第一話 ユージ、ホウジョウ村開拓地に帰り着く

「これが造りかけの用水路ね! 川までもうちょっとじゃない!」


「アリスちゃんとお嬢様ががんばったからね!」


「ユージ兄、アリスまたえいってやる?」


「うーん、任せていいんじゃないかな? どうなんでしょうハルさん?」


 エルフの里を出たユージたちは、川原で船を下りていた。

 いまは東へと陸路を歩み、開拓地に戻る道中である。


 川から水を引くべく、開拓地からアリスやリーゼの土魔法でへこまされた用水路予定地。

 どうやらユージたちは、その先頭までたどり着いたようだ。

 船頭役としてついてきた二人のエルフが工事現場を検分している。


「ユージさん、あとはこの二人に任せて! 里でも土木工事を担当してる二人だからね! こう見えて!」


「こう見えてって何よハル! まあでもそうね、あとは任せてちょうだいユージさん。ここなら川からも近いし、食料も野営場所もこっちで手配するから」


『浮上して進む分にはいいが、潜るには深さが足りない。深くするとなれば幅も広げた方がいいな。勾配は……微妙か。これでは水が流れず淀んでしまうだろう。一度里に器具を取りに行くか、ついでに応援がてら何人か呼ぶか』


「あ、そっか。船を使えばすぐそこですもんね。というかその……大丈夫ですか?」


「ああ、彼は気にしないで! いつもこんな感じだから」


「そ、そうですか……」


 用水路予定地を見てまわりながらブツブツと呟くエルフの男。

 ユージ、ちょっと引き気味である。

 職人にありがちな、集中するとマイワールドに入るタイプなのだろう。


「さあユージさん、用水路造りにかかる二人とはここでお別れだから! ボクらは先に進むよ!」


「あれ? ボクらはっていうか、ハルさんは開拓地に来るんですか? その、船で王都まで行けるはずじゃ」


「え? ほら、ボクの別荘の進捗も気になるし、それに領主夫妻への報告にボクがいた方がいいでしょ?」


「ハル、ひょっとしてこっちに居着く気じゃねえよな?」


「それをお義父さんが言いますか……」


「ハルさんずるい! アリス、がんばってリーゼちゃんとお別れしたのに! リーゼちゃんは里から出られないのに!」


「まあまあアリスちゃん。ほら、位階を上げるんでしょ? 今度ボクが協力するから! だから許してくれないかな?」


「むうー」


「テッサさま直伝のレベリングってヤツで、1級冒険者のボクがユージさんとアリスちゃんを手伝うから!」


「ほらアリス、ハルさんもこう言ってるんだし。俺たちが里に行けばリーゼに会えるんだし、外でも会えるようにハルさんに手伝ってもらってさ」


「うー、わかった!」


 アリス、9才。

 12才のリーゼと別れて、ちょっと幼女返りしているようだ。

 言葉が通じないニンゲンと暮らすエルフの少女のために、これまでは頼れるお姉さんぶっていたのだろう。

 まあリーゼはリーゼで、アリスのお姉さんぶっていたのだが。


 立ち止まった人間とエルフを振り返り、コタローがワンッ! と吠える。はなしはおわったかしら、あいさつして、かえりましょ、と言わんばかりに。

 コタローのまわりには、一匹の日光狼と14匹の土狼が付き従っていた。

 小さなオオカミ同士はじゃれあっているが、おおむね大人しくしている。

 コタローの統率力はなかなかのものであるようだ。犬なのに。



「じゃあその、お二人ともよろしくお願いします!」


「ええ、長老たちからも頼まれてるからね! 任せておいてユージさん!」


『まず川のそばに一つは絶対として、水門を何箇所とするか。そもそもあの川原とは違う場所の方がやりやすい。取りかかるより先に一帯を軽く調べるべきだな』


『あ、あの……』


「ユージさん、彼は気にしないで! ただそうね、何かあったらどうしようかしら」


「そうですね……開拓地に帰ったら、何人か挨拶に連れてきます。いいですよねケビンさん?」


「ええ、それがいいと思います。オオカミたちがコタローさんほど賢かったら別ですが、さすがに……ねえ?」


 ケビンの視線を受けて、コタローがワフワフッと首を振る。さすがにそれは無理らしい。いまはまだ。


「じゃあ、何日か後で来ますから!」


 自然にケビンとコミュニケーションを取っているコタローには突っ込まず、ユージは挨拶を交わして二人のエルフと別れるのだった。

 あいかわらずツッコミ不在である。

 エルフの里の長老たちも、ユージのツッコミ能力は鍛えられなかったようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 先頭を行くコタローがワンッ! と鳴く。ゆーじ、もうすぐよ、と言わんばかりに。

 アリスと手を繋いで歩いていたユージの足が次第に早まる。

 やがて。

 ユージの目に、森と開拓地を仕切る木製の柵と空堀が見えてきた。


「なんかひさしぶりな気がする! アリス、リーゼ、もうすぐ家だよ!」


「ユージ兄、ひさしぶりのおウチだね! アリス、リーゼちゃんとお風呂に……あ」


 ホウジョウ村開拓地を出てエルフの里へ。

 滞在期間をあわせておよそ10日ほど。

 ユージ、アリス、コタロー。

 人とエルフを繋ぐお役目を引き継いだケビン、先代のゲガス。

 1級冒険者で王都に拠点を構えるエルフのハル。

 5人と一匹は、行きに従えた15匹のオオカミを連れて無事に戻ってきたようだ。

 誰一人傷付くことなく。

 いや。

 行きと違い、一行から一人の少女の姿がなくなっていた。

 悲しい別れではなかったが、それでも。

 ユージとアリスは、半年ちょっと一緒にいたリーゼがいないことに、いまだ実感がわかないようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おお、帰ったかユージさん!」


「おかえりケビン、パパ! ……あれ、ユージさん、どうしたの? アリスちゃんも」


「ただいまジゼル。ブレーズさんも。どうやら家に帰ってきたことで、二人はリーゼちゃんと別れたんだと実感したようで……」


 ホウジョウ村開拓地の西側からぐるりとまわり、獣道が繋がる南の出入り口から帰ってきたユージたち。

 出入り口には副村長のブレーズと、ゲガスの娘でケビンの妻であるジゼルが迎えに来ていた。


「俺たち商売人と違って、ユージさんたちは慣れてねえからな。しばらくそっとしといてやれ」


「あ、うん、パパ。そっか、仲良かったもんね」


「そういうことです。ブレーズさん、緊急の問題はないですかね?」


「特には……あーっと、そのオオカミたちの処遇だな」


 しょげているユージとアリスをよそに話を進めるブレーズ、ジゼル、ケビン。

 ホウジョウ村開拓地は、開拓団長で村長のユージが使いものにならなくてもまわるようだ。

 王都への旅など、不在の期間が長かったせいである。たぶん。


「とりあえず、今日は開拓村の外にいてもらいましょうかね」


 そう言ってコタローに目を向けるケビン。

 わかったわ、とばかりにコタローがワン! と吠え、一緒に中に入ってきたオオカミたちを出入り口へ誘導する。

 オオカミたちはぞろぞろとコタローについていった。誰がボスか明確であるようだ。さすが出迎えに行くだけのことはある。そこには体育会系以上の縦社会があった。獣なので。


「これだけ賢けりゃ問題ない気もするが……まあそりゃ後の話だな」


「ええ、その方がいいでしょう。さ、行きましょうユージさん。ハルさんはどうします?」


「うーん、今日は外に泊まるよ! こういう時に部外者がいてもしょうがないしね!」


 街から街、村へと行商を繰り返す商人も、元と現役の冒険者も、別れは身近なもの。

 それどころか、どちらの職業も永遠の別れさえ身近なものなのだ。

 エルフの少女としばらく会えなくなるからといって落ち込んだ様子はない。


 とぼとぼと歩くユージとアリスを心配しながら、この世界のタフな住人たちは二人をユージの家に連れていくのだった。

 後から追いついたコタローとともに。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ホウジョウ村開拓地、その一番北側にあるユージ宅。

 ユージが元いた世界ではありふれた家のリビングのソファに、二人と一匹の姿があった。


「なんか静かだね」


「うん。ユージ兄、はいいの?」


「うーん、ほんとはやった方がいいんだろうけど……そんな気分じゃないから。とりあえずサクラに帰ってきたのとみんな無事だってメールしておいたから、きっと大丈夫だよ」


「そっかあ」


 ソファに座ったアリスは、コタローを抱えてチラチラと視線を動かしていた。

 その隣に座ったユージも。

 アリスのヒザの上で丸くなっているコタローは、もう、しかたないわね、とばかりに大人しくしている。

 二人の視線の先には誰も座っていないソファがあった。

 ユージ、アリス、その隣。

 リーゼが座っていたスペースである。


「うん、こうしてても仕方ないし。アリス、お風呂に入ってきたら?」


「ユージ兄……アリス、ユージ兄と一緒に入る!」


「……はい? そっか、一人でお風呂はひさしぶりになっちゃうのか……いやでもアリスはもう9才だし、その、俺は34才で、さすがにそろそろマズいっていうか」


「ユージ兄、だめ?」


 アリス、上目遣いである。


「うっ。……よし、コタローも一緒に行こう。うん、二人きりじゃないしね。保護者がお風呂に入れるんだってことで。セーフだセーフ」


「やったあ! ユージ兄、じゃあ準備しなくちゃ!」


 ユージ、アリスのおねだりに抗えなかったようだ。


 ワフッとばかりに呆れた声で鳴くコタロー。声とは裏腹に、尻尾はブンブンと振られていた。コタローはシャンプーが嫌いではないようだ。清潔好きな女なので。犬だけど。


 ユージはブツブツと言い訳を繰り返しながら、コタローとアリスを連れてお風呂に向かうのだった。

 セーフ、セーフだから、やましい気持ちはなくてアリスが寂しがっただけだから、と言いながら。

 アウトである。



 エルフの里から家に帰ってきた初日の夜。

 ユージはアリスとコタローと一緒にお風呂に入り、同じベッドで眠るのだった。

 半年ちょっと一緒だったリーゼがいないという寂しさを、二人と一匹で紛らわしながら。


 ユージは妹のサクラにメールを送っただけで、掲示板への報告は明日にまわしたようだ。

 爆弾が入った木箱も開けずに。

 10年間引きニートをしていた34才のユージ、精神的に成長したとはいえ、いまだにハートは強くないようだ。


 とはいえ掲示板の住人たちも基本は似たようなもの。

 きっとユージの心情を慮って、厳しいことは言わないだろう。言わないと思う。言わないんじゃないかな。……怪しいところである。

 まあもし今夜のお風呂事件を知られたら、間違いなく激烈な反応がありそうだが。


 ともあれ、こうして帰宅初日の夜は更けていくのだった。




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