第十九話 ユージ、王都からホウジョウの街に帰ってくる
「やった、プルミエの街だ!」
「帰ってきたねユージ兄、もうすぐホウジョウの街だね!」
「旅が終わっても、リーゼ、アリスちゃんとユージ兄とコタローと一緒にいられるんだ! えへへ」
「あらあらユージったら、よっぽど王都がイヤだったのかしら?」
プルミエの街の門をくぐる箱馬車のうちの一台。
その中には、コタローを抱きかかえたユージがいた。
同乗しているのはこの地を治める領主の夫人オルガ、アリス、エルフの少女・リーゼ。
それと、帰路の間中ユージのヒザの上に乗せられていたコタローである。
商人ケビンやほかのエルフたちは後続の馬車だ。
「オルガ様……その、俺、できればもう行きたくないです。王都はいいんですけど、謁見とか、パーティとか、お茶会とか……」
小さな声で呟くように答えるユージ。
心を落ち着けるように、その手はコタローを撫でまわしている。末期である。
開拓地の発展とエルフとの交易というこれまでの功績を認められたユージは、王宮に招かれた。
謁見では国王から二つの勲章を賜り、その後のお茶会ではユージが稀人なことがバレつつも、国王その人から『希望するならそのままでいい』と認めてもらえた。
続くパーティでも、領主とアリスの祖父・バスチアン侯爵のサポートを受けて、なんとか及第点を得ている。
ユージも、そこまでは緊張しながらなんとかクリアしたのだ。
今後同じようなことがあったとしても、緊張しつつ臨めたことだろう。
だが。
「なんて言うか、みんな怖いっていうか、できれば王都の貴族とは交流したくないっていうか、特に女性はヤバいです……」
「あらあら。ユージは素直だものねえ」
はあ、とため息を吐いて眉根を寄せる領主夫人。
色っぽい仕草である。
色っぽい仕草であるが、ユージはそれすら気づかない。
よっぽど疲れているらしい。精神的に。
パーティで肉食系女子な貴族の子女に狙われた。
それはまだいい。
ユージは戸惑うだけで、すぐさま領主夫妻やエルフたち、アリスに救出されていたので。
これだけであれば、まだユージの苦手意識は薄かっただろう。
また呼ばれたとしても、一人でなければ戦えるレベルである。
問題はその後であった。
パーティが終わった夜、ユージにあてがわれた王宮の個室に、夜這いをかけた下位貴族の娘がいた。
コタローのファインプレーで退散して行ったが、ユージは危うく食われるところだった。
既成事実で結婚コースである。
あまりの肉食っぷりにビビったのか、ユージはコタローを抱いて一夜を明かしていた。コタローも肉食系女子だが、犬なので。
さらに。
謁見とパーティが終わってからも、ユージはしばらく王都に滞在していた。
貴族とのお茶会のために。
侯爵であるバスチアンや領主夫妻がかなりの数の招待を断っていたが、それでも断り切れなかった者もいる。
ユージはバスチアンと領主夫妻、建国の英雄たるエルフのイザベルといった面々とともに、何度かお茶会に参加することになったのだ。
本音を笑顔で隠した貴族トーク、さりげなく押し付けられそうになる貴族の娘、衣料品や保存食、エルフの工芸品を有利に取引しようという攻防。
ユージはほとんど発言しなかった。
だが、目の前で繰り広げられる言葉を武器にした戦闘に、ユージはすっかり苦手意識を持ったようだ。
当然である。
しかもバスチアンと領主夫妻いわく、国王からのお言葉もあったし英雄たるエルフもいたし、かなり好意的なやり取りであったらしい。
ユージには信じられないことに。
この世界に来てから12年目。
ユージはようやく、貴族の何たるかを目にしたようだ。
これまで商売についてはケビンが担当しており、ユージが今までに会った貴族は辺境ゆえ大らかな領主夫妻、アリスの祖父のバスチアンだけだったので。
いずれもユージの話術が拙くても問題にしなかった面々である。
領主夫妻とバスチアンは、行く前の約束通りユージをサポートして守ってくれた。
リーゼの祖母のイザベルやリーゼ、リーゼの両親、長老二人にハルも、エルフという存在をことさらアピールしてユージに集まる注目を軽減してくれた。
それでもコレである。
ユージ、すっかり怯えてしまったようだ。
さすが元10年ものの引きニート戦士である。
「まあ問題ないわ、ユージ。陛下もユージのことを知りましたし、もう王宮に呼ばれることはありませんもの。ああ、希望すれば別よ? ユージは『稀人』だもの」
「ぜったい希望しません……そっか、でもよかったです。もう行かなくていいんですね」
「ええ。あとは王都に残ったあの人とバスチアン様がうまくやってくれるはずだわ」
困り笑顔で太鼓判を押す領主夫人。
領主夫妻はユージの上司である。
ユージの名が売れれば、領主夫妻にとってはプラスのはず。
貴族としては、都合の良い貴族の娘をユージにあてがった方がプラスを望める。
だが領主夫妻はそんな手段をとることもなく、ユージの意志を尊重するようだ。
とりあえず、ユージが担当するホウジョウの街が発展する限り。
「よかった……」
プルミエの街に帰ってきたというのに、ユージの顔はまだ晴れない。
目線はうつむきがちで、ずっとコタローを撫でている。
せっかく馬車に同乗したというのに、ちょっとした振動で揺れる領主夫人のたわわっぷりにさえ目がいかない始末である。
「ユージ兄、今日はケビンさんのお店にお泊まりして、明日家に帰るんだって!」
「そっか、やっとだね。アリスもリーゼもお疲れさま」
「リーゼ疲れてないわ。旅行、楽しかったもの!」
ユージを励まそうとしているのか、両横に座ったアリスとリーゼは明るい笑顔である。
単に親友との旅行と初めての王宮が楽しかっただけかもしれないが。
ともあれ。
ユージは、プルミエの街に帰ってきたのだった。
ユージの気持ち的には、長い長い外出を終えて。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ガラガラと、森の中に音が響く。
金属のレールの上を走る鉄道馬車。
ホウジョウの街へ向かう便である。
プルミエの街に到着してさっそく翌日、ユージたちは森の中を進んでいた。
ユージたちが森に入ったところから、森にいるオオカミたちが何度も遠吠えを繰り返している。
この辺りが『
森に散ったオオカミたちの遠吠えに、時おり馬車に乗ったコタローが遠吠えを返す。
王の帰還である。
コタローは犬だし、雌なのだが。
「ユージさん、もう間もなく見えてきますよ」
「やっとですねケビンさん! いやあ、長かった!」
「はは、王宮に招かれたにしては短い滞在でしたけどね。ユージさんはああいったことが苦手なようですから、長く感じたのでしょう」
『むう、間もなくユージ殿の街か。……帰りたくないのう』
『なに子供みたいなことを言ってるの? 里に帰って長老会で報告しないと。……私だって帰りたくないけど』
『まあまあ二人とも。王都やプルミエの街はともかく、ホウジョウの街には居留地があるんだから。また遊びに来ればいいじゃない』
『お祖母さま、領主夫妻はプルミエの街に遊びに来てもいいって言ってたわ! 事前に言ってくれれば、ニンゲンの護衛もつけるって!』
『リーゼちゃん、またみんなで街に行こうね! でも、私たちの街だって楽しいんだよ!』
御者を務めるケビン、家が近づいてようやくいつもの調子を取り戻してきたユージ、予想以上に楽しかったのか帰りたくないとボヤくエルフの長老二人、リーゼの祖母と両親に、リーゼとアリス。
9人と一匹が乗る二台連結の鉄道馬車は、ホウジョウの街に向けて進んでいる。
護衛のように馬車の周囲を走る、日光狼と土狼に囲まれながら。
ちなみに1級冒険者でエルフのハルは王都の拠点に居残りである。
国家警察所属のアリスの兄・シャルルと、『影神』となったジェラルドと協力して、ユージやエルフによからぬ企てをする貴族がいないか調査するようだ。
夜這いをした貴族の子女が誰かも判明することだろう。今のところは何の罪にもならないが。
「ああユージさん、見えましたよ。と言っても、第四防壁ですけどね」
御者席から後ろを振り返って告げるケビン。
馬車道の先には、森の中にそびえる土の壁が見えてきた。
現在ホウジョウの街の一番外を囲う土壁である。
高さ5メートル、厚さ3メートル。
壁の上は平らになっており、警備隊の見張りが歩けるようになっている。
そこには、こちらに向かって大きく手を振る犬人族の少年・マルクの姿があった。
オオカミたちの遠吠えを聞きつけて迎えに来てくれたらしい。
第四防壁と第三防壁の間にはまだ家も農地もなく、通常、警備兵は第三防壁に詰めている。
間のこの空間は、現在のところオオカミたちが自由に暮らすエリアである。
番犬ゾーンである。
もしくはコタローのキルゾーンである。
「ほんとだ、マルクくんだ! あ、エンゾさんもいる! ああっ、ユージ兄! みんな迎えに来てくれてるよ!」
身を乗り出して遠くを見つめるアリスが、人の姿を捉えたようだ。
第四防壁の上で手を振る警備隊の二人と同じように、ブンブンと手を振っている。
遠吠えを聞き取れるマルクが声をかけたのだろう。
門の前には、町長となったブレーズをはじめ、多くの人の姿が見える。
「やっと着いた! ただいまみんな!」
ユージの顔に笑顔が戻り、ホームタウンに帰ってきた安堵が心を満たす。
旅路と滞在期間をあわせて、およそ一ヶ月半。
貴族同士の会話と肉食系女子にビビったユージにとっては、ひどく長く感じられる旅を終えて。
ユージはようやく、家に帰り着くのだった。
ハーレムやら夜這いやら貴族子女からのアプローチやら、すべてを逃して。
季節は間もなく夏を迎える。
今年も、ユージに春は来なかったようだ。
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