第二話 ユージ、副村長のブレーズやケビンと報告し合う

「ユージさん、それでどうだったの?」


「あ、はい。リーゼは無事に家族の元に帰りました」


「ユージさん、それはわかる。二人の様子を見りゃあな」


 ユージたちがホウジョウ村開拓地に帰ってきた翌日。

 朝食を終えたユージとアリス、コタローはユージ宅の敷地を出て、小さな広場に集まっていた。

 ユージとアリスのほかに、一緒にエルフの里に行ったケビン、ゲガス、ハル。

 副村長のブレーズ、ケビンの妻のジゼルの姿も見える。

 開拓地から離れていたユージと残った面々で、情報交換の場を設けたようだ。

 おかげでユージは朝イチで、帰ってきたと掲示板に一言報告しただけであった。画像と動画をあげるべく、掲示板住人に提供されたツールを走らせてはいるようだが。

 開拓団長兼村長のユージは引きニート時代と違って忙しいのである。なにしろ長なので。形式だけでも。


「えっと、後は領主夫妻に報告しにプルミエの街に行くことになると思いますけど……基本は開拓地にいると思います」


「了解だユージさん。急ぎじゃねえんだが、いくつか相談したいこともあったしな」


「ユージさん、それでエルフの里はどんなところだったの? 持っていったモノの反応は!?」


「ジゼル、落ち着いて」


「コサージュとか服とか缶詰とか、好評でしたよ。今後、俺とアリスとケビンさんは里に行けることになりましたし、物々交換だけど里で取引してもいいって」


「やった! やったじゃないケビン! ユルシェルたちにも教えてあげなくっちゃ!」


「ジゼル、落ち着いて。それは後にしましょうね」


 持ち込んだ品が好評だった、取引できると聞いてはしゃぐジゼル。

 夫であるケビンが立ち上がりかけたジゼルを止める。

 どうやらこの女性、すぐに針子たちの作業所へ駆け込もうとしたようだ。行動派である。


「えっと……」


「ユージさん、先にいくつか片付けてしまいましょう。ブレーズさん、相談したいことというのは何ですか?」


「ああ。まずあのオオカミたちをどうするかだな。ユージさんとケビンさんの手紙の通り、これまでは開拓地の外で生活させていた。人を襲うことも無理に開拓地に入ってくることもなかったが……」


「あ、そうですね。どうするコタロー?」


 ブレーズの言葉を受けてコタローに振るユージ。

 とうぜんコタローから応えは返ってこない。コタローは賢いが、犬なので。


「ユージさん、オオカミたちがここで暮らすようなら、いまのまま開拓地の外で暮らしてもらうのがいいんじゃないでしょうか。いくら賢いといってもモンスターなわけで、開拓地には戦えない者もいますから」


「わかりました、そうですよね。あとは開拓地の外でも人間を襲わないように伝えたいところですけど」


 ユージの言葉を聞いていたのか、足下のコタローがワンッ! と吠える。わかったわゆーじ、というかのように。


「もしそれが可能なら、街とこの地を結ぶ道を使う人にも注意した方がいいでしょう。ひとまずはケビン商会の人間と道造りの関係者ですね」


「そっか、オオカミを見かけても殺さないように伝えないと」


「ええ。とはいえ……オオカミたちに襲われたら、殺しますよ?」


 ケビン、目が笑っていない。だが当然である。


「それは……しょうがないですよ。俺だって襲われたら反撃しますし。あとはアレですね、オオカミたちに道のそばに近づかないよう言い聞かせておかないと。西は用水路造りがあるから……オオカミたちがウロつくなら、ここから東と北。コタロー、言い聞かせられるかな?」


 ユージ、自然に犬に話しかけている。

 だが。

 そうね、わかったわ、とばかりにワフッ! と声をあげて頷くコタロー。

 何度も位階が上がったコタローは、もはや犬の範疇から超えているようだ。


「あはは! コタローはほんと賢いね! オオカミたちがどうなるか楽しみだよ!」


 黙って聞いていたハル、ユージとコタローのやり取りに耐えられなくなったらしい。

 長い時を生きるエルフでも、コタローの優秀さは異常なようだ。


「そうだ、ブレーズさんには言っておかないと。用水路造りなんですけど……エルフの方が手伝ってくれることになりました」


「お、おう……ハルさんか?」


「違うよ! ユージさんのためにって里から手伝いに来たんだ! いちおう知らせるのは何人かだけにしておきたいんだよね。疑ってるわけじゃないんだけど……」


「ああ、了解した。気にしないでくれハルさん。この開拓地はともかく、エルフを狙うバカなニンゲンがいるのは確かなんだからよ。じゃあ俺と見まわりに出るエンゾ、それから狩りに出るセリーヌとニナさんには伝えておくか」


 元3級冒険者にして副村長のブレーズは、気を悪くするでもなくハルに告げる。

 実際、狙う人間がいるからエルフの少女・リーゼは開拓地で冬を越したのだ。この場所なら他所から来る人がいないので。

 元3級冒険者の斥候で開拓地周辺の見まわりを担当するエンゾ、弓士で狩りに出ることもあるセリーヌ。

 それから、猫人族で狩人のニナ。

 ブレーズは『近くにエルフがいる』ことを知らせる人物を厳選するのだった。


「元々知っていた私たちのほかに、ブレーズさんとジゼルも合わせて5人。これが最小限でしょうね。ユージさん、オオカミたちも来ましたし、周辺の探索は中止のままにしましょうか」


「そうですね。無理して近くの使えそうなものを探さなくてもやっていけそうですし」


「了解だユージさん。そもそも近場のめぼしいところは見終わったしな。アイツらもう散歩気分でなあ」


 ブレーズの言葉を聞いたコタローがパッと顔を上げる。散歩という言葉に反応したのだろう。この世界に来てから自由に散歩しているくせに。


「散歩気分……男女混合で……」


「ユージ兄? アリスとお散歩する?」


 ユージ、知らぬ間に集団デートの様相を呈していた探索に、いまさらショックを受けたようだ。アリスのフォローは届かない。そもそもアリスと散歩したところでデートではなくピクニックである。


「ブレーズさん、ほかに何かユージさんに伝えておきたいことはありますか?」


「ああ。ケビンさんもいるしちょうどいい。街までの獣道、もうすぐ荷馬車が通れるようになるってよ。まだ細かな作業は残ってるらしいが、飛ばさなきゃいけるだろうって」


「おお、ついに! やりましたねユージさん!」


「思ったより速いですね!」


「缶詰の生産工場をこの地に造るので、領主夫妻から支援がありましたしね。冒険者ギルドも力が入っていたのでしょう。そうですか、道が開通する……」


「やったわねケビン! いよいよ鍛冶師を連れてきて、本格的に工場の建設をはじめて……そうだ、針子の増員も考えなきゃ!」


「落ち着いてジゼル。ユージさん、増員についてはまたあらためて相談しますから」


「あ、はい」


 開拓団長兼村長ユージ、移住の話題にいまいちピンときていないようだ。

 最終的に移住を認めるのはユージだが、これまでケビンとギルドマスター・サロモンの目が厳しく、マトモな人しか紹介されてこなかったので。


「それからユージさんが嘆願書を出した通り、あの7人の男たちは宿場町造りにかかるってよ」


「そうですか、それはよかった!」


「宿場町?」


「ええお義父さん。宿場町というより休憩所か宿と言った方がいいでしょうね。道が開通しても、ここからプルミエの街までは一泊はかかる。そこで、中間地点あたりに宿を造ることになったのです」


「ほう? ケビン商会があってお前らが暮らすプルミエの街と、このホウジョウ村開拓地の中間地点……」


「お義父さん?」


「パパ?」


「引退したとはいえ、俺がいたらケビンもジゼルも商売しづれえよなあ。かといって王都じゃ遠いしなあ。ここもケビン商会の店やら工場やらあるわけで、二人はやりづらいわなあ。だがほれ、ケビンにはエルフの言葉も教えねえとだしなあ」


 ケビンの説明を受けて、ニヤニヤ笑いながらうんうんと頷くゲガス。

 娘が心配だったものの、元同業ゆえ同じ街にいたらやりづらいだろう、とは思っていたようだ。

 そこへきてこの情報である。


「あの……ゲガスさん? その、7人の男たちって、木こりと猿の人と、犯罪奴隷が5人と……その、いまは更生してマジメに働いてくれてるんですけど」


「ほう、力自慢のならず者たち。更生した。ほうほう」


「ユージさん、それ、パパには逆効果なの……」


「あはは! ゲガスのスイッチが入っちゃったみたいだね!」


「ええー? ゲガスおじちゃん、アリスに剣を教えてくれるんじゃないの? しゅばしゅばって!」


「安心しなアリスちゃん。街とここの間ってことは歩いて一日。走れば半日もかからねえからな」


「ああダメだ、もうお義父さんの頭の中で決まってる」


「まだよケビン! ほら、向こうがパパを受け入れてくれるかわからないんだし!」


 ケビンの腕にしがみつき、ぐらぐら揺らしながら発言するジゼル。

 ユージは無言でその様子を見守っていた。

 ゲガスさんがあの人たちと一緒に……あれ? なんか自然に仕切ってそう、などと暢気に思い浮かべながら。


「ああーっと、あとはマルクの件とかあったんだが……まあ今度でいいか。うし、とりあえずいつもの仕事はじめるかなー」


 わちゃわちゃになりはじめた会合の様子を見て、今日はここまでだと思ったのだろう。

 ブレーズは立ち上がり、すたすたと歩き出す。


「あ、ブレーズさん、開拓地を見てまわろうと思ったんで、俺も行きますよ」


「ユージさん、いいのか?」


「ええ。ケビンさんたちはなんか楽しそうですし。午後からはちょっと家でやりたいことがあるんですけど」


「ユージ兄、アリス魔法で木の根っこのまわりをえいってやるね!」


「おお、アリスちゃんがいればそれがあるんだったな。助かるぜ」


 ブレーズの後に続くユージ、アリス、そしてコタロー。

 ケビンとジゼル、ゲガスはいまだにどこに住むかワイワイ言い合っている。なんだかんだ仲の良い家族であるようだ。なぜかハルも参加している。



 ホウジョウ村開拓地は今日も平和であるようだ。

 それにしてもユージ、午後から家でやりたいこととは何なのか。

 まあ考えるまでもなく一つであろう。

 帰還の報告、不在の間の開拓地の進捗の報告、そして。

 エルフの里、稀人の情報の共有である。


 どうやら午後から、掲示板に爆弾が投下されるようだ。



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