こぼれ話22-24 ユージ、ホウジョウの街の北側を調査しに行く2


■まえがき


副題の「22-24」は、この閑話が最終章終了後で「23」のあと、という意味です。

つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。


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 ユージがこの世界に来てから12年目の夏。

 ユージはいまだライフラインがつながっている自宅を出て、ホウジョウの街から北側の山を、東に向けて進んでいた。


 おともするのは四人と一匹。

 火魔法を使いこなして人間兵器となったアリス、『水場では(自称)さいきょー!』の水の魔眼持ちのリーゼ、1級冒険者のハル、かつて『風神姫』と呼ばれたイザベル、それとコタローだ。


「やっぱあそこだよなあ」


 ふと漏らしたユージの呟きに、コタローがわんっ!と勢いよく答える。そうね、どうかんがえてもあやしいもの、とばかりに。


 一緒に行く人たちには知られてるし、と解禁したキャンプ用品を使って旅を続けること四日。

 北の山に沿って東——つまり、ユージやほかの面々も未探索だった地域を一行は進んでいた。


「アイツらは飛び立つのが上手くないって聞くしね! そうだと思うよ、ユージさん!」


『急峻な渓谷……ふふ、私の風魔法が効果的な場所ね!』


『お祖母さま……今回は「調査」なのよ? 殲滅じゃないのよ?』


「どうかなあユージ兄、あそこにいるかなあ、いるかなあ」


「まあ、行ってみようか!」


 そう言うと、立ち止まっていたユージは歩き出す。

 コタローを先導役にして、これまでよりもゆっくりと、木々にその身を隠すように。


 いまやホウジョウの街の代官となったユージは暇なわけではない。

 ユージがアリスたちを引き連れて探索に来たのは、代官としてホウジョウの街の安全を確保するため。

 春になると飛来するワイバーンの、元々の住処を探す旅路であった。

 つまりこれは代官としての仕事の一環である。

 決して、代官としての書類仕事や住人たちの生活を守る責任や、領主経由でときどき届くよその貴族からの手紙から逃れるためではない。きっと違う。


 とにかく。

 ユージたちは二時間ほど歩き続けて、ようやく渓谷の手前に辿り着いた。


 ユージが大口を開けて、谷底から上をぽかんと見上げる。


「すっごい景色……まるで外国みたいだ」


 異世界である。

 外国どころか世界さえ違う。


 12年経っても代官になっても、ユージは変わらないままであるらしい。


「なんだろ、スイス? とかノルウェー?っぽい」


 ユージの目の前には川が流れ、その先は急峻な渓谷が広がっている。

 わずかな緩斜面に緑が広がっているところから、ユージはスイス、あるいはフィヨルド付近のノルウェーを想像したのだろう。


「ユージ兄、ワイバーンいないねえ」


 景色に見惚れるユージをよそに、アリスはきょろきょろと渓谷の上部や空、奥を見渡す。油断のない幼女——少女である。

 わんっ! とアリスに同意するコタローも。さすが獣。


「せっかくだし、ちょっと奥まで行ってみようか。でも道もないし大変かなあ」


「安心してユージ兄、リーゼが土魔法で道を作ってあげるわ!」


「アリスもがんばるからね、ユージ兄」


「んー、じゃあ僕はいちおう『見えなくなる魔法』を掛けておこうか。せっかくのいい景色、無粋なお客さんが来たら興醒めだからね!」


「あら、私のすることがなくなっちゃったわねえ」


 ユージの逡巡を、心配いらないとばかりに二人の少女がフォローする。

 アリスは火魔法、リーゼは水魔法が得意だが、二人とも土魔法も使える方だ。

 なにしろ、まだ村だった頃、水路を作っていたのはこの二人なので。


 二人の少女に対抗するようにハルが、過去の稀人・テッサに教わった『不可視』の魔法をかけて。


 五人と一匹は、見た目はのどかで美しい渓谷に足を踏み入れるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ホウジョウの街の北東に見つかった渓谷は、ユージたちの想像以上に奥行きがあった。


「それにしても不思議だよなあ。エルフの里の方の山はこんな感じじゃなかったのに」


「ふふ、ユージさんはテッサと同じことを言うのね」


「ここみたいにほかにも変な場所があったんですか?」


「そこでは、森のすぐ横が砂漠になっていたわ。まるでスパッと切られたかのように突然、ね」


「ええっ!? さすがにそれはありえないような……」


「この世界は、ユージさんやあの人がいた世界とは違って『魔素』があるんだもの。不思議なことなんてない、って言ってたわね」


「は、はあ……」


 歩くこと二日目。

 渓谷はユージがいた森やエルフの里と近いわりに、まったく異なる景色を見せる。

 不思議に思ったユージは、イザベルにあっさり言いくるめられていた。


「それに魔法だってあるしね! ほら、この渓谷だって誰かが魔法で作ったのかもしれないよ?」


「いやあ、ハルさん、それはないんじゃないですか? そんな、地形を変えるような魔法……」


 ユージがチラッとアリスに目を向ける。

 アリスはきょとんと首をかしげている。

 人間重機で人間兵器となったアリスでも、魔法で渓谷は作れないらしい。もし得意なのが火魔法でなく土魔法だったらわからなかったかもしれない。


「あら? テッサは山を割ったわよ?」


「……はい?」


「プルミエの街から王都に続く峠に切り通しがあったでしょう?」


「ありましたね。いまではファビアン様の兵士の詰所がある」


「あれは、テッサがドラゴンと戦った時に、テッサの魔法の余波でできたものよ」


「…………はい? テッサが? ドラゴン? そのためじゃなく余波で?」


 ぽかんと口を開けるユージ。

 何度も通った、しかもイザベルも一緒に通ったのに、初めて知らされた事実である。


「俺も、魔法系のチートがあればできたのかなあ。……いや、家がなかったら死んでたし! うらやましくないな、うん!」


 自分に言い聞かせるユージ。

 先頭を歩いていたコタローが振り返り、ジトっとした目でユージを見つめる。うらやましいのね、ゆーじもおとこのこなんだから、とばかりに。だがユージは男の子ではない。おっさんである。


 雑談に興じるユージたちだったが、無警戒にハイキングしているわけではない。

 コタローがすっと首をあげて、ワンッ!と力強く鳴く。


 一行は足を止めて、ユージは目を凝らして遠くの空を望む。何も見えない。

 リーゼが小さな水の玉を作り出して、望遠鏡がわりに遠くを見る。


『ユージ兄、ワイバーンがいたわ!』


『おー。リーゼはレンズの魔法を使いこなしてるね。それで、どれぐらいいた? 二、三匹?』


『うーんと、たくさん? 十匹以上?』


『うわあ……』


 リーゼは勉強中の人間の言葉ではなく、エルフの言葉でユージに伝える。

 水の玉を操作してもらってユージが覗き込むと、はるか彼方に飛行するワイバーンたちの姿が見えた。

 まるで夕暮れ時のカラス並みにわらわらと。


「どうする、ユージさん?」


「……とりあえず、もうちょっと近づいてみたいと思います。大丈夫ですかね?」


「それはもちろん! 上から見えないようにしてるし、魔力もごまかしてるからね!」


「でももしバレたら……」


「その時はアリスがぜんぶ殺っちゃうね!」


「いやそれはそれでどうかと……」


「ふふ、安心してユージさん。ここは渓谷、風との相性はいいもの。守るだけ、妨げるだけ、仕留める。ワイバーンごとき何匹来ようが好きなようにできるわ」


 ユージの目的はワイバーンの住処の調査である。

 近づきたいが不安を感じたユージを1級冒険者のハルが、アリスが後押しする。

 それに、かつてテッサのチーレムパーティの一員で『風神姫』と呼ばれたイザベルと。

 ワンワンワンッ!と勇ましく自己主張するコタローが。


「じゃ、じゃあ行きましょうか。でも調査、調査ですからね! 殲滅じゃありませんからね!」


 そうあらためて言い聞かせて、ユージは歩みを進めていった。

 はーい、とやたら軽く信用できない返事をする魔法使いたちを連れて。



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■あとがき


本日更新四話目です(なろうではアップ済み)


本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!


 □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


【コミック】

『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』


画 :たぢまよしかづ

原作 :坂東太郎

キャラクター原案 :紅緒


レーベル:モンスターコミックス

2023.5月15日発売、748円 (本体680円)

判型:B6判

ISBN:9784575416459

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