閑話16-3 サクラ、出産の時にお世話になった三人と話をする

-------------------------前書き-------------------------


副題の「16-3」は、この閑話が第十六章 三話終了ごろという意味です。

ご注意ください。


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『あ! ほらほらサクラ、ベイビーが笑ったよ!』


『もう、ジョージったら。まだ産まれて一週間しか経ってないんだから。見てるこっちが笑った気がしてるだけよ』


『そんなはずないって! ほらサクラ!』


 アメリカ、ロサンゼルス郊外。

 ユージの妹のサクラとジョージは、ベビーベッドに付きっきりであった。

 いや、ベビーベッドの中で眠るベイビーに付きっきりであった。


 無事に出産を終えたサクラは、母子ともに問題なしということでさっさと退院していた。

 予定日より早かったとはいえ、そこはアメリカ。

 通常分娩でしかも異常なしであれば「ちょっと様子をみましょうか」なんてこともなくあっさり退院させるのだ。


 幸いなことに出産から一週間、サクラも子供も健康そうだ。

 ユージの妹は心身ともにタフであるようだ。ユージと違って。

 まあそうでもなければアメリカ留学はともかく、アメリカで就職、結婚、そのままアメリカで出産という選択はしないだろう。


『ジョージくん、サクラさん、ようやく落ち着いたみたいだね』


『あ、はい。まだ一週間ですけどちょっと慣れてきました』


『そう。子育ては大変だけど、がんばってねサクラさん。ほんとあの時はビックリしたわ』


『私もです。でも冷静に対処してもらって助かりました。本当にありがとうございました。ジョージだけだったらどうなったことか……』


 ジョージとサクラの家のリビングには、プロデューサーと脚本家の老夫婦がソファに座っていた。

 サクラが破水、出産して以来の来訪である。


『ボクもビックリしたよ! それにしても……ジョージが父親かあ。ジュニアハイスクール時代からの友達としては、なんか時の流れを感じちゃうね!』


『ははは、ルイスは意外に冷静だったじゃないか。ありがとう。ルイスこそどうなんだい?』


 初老の夫婦の隣には、ジョージの友達のCGクリエイター・ルイスの姿もあった。

 ジョージが使い物にならなかったため、病院にはルイスの運転で駆けつけたのだ。

 冷静だったのは自分の子供ではなかったからだろう。ルイスは独身で、彼女もいないので。

 それにしてもジョージ、持てるものの余裕か。

 聞いてはいけない質問である。


 ジョージとサクラは破水から出産と、お世話になった三人にお礼を言うために招いたようだった。

 ついでに少々、仕事の話も。



『サクラさん、もうすぐユージさんが帰ってくる頃だろう?』


『うーん、ボクは掲示板を見てるけどまだみたいだよ! 漢字はわからないしネットの翻訳サービスじゃほとんどわからないけどまだ画像は上がってないから! エルフの里……楽しみすぎるね!』


『ルイスくんはあいかわらずね……。はい、この子が産まれる前に旅立ったわけですから、そろそろ帰って来てもいい頃だと思います』


『そう! じゃあいよいよインタビューも迫って来たわね! そうそうサクラさん、インタビューのために借りた撮影スタジオにサクラさんと赤ちゃんのためのスペースを用意したわ。ベビーシッターと、もしもの時のための車と運転手もね』


『え……?』


『サクラさんも同席したいだろう? ユージさんもその方がリラックスできるだろうし、私たちが理解できないことがあればサクラさんの力を借りようと思ってね』


『そりゃできれば同席したいですし、その、私でできることであれば協力しますけど』


『安心してちょうだい。アドバイザーという役割で、しっかり報酬もお支払いします』


『ええ? そこまでしてもらっていいんですか?』


 あまりの待遇にサクラは目を丸くしている。

 アメリカで働いてはいるが、サクラはあくまで広告のデザイナー。

 VIP待遇にビビる小市民であるようだ。


『サクラさん。これはね、大きなプロジェクトの一発目の仕掛けなんだ。こける要素はできるだけ減らしたい。今回の撮影でキーになるのはユージさんで、ユージさんが信頼して心を許してるのは、こちらサイドではサクラさんだけ。協力してくれるのであれば、待遇も金銭も惜しまないさ』


 これまで微笑みを絶やさず、ソフトに受け答えしていたプロデューサーが真剣な眼差しでサクラを見据える。

 ハリウッドでも名の知れたプロデューサーは、優しさと情だけで動いているわけではないらしい。


『あ、はい、そういうことなら理解できます。はあ、ほんと、お兄ちゃんの話がおっきくなっちゃったなあ』


『それはそうだよサクラさん! だからボクは最初から興奮してたでしょ? ユージさんが異世界と思われるところに行ったって、これはすごい話なんだって! ああ! 剣と魔法のファンタジー世界! CG製作で参加してるボクだってこのドキュメンタリーをはやく見たいし、行けるものなら行きたいんだから!』


『落ち着けルイス。気持ちはわかる。でももうサクラとベイビーの方が大事だけどね!』


『もう、ジョージったら』


 そっと寄り添うバカップル。

 そのバカップルが溺愛しているベイビーは、ベビーベッドですやすやと眠っている。


『ふふ、ひとまずこれまでの映像を何人かの学者と、画像・動画加工の専門家たちに見せてね。いまその意見をまとめてスポンサー候補に話しているんだが……すごい食いつきだよ』


『あ、もう動き出してるんですね。それで、みなさんはなんて?』


『加工の専門家たちは簡単ね。俺たちには加工していないように見える。コレが加工した映像なんだったら、ソイツを紹介してくれ。どんな待遇でもいい、ウチのスタジオにスカウトする』


『そうですか、やっぱり加工じゃないんだ……』


『そうね。でも、だからこそスポンサーの食いつきすごいのよ。それに、夫が張り切っちゃってねえ……』


『え? その、何かしたんですか?』


『簡単だよサクラさん。もしこのデータが加工だと証明するか、加工した人間を特定できたら賞金をあげようってね。今回、スポンサーは企業ではなくお金を持ってる個人に当たっているんだ。彼らの方がおもしろいと思ってもらえそうだったからね』


『ま、またすごいところに……』


『もちろん企業のトップだったりもするんだけど。そんな彼らが目を輝かせ、真剣な表情でユージさんの映像を見ているよ。加工じゃないんだな? 本当に別の世界があるんだな? ってね』


『なんか……怖くなってきたんですけど……』


『サクラさん、不安になる気持ちはわかるわ。でも悪いことばかりじゃないのよ。彼らが本気になれば、画像や動画が加工かどうかなんてすぐにわかる。お金に糸目をつけずに調べればいいんですもの』


『そもそもこの業界は狭いからね! ユージさんが提供してくれた動画のクオリティ、映像の長さ、頻度。そんなの実現できそうなスタジオやクリエイターなんて数えるほどさ! そりゃ世界にはまだ名が知られていないヤツが眠ってる可能性はあるけど……このレベルで、どこにも動画を出してない。まあいないだろうね。だいたい加工の跡をデータ上にも一切残さずになんて不可能だよ!』


 脚本家の夫人の言葉を補足するルイス。

 ハリウッドで活躍するCGクリエイターのルイスいわく、業界は狭い。

 いかにパソコンやソフトが発達し、動画の加工が一般的になってきたとはいえ、現実と見間違うほどの動画を創れる人間など数えるほどしかいないのだ。

 とうぜん、業界内ではそれぞれの仕事の状況は知られている。当たり前だが埋もれた才能の発掘も行われている。一人の天才を見つけ出せば、それだけクオリティが上がるので。

 一定のラインを超えたCGクリエイターは引く手数多なのである。

 そんな状況でアップされた、加工の跡が一切ないユージの動画。

 ルイスが最初から興奮したのも納得である。


『もし彼らスポンサーが納得して、本物だと認めれば……』


『認めれば?』


『ドキュメンタリーや映画製作のほかに、異世界に渡る研究がはじめられるでしょう。すでに少年のように目を輝かせている人もいたわ』


『うむ。それにねサクラさん。彼らが後援してくれれば……牽制できるからね』


『牽制、ですか?』


『ああ。彼らはユージさんの話が知りたい、物語を見たい、あわよくば異世界に行きたい。だから、ユージさんにいろいろ教えてもらって研究させて欲しいと考えている。そして、ボクたちはそれに賛成だ。そこまではいいね?』


『あ、はい、もちろん私も賛成です。その、異世界に行くだけじゃなくて、帰ってきたり……行き来できないか研究して欲しいところですけど。でも、わかります』


『うむ。だから、それを妨害しようとするものがいたら、彼らは抵抗するだろう。そのお金と権力とコネクションを使って』


『妨害? そんなことあるんですか?』


『ああ。今のところ、ボクたちはユージさんが得た情報も、こちらが調べて新たにわかった情報もオープンにするつもりだ。だから映画を公開するわけだし。スポンサーが決まっても、得た情報はオープンにすることを条件にする。彼らがお金を出して研究した成果もね。でも……異世界に行けるかもしれない。そんな話を聞いたら、独り占めしようとする人たちがいてもおかしくないだろう?』


『情報機関とか……国とか? 考え過ぎよね、まさかそんな、映画みたいな』


『サクラさん。これは、それほどの話になるかもしれないんだ。今はまだ可能性だけどね』


『そうよ。だから、サクラさんも元のユージさんの家があった場所も、しっかりセキュリティをつけるから。いま日本サイドも動いてもらってるわ。警備会社、それから法律面ではグンジさんが主導でね』


『お兄ちゃんの話がこんなに大きく……』


『サクラさん。私たちは、この話を物騒なものにしたくない。ファンタジーなのにノンフィクションという、この夢のような物語を。普通の日本人だった、ユージさんの努力を。クローズな情報にしたくないし、独占させたくもないんだ』


『その、たぶんですけど、お兄ちゃんもだと思います。じゃなきゃオープンなネットに上げないだろうし……たぶん』


 ユージは当初、ネタにしよう、あるいはマジで困ったから助けて欲しい、というだけで何も考えてなかった気がするが。

 サクラ、いまだ兄に幻想を抱いているようだ。ユージが引きこもる前はブラコン気味だっただけのことはある。


『うむ。インタビューの前にもう一度、ユージさんの意志を確認して欲しい。放送されたら、おそらくもう後戻りはできないから』


 プロデューサーの言葉に、ゴクリと唾を飲み込むサクラ。

 ユージの話を映画化する。

 そこからはじまった話は、サクラの想像以上に大きくなっているようだ。

 もちろんユージに実感はない。


『あら、ミルクの時間かしら?』


『あ、すいません。ちょっと席を外しますね』


『ええ、ゆっくりでいいわよ、サクラさん』


 おぎゃー、と泣き出した我が子の元へ向かうサクラ。

 リビングの空気がふっと緩む。

 アメリカ人も泣く子には勝てないようだ。

 地頭じとうに勝つべく、プロデューサーたちはいろいろ手をまわしているようだが。



 そして。

 アメリカ組は、いや、日本サイドもまだ知らない。


 エルフの里で、ユージが稀人の情報を得たことを。

 ユージのほかに、異世界に迷い込んだ『キース シュミット』『高橋 土理威夢』のことを。


 ユージが自宅に帰って掲示板に報告するのは、これから数日後のことである。



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