こぼれ話4-5 行商人ケビン、森の魔法使いとアリスの情報を聞いて決意する
【まえがき】
副題の「4-5」は、この閑話が第四章 五話目ごろという意味です。
時期的には二年目の春、ユージが冒険者三人組と会ったあとのお話です。
初期の話はもう忘れているという方は読み返してみてください!
そしてその勢いで、初期の頃が描かれたコミカライズを読んでみてください!(露骨な宣伝
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長い冬が明けて、雪も日陰に残る程度になった頃。
ところどころぬかるんだ街道を、少しのアゴ肉と腹肉を揺らして進んでいた。
「どの村も無事に冬を越えられてなによりです。これでアンフォレ村のことさえなければ……」
村々への春一番の行商を終えて、軽くなったはずの背負子がずっしりと重く感じる。
男が行商でまわっている村々は、長い冬も今年は何事もなくやり過ごせた。
ただひとつ、昨年盗賊に襲われて壊滅した村以外は。
「逃げおおせた人と会えただけでも行幸でしょうか。それでも、行方不明な者は多い。違法奴隷か、あるいは……くそっ、私がそこにいれば」
ギリっと噛み締める。
それにしても、盗賊が村を襲う際に居合わせたところでどうだというのか。
行商人が一人いたところで結果は変わらないだろう。それが、
「考えても仕方ありませんね。はあ」
深いため息を吐いて、重く感じる荷物を背負い直して、男は歩を進める。
すぐに、川のそばにある辺境の街の門が見えてきた。
「ご苦労様です。村の様子はどうですか?」
「どこも変わりなくでした」
「それはよかった。おっと、お帰りなさい、ケビンさん」
「ありがとうございます」
顔なじみの門番と軽く言葉を交わして、行商人——ケビンは街へ入る。
一人の時にしか見せない暗い表情は消して、商売人らしい微笑みを浮かべて。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
街に戻ったケビンが、荷物をそのままにまっすぐやってきたのは商人ギルドだ。
ギルド員としての義務はないとはいえ、商人、行商人として横のつながりは大事なもの。
ケビンは商人ギルド職員に村々の様子を報告して、さて、ほかの行商人と情報交換しようか、と振り返ろうとして。
「ケビンさん。アンフォレ村に行商に行っていた人を探している冒険者が来ています。三日前から毎日ずっと。会われますか?」
「はあ。なんの用事でしょう?」
「なんでも、村から逃げられた女の子がいて、知り合いを探しているそうです」
「会います! どこに、女の子、どの子……まさか!」
「落ち着いてください。では第三会談室へ」
ギルド職員に言われてすぐ、ケビンは小部屋に向けて駆け出していった。
あのケビンさんが、めずらしいこともあるものです、と呟く職員を残して。
そして。
「アリスちゃん!? アリスちゃんが生きているのですか!?」
小部屋にて、ケビンは朗報を聞く。
それは、アンフォレ村に行くたびに、「アリスがおてつだいしてあげるー!」と、ケビンにまとわり——懐いてくれていた、女の子が生きている、という情報だった。
プルミエの街の商人ギルド、第三面会室。
普段は商人同士の商談に使われるそこで、行商人ケビンと三人の冒険者たちの会合がもたれていた。
「森の魔法使い。ジョスさんの見立てですか?」
「そうです、ケビン殿。聞いたことのない守護の魔法を使い、見たことのない服を着て、人里離れた森の中でひっそりと暮らす。まるでおとぎ話の『森の魔法使い』だと思ったもので」
「ジョス。意外に乙女」
「あれはすごかったね! 見えないのに触れるし、攻撃してもあっさり防がれるんだもん! 半端ないって!」
「黙れエクトル。イレーヌも」
ケビンに相対するのは三人の冒険者だ。
いずれも8級、つまり駆け出しに毛が生えた程度の初級冒険者。
いつか依頼人になるかもしれない商人を前にはしゃぐエクトルや、仲間に茶々を入れるイレーヌのように、経験の浅い者が普通であった。
ゆえに、ケビンは落ち着きのある大男・ジョスと会話を進めている。残りの二人は無視している。
「では、アリスちゃんは、森の魔法使い殿に保護されていると」
「アリスと呼ばれる、6歳前後の赤毛の少女がいるのは確認しました」
「そうですね、それが『アンフォレ村のアリスちゃん』かどうかはわかりませんね」
ジョスのまわりくどい言い方も、ケビンには好印象だったようだ。
たしかに、ジョスが見た「アリス」とケビンが知る「アリス」が同一人物だとは言い切れない。
年齢や髪の毛の色が一緒であっても。アリスがケビンの名前を覚えていれば話は早かったかもしれないが。
「わかりました。ぜひ、森の魔法使い殿とアリスちゃんのところへ案内してください」
「ありがとうございます、助かります。実は、報酬が過分なもので、達成できなければ罰則はどうなることかと心配していました」
「過分な報酬、ですか?」
「はい。もしアンフォレ村をまわっていた行商人が見つかったら、これを渡して来てもらうように、と言付かっています。つまり、これは森の魔法使い殿からケビンさんへの報酬です」
すでに行く気になっているケビンに、預かっていた「報酬」をあらためて渡そうと皮の袋を出すジョス。
中からブツを取り出して、木製のテーブルのうえにコトリと置く。
「これは……?」
「預かり物なので、我らも詳しくは……とにかく、それはケビンさんのものです。手に取って確かめてください」
貴重品に触れるかのように、ケビンは15センチほどのソレをそっと手に持つ。
指と爪でガワをコツコツ叩いて感触を確かめる。
なんだこれは、と呟いたのち、ジョスに促されてパカリと開ける。
「かっ、鏡!? それも、これほど曇りのない!?」
「はい」
「ま、まさか、ジョスさんたちへの『過分な報酬』というのは……?」
「ケビン殿を無事に連れてくれば、同様の物を我ら一人に一枚ずつ。森の魔法使い殿はそう言いました」
「なるほど、それは過分だ……一枚でさえ過分なのに……」
「10日以内ならもう一枚追加」
驚くケビンに、三人の冒険者の中で唯一の女性・イレーヌが追加情報をブチ込む。
ケビンはぎょっと目を剥く。
「冷静になったいまは、あの場で受け入れた我らをぶん殴ってやりたいところです。達成できなかったらどうなるのか。それに、貴族ですら欲しがるだろうコレをもらったところでどうするのか。ヘタに目をつけられたら……」
「そう、ですね……」
いまさら不安がるジョスをよそに、ケビンは考え込む。
いままで存在を聞いたことのない場所に突然現れた、見慣れない形の建物。
見たことのない服を着た、このあたりでは見かけない容姿の男性。
人の侵入や攻撃を防ぐ、結界らしき守護魔法。
めずらしい、ほかの街や村ではありえない品。
ケビンの頭に、ひとつの思いつきが去来する。
「まさか、
口の中だけで呟かれた言葉は、8級冒険者の三人には届かない。
稀人。
この世界とは違う場所から、時おり訪れる存在。
過去に興味を持ったケビンが調べただけでも、稀人たちは様々なことを為している。
ある者は剣の一振りで巨大なドラゴンを一刀両断した。
ある者は魔法で一軍をまるごと消し飛ばした。
またある者は新たな料理を広め、飢饉をしのぎ、その後は食生活を豊かにした。
ある者はその知識で莫大な財を成した。
武勇をもって一代で平民から貴族に成り上がった者、冒険者として活躍した者。
ある稀人は、この国から遥か東方に自ら国を興したと伝えられているらしい。長い歴史の中で真偽は定かではなくなっているが、その子孫である貴族は、いまも初代王は稀人であったと信じているのだとか。
その稀人が、誰にも知られずに、プルミエの街からわずか三日の場所にいるかもしれない。
それも、アリスの知り合いというか細い糸の自分を頼るぐらい、知己がいないだろう状態で。
ケビンの身がぶるりと震える。
一瞬、目を閉じたのち。
ケビンは決意した。
「三人さえよければ、報酬にもらう鏡は買い取りましょう。そうですねえ、金貨10枚……いえ、15枚でどうですか?」
「買い取っていただけるのですか!?」
「そんな高額で!?」
「マジか、売ります売ります!」
ケビンの申し出に一も二もなく飛びつく三人。
「けれど、なぜ……」
「私は行商人生活が長くて。そろそろこの街に商会を興そうと思っているのです。馴染みの冒険者二人のほかに、専属護衛を雇いたいと思ってましてねえ」
「これは手付金も含む、ということでしょうか」
「森の魔法使い殿との商談が首尾よく行けば、ですね。ああ、安心してください。商談がどうあれ、買取はしますよ」
ジョスの疑問ににこやかに応えるケビン。
商会の専属護衛。
それは、根無し草の冒険者にとって憧れの就職先だ。世間的な立場も給金も安定するうえ、命を落とす危険も少ない。
「なぜ我らなのでしょう」
「森の魔法使い殿と顔見知りで、その情報や鏡のことをほかに漏らさなかった。鏡を『過分な報酬』として浮つかない。まだまだ鍛える必要も、専属護衛となれば守秘契約を結ぶ必要もありますが、見込みもまたある、と思ったのです」
「ありがとうございます」
納得したのか、大男のジョスは頭を下げる。続いてエクトルとイレーヌの二人も。
まあ、アイアスとイアニスの二人とガッツリ鍛えますけどね、もろもろ、というケビンの呟きは三人の耳に届かない。
ケビンの一番の目的が「守秘契約を結ぶ」ことなのも読めていない。
初級冒険者と、30代半ばの行商人のキャリアの違いである。
「ではさっそくアンフォレ村の住人の消息を調べてきます。出立は三日後で」
「よろしくお願いします!」
こうして。
のちにユージの商売の相棒となる行商人・ケビンは動き出した。
すべてはケビンの人の良さと善意、だけだったわけではない。
稀人と取引した時に生まれる莫大な利益を求めてのことである。
ただ、後年。
知り合った商人に「なぜもっと有利な取引をしなかったのか」と聞かれた際。
ケビンは、「正直に取引すれば利益が見込めたのです。それも、うまくいけば先々まで。目先の利益に捉われて騙したら、ケビン商会はここまで大きくならなかったでしょう」と答えたという。
もし悪意をもって取引したらジゼルに会わせる顔がありませんし……ゲガス会頭は『血塗れ』になるでしょうしね、と冗談まじりに付け加えて。
ユージが助けられた理由は、ケビンの人の良さと善意だけだったわけではない。
そこには、ユージと取引すれば儲かるだろう、という商人らしい思惑もあった。
けれど。
ケビンのまわりの人間や、培ってきた価値観、知識からくる先見の明が、そこにあったことも事実であった。
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【あとがき】
ということで、本編でも閑話でも語られなかった?初期のケビンのお話でした。
よく「やさしいせかい」と言われましたが、ケビンにも思惑はあったんだよー、という。
なにしろユージのおかげでお金も愛する人も手に入れましたしねw
ということで。
本作『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと転移してた』の
コミカライズ、『がうがうモンスター』にてスタートしました!
まずはしばらくアプリ版限定公開ですかね?
この「WEB版をベースにした物語」ですので、気になる方はぜひ下のURLから読んでやってください。
https://gaugau.futabanet.jp/list/work/6371ab66905bd4a8ae000001
また、コミカライズは1/16以降、隔週更新とのことですので、
WEB版は1/30(月)18時更新予定です!
……なに書くかなあ(何も考えてない
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