第十六話 ユージ、パーティまでの待ち時間にお茶に招かれる
午前中に謁見を行い、夕方にはパーティが開かれる。
そのため、主役である領主とユージはそのまま王宮に滞在する予定となっていた。
当然、アリスやエルフたちも。
王宮のメイドに提供された昼食を軽くつまんで、ユージは着替えを終える。
謁見とパーティは、時間帯も違えば格も違う。
夕方から始まるパーティは音楽とダンスを肴に社交を楽しむものであり、衣装は謁見よりも崩して、華やかなものが基本となる。
着替えたのはユージだけではない。
同行したアリス、エルフの少女・リーゼ、祖母で『風神姫』のイザベル、リーゼの両親、長老二人に1級冒険者のハルもパーティ用衣装に着替えていた。
そして。
ユージはいま、王宮の中庭にある東屋でお茶していた。
国王と。
「ユージ、緊張せずとも良い。招いた者以外は、私が信頼している者しかここには入れぬ。畏まる必要はない」
「は、はい、畏まりました」
どうしてこうなった。
ユージの胸にそんな思いが去来するが、口にするわけにはいかない。
何しろ目の前にいるのは、この国の最上位、国王なのだ。
いくらこの世界に来て11年がんばってきたとはいえ、10年間引きニートだった男が軽妙なトークを楽しめるわけがない。
タメ口などもってのほかである。
畏まる必要はないと言われたのに、畏まりましたと返すほどユージの口調がおかしくても。
「それはムリな話じゃろう。ファビアンでさえこの様子なのじゃ」
「はっ! この場に呼んでいただけたこと、大変光栄でございます!」
王宮には離れがある。
王家の面々が暮らす場所であり、出入りするのは侍従や信が厚い臣下のみ。
侯爵であるバスチアンは入ったことがあるが、ユージの上司で領主のファビアンは初めて足を踏み入れたらしい。
謁見よりもガチガチに緊張している。
「そう、コタローっていうの。賢い犬ねえ」
「ありがとうございます王妃さま!」
「王妃さまと普通に会話を……アリスちゃんは大物ね」
「領主夫人さま、アリスちゃんはリーゼの親友だもの! レディはどんな時も緊張を見せないのよ!」
『ふうむ、美しい庭だのう。ここから見るよう配置されておる』
『そうね、ニンゲンもなかなかじゃない。庭の中の東屋もいいものねえ。長老会の場所も屋根を付けようかしら?』
「その、なぜ私まで呼ばれたのでしょうか……ユージさんよりよっぽど場違いで……」
「私に言われてもわからないわよ、ケビン。何か用事があるんじゃない?」
「ほらほら、細かいことは気にしないでお茶でも飲んで! あ、このお菓子おいしい」
王宮の離れにある庭の東屋。
そこには、国王やユージ、バスチアンとファビアンの他にもお茶を楽しむ人たちがいた。
国王の妻である王妃、空気を読んで大人しく王妃に撫でられるコタロー。さすがにはしたないまねはできないわ、ひらひらがきになるけど、とばかりに淑女ぶっている。できる女である。犬だけど。
コタローを褒められて喜ぶアリス、アリスの強心臓っぷりに顔が引きつる領主夫人のオルガ、親友が褒められて誇らしげなエルフの少女・リーゼ。あいかわらずズレたレディ観……いや、この場合は正しいようだ。
言葉が通じないこともあってマイペースで景色とお茶を楽しむ長老二人とリーゼの両親。
そしてなぜか呼び出されて同席することになった商人のケビン。
ケビンの質問に首を傾げるリーゼの祖母のイザベル、どこまでもマイペースな1級冒険者のハル。
いつも泰然としたケビンがビビるのも当然だろう。
離れの庭の東屋は、かつてないほどに混沌としていた。
「王よ、先に話してしまった方がいいんじゃないかのう? ユージ殿とケビン殿は緊張が解けないじゃろう」
「そうだな、バスチアン。では皆をこの場に呼び出した理由を話すとしよう」
ガッチガチなユージとケビンを見て、国王にアドバイスするバスチアン。
シャルルとジェラルドとともに上級学校で会った時とは違って、バスチアン先生とは呼ばないらしい。
ここは公の場ではないが、身分が関係あることは間違いないので。
「ユージ」
「は、はい」
国王に呼ばれてビクッと体を震わせるユージ。
アリスと違ってノミの心臓である。
まあ仕方あるまい。
例えば元いた国の首相と面会して、あらたまった顔で名前を呼ばれたら大半の人はビクッとするだろう。
呼ばれた理由が何であっても。
ユージの目を見つめながら、国王が問いかける。
「ユージは、
「え……?」
あっさりバレていた。
思わずバスチアンとファビアンに目を向けるユージだが、横に座る二人は小さく首を振るのみ。
二人が国王に報告したわけではないらしい。
後ろで我関せずとばかり雑談していたイザベルと、そのイザベルの合図を受けてエルフの一行に緊張が走る。
だが。
「ああ、構えなくてよい。害する気などまったくないのだ。もし稀人が現れた場合、本人の希望通りにさせるようにと王家には言い伝えられておる。もちろん求められるようであれば保護を、危険が迫っているようであれば忠告をするがな」
「は、はあ。……でも、なんで俺のことを稀人だと思ったんですか? 俺、髪の色も焦げ茶色で……」
「ユージ。王家には、テッサ様が残された文献も残っておる。故郷だという国の様子もな。それに、私たちは私たちなりに情報を集める方法もあるのだよ。影以外にも」
穏やかにユージに話しかける国王。最後の言葉はバスチアンに向けたものか。
新しい商品が生み出されて活気づく辺境、成功して急激な速度で発展していく開拓地、突然森に現れた見たことがない様式の建物、言葉が違うはずのエルフと交流できること。
どれか一つであれば、珍しくてもなくはないだろう。
だがどれもこれもすべて、中心にいるのは一人の人物である。
情報を集めた国王は、ユージが稀人であると結論を出したようだ。
黒髪をダークブラウンに染めた、ユージの付け焼き刃の偽装など関係なく。
「この場にいる者たちは知っていたのであろう? なに、咎めはせぬよ。だいぶん浄化されたとはいえ、良からぬことを企む輩がいるというのはわかっておるゆえな」
ここ最近、隣国の間者や犯罪に手を染める貴族たちは姿を消している。
影の一族を味方につけ、上位貴族の直系が所属する国家警察によって。
それでもゼロになったわけではないし、稀人が現れたとなれば貴族でなくても取り込もうとする者はいる。
稀人の存在を隠していたバスチアンもファビアンもケビンも、特に咎められることはないらしい。
「今回はいい機会であった。稀人であるユージの意志を直接確認しようと思っての。このような場を設けたのだ」
「そう、よかったわ。テッサとあの子の子孫だもの、敵対したらどうしようかと思っちゃった」
にこやかに言うイザベル。
その言葉に胸を撫で下ろす国王、バスチアン、ファビアン。
まだ幼いリーゼを除いてこの場にいる6人のエルフは、冒険者でいう1級、特級クラスである。
国王はそこまで知らなかっただろうが、『風神姫』の伝説とハルが1級冒険者であることは知っている。
この場にいる人間の護衛たちだけでは敗北必至であった。
王侯貴族とエルフ、アリスとケビンとコタローの目がユージに集まる。
庭園に鳥の声が響き、しばしの沈黙が流れる。
やがて、ユージが口を開いた。
「王様の言う通り、俺は
「やはり……テッサ様以来の稀人だったか。ではユージ殿と呼ばせてもらおう。ユージ殿、それで稀人であるユージ殿は何を為したい? 何を望む? この国はそもそも稀人であるテッサ様とその嫁と子が興した国だ。ユージ殿に望みがあれば叶えるか、手を貸そう」
テッサがいなければこの国はなかった。
ユージが稀人と聞いても国王は無理に取り込むことなく、希望を聞くようだ。
それは、稀人の血を引く子孫としての敬意の形なのかもしれない。
まあもしユージが『テッサと嫁と子供たちのように国を興す』と言った場合、どう反応するか気になるところだが。
問われたユージが再び口を開く。
「その、王様。俺は、いまの生活を変えようと思ってません。家に住んで、みんなと一緒にホウジョウ村で、ああ、いまはホウジョウの街で暮らして」
お金でも地位でも名誉でもない。
それは、ささやかな願い。
「いま、すごく毎日が楽しいんです。こっちでも、向こうでも誰かの役に立ててるらしくて」
平穏な日常生活を送る。
ユージが、この世界に来て手に入れたこと。
「だから、俺の意志っていうなら、俺はこのまま今の生活を送りたいです。あ、ホウジョウの街が発展したら代官の仕事が増えて忙しさは変わるかもしれませんけど、それはそれで、はい」
冒険者として活躍するでもなく、商人としてお金を稼ぐでもなく、成り上がるでもなく、ましてや国を興すでもなく。
平穏な日常生活を送る。
小さな小さな願い。
10年間引きこもっていたユージにとって、『誰かの役に立っている平穏な日常生活』というのはそれほど大きなことなのだろう。
そんなユージの発言を聞いて、アリスは嬉しそうに笑っていた。
コタローはちょっと呆れた様子で、もうゆーじ、おとこなんだからゆめはおおきく、でもしょうがないわね、ゆーじだもの、とばかりに。
「そうか……うむ、了解したユージ殿、ではそのように計らおう。バスチアン、ファビアン、オルガよ。この後のパーティではユージ殿につくように! 何ぞおかしなことを言い出す者がいれば、私に報告せよ。表から、裏から、状況に合わせて手をまわそう」
「はっ!」
「元よりそのつもりじゃ。のうアリス?」
「うん! お願いね、おじ……バスチアン様!」
「ふふ、ユージさんらしいわね。だったら私が目立った方がいいかしら?」
「え? イザベルさん? そりゃ俺はその方が気楽ですけど……」
「ええー? ユージ兄が主役なのに? お祖母さま、レディなのに出しゃばっていいの?」
「リーゼ、時と場合によってレディらしさは変わるのよ! さーて、何しようかしら」
「『風神姫』イザベル様。その、できれば穏便な目立ち方を……」
ユージの意志を受けて、国王は現状のままいられるよう手をまわすらしい。
もっとも、ユージは騎士爵の領主・ファビアンの部下である。
引き抜こうとする者は上司である貴族の了承を得なければならず、ファビアンが盾になるはずだ。物理的に。いや、貴族の慣習として。それもあって、ユージは文官となったのだ。
さらに侯爵であるバスチアン、国王、エルフたちの後ろ盾がつく。
現状維持で、というユージの希望は叶えられるだろう。
テッサの嫁たちの活躍の伝承でもあるのか、『風神姫』イザベルの目立つ宣言に、顔が引きつる国王はともかくとして。
「……う、うむ。やはりこうしたことは顔を合わせて聞かねばな。ユージ殿、有意義な時間であった」
満足げにうんうんと頷く国王。
横に座る王妃も微笑みを浮かべている。
ずっとユージと一緒にいたアリスもコタローも、ユージを初期から支えてきたケビンも。
領主夫妻もバスチアンも、エルフたちも。
ユージがこの世界に来てから12年目。
ユージは初めて、この国のトップである国王と言葉を交わした。
稀人なことはバレていたが、むしろプラスに作用したと言えるだろう。
こうしてユージは、この国で最大の後ろ盾を手に入れるのだった。
ところで。
国王は、無茶な希望でなければ叶えるつもりであった。
例えばユージの望みがハーレムであっても。
ユージ、人生最大のチャンスを逃したようだ。
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