『第十七章 開拓団長兼村長ユージはホウジョウ村を発展させる』

第十七章 プロローグ

 ユージがこの世界に来てから5年目の初夏。

 エルフの少女・リーゼを里まで送り届けたユージはいま、ホウジョウ村開拓地の西を流れる川の上にいた。


 ゆっくりと川を進む二艘の船。

 先を行く船には王都を拠点にしている1級冒険者でエルフのハル、エルフと人を結ぶお役目を継いだケビン商会の会頭・ケビン、その義父で先代お役目のゲガス、船頭役のエルフ、あわせて4人が乗っている。

 二艘目にはユージ、アリス、コタロー、船頭として一人のエルフ。


 エルフの里からホウジョウ村開拓地への帰路である。

 ユージが乗る船には、稀人が残した品を入れた木箱が積まれていた。

 連絡が取れるかもしれないので、とユージが持ち出してきたのだ。

 ユージが家に帰れば、少なくとも過去の稀人が残した言葉を訳すことはできるだろう。ユージではなくネットの先にいる誰かが。


 リーゼを家族の元に返し、稀人の情報を得て、エルフとの個人的な取引も認められた。

 エルフの長老たちからは『希望すれば保護する』という言葉ももらっている。

 さらに、船とエルフの船頭を呼び出せる鍵をもらい、開拓地までの用水路造りまで協力してくれるというのだ。

 ユージ、今回の旅で得たものは大きかったようだ。


 リーゼとの別れを涙していたアリスはもう泣き止み、ユージと手を繋いでいた。

 その目は決意に燃えている。

 ハルに教えてもらったのだ。

 稀人のテッサさまは、150を超えて死ぬ間際まで元気に動きまわっていたと。

 リーゼが大人になって里を出られるようになるまで、あと88年。

 その頃にはアリスは97才である。

 だが、ハルの言葉通りであれば、元気に動きまわれるらしい。

 アリスは位階を上げて長生きするべく、決意に燃えているのだった。


「ユージさん! そろそろ川原に着くから準備してね!」


「あ、はいハルさん。って言っても別に荷物は広げてないし大丈夫か。ん? どうしたコタロー?」


 もうすぐ着くというハルの言葉が聞こえていたのか、ユージの横で丸くなっていたコタローがすっと起き上がって舳先に向かっていく。

 首を傾げるユージ。

 アリスもキョトンとコタローを見つめている。

 やがて。

 船の舳先にたどり着いたコタローが、遠吠えをあげた。

 森に響けとばかりに、アオーン! と。


「ああ、帰ってきたぞーって言いたかったのかな? 開拓地に着いたらのんびりしようなー」


 コタローの様子を見て笑顔で告げるユージ。

 暢気か。

 持って帰った荷物や情報、画像や動画をアップしたらのんびりはできないだろう。

 というか開拓団長として、村長としてやることも溜まっているはずだ。

 エルフ護送隊長という役割を用意し、あわよくば交易のための交渉も、とお願いされた領主夫妻への報告も必要だろう。


 そんなユージの暢気な発言はさておき。

 コタローは、舳先に立ったまま耳をピクピク動かしていた。

 何か聞こえないか集中しているように。

 そして。


 森から、声が聞こえた。

 アオーン! と、コタローの声に応えるかのような遠吠えが。

 続けてさらに遠くからも遠吠えが続く。

 吠えている場所は徐々に遠くなっているようだ。

 伝言ゲームのように。


「コタロー? いまのは何だろう?」


「ユージさん、おそらく船に乗る前に別れたオオカミたちでしょう。どうやら無事なようですね」


「ケビンさん。そっかコタロー、ホントに帰ったぞって伝えてたのか。おまえはかしこいなー」


 舳先から戻ってきたコタローをわっしゃわっしゃと撫でまわすユージ。

 アリスも、コタローはすごいね! とぐりぐり頭を撫でている。

 ゆーじ、ありす、そんなにほめることじゃないわよ、とばかりに澄まし顔のコタローだが、尻尾はパタパタと振られている。本音は隠せないようだ。犬なので。


 ゆっくりと川原に向けて船は進む。

 その間も森の中の遠吠えは続いていた。しかも徐々に近づいてきている。

 まるで、オオカミたちが合流しながら川原に向かっているかのように。


 開拓地から船を降りる予定の川原まで、まっすぐ行けば一日弱。

 ユージたちの中で一番歩みが遅いのは9才のアリスだが、位階が上がって身体能力も上がっているのだ。遅いといってもそれなりの速度は出せている。

 開拓地から川原まで、距離にするとおよそ20km前後だろう。

 ユージがいた世界のオオカミは、瞬間的な速さではなく、ほぼ一日狩りができる速度で時速30kmほどと言われている。

 では、この世界のモンスター、日光狼と土狼たちは。



「あはは、ユージさん! 川原に着いたよ! 見ての通りね!」


 先を進む船の上で、ハルが笑っていた。


「コタローが吠えてから30分ぐらい? 速くね?」


「うわあ! コタローすごーい! お迎えだよ!」


 ハルにつられて声を上げるユージとアリス。

 コタローはふたたび舳先に立ち、誇らしげに胸を張っていた。


 ユージたちの視線の先。

 川原にはオオカミたちの姿があった。

 元ボスの日光狼が一匹、土狼が14匹、ゾロゾロと。


 コタローと目でも合ったのか、日光狼がウォンッ! と一つ吠える。と、オオカミたちは一斉におすわりした。

 賢い。

 あるいは長いものに巻かれるタイプか。恐怖政治か。


「な、なんかすごいなコタロー」


「あはは! ユージさん、安全みたいだし下りようか! まあ襲ってきても瞬殺なんだけど」


 ほがらかに物騒な発言をするハル。さすが現役の1級冒険者である。


 停まった船から一番に下りたのは、コタローだった。

 迎えるように頭を下げるオオカミたち。

 王の帰還である。

 もちろん白い都はない。というか別に指輪も捨ててない。



「えっと……ま、まあいいか! さあアリス、おいで」


「はーい!」


 コタローに続いてユージが船から下り、アリスの手を取る。


 ユージがこの世界に来てから5年目の初夏。

 無事にリーゼを送り届けたユージたちは、船を下りてホウジョウ村開拓地に向かうのだった。

 前後左右をオオカミたちに守られて。

 まあハルもゲガスもケビンもアリスもコタローも、いまやユージさえ、15匹のオオカミの群れより強いのだが。



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