第十四話 ユージ、謁見のために初めて王宮に足を踏み入れる


「ふふ、ユージ兄、私とおんなじ髪の色になったね!」


「初めて髪の毛染めるのが異世界でなんて……」


「ユージさんもアリスちゃんもお似合いですよ。焦げ茶色は人を選ばない髪色ですからね」


 ユージが王都に着いてから8日目の朝。

 昨夜、ユージは人生で初めて髪の色を染めた。


「うむ、自然な色合いだ。これで疑われることもないだろう」


「ええ。こうしてアリスちゃんと並ぶと、本当の兄妹みたいだもの」


 この世界でも黒髪黒目でアジア系の顔立ちは存在する。

 テッサをはじめ歴史上に何度も現れた稀人のせいか、あるいはユージが元いた世界とは違う法則ゆえか。なにしろこちらにはピンクや水色といったありえない髪色の人間もいるので。

 それでも。

 領主夫妻のアドバイスで、ユージは髪を染めることにしたようだ。

 王都の貴族に稀人だとバレる可能性を、少しでも隠すために。


 いまのユージはダークブラウンの髪で黒い瞳。

 ユージに合わせてアリスも同じ髪色に染めて、紅い瞳である。

 瞳の色も顔つきも違えど、兄妹に見えるのは長く一緒にいたせいで纏う雰囲気が似たのだろうか。


「いいなあアリスちゃん! リーゼも同じ色に変えようかなあ」


「リーゼ、もう時間がないわよ。せっかくキレイに編んだんだし、また今度ね」


「はーい、お祖母さま!」


「ふふ、では後日、また髪用の染料を用意しましょう。金髪を焦げ茶色に染めるのは何色が必要か……」


 染毛剤を用意したのは、ユージと一緒に領主の館に滞在していたケビンであった。

 ケビンはいまだに危なっかしいユージの世話係として、エルフたちの通訳として王都にある辺境の領主の館に滞在していたようだ。


『あら、髪の色も変えられるのね! 私も今度やってみようかしら』


『婆、洒落っ気を出しても仕方あるまい? その歳ではなあ』


『イザベル、王宮に行くのが一人減るけど問題ないわね? 死体の処理はハルに任せていいかしら?』


『落ち着いて長老! まったく、女性に歳のことを言うなんて爺様も恐れ知らずだなあ』


 髪を染めたユージとアリスを見て、エルフたちは大騒ぎである。

 年長者のはずの長老たちも、人里に慣れているはずのハルも。


「うむ、なかなかの男ぶりだぞユージ」


「どうですかね、なんか落ち着かないですけど……でも、ありがとうございますファビアン様」


「ファビアン様、私はどうですか? この服、みんなに作ってもらったんです!」


「アリス嬢は美人に成長したな。さすがバスチアン様の」


「あなた。アリスちゃんは辺境に住むただの領民ですわ。今日は間違えないようにしてくださいませ」


「……そうであったな」


「アリスちゃん、すごく似合ってるわよ。きっと男たちが放っておかないわ」


「ええー?」


 アリスはオルガの側近に髪の毛をセットされて、謁見にふさわしいドレスを身に着けている。

 エルフと交流があるユージの義妹として、ネックレスはエルフに贈られたものをつけている。ネックレスはリーゼとお揃いだ。髪飾りには、ホウジョウの街で作られたコサージュをつけていた。

 着飾ったアリスは領主夫人のオルガからお褒めの言葉をいただくも、口説かれるだろうという予想に首を傾げる。

 アリス、一人称が『私』になったものの、いまだに精神が幼いのは世間擦れしてないせいか。


 髪の毛を染めたユージも衣装はドレスアップしている。

 モーニングである。

 掲示板住人とホウジョウの街の針子たちの渾身の逸品である。

 アリスのドレスもそうだが、最終調整とチェックはゲガス商会馴染みの針子が行い、一週間の旅路の汚れやシワもなくなっている。

 ユージ、立派な紳士姿である。見かけだけは。


「そろそろ迎えの馬車が来る頃だろう。ユージとアリス嬢は問題なさそうだな。エルフの皆様の準備はいかがですか?」


「問題ないわ! 大丈夫よね、ハル?」


「ええ、オッケーでしょう。ニンゲンの服とは多少異なりますが、これが私たちエルフの正装ですから」


 エルフの少女・リーゼとその両親、祖母のイザベル、二人の長老の格好は独特だ。

 男女ともに長い布を体に巻き付けて、腰のあたりで帯のようなベルトを締めている。

 体に長い布を巻き付けるワンピースのような民族衣装は珍しいものではない。

 ユージが元いた世界でもさまざまな民族で着られていたものだ。もちろんそれぞれの糸、織り、布、刺繍、色も柄も様々だが。

 エルフの衣装が生成りが基本なのは、自然を大切にしているからだろうか。


「みなさま、パーティ用のドレスはこちらの木箱にお一人分ずつ収めてあります。どなたの物かエルフと人間の言葉で表に書いておりますので、間違えることはないかと。王宮でつけられるはずのメイドにお渡しください」


「ありがとうケビン」


「さすがに私はついていけませんから。ハルさん、よろしくお願いします」


「任せておいて! ボクはこういう時のためにニンゲンの街で暮らしてるんだしね!」


 ユージとアリス、エルフたちは謁見用の衣装に着替えているが、ケビンは平服のままである。

 まあ領主の館に滞在する以上、いつもより豪華な服は着ているようだが。

 これまでユージのサポートをしてきたケビンだが、謁見にもパーティにも参加しないらしい。

 ホウジョウの街の発展に貢献してきたとはいえ、ケビンはあくまで商人なのだ。


「はあ、不安だなあ」


「心配するなユージ、儂もバスチアン様もついておる。むっ?」


「あなた、お迎えの馬車が来たようですわ」


「うむ。では参ろうか!」


 領主の宣言が応接間に響く。

 ためらうことなく歩き出すエルフたちとアリス。

 だがユージは、緊張のあまり椅子から立ち上がれないでいた。

 そんなユージに近づく一つの影。

 コタローである。

 座ったユージの足に体をこすりつけて、応接間の扉にクイッと顔を向けるコタロー。

 ほらほら、きんちょうしてないでいくわよゆーじ、はらをきめなさい、とでも言わんばかりの行動である。裾を噛まないのは、針子たちの苦労を知っているからだろう。気遣える女である。犬だけど。

 意図が通じたのか、そっとコタローの頭を撫でてユージが立ち上がる。


 ユージがこの世界に来てから12年目の春。

 ユージは、初めて王宮に向かうようだ。

 かつて10年間引きこもっていたユージが、この国の最上位、国王に会うために。


 ちなみに。

 ユージの緊張をほぐしたコタローは、今日も全裸であった。犬なので。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 領主の館に迎えに来た王宮の馬車に乗せられて、ユージたちは王宮に到着した。

 まっすぐ控え室に通されて、人心地ついたユージたち。

 緊張して口数が少ないユージをよそに、エルフたちはお茶を楽しむ余裕さえあったようだ。

 この待ち時間は王宮側の準備を整えつつ、来客を落ち着ける意味もあったのだろう。


 ユージは小刻みに震えていた。

 コタローにほぐしてもらったのに、また緊張してきたらしい。

 アリスがそっとユージの手を取る。

 ちなみにコタローは謁見には同席できないらしく、神妙な顔をした犬人族の男たちに連れて行かれた。

 二足歩行するボルゾイである。見た目からして高貴な感じである。

 中庭に案内して、そのままコタローの相手をしてくれるらしい。

 コタローには犬人族を従えるカリスマ性でもあるのか。



 いまユージは玉座の間の前、大きな扉の正面に立っていた。

 領主夫妻を先頭にして、その後ろにユージとアリス。

 ユージとアリスの横には、エルフご一行様が控えている。


 領主は騎士の正装である騎士服を、領主夫人はいわゆるアメリカンスリーブのロングドレスを身にまとっている。

 ユージからは背中が丸見えである。ついでにいえば、後ろからははみだした双丘が見えない。ホウジョウの街で作られたブラジャーのおかげである。その分、前への盛り上がりがすさまじいことになっている。

 まあいまユージにそれを気にする余裕はないのだが。


 扉の左右に立つ近衛に頷く領主。

 それが合図だったのだろう。

 4メートルもの高さがある扉が、ゆっくりと開かれていった。


 ゴクリと喉を鳴らすユージ。

 と、ユージの手に触れるものがあった。

 コタロー……ではない。コタローは中庭ではしゃいでいる。

 アリスである。

 そっと手に触れたアリスが、ユージと目を合わせる。

 ニコッと笑って、ユージを励ますように。


 ユージは義妹の目を見て、一度目を閉じて息を吐き出す。

 前を向いた時、ユージの震えは止まっていた。

 肚をくくったようだ。


 扉が開き、声が聞こえる。


「騎士ファビアン・パストゥールとその妻オルガ・パストゥール! ホウジョウの街の代官ユージ・ホウジョウとその義妹アリス・ホウジョウ! そして『風神姫』イザベル様とそのご家族、およびエルフの里の長老方! 1級冒険者のハルトムート様! 以上11名、ご来場です!」


 声に応じて、先頭の領主夫妻が一歩足を踏み出す。

 続けて、その後ろのユージも。


 国王への謁見。


 10年間引きこもりだった男が、一人と一匹と一軒の家で開拓をはじめた男が。

 モニターごしに歩いたアカデミ○賞のレッドカーペットに続いて。

 レッドカーペットに、足を踏み入れるようだ。



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