第十八話 ユージ、王宮で開催されるパーティに出席するpart2
「ふう、スッキリした。きっとあとちょっとだし、がんばろう、うん」
ブツブツ言いながら王宮のボールルームに戻る一人の男。
ユージである。
長時間に及ぶパーティのため、ユージはお手洗いに行った帰りである。
だが、暢気に独り言を言ってられるのも、ボールルームに戻るまでだった。
白と黒、テッサが創ったという市松模様の床に、カツンとユージが足を踏み入れると。
ユージは取り囲まれた。
群れからはぐれたヌーを襲う、サバンナの肉食獣のごとく。
肉食獣ならぬ肉食系女子たちに。
「ユージさん、私とダンスを踊ってくださらない?」
「ちょっと、ユージさんはワタクシと踊るのよ」
「ユージさん、私ちょっと酔っちゃったみたい。夜風に当たりませんか? 二人で」
「え、ちょっ、どど、どうしたんですか、え、なにこれ」
ユージ、動揺しまくりである。
ダンスをしようとユージの手を取って誘う若い女性。
本来は男性から誘うもので、女性から誘うのははしたないとされるものである。
女性は気にした様子もなく、柔らかな手の感触にユージの頭はまわらない。
ユージの逆の手は、二人きりになろうと露骨に言い出した女性に掴まれている。
ユージの二の腕に豊かな胸を押し当てて。
「ワタクシはユージさまのお話が聞きたいわ。辺境でいろいろな服が作られているのは、ユージさまとケビン商会のおかげだと聞きしましたの」
当たり前だが、パーティに参加する女性の衣装はドレスである。
スレンダーな女性が纏うマーメイドラインのドレス、プリンセスラインなのに胸元がざっくり開いて谷間を強調するドレス。
お金をかけて自分の魅力を引き出した華やかな女性たちに密着されるユージ。
動揺しまくりである。
ところで体のラインがはっきり出るドレスは、ホウジョウの街の針子たちがブームを作って王宮でも流行りだした物である。
つまりユージ、自分のせいである。
女性に取り囲まれたユージに、助けはまだ来ない。
連れションすればよかったと脳裏に浮かんでも遅い。
ボールルームの奥にいるはずの領主夫妻やバスチアン、エルフたちに目を向けるも、広い空間ではけっこうな距離があった。
「ユージさんは独身なのですってね。それにその見た目、位階を上げてらっしゃるのでしょう? 勇猛果敢にモンスターを倒したお話を聞かせてくださいませ」
ユージは40代だが、毎年恒例となった湿原と海のパワーレベリングのおかげか、見た目は30代のままである。
イケメンではないが、不細工でもない。
引きこもっていた頃と違って髪や服に気を遣い、規則正しい生活とそこそこの仕事をこなす。
自信もついたのか、ユージはフツメンよりちょっとイケてるかも、ぐらいの見た目になっている。
「ワタクシは、勲章を賜ることになったエルフとの交流のお話が知りたいですわ!」
ユージがもらった勲章には年金がついている。
第一位黄綬勲章、第四位緑綬勲章。
二つ合わせれば、下位の貴族ならたまにちょっとした贅沢をしても一年暮らせるレベルである。さすがに高位の貴族ともなると生活費には足りないが。
しかもユージは代官で、その給料もある。
女性陣は知らないが、ユージがケビン商会から受け取る衣料品と保存食の利益もけっこうな額になっている。
優良物件である。
「うふふ、ユージさん、そんなに照れなくてもよろしくてよ? 私たちは貴族と言っても騎士爵や男爵の娘ですもの。吹けば飛ぶような木っ端貴族ですわ」
ユージが辺境、ホウジョウの街の代官であることは知られている。
だがそれは、必ずしもマイナスではない。
下位貴族の娘の嫁ぎ先は、同じ下位貴族か平民の富裕層である。
相手が貴族であれば、嫁ぎ先が裕福とは限らない。
しかも領地貴族であればまだいいが、王都の法衣貴族に嫁ぐケースもある。
法衣貴族に嫁いだ場合はたいして贅沢もできず、貴族の中では自分が一番下の付き合いをしなければならない。
引き換え、ユージであれば。
代官は平民扱いだが、街のトップである。
街のトップの奥方で、辺境ゆえ領主以外の貴族とはほぼ付き合いがなく、勲章の年金でお金に困ることもない。
優良物件である。
「そ、そんなに一気に言われても。えっと、どうしたらいいんだろコレ」
ユージ、ついにモテ期到来である。
慣れないせいで動揺しまくりである。いちおう童貞ではない。
だが動揺するユージを見て、女性陣は目を輝かせていた。
獲物を見つけた肉食獣のごとく。
ずいっと歩を詰める女性陣。
二人きりで夜風に当たっていた、密着してダンスしていたとなれば、周囲から気があると取られてもおかしくない。
ユージ、貞操の危機である。男だけど。
「あらユージ、どうしましたの?」
女性陣に割って入る、一つの声。
助かった、と思ったユージがさらに動揺する。
たしかにユージサイドの人間が助けに来たのだが、ドレスの下に形を補正するホウジョウの街製作のブラジャーをつけた領主夫人の双丘が、もはや山脈となっていたので。狂気山脈である。男の気を狂わせる、という意味で。
「ユージ、遅かったではないか。みな、すまぬな。ユージがこのような場に招かれるとは思っておらず、儂はダンスを教えてないのだ。平民ゆえ、ダンスは知らぬであろう?」
今度こそ、ユージへの助けの声。
上司である辺境の領主、ファビアンである。
領主夫妻はなかなかトイレから帰ってこないユージを心配して探しに来てくれたのだろう。
ようやく安心したのか、ほっと息を吐いて保護者である領主に近づくユージ。迷子の子供か。
「あ、はい、ファビアン様」
「うむ。エルフのみなさんがお待ちだぞ。ユージとイザベル様、ハル様、アリス嬢しか言葉が通じないゆえな。通訳して差し上げなさい。踊りたい女性がいるのであれば、儂が代わりに踊るが?」
「い、いえ、けっこうでございますわ。オルガ様に怒られてしまいますもの」
「はあ、オルガ様はあいかわらずお美しい……」
「ユージさん、ではお茶会でお会いしましょう。ワタクシ、ご招待いたしますわ」
わずかに言葉を残して、ユージのまわりから女性陣が退散していく。
領主に感謝の目を向けるユージの両腕に、ガシッと掴まれる感触があった。
『ユージ兄! あんなはしたないニンゲンはダメよ! あんなのレディじゃないわ!』
『リーゼちゃんの言う通り! アリス、ああいう人たちはイヤだなあ』
エルフの少女・リーゼと、ユージの義妹・アリスである。
聞かれても問題ないように、エルフの言葉で。
二人とも、ビッチがユージの嫁になって一緒に辺境で暮らすのはイヤなようだ。きっと他に思惑はない。きっと。
『リーゼとアリスも助けに来てくれたのかな? 二人とも、ありがとね』
先ほどまでの動揺っぷりとは違い、二人の少女にそっと微笑みを向けて。
ユージは、ピンチを脱するのだった。
あるいは、チャンスを逃すのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ああ、コタロー。おまえはいつも変わらないなあ」
薄暗い部屋の中で、ヒザの上にコタローを乗せて撫でまわすユージ。
危ない男である。
パーティを終えて、夜。
招待された主役のユージや領主夫妻、アリス、エルフ一行には王宮に部屋が用意されていた。
メイド付きの個室である。
もっとも領主夫妻は一部屋で、エルフの少女・リーゼは護衛の意味も含めて両親と一緒に寝るようだが。
とうぜんユージも個室である。
遅い時間にパーティが終わって、部屋に帰ったユージを待っていたのはコタローだった。
謁見の間やボールルームには入れないが、客室は問題なかったらしい。
慣れない衣装、国王との謁見にお茶会、初対面の人々、なにより肉食獣な女性陣。
緊張と、ある意味身の危険の連続で、ユージは精神的に疲れてしまったのだろう。
ユージはコタローを撫でまわして精神の安定を図っているようだ。
ヒザの上のコタローは、大人しくユージのされるがままになっていた。まったく、わたしがいないとゆーじはだめね、とばかりに。優しい女である。犬だけど。
「イザベルさんとかハルさんがいたから、これでも俺の周りに来る人は少なかったんだってさ。はあ……」
ボソボソと話しかけながら、薄暗い部屋で犬を撫でまわす40代の男。いろんな意味でアウトである。
と、コンコン、と音が鳴る。
ユージにあてがわれた部屋の扉を、ノックする音。
「ん? こんな時間に誰だろ。アリスかな? ああ、メイドさんかも」
言いながら、コタローを床に下ろして扉に近づくユージ。
そっと扉を開ける。
そこにいたのは、若い女性だった。
アリスではない。
ローブで身を隠しているが、わずかに覗く服は明らかに薄い。
「……え? あの、部屋、間違えて」
ポカンと口を開けるユージが、なんとか言葉を絞り出す。
だが。
「ユージさま……その、中に入れてくださいませんか?」
「え? その、もう夜遅いし、話なら明日で……」
「ユージさま……女性に、恥をかかせないでくださいませ」
「……はい? え?」
言いながら扉を支えているユージに近づいて、隙間から潜り込もうとする女性。
ちなみに本来、部屋の前にはユージ付きのメイドが待機しているはずである。
だが王宮で働く侍従やメイドは、良家の子女の仕事。
おそらく貴族同士のつながりを活かして、ユージの部屋に忍び込むために協力を取り付けたのだろう。
近づいた女性から、いい匂いがする。
目を瞬きながら、状況を理解すべく頭を働かせようとするユージ。
いまの状況はシンプルだ。
夜這い。
それも、女性から男性の部屋に。
優良物件なユージに、既成事実を作ってしまおうという女性の作戦だろう。
ユージは聖人君子ではない。
近づいた女性からはいい匂いがして、部屋に入るべく近づくにつれローブをはだけて薄着を見せつけられている。
領主夫人ほどではないが、双丘はかなりのボリュームである。
ユージの好み通り。
もしユージだけであれば、あっさり夜這いに乗ってしまったはずだ。いや、夜這いで乗られてしまったはずだ。
部屋にいるのが、ユージだけであれば。
ワンワンッ! と鋭い鳴き声が響く。
ユージの足下からするりと抜け出し、牙をむき出しにしてウーッと唸る不機嫌な声が女性の侵入を阻む。
コタローである。
びっちはおよびじゃないの、と言わんばかりの不機嫌さである。
「キャッ!」
「コ、コタロー。ふう、そうだよな、うん」
ユージ、現実に引き戻されたようだ。
コタローのおかげで。
もしくは、コタローのせいで。
「あの、俺、一人で寝ますんで。その、こういうのは、もっとおたがいを知ってからとか、こう、恋人同士になってからというか、その」
グダグダとお断りの言葉を申し上げるユージ。恋に夢見る童貞か。
とても40代らしからぬ言い方だが、これがユージの精一杯である。
ユージの恋愛経験は20才の頃に一度きり。それもキープくんで。童貞ではない程度の経験値である。
ユージの言葉はともかくとして、コタローはおかんむりのようだ。
夜這いに来た女性も、おそらくコタローの剣幕にビビったのだろう。
何事か言い残して、さっと早足で廊下に消えていった。
扉を閉めて放心するユージ。
無言のままドサッと寝台に体を投げ出す。
ユージは、寝台に飛び乗って来たコタローを抱きしめるのだった。
「王宮怖い。貴族の女性怖い。はやく帰りたい。王宮怖い。貴族の女性怖い」
ブツブツと繰り返し呟いて、眠りにつくまでコタローを抱きしめながら。
ユージがこの世界に来てから12年目の春の終わり。
ユージはなんとか、謁見とパーティ、パーティ後の夜を越えたようだ。
慣れない環境と見知らぬ人間たちに、すっかり苦手意識を持って。
それでもまわりのサポートを受けて、謁見とパーティは公的には及第点であった。
せっかくのモテ期だったのに、出会いや女性への対応はアレだったが。
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