの場にいる以上、判断するのは「領主」の仕事なだけだ。

 ユージ、わかっていての無言である。たぶん。


「ユージ殿。いまのホウジョウの街の人員では、建設からワイバーンの監視までは不可能であるな?」


「そうですね、難しいと思います。まだ人数がそんなにいませんし……」


「うむ。ならば奴隷を考えるか」


「奴隷、ですか」


「なに、ユージ殿が心配するような扱いにはならぬ。我を主人として、村から移動できぬ、程度の規則で充分であろうよ」


「はあ、そんな感じなら……その、マルセルたちで、奴隷がそんなひどいものじゃないってわかってはいるんですけど……」


「うむ。そうした考えの稀び——」


「あなた」


「そうした考えの、ユージ殿と同じ出身地の者も多いと伝え聞く」


 ファビアンの言葉をオルガが遮る。

 この場にいる全員は、ユージが稀人であることを知っている。

 が、秘密はできるだけ口にしない方がいい。

 習慣になってしまえば、いつうっかりしてポロッと漏らしてもおかしくないのだから。

 まあ、一番怪しいのはユージなのだが。


「人員はそうした手を打つとして、砦、砦か……」


 ふむ、とばかりにファビアンが顎に手を当てて考え込む。

 騎士としての務めもある領主は、いくつもの砦や要塞を思い浮かべているのだろう。


「あっ、砦の案は考えてみたんです。参考になればいいんですけど……」


 そんなファビアンの前に、ユージがリュックから取り出した羊皮紙の束を出す。

 足元でコタローがわふわふぅ、と力なく鳴く。もうゆーじ、そういうのはさいしょにだすのよ、とばかりに。賢い女である。犬なのに。


「ほう、これは……なるほど、このように立地を利用して……ふむ、興味深い」


「あの、部外秘でお願いしますね? 問題ない技術しか使ってないはずなんですけど、いちおう……」


「当然であるな!」


 羊皮紙の中身は、ユージが元の世界と連絡を取って決めた内容だ。

 ユージは伝言役なだけ——ではない。

 内容を考える話し合いにも参加したし、決定後はこの世界の言葉で、この世界のペンと羊皮紙を使って書き起こした。

 立派な働きである。


「ユージ。これを参考に、砦についてはパストゥール夫妻と検討しよう。おそらく実務にかかれるのは早くても春以降になろう」


「じゃあ——」


「うむ。以前に申し出があった通り、ユージ殿は秋の収穫まで自由にするとよい」


「ありがとうございます! やったね、アリス!」


「ふふ、よかったね、ユージ兄」


 ユージが今回、領主の館を訪れた目的はふたつ。

 ひとつはワイバーンの住処の報告と、それに対する策を検討するため。


 そして、もうひとつは。


「ユージ殿、基本は冒険者として動くのがよいだろう」


「あ、ケビンさんもそう言ってました。その方が動きやすいだろうって。特に、に行く時は」


 旅行のための長期休暇をもぎ取ることであった。


「もし何かあった際はパストゥール領の代官と名乗ってもよいし、陛下に賜った勲章を見せるとよい。国外であっても、陛下の紋を見れば一定の敬意は払われるゆえな」


「はい、そうします」


「王都にも立ち寄るのだろう? ちなみにイザベル殿は行かれるのか?」


「いえ、今回は俺とアリスとケビンさんと、ケビンさんの専属護衛だけです」


 応えたユージの足にコタローが前足をかけてわんわんっ!と吠える。ちょっとゆーじ! わたしをわすれてるわ! とのアピールである。

 ごめんごめん、とコタローの頭を撫でて。


「あれ? リーゼではなくて、イザベルさん? 何を気にしたんですか?」


「ユージ。イザベル様は『初代国王の義母』、陛下も敬意を払われる方で、しかもエルフですもの。王都に行かれたらまた大騒ぎになるわ」


「あー、なるほど。でも、エルフの人たちは、基本的に今後も人間の街に行く気はないみたいですよ。ハルさんは別で、あとホウジョウの街のエルフ居留地は別みたいですけど」


 ユージの説明を聞いて、ファビアンがホッと胸を撫で下ろす。

 もし「いまの国王陛下も敬意を払われる方」に何かあれば、どれほど大事おおごとになるかわかったものではない。

 ユージの叙勲式後のパーティに参加しただけでも、その後は繋がりを求める貴族たちが大挙して押し寄せて大騒ぎだったので。



 ともあれ。


「では、秋の収穫の前に戻ってきます!」


「うむ。砦については帰還までに検討を済ませておこう」


 ホウジョウの街の代官・ユージは、無事に必要事項の連絡を終えて、長期休暇をもぎ取ったようだ。




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■あとがき


本日更新七話目の更新です!(なろうではアップ済み)


本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!


 □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


【コミック】

『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』


画 :たぢまよしかづ

原作 :坂東太郎

キャラクター原案 :紅緒


レーベル:モンスターコミックス

2023.5月15日発売、748円 (本体680円)

判型:B6判

ISBN:9784575416459

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