第十五話 ユージ、初めての王宮で国王に謁見する
磨き抜かれた白い石材の床、中央に敷かれた赤い絨毯。
まっすぐ敷かれたレッドカーペットの奥には、三段のステップがある。
その奥には、ユージが見ても一目で分かる『玉座』があった。
時刻は午前。
謁見の間の側面の窓からは、まばゆいほどに光が差し込んでいる。
レッドカーペットを挟んで左右に並んでいるのはこの国の貴族たちだろう。
手前から奥に向かうにつれて、服装も装飾品も豪華になっていく。
とはいえユージに周囲を見る余裕があったわけではない。
ユージはただ足下のレッドカーペットを見つめながらゆっくり歩くのみである。
というか領主夫妻もユージ同様に周囲に目を向けることなく下を見て歩いている。
一行の正面にいるのは、玉座に座る国王。
謁見に望むにあたって、視線を落として進むのが作法らしい。
騎士爵、男爵、子爵、伯爵。
進むにつれて、レッドカーペットの両脇にいる人々の位が上がる。
豪華な装身具が陽光を反射してキラキラと輝くが、ユージはそのさまを見ていない。
間断なくフラッシュが焚かれたアカデ○ー賞のレッドカーペットの方が、ユージはよほど周囲を見ていただろう。
居並んだ人々は小声で囁き合っていた。
話題は、辺境の領主で騎士のファビアンの偉丈夫なさまでも、夫人のオルガの艶っぽさと凄まじい胸部装甲っぷりでも、どこか垢抜けないユージや平民らしからぬアリスでもない。いや、胸部装甲はちょっと話題に上っている。哀しい男の
「おお、あれが『風神姫』さま……なんと凛々しい……」「これは絵師に描かせなければ」「建国以来疎遠になっていたエルフの方々が王宮に」「あれが1級冒険者『不可視』のハルか。特級への昇格を断っているらしいな」「あの少女を見よ、まるで神が作り出した芸術品ではないか」「建国前からの事実を知る方。ぜひ当時の真実を聞かせていただきたい」「我が家の初代についても知っておられるだろうか……」
ユージとアリスの横を歩くエルフの少女・リーゼと両親、そしてリーゼの祖母にして初代国王の父・テッサの嫁のイザベル、エルフの里の長老二人、1級冒険者のハル。
謁見の間に集まった貴族が隠しきれないほど興奮しているのは、7人のエルフの存在のせいだ。
1級冒険者でエルフのハルは、王都を拠点に活動している。
ハルは見目も麗しく、魔法も剣も弓も使いこなす実力者であり、繫がりがある貴族家から家庭教師の指名依頼を受けることもある。
それでも。
エルフを目にすることは貴族であっても数えるほどで、初めて目にする者もいる。
それが集団で着飾り、謁見の間を進んでいるのだ。
伝説に詠われる建国の英雄『風神姫』とともに。
貴族が興奮するのも当然である。
貴族のざわめきが聞こえる中、領主夫妻はためらうことなく進んでいく。
後ろについたユージも、足が震えるのを耐えながら二人についてレッドカーペットを進んでいく。
そして。
玉座に続く三段のステップのはるかに前。
左右に侯爵が並ぶあたりで、領主夫妻は立ち止まった。
つられてユージとアリスも、エルフたちも。
領主夫妻が目を伏せたまま跪く。
事前に教わっていたユージとアリスも、わずかに遅れて同じ体勢をとっている。
片方のヒザを赤い絨毯につけて、言葉がかけられるまで身を屈める。
正しく臣下の姿勢である。
だが、エルフ一行は違っていた。
片ヒザはつくものの、上体は起こして視線は正面に。
敬意を表しているが、エルフは臣下ではない。
アリスの祖父で侯爵のバスチアン、領主夫妻とエルフたちが話し合った結果の姿勢である。
他国から来る国賓の振る舞いを参考にしたらしい。
ざわめきは止まないが、否定的な意見は出ない。
エルフたちの中心はこの国を興した英雄であり、初代国王の母の一人である。
貴族たちが敬意を持つのも当然だろう。
もっともそれは、他国と繫がりがあった貴族や後ろ暗い商売に手を出していた者、不正を働いていた者がそれなりの数で粛正されていたからかもしれない。
平民も貴族も、罪を犯した者には罰を。国家警察の懐刀『紅炎の断罪者』によって。
自然にざわめきがおさまり、謁見の間が静寂に包まれる。
しわぶき一つない沈黙。
ユージの胸が緊張で高鳴る中、やがて一つの声が響く。
「
重々しく響く声。
この国の最上位、国王の声である。
声に従って、領主夫妻が跪いた姿勢のまま顔を上げる。
一拍遅れて、ユージとアリスも。
レッドカーペットの先にユージが見たのは、三人の男たちだった。
玉座に座る国王、その左右に侍る宰相と騎士団長。
いずれも40代ほどで、人の上に立つ者の貫禄があふれている。
ユージには見えなかったが、後ろには侍従も控えていたようだ。
固まるユージ。
同じレッドカーペットでも、ドルビーシアタ○前の記者たちの方がよっぽど緊張しなかったなあ、などとくだらないことを考えている。現実逃避である。
「まずは騎士ファビアン・パストゥールよ、久方ぶりにパストゥール領に新たな街ができたと聞く。辺境の
「ありがたきお言葉です」
「よって、騎士ファビアン・パストゥールと実務を担った代官ユージ・ホウジョウに第四位緑綬褒章を授ける」
「はっ! この栄誉を糧に、さらなる開拓と発展に励みます!」
静かな謁見の間に、国王とファビアンの応答だけが響く。
事前に聞かされていた通り、ユージは喋ることなくすべて領主にお任せである。賢明な判断である。
「そして! 騎士ファビアン・パストゥールおよび代官ユージ・ホウジョウにより、エルフの皆様との交流が復活し、交易が成されたと聞く!」
王の言葉にどよめく貴族たち。
情報は知っていたはずなのに驚きの声である。サクラではない。こうして正式に国王の口から告げられたことに驚いたのだ。
「建国後にエルフがこの地を去られて以来の快挙である! 騎士ファビアン・パストゥールとユージ・ホウジョウには第一位黄綬褒章を授ける!」
居並んだ貴族のどよめきは先ほどよりも大きい。
パラパラと拍手が送られ、やがて割れんばかりの歓声が謁見の間に響く。
建国の祖であったはずの、失われたエルフとの繋がり。
国としても貴族としても歓迎すべきものであったらしい。
周囲の歓声を聞いて、ユージの顔に微笑みが浮かぶ。
領主に頼まれてやったこととはいえ、元から繫がりがあった稀人とはいえ、ユージが成したことである。
歓声と勲章という形になって、ユージも実感できたのだろう。
侍従が持ってきた勲章は、さっそくファビアンとユージの胸に取り付けられた。ユージの胸に宿った誇りとともに。
ちなみにこの国では、功績の種別に合わせて色が違う勲章が用意されている。
開拓や自然の活用などに関するものは緑、経済や交易に関するものは黄、戦争やモンスターの討伐に関するものは赤といったように。
種類に応じて色を、功績の大きさに応じて第一位から第五位まで。
それがこの国における勲章である。
つまり、ユージが貰った第一位黄綬勲章は、交易などの経済分野において一番の勲章であった。
勲章の授与は終わり、謁見の間に弛緩した空気が流れる。
その隙をつくように玉座にいた王と宰相、騎士団長が三段のステップを下りてきた。
ざわめく会場をよそに、淡々と。
そして。
エルフのイザベルの前に。
「ご挨拶が遅れました。『風神姫』イザベル様、王家に代々語り継がれし建国の英雄よ。こうしてお会いできたこと、大変うれしく思います」
「まあ。気を遣わなくていいのよ、ユージさんに勝手についてきただけだから。それに、王様がそんな態度をしちゃダメでしょう? 顔を上げて、立ち上がってちょうだい」
「では。おお、王宮に残された似姿そのままでらっしゃる」
「あら、ぜひ見たいところね。それに……王様は、テッサにもあの子にも似てるわね。王となったあの子にも」
向かい合った二人。
イザベルは、目を細めて国王を見やる。
自分の夫と別の嫁の子孫。
国王の顔に、その面影を感じたのだろう。
「……ありがとう、ございます。初代国王の父と母、そして初代国王その人に似ている。そのお言葉に、お会いできた喜びを感じております。どうか今宵のパーティで、我らにその頃のお話をお聞かせください」
「ええ、いいわよ。でも……領主と、ユージさんが主役じゃないのかしら?」
「イザベル様、お気になさらず。儂は何度でも機会はあるし、イザベル様とお会いできる機会もありますゆえ。ユージ?」
「あ、はい、俺のことも気にしないでください!」
急にふられても戸惑わないで答えるあたり、ファビアンは肚が据わっているのだろう。
ユージは動揺しながら答えた後に、俺が主役とか落ち着かないっていうか、むしろパーティに出たくないぐらいで、などと小声でもごもご言っている。チキンか。いまもらった勲章と誇りはどこにいったのか。
ともあれ。
粗相もなく、ユージは国王の謁見を無事に終了するのだった。
ユージの11年間の功績を認めた、二つの勲章を胸にぶら下げて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます