第十七話 ユージ、王宮で開催されるパーティに出席するpart1


 王宮のボールルームには音楽が鳴り響いていた。

 白と黒の市松模様の床は磨き抜かれ、ダンスに興じる男女がステップを踏むたびコツコツと小気味いい音を立てる。

 夜だというのにボールルームは明るい。

 シャンデリアが瞬き、天井付近には魔法と思しき光の泡が浮いている。

 思い思いに着飾った人々が談笑し、踊る、きらびやかな空間。

 そんな空間に、ユージはいた。

 場違いである。


 いや、ユージはこのパーティの主役の一人なのだ。

 元の世界のデザイナーとパタンナー、ホウジョウの街の針子たちが腕によりをかけた衣装に身を包み、胸にはもらったばかりの勲章をつけている。

 場違いではない。

 見た目だけは。


「ふふ、懐かしいわね。この白と黒の床は、得意の土魔法でテッサが創ったのよ。いまも残されてるなんて……うれしいものね」


「あ、そうなんですね」


「なんと! 伝承は本当でしたか! さすが建国の祖、テッサ様!」

「まことまこと! いやあ、当時を知る『風神姫』様ならではのお言葉ですなあ」

「『風神姫』様、ではあちらの彫刻に見覚えはありませんかな? 王宮ができた当初から飾られていたという言い伝えが」


『お祖母さまの言葉にいちいち反応するなんて……ニンゲンは大変ね』


『リーゼお嬢様、それがニンゲンの貴族というものですよ! それに比べてウチの長老たちは……』


『これがニンゲンの料理か! うむ、うまい! 香辛料が違うのじゃろうか。レシピを知りたいものじゃのう』


『あら、お酒もなかなかね。ケビンに言ったら持ってきてもらえるかしら?』


『リーゼちゃん、いま私、リーゼちゃんとお揃いのネックレス褒められちゃった! オルガ様も、キレイねって言ってくれたんだよ!』


「あなた? お食事ではなく皆様との歓談を楽しんでくださいませ」


「む? すまぬ、オルガ。この鴨の胸肉のオレンジソースがけが美味でなあ」


 ボールルームの一角には、人だかりができていた。

 国王より勲章を賜った今日の主役、辺境の領主で騎士のファビアンとユージを囲む人たちである。

 いや。

 話題の中心は、初代国王の父の嫁で建国の英雄、『風神姫』の二つ名を持つエルフのイザベルであった。

 ユージは添え物である。ユージの希望通り。


 謁見と国王とのお茶会を終えて、夕方からはじまったパーティ。

 料理は立食形式で、ボールルームの中央では貴族がダンスに興じている。

 ハイソな感じである。ハイソサエティである。

 ビビったユージの口数も動きも減るほどの。


 場違いな空間だが、幸か不幸かユージが一人になることはない。

 領主の部下として一緒に勲章をもらったユージは主役であり、周囲には注目を集めるエルフたちもいるのだ。

 ユージが壁の花になることはなかった。

 まあユージが元いた世界では、立食パーティでも壁際に料理が置かれたり座席が作られたりして、壁の花になるのを許されないことが多いのだが。

 おがげで知り合いが少ない立食パーティに参加すると、所在なげにポツンと一人でウロウロすることになる。コミュ障である。いや違う、日本人にはハードルが高いだけだ。個人の問題ではなく国民性の問題だ。きっとそうだ。


「『風神姫』イザベル様、皆よ。少々よろしいじゃろうか?」


「これはこれは、バスチアン侯爵ではありませんか。六宗家の方々まで」

「おお、祖を同じくする者たちがここに! パーティに出席した甲斐がありましたなあ」

「まことまこと。ふうむ、こうして見るとどことなく皆、似ているような……」


「あっ、バスチアン様!」


 ユージとエルフたち、取り囲んだ貴族を割って入る一つの声。

 バスチアンである。

 アリスの祖父ではあるが、その関係性は秘密である。

 ユージとアリスと面識があるのは、ホウジョウ村開拓団が、バスチアンが支援しているいくつもの団体のうちの一つだったからである。この場では、というか公式にはそういうことになっていた。


「イザベル様。せっかくの機会ですからな、以前にお話しした通り、テッサ様の奥方様とお子様、友人が興した家の子孫たちを連れて参りました。ぜひご挨拶させていただきたく」


「まあ! ありがとう、バスチアンさん。『リーゼもこっちへいらっしゃい』」


『はい、お祖母さま。……ニンゲンの言葉がわからないままにしておいた方がいいかしら?』


『そうしましょうかお嬢様。いろいろ話しかけるのも大変ですからね! この私、ハルトムートが通訳を務めますよ』


『ハルめ、気取りおってからに。普段からそのように真面目であればもっと頼りになるのじゃが……』


『まあまあ。ほら、必要な時にやるならいいじゃない。ハル、よろしくね』


 先頭をバスチアン、半歩後ろに孫のシャルル。

 その後ろにもぞろぞろと人影が見える。

 バスチアンいわく、テッサの子孫たちらしい。ハーレムの結果である。いちおう友人の子孫もいるようだが。


 話しかけられたイザベルが、孫のリーゼに声をかける。

 ハルとともに近づくエルフの少女・リーゼ。

 イザベルの隣にいた両親とあわせて、こちらもテッサの子と孫である。ハーレム野郎の結果である。


「おお……初代国王の父・テッサ様と『風神姫』イザベル様の子と孫でありますか。儂は『炎神姫』の子孫、ゴルティエ侯爵家のバスチアンと申します。お会いできて光栄です。ほれシャルル、挨拶を」


「みなさま初めまして。『炎神姫』の末裔、シャルルと申します。冒険者のハルさんには家庭教師をしてもらったこともあるんですよ」


 王都に拠点を持っている1級冒険者でエルフのハルとは面識があるが、イザベルとリーゼには初対面。それがシャルルとエルフの公式の関係である。

 シャルルに続いて挨拶する各家の子孫たち。

 『賢神姫』と公爵家の一つに年頃の子孫がいないのは、婚約破棄事件の影響であろう。

 直接関係した二人は別として、各家総出で血族の若手の再教育に取り組んでいるらしい。しばらく公の場に出すのを避けているのである。

 もう一つの公爵家と『剣神姫』は、まだ学生の身分の子供がパーティに参加していた。

 デビュッタント前だが、エルフの中に少女がいることが判明して、浮かないように取られた特別措置である。

 そして。


「『獣神』の子孫、ダヴィドだ。エルフってのは剣も弓も魔法もすげえんだって? 『風神姫』様と言やあ、風の大魔法で軍勢を蹴散らしたって言うしよ。今度手合わせしてくれねえかなあ」


「ちょっと、ダヴィド」


 シャルルの友人にして『獣神』の子孫、獅子人族のダヴィドの言葉。

 ぶっきらぼうな言葉だが、これでも彼なりに尊敬しているらしい。

 何がおかしいのか、イザベルはダヴィドの無礼とも取れる態度に笑顔を見せている。


「ふふ、みんな面影はあるけど……ダヴィドくんは見た目も話し方も『獣神』そっくりね!」


 建国時の六宗家はテッサの嫁と子供たちが興したと言われている。

 だが、例外が一家あった。

 テッサがハーレムを築いていたからと言って、男友達がいなかったわけではない。

 ハーレム野郎にも男友達はいたのだ。少なかったが、皆無ではないのだ。

 『獣神』の侯爵家は、テッサの親友が興した家である。


「いいわよ、じゃあ見せてあげましょう。この国を興した私たちの力を。貴方たちの祖先がどれほどの力を持っていたかを。私が『風神姫』と呼ばれる理由を」


「マジかよ! 言ってみるもんだなおい!」


「ダヴィド……申し訳ありません、イザベル様」


「シャルルくんだっけ? いいのいいの。私を通してみんなの子孫に『みんなはすごかったんだ!』って知ってもらいたいだけだから」


 パチッとウインクするイザベル。

 よわい数百才のウインクである。

 見た目は30代女子なので問題ない。30代女子なので。


「皆様、ではテラスに向かうのはいかがでしょうか?」


「うむ、それがいいじゃろう。眼前の庭であれば多少の魔法は問題ないじゃろうからな」


「はっ、『赤熱卿』が言いよるのう。新魔法の披露で王宮の庭を黒こげにしたくせに」


 賢神姫、炎神姫、剣神姫の子孫がワイワイ言いながら、イザベルを先導する。

 年齢こそ違うものの、バスチアンも含めた三人はわりと仲が良いらしい。


 このパーティで注目を集めるエルフと、高位貴族たちの集団である。

 ユージも周囲の貴族も、つられるようにぞろぞろとテラスに向かって行った。

 もちろん、どんな魔法が見られるのかと目を輝かせるアリスとリーゼも。

 ワクワクした様子で尻尾を揺らす、言い出しっぺのダヴィドも。



 そして。


『万物に宿りし魔素よ。『風神姫』イザベルの命を聞きて顕現せよ。魔素よ、渦巻く風となりて総てを散らせ。天より高く、彼方まで。竜巻創造クリエイト・トルネード


 王宮の庭に小さな竜巻が発生する。

 魔法で作られたそれは動くことなくその場に留まり、庭園の芝を、土を、花を、周囲の低木を、ベンチを空に巻き上げた。


「すごい……これがイザベルさんの本気……」


「あらユージさん、まだ本気じゃないわよ? 本気でやったら庭が滅茶苦茶になっちゃうもの」


「え? その、もうメチャクチャなような……」


 目を見開いて驚くユージ。

 ユージの言葉の通り、小さな竜巻は庭を荒らしている。

 これでも本気ではないらしい。


「本当はもうちょっと大きくして、いろいろな方向に動かすの。超大型モンスターにはあまり効かないんだけど……数が多い小型のモンスターやニンゲンには効果抜群ね。建物なんかにも効果的よ?」


「は、はあ、そうですか……」


 テッサが創ったこの街は、かつて大軍に取り囲まれた。

 勝利したのはテッサと嫁と子供たちと友人の一騎当千っぷりによるものである。

 その片鱗を目にして。

 ユージも、テッサやその友人を祖にする王家と六宗家の面々も、目を見開いてポカンと口を開けていた。

 驚いていないのはエルフぐらいである。

 まあ魔法を教わったこともあるアリスやコタロー、シャルルは驚きより興奮の方が強いようだが。

 チーム戦闘狂である。

 そして、戦闘狂はこの場にもう一団体。


「うおおおお、すげえすげえ! さすが『風神姫』! 親父、あれに飛び込んでいいか!?」


「待て待て待て、イザベル様に確認してからだ。あと俺が先だ!」


「ふふ、アイツと同じことを言うのね。ええ、いいわよ『獣神』の子供たち。ただ死なないように気をつけてね?」


「了解ッ! いよっしゃあ! 今代『獣神』、いざ参らんッ!」


「あっ! くっそ親父、抜け駆けしやがって!」


 イザベルの許可を得て、小さな竜巻に向けて駆ける獅子人族の二人の男。

 その身はほのかに青白く光っている。

 武器に魔力を纏う高位冒険者の技術の応用だろう。


「ちょっ、ダヴィド、さすがにそれは無茶だって!」


 シャルルの警告も虚しく。

 二人の獅子人族は、竜巻に吸い込まれて彼方へ飛ばされていった。

 どこぞでドカッと大きな墜落音がした後に、悔しがる声が聞こえてきたので大事はないのだろう。頑丈な男たちである。


 この国において近接最強の一族をあっけなく排除した風魔法。

 しかも本人によれば、これでも本気ではないという。

 その実力を知って、貴族たちはゴクリと唾を呑んでいた。


「どうかしら? これが貴方たちの祖先、その実力の一端よ。特技は違うけど、みんな似たようなことはできたわ。『賢人姫』だけはちょっと方向性が違うけどね」


 明るく告げるイザベル。

 その言葉に誇らしげな顔を見せる者、怯えた表情を見せる者。

 すごいねーなどと言い合うユージとアリス、リーゼあたりとは違う感情を持ったようだ。ユージのまわりだけ暢気すぎである。


「ホウジョウの街もユージさんも、私は気に入ってるの。もちろんエルフも、エルフの里もよ。変なこと考えたら、本気の魔法を使っちゃおうかしら」


 ニコニコと笑みを浮かべて言い放つイザベル。

 どうやらお茶会の時に国王に伝えた『目立つ宣言』を実行したらしい。

 魔法を見せつけて釘を刺すこともその時に思いついたのだろう。

 貴族たちは言葉もなく、コクコクと頷くのだった。

 落下地点から駆け戻ってきた獅子人族の二人の、もう一回コールが響く中で。



 ユージがこの世界に来てから12年目。

 王宮のボールルームで行われているパーティは、まだ続くようだ。

 ユージの代わりにわざとエルフのイザベルが目立ちつつ。 


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