こぼれ話&閑話集

こぼれ話3-6 ユージ、一年目の冬にアリスと雪合戦する

【まえがき】

副題の「3-6」は、この閑話が第三章 六話目ごろという意味です。

時期的には一年目の冬、妹と連絡が取れたあたりの頃のお話です。

初期の話はもう忘れているという方は読み返してみてください!

そしてその勢いで、初期の頃が描かれたコミカライズを読んでみてください!(露骨な宣伝


==================================




「はあ……」


 ユージが家ごと異世界らしき場所にやってきてから一年目の冬。

 家のリビングのソファで、ユージはがっくりと肩を落としていた。

 元の世界にいる妹と連絡が取れてご機嫌になってもよさそうなのに、ユージはすっかりテンションが落ちていた。むしろ、元の世界にいる妹と連絡が取れたゆえに。いや、連絡が取れたこと自体ではなくえげつない本人確認のせいで。


「どうしたのユージ兄? げんきないの?」


 ユージの横に座ったアリスは心配そうにユージを見上げ、足元のコタローは、まったく、しかたないわねえ、とばかりにわふっと鳴く。


「うーん。あっ、そうだ!」


 ユージに元気を出してもらうためにはどうしたらいいか。

 考え込んだアリスは、名案が浮かんだようで、ぽんっと手を叩いた。


「ユージ兄、おそとにあそびにいこっ! げんきがでないときは外であそぶといーのよーっておかーさんが言ってた!」


 にこっと満面の笑みを浮かべてユージの手を引くアリス。

 アリスに悪気はない。悪気はないが、その言葉はユージ10年引きこもっていたニートに効く。悪い意味で。


 肩を落としていたユージは、さらにずーんと暗い顔をして、アリスに手を引かれるままに外に出るのだった。

 ほらほら、きりかえて、とユージに前足をかけてじゃれつくコタローとともに。




 アリスが玄関の扉を開けて外に出ると、わんっ!と吠えてコタローが駆け出す。

 季節は冬。

 誰の足跡もない新雪が積もった庭は、ユージよりも先にコタローのテンションを上げたようだ。コタローは賢くとも犬なので。


「ははっ。うん、考えても仕方ないし……遊ぼうか、アリス!」


「やったあ! なにしてあそぶ? ゆきだるまつくる?」


「うーん、雪だるまはこないだ作ったから……」


 広い庭の片隅にチラッと目を向けるユージ。

 そこには、崩れかけた雪だるまの姿があった。

 崩れかけたというか、下段にコタローが狩ってきたユキウサギが一時しまいこまれて取り出されて崩れた雪だるまの残骸が。

 作るときは楽しそうだったのに、肉の冷蔵熟成を優先させた肉食系幼女の仕業である。


「今日は雪合戦しようか!」


「ゆきがっせん?」


「雪玉を作って投げてぶつける遊び。えーっと」


 遊び方を教えようと、足元の綺麗な雪をすくって握って玉を作るユージ。

 その目の前を、さっさっさっとコタローが通り過ぎる。ゆっくりと、視線はユージに向けたまま。まるで煽るかのように。


「ていっ」


 ユージが軽めに投げた雪玉をコタローがひょいっとかわす。立ち止まってユージを見つめる。ほらほら、そんなんじゃあたらないわよ、とばかりに。ふふん、とお澄まし顔のコタローだが、尻尾はぶんぶん振られていた。ツンデレか。さすがヒロインである。


「ゆきをあてるの? いたくない?」


「ほら、これを俺に当ててみて」


 こてんと首を傾げて心配するアリスに、ユージはひとつ雪玉を渡した。身をもって痛くないことを示そうとしたのである。Mではない。


「えいっ!」


 アリスが投げた雪玉はユージに当たってばさっと崩れる。

 ユージは痛がる素振りも見せず、ほら痛くない、とニコニコ笑顔のままだ。「痛くない」と理解させるために、アリスに当てるのではなく自分に当てさせるあたり、そうとう妹ラブをこじらせている。まだ保護して半年にもなっていないのに。


「そうそう、そんな感じ。じゃあ俺は逃げたり避けたり、アリスに反撃するからねー」


 言うと、ユージは踵を返してダッと走り出した。

 母屋のほかにトタン屋根の車庫やプレハブ小屋もある、郊外都市のさらに郊外、農地のなかにポツンとあった一軒家ならではの広い庭を逃げまわっていく。


「まてー、ユージにいー!」


 きゃっきゃとはしゃぐアリスの声が森に響き、わたしにもなげて、とわんわんアピールするコタローの鳴き声も追従する。


 アリスの雪玉を避け、ときどき当たり、軽く投げてあげて当てたり避けられたり、コタローには本気で投げるもののひょいひょいと余裕でかわされて。

 息が上がったユージが立ち止まる。

 なんとなく「終わり」を感じ取ったアリスも立ち止まる。

 コタローはユージに近寄ってきて、まだやるわよ、とでも言っているつもりなのか、ユージにお尻を向けて。


「はあ、はあ。コタロー、そろそろおわ——」


 言いかけたユージに、新雪を後ろ足でババーっと蹴り込む。


「わっぷ、ちょっ、コタロー!」


 なげられないとおもってゆだんしたわね、とばかりにチラッと振り返り、新雪の中をぽすぽす逃げていった。

 一人と一匹のじゃれあいに、アリスはニッコニコだ。


「はあ。アリス、そろそろ終わりにしようか」


「うんっ! ユージ兄、げんきになったね!」


「……そういえば。ありがとうアリス。コタローも」


 ひしっと抱きついてきたアリスの頭をユージが撫でる。ついでにアリスの頭についた雪を払い、コートについた雪も払っていく。

 おわりね、たのしかったわー、と戻ってきたコタローは、ぶるんと体を振って毛についた雪と水滴を弾き飛ばす。


「アリス、初めての雪合戦はどうだった?」


「たのしかった!」


 振り切れた感情の表現の仕方を知らないのだろう。アリスはがしっとユージにしがみついて、笑顔のままぐにぐに揺れている。

 ユージはしゃがんで抱きしめて、アリスと手を繋いだ。

 コタローを横に引き連れて、家へと帰っていく。


「ほんとは、人数多いともっと楽しいんだけどなー」


「そうなんだあ。いつかたくさんでできるといいなあ」


 未来のことを知らない二人は、そんな会話をかわしながら。

 いまはユージのほかにアリスも暮らす、二人の自宅に帰っていく。


 わんっ!


 二人と一匹の自宅に帰っていく。


 玄関のドアを開け——



「ただいまー」



「ただいま!」



 ——と、笑顔で告げて。


 もちろんコタローも、わん、とひと鳴きして。



==================================


【あとがき】

お読みいただいた読者のみなさま、おひさしぶりです。

六年三ヶ月ぶりの更新です。

あの最終話ですし、完結マークを外してまで更新するかどうか迷いましたが……

今後は二週間に一回ペースで、書かなかった「こぼれ話」や「閑話」を更新していきます。

なぜなら……


本作『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと転移してた』の

コミカライズが1/16に『がうがうモンスター』にてスタートするのです!

しかも、この「WEB版をベースにした物語」で!

コミカライズは1/16以降、隔週更新とのことですので、

告知の意味も含めて本作も更新していきます!

気になる方はぜひ下のURLから読んでやってください。

https://gaugau.futabanet.jp/list/work/6371ab66905bd4a8ae000001


完結から六年三ヶ月経っているのに、コミカライズ……

これもひとえに、いまだにWEB版を応援してくださる皆さまのおかげです。

コミカライズもぜひよろしくお願いします!

アリスもコタローもかわいい…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る