閑話16-9 ジゼル、針子チームと新商品を開発する

-------------------------前書き-------------------------


副題の「16-9」は、この閑話が第十六章 九話終了ごろという意味です。

ご注意ください。


-----------------------------------------------------------



「みんな、調子はどうかしら?」


「あ、ジゼル! 外はもういいの?」


「うん、ユルシェル。工場の建設は順調、お店の場所は確保したわ。だから……」


 ホウジョウ村開拓地。

 女性たちの共同住居 兼 針子の作業所。

 針子たちがせっせと手を動かす建物に入って来たのは、ケビンの妻のジゼルだった。

 針子のユルシェルと話していたジゼルが、チラリと作業している見習いたちに目を向ける。


「ケビン商会の売れ筋商品の状況はどうかと思ってね!」


 開拓地から一番近いプルミエの街では、すでに衣料品の販売をしている。

 農民や工房で働く職人向けに売り出した頑丈な服、ジーパンとオーバーオールは手堅く売れている。

 ファッション性よりも、これなら何年も、下手したら次の世代まで着られそうな頑丈さが受けているようだ。

 平民の女性に向けて売り出したコサージュも人気が高い。

 当初こそ色も形も選択肢が少なかったが、ジゼルとユルシェルが王都で布を買い込んで来た今、バリエーションは格段に増えていた。

 服に付けてよし、髪留めに付けてよし。

 まだ数は少ないが、街の女性陣の間では静かに流行が広がっていた。


 同郷の農村から針子見習いとなった三人の娘たち、『深緑の風』の盾役の妻で元奴隷の女性。

 四人はすでに、ジーンズとオーバーオール、コサージュを作れるようになっていた。

 といっても縫い合わせられるようになっただけで、型取りや裁断はユルシェルとヴァレリーの仕事だったが。


 四人よりも遅れて開拓民となった『深緑の風』の斥候・エンゾの妻のイヴォンヌは、まだ一人では縫えないようだ。

 自分や妹の服を手直ししていたと言っても、そこは素人の針仕事。

 売り物として出せるようになるにはまだ練習が必要らしい。


 だが。

 イヴォンヌは、他にも仕事があるのだ。


「それで、彼もやっと私が満更でもないんだって気づいたっぽいんですよ」

「そう、一歩前進ね。あとはこっちから動きすぎちゃダメよ。これだけ意識させたから相手が動いてくるわ」

「イヴォンヌさん、その、私は気になる人がいなくて……誰が狙い目なんですかね。稼ぎで言ったらハルさん。いやあでもさすがにムリかなあ。あとは……ユージさん?」

「マルクくん、待っててね! じいぱんとおおばあおーるが作れるようになったから……次は獣人用に調整を! 尻尾がどうなってるのか見せてくれないかしら。研究、そう研究のために。うふふ、うふふふふ」

「ハルさんはモテるみたいだから厳しいかも。ユージさんはいいと思うけど……打算でいくなら止めた方がいいわ。初心なようだから抱かれれば責任をとってくれそうだけど、無理に結婚したらこの開拓地で暮らしにくくなるわよ」


 手を動かしながら雑談に興じる針子見習い三人とイヴォンヌ。

 イヴォンヌは夜の街で蓄えた知識と経験で、独身女性たちのカリスマとなっているようだ。

 違う。

 相談に乗っているが、それは仕事ではない。

 それにしてもユージ、あっさりイヴォンヌに見抜かれている。そしてもっともな忠告である。

 スペックだけを目当てに近づいたら、ケビンあたりが目を光らせることだろう。あとコタロー。


「じゃあジゼルも来たし、一段落したら例のアレの話をしましょ! みんなもね!」


 針子の作業所に、ユルシェルの声が響く。

 はーい! と揃う女性たちの声。

 女性だらけの職場だが、雰囲気は悪くないようだ。

 ユルシェルの夫のヴァレリーは無言であったが、不機嫌なわけではない。

 ただ一人の男として、存在感を消していただけである。




「よし、みんないいわね! じゃあ窓を閉めてちょうだい」


 ろうそくに火を灯し、ユルシェルが針子たちに指示を出す。

 コクリと頷いて、女たちがバタンバタンと窓を閉めていく。

 ちなみに窓はガラスではなく木製である。

 とうぜん、窓を閉めると昼間でも薄暗い。


「リーゼちゃんが持ってった分の試作品、エルフの反応も気になるけど……それはユージさんたちが戻ってきてからね。さあイヴォンヌ! 聞かせてちょうだい、この前の試作品はどうだったの?」


 何本かのろうそくを中心に、輪になって座る女性たち。

 唯一の男性である針子のヴァレリーは輪から少し離れて座っている。

 広い室内は暗く、ろうそくの明かりが揺らめいていた。


 サバトである。

 違う。


「下の反応は良かったわ。エンゾったら興奮しちゃってもう……ええ、装飾はともかく、基本は決まりでいいと思います」


 きゃーと若い女性の悲鳴が飛ぶ。

 もし知ってしまったら、エンゾも悲鳴を上げるだろう。


 小さな布袋から何やら取り出すイヴォンヌ。

 広げたソレは、パンツであるようだ。

 ズボンの別の呼び方ではなく、一般的な意味の。

 当たり前だが洗濯済みである。

 サバトでも変態の集まりでもないのだ。

 あくまで新商品開発の集まりなのだ。


「そう。じゃあ下はこの四つの形で決まりね!」


「そうねユルシェル。こっちは先行していくつか作ってちょうだい。街で売りに出してみるわ!」


 針子たちを仕切る女性・ユルシェルは、イヴォンヌからパンツを受け取る。

 ユルシェルの前に合わせて四つのパンツが並ぶ。

 警察に押収されて並べられたブツのごとく。


 左から右に向かうにつれ、布の面積は少なくなっていた。

 一番左は基本の三角形。

 ただしユージが元いた世界と違い、ゴムが一般的ではないため正面で紐を結ぶタイプ。

 その右側も三角形。

 だが、こちらの紐は両サイドで結ぶようになっているようだ。その分、基本の三角形よりも横の布地が少ない。

 さらに右側は正面が三角形。ただし、後ろの面積は極端に狭かった。

 Tバックである。

 これは正面を紐で結ぶタイプのようだ。

 ラスト、一番右にあったものは。

 Tなうえに、両サイドで紐を結ぶタイプであった。


「三角形の二つは普段使う用ね! 装飾はユルシェルとヴァレリー、イヴォンヌに任せるけど、一箇所とか少しでいいと思うわ。着る女性がわかってればいいって感じで!」


「了解よジゼル。ちょっと考えてみる。参考にってユージさんが置いていった本もあるし!」


「あとの二つは……」


「わ、私、あんなの着れないわ……」

「布切れにしか見えないものね。破廉恥よ。男ってホントにもう」

「装飾。尻尾を付けたら喜んでくれるのかしら?」


 独身女性三人は顔を赤らめていた。初心か。

 一人だけちょっとおかしい。


「これは普段着じゃなくて夜用でいいと思います。着てるところを見せたら、エンゾが燃えちゃって。でもたぶん、エンゾだけじゃなくて男ならそうなるでしょう」


 エンゾ、Tが好みであるようだ。

 まさか開拓地の女性陣に知られているとは思わないだろうが。


「そうね。ならこの二つの形は、装飾だらけにしてもいいのかも!」


「ジゼル、それだと値が張るんじゃない? 大丈夫?」


「大丈夫よユルシェル! 売り先は私とケビンで考えるから、ユルシェルは気にしないでちょうだい! それからイヴォンヌ」


「はい」


「その、夜に着る前提で、どういうのがいいかユルシェルと話してね。こんなこと頼むのもどうかと思うんだけど……」


「気にしないでくださいジゼルさん。私、あの店にいたからエンゾと会えたんだし。いまはその、幸せですから」


 独身女性三人組から、ふたたびきゃーっと黄色い悲鳴が上がる。

 イヴォンヌ、勝者の余裕である。


「そう、ありがとう! それで、問題は上なんだけど……」


「はい。その、こっちは手触りがいいってうれしそうでした。ただ、機能の一つって言われた支える方は役に立ってないような気がします。あと、着てるこっちはちょっとチクチクして」


 イヴォンヌの前にあった小さな布袋。

 取り出されたのは、試作品のブラジャーだった。


「うーん、薄々わかってはいたんだけど。やっぱり編みじゃキツイか」


 肩を落とすユルシェル。

 それは、ユージが掲示板住人に教えられた秘策。

 編んで作るタイプの下着であった。

 レースではなく、毛糸を編んで作ったブラジャーである。


「着けたらチクチクするのに手触りがいいの? 男ってどうなってんの?」

「あんたバカぁ? 直接じゃなくて服の上から触ってってことよ。毛糸は柔らかいから」

「柔らかい毛……ああ、マルクくんの手触りはどうなのかしら。きっとあのオオカミたちみたいに……」


 女性陣はかしましい。

 一人うっとりとした目つきの女性はもう手遅れだろう。異世界にもケモナーはいるようだ。


「それで、こっちは固いみたいでした。ただ逆に、こう、しっかり支えられている感じはします」


「うん、普段にはいいかもしれないわね! これを基本に一部に柔らかい布を使うか……」


「ユルシェル、こっちも普段使いと夜用を分けたらいいんじゃない? ユージさんが言う、形をキレイにするとか支える機能には固い方がいいんだし。それに……」


「それに? どうしたのジゼル?」


「できれば上下揃いで売り出したいの! 普段使いの下着で、一部装飾付き。それから夜用で、機能よりも扇情的なのを優先した下着も」


「うーん、理想はどっちも叶えることなんだけど……」


「ユルシェル、気持ちはわかるわ! でも最初から何もかもは時間がかかるもの。ここはひとまず諦めて、イヴォンヌと研究を続けてちょうだい。まだまだ作りたいものはいっぱいあるんでしょ?」


「そうねジゼル! ユージさんが置いていった本の、この透けるように薄いのも作りたいし、普通の服だってたくさん作りたいものが溜まってきたし!」


「そうよ! まずは売り出してお金を稼ぐの! そしたらみんなのお給金も増やすし、もっと針子も増やすわ! それでいろいろ研究する時間もとれるでしょ? ケビン商会はどんどん新しい服を売っていくのよ!」


 ジゼル、意気軒昂なようだ。

 いつの時代もどこの世界も、ファッションは女性にとって大切なものであるようだ。


「よし! じゃあみんな、固い方はこれを基本にして、ちょっとした装飾を考えましょ! それからイヴォンヌ、夜に使う扇情的なのはもっと意見をちょうだい!」


 拳を握って宣言する針子のユルシェル。

 新しい作業に取りかかれる、結果次第で給金も上がるとわっと盛り上がる女性陣。

 唯一の男性であるヴァレリーは、無言で作業の割り振りを書き出しはじめていた。空気が読める優秀な男である。苦労性である。



 こうして。

 ホウジョウ村開拓地の針子たちは、試作品の下着ではなく、販売用の下着の第一段を作りはじめるのだった。

 夜用のブラジャーを課題にしつつ。

 エンゾの体調が心配である。あと毛髪。

 いや、きっとそれは迷信や都市伝説の類いだろう。きっと。


 そして、針子たちはまだ知らない。

 エルフの里で、ユージとケビンが持ち込んだコサージュや下着の試作品が好評だったことを。

 増産して欲しいという間もなく来る要望を。

 ブラックにならないことを祈るばかりである。

 まあ少なくとも、増産のために労働時間を増やせばその分の給金は支払われるようだが。

 ケビンとジゼルは優しい経営陣であるようなので。

 まあモチベーションの上げ方を知っている、ともいう。

 なにしろユージと組めるほどなので。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る