閑話16-16 マルクくん、がんばる。5
-------------------------前書き-------------------------
副題の「16-16」は、この閑話が第十六章 十六話終了ごろという意味です。
なぜか長くなりました(6500字ぐらい)
ご注意ください。
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「おらおらマルク、振り回されるな! 攻撃を予測して防御しろ!」
「はい!」
「おーう、がんばれよ。暴走したら止めてやるから」
「ブレーズさんもエンゾさんもえげつねえな……これが元3級のやり方か」
ホウジョウ村開拓地のわずかに外。
いつもの訓練場所とは違い、開拓地を囲む木の柵と空堀の外側に何人もの男たちの姿があった。
元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダーで副村長のブレーズ、斥候役のエンゾ、盾役のドミニク。
通常の訓練とは違い、真剣な目で少年を見守っている。
何かあったら飛び出す役目なのだろう。エンゾは短剣を手にしていた。
元5級冒険者で、いまは開拓民となっている『紅蓮の炎獄』の独身男が4人。
中央で訓練する少年を、ちょっと引いた目で見つめている。
ちなみにあと一人の独身男は、針子見習いの女性を送り届ける役でここにはいない。護衛、あるいはデートである。
残る4人は嫉妬と怨嗟を押し殺して祝福していた。できた男たちである。
まあ醜い面を
なにしろここは開拓地、ほぼ共同生活なのだ。
盾と木製の片手剣を手に訓練に励んでいるのは、犬人族の少年・マルクであった。
武器はいつも通りだが、今日は皮鎧を身につけて防御を固めている。
ここは開拓地の外。
マルクに経験を積ませるため、一行はわざわざ外に出てきたのだ。
マルクに人間以外との戦いの経験を積ませるために。
今日マルクが相手にしているのは、開拓地にやってきた土狼であった。
「マルク、敵の武器を見切れ! オオカミ系は爪と牙、体当たり程度しかねえんだ!」
「小さな動きで、軌道に盾を置く」
「はい! くっ!」
「おお、なるほど」
「俺たちも早いこと指導を受けてりゃ……」
「どうだろうな。4級以上は訓練していけるもんでもねえだろ」
ブレーズ、そして盾役のドミニクの指導にマルクが返事をする。
聞いていた元5級冒険者たちの方が納得しているようだが。
開拓地でユージとともに、元冒険者だった開拓民の訓練を受けてきたマルク。
9級冒険者程度の実力は身につけたと言われていたが、これまでマルクは人間相手しか訓練をしてこなかった。あとコタロー。
というか、その人間相手すら訓練だけで実戦経験はない。
ブレーズはそんなマルクにオオカミと訓練することを思いついたようだ。
元ボスの日光狼、そして残る13匹の土狼はマルクや人間たちの外側でおすわりしている。賢いオオカミたちである。
川原でのコタロー、開拓地で初遭遇した際のブレーズとエンゾのオハナシが行き届いているようだ。
「どうしたマルク、そんなもんか! ここにいるヤツらなら一人で群れを相手にできるんだぞ!」
「鬼だなブレーズさん」
「そりゃ俺たちもやれるけど……けっこうキツいぞ?」
「盾役のお前らはまだいいだろ。動きが速い分、俺とは相性悪いからなあ」
「斥候役ったってエンゾさんと一緒にしないでほしいよなマジで」
日光狼と土狼、15匹のオオカミたちと川原で遭遇した際、ケビンは現役1級冒険者のハルや『血塗れゲガス』は無傷で群れを殲滅できると言っていた。
アリスもエルフの少女・リーゼも、おそらく魔法で一掃できるだろう、ユージさんと私は傷付くだろうけど、守る対象がいなければ問題ないだろう、とも。
ユージはいまや5級冒険者。
ケビンの言葉の通り、開拓地に住む元5級冒険者も群れを相手に勝てるようだった。ギリギリなようだが。
「はっ! はっ! いまだ! あっ、うわあ!」
徐々に土狼の相手に慣れたのか、盾を合わせて攻撃を防いでいたマルク。
欲が出たのだろう、片手剣で攻撃しようとして。
土狼にかわされてバランスがわずかに崩れる。
そのタイミングで土狼に体当たりを受け、地面に転がされる。
うつぶせに倒れたマルクの背中に土狼が両前脚をかけて、ガウガウッ! と吠える。まるで、おれのかちだな、いぬっころ、とでも言うかのように。
「よーし、そこまで! まだまだだなマルク。ってかコイツらずいぶん賢いな。おう、お疲れさん」
マルクと土狼に近づいたブレーズが声をかけ、するりと土狼の頭を撫でる。
と、土狼はスタスタと仲間の元へ戻っていった。
おすわりしていた14匹のオオカミは、よくやったとばかりに勝者の体をペロペロと舐めている。
ひさしぶりの勝利なので。
「ドミニク、オオカミ系を相手にした時の盾の使い方をマルクに教えてやれ。よーしオオカミども、次は俺だ。ひさしぶりに獣を相手にしたくなっちまった。群れでかかってきていいぞ」
木剣を手にニヤリと笑う元3級冒険者のブレーズ。
オオカミたちの勝利は、儚いものであったようだ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「それでマルク、今日の訓練はどうだったんだ?」
「お父さん。土狼に負けちゃった……相手は一匹だったのに」
「マルクは経験が足りニャい。人型と獣の動きは同じじゃニャい」
「お母さん、ブレーズさんたちと同じこと言うんだね!」
「私は狩人。動きを予測して矢をはニャたニャいと」
訓練、そして農作業を終えた夕方。
マルクは家で両親と夕食をとっていた。
開拓地に建てられた新居で、一家団欒である。
「マルクも次の次の秋で15才か。もうすぐ大人になるけれど……どうするつもりなんだ?」
この世界において、一般的には15才が大人とされる。もちろんエルフのような長命種など、種族によって違いはあるのだが。
「おそらくその頃にはお金が貯まるから、お父さんは奴隷じゃなくなるだろう。前に話したように、お父さんとお母さんはこのまま開拓地で暮らそうと思ってる」
「うん……」
「マルク、考えておきニャさい。ここで暮らすニャら農民でも狩人でも、ケビンさんたちが作る工場で雇ってもらうのでも」
「もちろんいままで通りの暮らしでもいいけどね。マルクは何かやりたいことはないのかい? 今まで住んでいた村と違って、開拓地はこれからだ。ユージさんもブレーズさんもケビンさんも、マルクがやりたい仕事があるなら協力してくれるかもしれない」
「うん、ちょっと考えてみる」
マルクはいま13才と半年。
およそ半年後の次の秋で14才、来年の秋で15才。
間もなく大人として扱われる。
これまで住んでいた農村であれば、父親か母親の手伝いをして跡を継ぐだけだった。
だがここは開拓地で、しかも順調に発展しつつある。
缶詰工場にケビン商会の支店、針子の増員、工場や家の建築、街と開拓地の流通。
確定しているだけでも仕事はうなるほどある。
ユージやケビンは移住者を募るつもりのようだが、マルクが望めばどの仕事でも選べるだろう。
これまで一緒に暮らして勝ち得た「信頼できる」という評価は、開拓地では大切なものなのだ。
マルク、13才と半年。
この日から、二足歩行するゴールデンレトリバーがぼーっとしていたり、開拓者たちにいろいろ話を聞く姿が目撃されるのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「あ、マルクくん! ちょうど良かった!」
「ジゼルさんと、針子見習いの……? どうしたんですか?」
「ほら、オオカミのアレで戦闘力ない人は一人じゃ歩かないようにって言われてるから、私は付き添いね! 見たかったのもあるんだけど」
「え? ジゼルさんって戦えるんですか!?」
「そりゃね! 『血塗れゲガス』の娘で『万死』のケビンの嫁なのよ?」
「ケビンさん? 『万死』?」
「あっ! なんでもないわ、忘れてちょうだいマルクくん! それよりほら!」
「あの、あのね、マルクくん! あの、私、マルクくんのために、服を作って……」
頬を染めながら、腕に抱えていた荷物をすっとマルクに差し出す女性。
針子見習い、独身三人娘のうちの一人である。
「その、犬人族のマルクくん用に尻尾のところに穴をあけてて、うまくいってるかなって」
「マルクくん、ケビン商会で作ってる
「うわあ! ありがとうございます!」
ジーパンと呼ばれているが、別にデニム生地でもなければインディゴで染められたわけでもない。
単に厚い帆布を素材にしたズボンである。
掲示板住人の提供を受け、ユージが教えた当時から『ジーパン』と呼んでいたためその名前となっただけだ。
ブンブンと尻尾を振って新しいズボンを受け取るマルク。
「喜んでくれてうれしいわ! あのね、マルクくんのおしりとか尻尾の付け根とかを想像しながら考えたんだけど、これでいいのか不安でね! あ、想像したってそんないやらしい意味じゃないのよ? それでどうかな、着てみて欲しいんだけど、そ、その、もしなんだったらここで……ううん、私、手伝ってあげようか? そんなえっちな意味じゃなくてね?」
「落ち着きなさい! マルクくん、無視していいからね。もし良かったら家で着替えてみてくれるかな?」
「あ、はい。そうだジゼルさん、あとでちょっと話を聞かせてもらっていいですか?」
「うん、そりゃいいけど。どうしたの?」
「マルクくん? ジゼルさんは人妻なのよ? それともマルクくんはそういうのが好きなのかしら。ダメよそんな! でももしそういうのが好きなら、私が人妻役をするから、そういう設定でマルクくんと」
「じゃあマルクくん、待ってるから。このお姉さんはどうしよう?」
「えっと、いろんな人に話を聞きたいので……でも……」
「あ、じゃあ私が正気に戻しておくわ! さ、いってらっしゃい!」
「はい!」
暴走する針子見習いを無視して話を進めるジゼル。
それでもマルクと話す時間を作るあたり、面倒見のいい女である。
新しく、頑丈な服。
マルクはご機嫌な様子で、家に着替えに戻るのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「どうかしらマルクくん?」
「えっと、左右と上はいいんですけど、下がちょっとキツイです」
「そうなんだ! ってことは尻尾の根元は思ったよりも下の方にあるのね! うーんマルクくん、やっぱりお姉さんにちょっと見せてくれないかしら。ちょっとだけ、ちょっとだけだから! 先っぽだけじゃなくて根元だけだから!」
「黙りなさい! ごめんねマルクくん」
「あ、あはは」
マルク、どん引きである。
ケモナーに目覚めたばかりの女性は、自重を知らないようだ。
「それで、話って?」
「はい。その、ジゼルさんは王都にいたし、商人だからいろいろ知ってるかと思って。その、ボクは次の次の秋で15才になるんですけど……」
「ああ、将来のことかしら?」
「え、マルクくん、お父さんかお母さんの跡を継ぐんじゃないの!?」
「ふふ、普通の農村だとそうよね。でもここには仕事がたくさんあるし……それに、王都では親の職業を継がないっていう選択もわりと多いのよ? その分、縁者じゃない弟子や丁稚を取ることも多いんだけど」
「そうなんですねえ。奴隷になるんじゃなくて村を出たのって私たちぐらいだったので。ああ、でも三男とか四男坊だと街に出る人もいたか」
「そう、それがもっと大勢いる感じね。ゲガス商会を継いだのもパパが拾ってきた人だし。マルクくん、それで?」
「あ、はい。お父さんとお母さんから、将来のことを考えなさいって。ジゼルさんが言うように、ここならある程度自由に選べるからって。でもボク、村と開拓地しか知らなくて……それでいろんな人に話を聞いてみようって」
「そっか。うん、いい心がけだと思う。でもうーん、前提となる知識がないのかあ」
ジゼルの言葉に、ボクは何も知らない、と肩を落とすマルク。
尻尾もしゅんと垂れ下がっている。
「まあ村と開拓地で暮らしてきたらしょうがないわよね。マルクくんは、これがしたいっていうのはないのかしら?」
ジゼルの問いにマルクは答えない。
だが、答えがないのではなく、ただ言うかどうか迷っているようで。
そんな少年らしい逡巡を、針子見習いの女性はヨダレを垂らして見守っていた。事案である。
「その、はっきりしたのはないんですけど……でもボク、悔しかったんです」
「悔しい? 何が?」
「ボクは……ゴブリンとオークが出た時、役に立ちませんでした。攻められた時はクロスボウを担当しましたけど、ユージさんたちが潰しに行った時は……。村にいた頃、ゴブリンと戦いになってお父さんの畑が荒れちゃったせいで、お父さんは奴隷になったのに」
「そう。でもほら、マルクくんはまだ子供だから」
「でも! アリスちゃんは戦いに行きました! 大活躍だったって! それにリーゼちゃんが来てからも! みんなで王都に行って、帰ってきて、いまも里まで送っていって!」
子供だからしょうがない。
そんなジゼルの言葉に、マルクが思いを吐き出す。
自分よりも幼いアリスは立派な戦力になったのだと。
「それに一緒に訓練してたユージさんは、王都で5級冒険者になったって! リーゼちゃんもワイバーンとの戦いはすごくって!」
自分よりも幼い少女たち、そして一緒に訓練していたユージ。
三人の活躍は少年の心に影を落としていたようだ。
「お父さんもお母さんも、アリスちゃんもリーゼちゃんも守るって言ったのに……ボクが弱いから! 一緒にも行けなくて!」
アリスやリーゼが旅をできたのは、強いからだけではなくやむにやまれぬ事情もある。
だが、少なくとも少年がついていけなかった理由は『弱いから』で間違いはない。
「そうねえ……それで、マルクくんはどうなりたいの?」
「ボクは……ボクは、強くなりたい! お父さんとお母さんを守れるぐらい! アリスちゃんとリーゼちゃんを守れるぐらい! 開拓地を守れるぐらい!」
先ほどまでのためらいはない。
少年は、目に決意を宿らせていた。
抱えていた思いではあるのだろう。
ただ、そのためにどうすればいいかわからないだけで。
「そう。マルクくん、その思いは立派だと思うわ。ただ……本当にそれでいいのね?」
「はい」
「強くなるのなら、少なくとも開拓地を離れることになるわ。ここにはブレーズさんたちもいるけど……訓練だけすればいいってものでもないし」
「はい」
「それでもいいのね? 両親と離れて、アリスちゃんと離れて。それでも強くなる。それでいいのね?」
「はい。それで、ここに帰ってきます」
「そう……じゃあまずは、両親にその話をしてきなさい。了解がでたら私に言って。ケビンやユージさんたちに相談しておくわ」
「ジゼルさん?」
「強くなりたいなら、とにかく実戦経験を積むこと。生き抜くために、守るためにいろいろな知識を身につけること。私はそう教わってきたわ。『血塗れゲガス』にね」
「あ……」
「ユージさん、パパ、ケビン、ブレーズさんあたりに相談して、マルクくんにいくつかの道を教えてあげる。選びなさい。ただ……」
「ただ?」
「どれもラクな道じゃないわ。マルクくんぐらいの頃、ケビンはいつも傷だらけだったもの。それでも強くなりたいのね」
「はい! 守られるのはイヤなんです! 置いていかれるのはイヤなんです! みんなを守れるぐらい強くなりたい!」
「そう、じゃあご両親にその気持ちを伝えて、ちょっとだけ待っててね」
ニコリと微笑んで少年に告げるジゼル。
『血塗れゲガス』の娘は、ずいぶん面倒見がいいようだ。
どこの馬の骨かわからぬ者たちを商人に鍛え上げた父ゆずりなのだろう。
ふと、ジゼルは横を向く。
先ほどから無言だった針子見習いが気になったようだ。
少年の決意を聞いていたケモナーは。
頬を紅潮させていた。
「ちょ、ちょっと? 大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫ですよジゼルさん! そんなねえ、じゃあ私も守ってくれるのねとか、決意した少年ってすごくおいしそうとか、そんな、こんなの聞かされたら本気になっちゃうとか、ねえ?」
「はあ……マルクくん、今日はもう帰りなさい。あ、試着ありがとうね。ちょっと調整して、直したらマルクくんに贈るわ。ほら、行くわよ!」
「え、あの、ありがとうございます!」
「マ、マルクくん、またね! お姉さんがすぐに服を直すからね!」
ペコリと頭を下げるマルク。
マルクにぶんぶんと手を振る針子見習いを引きずって、ジゼルは去っていく。
ホウジョウ村開拓地。
少年の行く道はいまだ不明だが、方向性は定まったようだ。
年齢的に大人になる前に、肉体的に大人の階段を上らないよう祈るばかりである。
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