こぼれ話22-25 ユージ、ホウジョウの街の北側を調査しに行く3
■まえがき
副題の「22-25」は、この閑話が最終章終了後で「24」のあと、という意味です。
つまり最終章よりあと、本編エピローグ前のお話で、前話の続きです。
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ユージがこの世界に来てから12年目の夏。
毎年春に襲来するワイバーンの住処を探すべく、ユージたちは家から北東にあった渓谷を訪れていた。
緩斜面に緑が、多くに崖が広がる渓谷の中ほどからはるか先を見つめる。
「ワイバーンの群れ……やっぱりここから飛んできてるんですかね」
「そうだと思うよ! あれだけいたら、近くにほかの群れがあるってことはないだろうし!」
「どうするユージ兄? 殺っちゃう?」
『うー、谷底まで距離があるわ。雨か、霧でもあればリーゼの独壇場なのに……』
「相性だもの、仕方ないわ。ここはお祖母さまに任せて、ね」
ユージの視線の先、上空には十数匹のワイバーンが空を舞っていた。
まだ距離がある。
が、最初に発見したときよりは近づいている。
同行しているアリス、リーゼ、リーゼの祖母のイザベルたち、魔法組が張り切り出すほどに。
「でもあれだけいて、アイツらなに食べてるんでしょうね」
「うーん、基本は魔力で、食事は補助みたいなものだと思うけど、それでも……鳥とか?」
ユージの疑問に答えたのはエルフで1級冒険者のハルだ。
モンスターのなかでも、獣から遠いタイプほど「魔力生物として魔力を糧にして、食事は補助的なもの」になるという冒険者の基本知識を口にする。
ユージは5級冒険者だが、冒険者としての活動実績はあってないようなものなので。
一行がきょろきょろしたタイミングで、コタローがわうっ!と吠える。まるで、あっちにあそこを見て、とでも言うかのように。
くいっと顎で——顔で指し示すコタローにつられて、ユージが斜め上を見上げる。
切り立った岩の崖の手前、緩やかな斜面に生えた草や低木があるあたり。
そこに、何匹もの動物がいた。
「あれは……羊? もこもこしてないし山羊かな?」
「先生と似てるからそうだと思う!」
アリスが大きく頷く。
ちなみに『先生』は、ホウジョウの街がまだ開拓村だった頃、イヴォンヌちゃんの妊娠に慌てたエンゾが護衛して連れてきた山羊人族の医者だ。
過酷な人生を送ってきた獣人の医者は、ホウジョウの街で絶大な信頼を集める存在となっている。
300人近い住人がいても「無医村」な場所など腐るほどあるので。たしかな知識と経験のある医者は、出自など関係なく尊敬されていた。
「あ、うん、たしかに似てるけど……それはそれでどうなんだろ。獣人さんにとっては嬉しいものなのかな?」
どう思う、コタロー、などと聞かれてもコタローは困った顔をするだけだ。コタローは賢いが犬なので。獣人の気持ちなどわからない。
「それで、どうするユージさん? ワイバーンに山羊、ぜんぶ殺っちゃって持って帰るのもいいと思うけど……」
「うーん」
ハルの得意な『不可視』の魔法、それにイザベルの風魔法で、ユージたち五人と一匹に姿はワイバーンからも山羊からも見えていない。
山羊を狙って襲いかかったものの、ゲ、ゲギャァとあっさり撃退されたゴブリンたちからも見えていない。
「はい、はいっ!」
「どうしたの、アリス? なんかアイデアある?」
「先生は、『山羊の肉はそれほど美味しいものじゃないけど、乳はいろいろ使い道があるんだよ』って言ってたよ!」
「ああ、山羊のミルク。あれ? でもお肉もいろいろ料理があったような……」
うろ覚えなユージの言葉に、アリスの目がキランと輝く。
いや、アリスだけではない。リーゼもイザベルもコタローも目を輝かせる。ホウジョウの街の女子たちは肉食系であった。
なお、山羊乳の話をした医者は、怪しい目をしたアリスや子供たちを前にすぐ『山羊人族は別ですけどね?』と釈明している。身の危険を感じたのか。医者は男なのに。
「ユージ兄! アリス、山羊のお肉食べたことない!」
「俺もない、と思う。たぶん。じゃあ狩って……あ、でも『乳は使い道がある』のか。うーん」
「なら連れて帰っちゃうといいよ、ユージさん!」
「えっ!? でもワイバーンも近くを飛んでるし、街までけっこう距離ありますよ? イケますか?」
「これだけ魔法の使い手がいるんだもの。なんとでもなるわ」
『じゃあリーゼ、逃げられないように水で囲む……あっ!』
街を出てからここまで一週間。
まっすぐ帰れば多少の短縮はできるだろうが、それでも距離はある。
姿を隠してモンスターに襲われないようにしても、難易度は高そう、とユージが考え込んでいると。
足元にいたコタローが、さっと飛び出して斜面を駆けていく。
キリッと勇ましく、ハルの『不可視』の領域から出ることをためらうことなく。
ユージもアリスもリーゼも、止める間もなくコタローが山羊の群れに近づいていく。
ゴブリンを撃退した、ひときわ大きな角を持つ山羊が群れの前に出る。
アオーン、と勇ましく鳴くコタロー。
応じるように、山羊は後ろ足で立ち上がって威嚇する。
「えっと……」
「大丈夫だよユージ兄、コタローは強いんだから!」
「あっうん、それは心配してないんだけど」
コタローへの信頼感よ。
のんびり歩き出しながら見守るユージたちの前で、二匹が激突する。
山羊のボスは、後ろ足で立ち上がってからの、打ち落としの頭突きで。
対するコタローは、得意のスピードや風魔法で避けることなく、正面から受けてたつ。
頭突きである。
角と硬い頭骨を利用した、必倒の一撃である。ボスにとっては。
ガゴッ!と鈍い音がしたのち。
胸を張って悠々と立っていたのは、コタローだった。
犬なのに。頭突きで山羊に勝つ犬とは。
上がった位階は、山羊と犬という種族の違いをものともしないらしい。
ボスらしき山羊はふらふらしている。
わんっ!とコタローが力強く吠えると、山羊はぺたんと座り込んだ。
ボスらしき山羊も、その背後にいた十数匹の群れも。
アオーン、とコタローの遠吠えが響く。
勝利の遠吠えである。
なお、イザベルの風魔法により音は周辺には届かない。
やや離れているとはいえワイバーンが上空をうろついているので。
「あの、コタロー?」
ようやく追いついたユージが声をかけると、コタローはわんっ!と誇らしげに鳴いた。これでこいつらはこぶんよ、とでも言うかのように。
「えっと……」
戸惑うユージを見つめるコタロー。あと十数匹の山羊。
試しに歩いてみると、コタローがついてきて、その後ろを山羊の群れがついてきた。賢い。
「うわあ、うわあ! コタローすごいね、ユージ兄!」
「そ、そうだね……」
「あははっ! やっぱりユージさんについていくと面白いものが見られるなあ!」
『さすがコタローね! 山羊の肉……美味しいのかしら』
『私は食べたことあるけど、ちょっと臭みがあるのよね。ユージさんが美味しい調理法を知っているといいんだけど……あ、でもユージさんには
ユージに料理の知識はほとんどない。
けれど、ユージには「自宅」がある。
電気とガスと水道が使えて、ネットがつながる「自宅」が。
かつての夫・テッサの姉と母親と、ネットを通して話しているイザベルは、とうぜんそのことを知っている。
というか、この場にいる全員が知っている。
「……とりあえず、山羊たちを連れていこうか!」
「ユージ兄、ワイバーンはどうするの?」
「とりあえず今回は『調査』だから。帰って、みんなと
自分の決定に満足したかのように頷くユージ。
春の風物詩であるワイバーンの襲来は、ホウジョウの街の収入源のひとつでもある。
もちろんリスクはあるが、ユージは、代官の自分が一存で殲滅するのではなく、上司である領主ファビアン・パストゥール、村長のブレーズ、防衛団長のエンゾなど、街の主要人物に相談してから対処を決めることにしたようだ。
決して
「よし! じゃあ帰ろう!」
「はーい! ひさしぶりのお出かけ、楽しかったねユージ兄」
「ユージさん!
「そんなこと言って、ハルは自分が使いたいだけでしょ?」
「それはそうですよお嬢様! でもみんな便利だろうな、売れるだろうなってのもホントでして!」
「ふふ。でもハル、稀人であるユージさんを危険にさらすわけにはいかないわ。ほどほどにね」
「まあ便利ですよねえ。モノによってはこっちにあってもおかしくないモノもありますし……それも考えておきます」
ユージが考えておく、である。
ともあれ。
ユージたちは、往復で二週間ちょいの旅を終えてホウジョウの街に帰還した。
ワイバーンの住処の情報と、十数匹の山羊を連れて。
とつぜんの旅路だったが、ユージはきっちりと「ホウジョウの街の安全と発展」につながる結果を持ち帰った。
サボりも許される成果である。
なお、帰って早々にユージが自室にこもってかちゃかちゃキーボードを叩いていたことは言うまでもない。
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■あとがき
本日更新五話目です(なろうではアップ済み)
本日、紙本公式発売日のコミック一巻、よろしくお願いします!
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【コミック】
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 1 』
画 :たぢまよしかづ
原作 :坂東太郎
キャラクター原案 :紅緒
レーベル:モンスターコミックス
2023.5月15日発売、748円 (本体680円)
判型:B6判
ISBN:9784575416459
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