こぼれ話22-23 ユージ、ホウジョウの街の北側を調査しに行く1
■まえがき
副題の「22-23」は、この閑話が最終章 二十二話目のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ後のお話となります。
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「お待たせしました、ケビンさん」
「いえいえ、時間通りですよユージさん。では行きましょうか、アリスちゃんも」
「ふふ。ユージ兄に私、それにケビンさん。なんだかこういうのひさしぶりだね!」
アリスの言葉に、コタローがわんわんっ!と鳴いてその存在をアピールする。ちょっとありす、わたしもいるわよ、とばかりに。
ホウジョウの
いまでは外敵からではなく、各種工房・工場の秘密を守られるために存在する第一防壁のさらに奥。
日本では田んぼに囲まれた郊外でよく見かけるような、ありふれた一軒家の敷地の前で、ユージとアリスが、ケビンと合流した。
三人と一匹は南に向いた正門から塀に沿ってぐるっとまわって、家の北側に向かう。
「ユージ兄! アリスちゃん! コタロー!」
「こらこらリーゼ、ケビンさんが抜けてるわよ?」
「お嬢様はあいかわらずお転婆だね!」
そこには三人が待っていた。
少女——リーゼは、たたっと駆け寄って親友のアリスにぎゅっと抱きつく。
リーゼの祖母・イザベルは、困った子ねえ、とばかりに苦笑を浮かべていた。
祖母といってもその容姿は若く美しい。
一方で、リーゼは年下のアリスよりも幼い印象で、身長も低い。
なにしろ、
最後の一人は、人間の街で暮らすエルフで1級冒険者のハル。イザベルよりも若い。若いが、300才は超えている。
「よし、みんな揃ったね! じゃあ行こうか!」
「はーい!」
ユージの宣言にアリスが勢いよく返事をする。
もう16才になったのに幼さが抜けないのは、保護者であるユージや一行を「身内」だと思って気を許しているからか。
ともあれ。
ユージ、コタロー、アリス、ケビンに、リーゼとイザベル、ハルを加えて。
六人と一匹は、ユージの家——ホウジョウの街を出発するのだった。
それぞれの背に、大きな荷物を抱えた旅装で。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「それにしても、ケビンさんはよかったんですか? お店を留守にして……」
「ホウジョウの街はジゼルが見ていてくれますし、プルミエの街はもともと私が不在にすることも多いですからね、みんな慣れたものですよ」
「いやその、仕事というよりお子さんはまだ小さくて……」
「そこは残念ですけども! けれど、ユージさんが『
「は、はは……」
「そういうときはいっつもケビンおじさんが一緒だったもんねー」
「その通りです、アリスちゃん。そうしていつもユージさんは商売の種を見つけてくるのです」
ホウジョウの街を出た五人と一匹は、森の中の道なき道を歩いていた。
先導するのはコタロー。
最近ではおなじみとなった、オオカミたちは今回周辺にいない。
配下の日光狼や土狼は、森の巡回に牧場の見まわり、警備隊のサポートや伝令役など、なんだかんだ日課があるので。
コタローからやや離れてユージとアリスが並ぶ。
ユージに話しかけられたケビンは最後尾だ。
「みんなで出かけるの、ひさしぶりだね!」
「リーゼ、この前ユージさんたちと一緒に王都に行ったでしょう? それにこれは『お出かけ』じゃないわ」
「そうそう、『エルフの里に帰る途中』だからね! ちょっと寄り道したとしても!」
ケビンの前、ユージとの間には、ご機嫌なリーゼとイザベル、ハルが並んで歩いている。
エルフの少女・リーゼは、本来100才になるまでエルフの里から出られない。
ホウジョウの街、ユージの家の裏手にある「エルフ居留地」は「エルフの里の飛び地」として認められたため、ユージやアリスの近くで暮らせているだけだ。
ゆえに本来、リーゼがこうして一緒に出かけられることはない。
けれど。
「たしかに、今回の目的地はウチの北側。リーゼちゃんの里と同じ方角だもんね!」
「だいたい、だけどね」
今回、ユージが向かうのはホウジョウの街の北。
これまでエルフの里には西回り——街から西に出て川を北に
「陸路で北に向かってから」最終的に里に向かうなら、「帰り道」と言えなくもない。
たとえそれが苦しい言い訳であっても。保護者兼護衛の祖母・イザベルもいるし。
「ユージさんこそよかったのですか?」
「代官って言っても、いまのところあんまり仕事は忙しくないですからね」
「いえそうではなく……ワイバーンは、ホウジョウの街の大事な収入源では?」
「いやあ、お金よりもみんなの安全が第一です! ケビン商会のおかげで税収はいいみたいですし!」
「ユージさんのおかげですよ」
お金よりも安全が大事。
もっともだが、お金に余裕がある人の発言である。ブルジョワか。
なにしろユージはこの世界でも元の世界でもお金持ちなので。
それにしても、いまやユージは代官で、ケビンは街一番の商会の会頭だ。
それがこうしてともに旅をする。
癒着もいいところであった。
まあこの世界では咎める法もない。
ともあれ。
「ワイバーンが毎年春にどこから来てるのか。わかるといいんですけどねー」
「巣を見つけたら……私、
「はは、そこは状況次第でね」
ユージがこの世界に来てから12年目の夏。
ユージは、ついにワイバーンの住処を探すことにしたようだ。
危なげなく勝てるとしても、ワイバーンは空を飛ぶ。
ホウジョウの街の住人は300人近くなり、馬に羊、鶏がいる牧場もできた。
逃げられる、避けられる、あるいは不意をつかれる。
それだけで被害が出かねない。
ユージは代官として、その危険性を受け入れられなかったらしい。
まあ、だからといって街の代官その人が行くのではなく、警備隊や冒険者に調査を任せればよさそうなものだが。
そこはユージなので。
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六人と一匹で、ワイバーンがどこから飛来してくるのか調査する。
そのメンバーが決まった時、ユージはひとつのことに気がついた。
「あはははは! なにこのイス! 軽いのにしっかりしてる!」
「はいこれ、リーゼちゃんも」
「ありがとう、アリスちゃん!」
『もうテントの設営が終わったの? テッサの元の世界は便利な物があるのねえ』
あれ、この人たちなら元の世界の物を隠さなくてもよくない? と。
一緒に生活してきたアリスとリーゼはもちろん、ケビンもハルもイザベルも、ユージの家に入ったことがある。
それどころかパソコンで動画や映像を見せたこともある。
武器は別としても、便利キャンプグッズを知られたところでいまさらである。
大学時代にワンダーフォーゲル部だったユージは、キャンプ用品を解禁した。
プルミエの街や王都に向かうなら他人に見られてしまうが、今回の目的地は人里から遠い。
万が一冒険者や何者かに見られたところで、折り畳んでいる状態なら「変わった布」でしかない。
「ハルさん、魔法は使ってくれましたか?」
「うん、周りからは見えてないはずだよ! 音や匂いは隠せないから、モンスターには気づかれるかもだけどね!」
それに、一行には姿を見られなくする魔法を使える『不可視』のハルがいる。
ユージは、わずかなリスクよりも快適さを選んでいた。
結果、初日の野営地を決めたあとは騒ぎになっていた。
アウトドアチェアとテントだけで盛り上がっている。
「構造は難しくない。素材は……軽さは諦めなければなりませんか。けれど長旅が必須の馬車持ち行商人なら……やはりユージさんについてきてよかった!」
目を爛々と輝かせてブツブツ思考の海にハマるケビンのことは織り込み済みである。
たぶん。
「これでバーベキューでもするとキャンプ気分なんだけど……」
あたりを見渡してぼそっと言うユージに、コタローがわふわふぅと力なく鳴く。やりすぎよゆーじ、とばかりに。
ともあれ。
ユージがこの世界に来てから12年目の夏。
ユージはついに、春の風物詩であるワイバーンの襲来対策のため動き出すのだった。
火魔法を使いこなして人間兵器となったアリス、『水場では(自称)さいきょー!』の水の魔眼持ちのリーゼ、1級冒険者のハル、かつて『風神姫』と呼ばれたイザベル。
そして、風魔法によりいまや空も海も駆けるコタローを連れて。犬とは。
あいかわらず過剰戦力である。
ユージ、調査どころか殲滅までするつもりか。
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■あとがき
本日更新三話目です(なろうではアップ済み)
本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
2023.5月15日発売、748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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