閑話16-8 守り人を務めるエルフのお話
-------------------------前書き-------------------------
女性一人称、ちょっと暗め?のお話です。
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私はユリアーネ。
もしくはリアーネ、らしい。
らしいっていうのは、私もうろ覚えだったから。
私は、思い出を忘れさせる薬を飲んだ。
何を忘れるか、どこまで忘れるかわからない薬。
過去に使った人の中でも、私にはよく効いたみたいだと言われる。
私がきちんと思い出せるのは、目を覚ました後からのことだけ。
父と母だという人から説明を受けて、手紙を渡された。
私が書いた、私宛の手紙。
私はずいぶん準備が良かったみたい。
私の手紙に従って、私はエルフの里で守り人をしている。
里ごと移動する前からはじめて、300年前にこの場所に移った後もずっと。
守り人をしながら、ただ静かに、平穏に。
もし何かしたくなったら、その時は私の好きにすればいい。エルフの生は長いから。
それが、私から私へのお願いだった。
『稀人が来たら案内する場所』。
だたそう呼ばれている場所の守り人。
掃除をして、下草を刈り、道を整える。
300年前に里がこの場所に移って建物ができてからは、中の掃除も空気の入れ替えも私の仕事。
静かで、穏やかで、平和な日常。
手が空いた時は編み物をしている。
記憶をなくしても体は覚えているのか、私の手は自然と動く。
この生活には満足している。
時々ふっと切なくなるけれど、それが何故かはわからない。
たぶん、私が忘れたかったことなんだろう。
私はユリアーネ、もしくはリアーネ。
エルフの里、稀人の墓所の守り人。
手紙にはリアーネとも書いてあったけど、その名前で私を呼ぶ人は誰もいない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
テッサが来た時、里は大騒ぎだった。
エルフの里は稀人を歓迎する。
じゃあ、稀人の嫁は?
もちろん歓迎する。当たり前のこと。
これまでエルフは稀人に助けられてきたらしいから。
私も、家族を歓迎するのはいいと思った。
じゃあ、稀人の
その話を聞いて、私はあんぐり口を開けた。
だって……嫁が二桁もいて、子供たちもいっぱいだなんて!
笑っちゃったけど、長老たちはちょっと困り顔だった。
けっきょく歓迎して、むしろ私たちエルフがまた稀人にお世話になったけど。
まだこの場所に里を移す前。
テッサが、稀人の墓所を訪れた。
あの頃は建物がなく、墓が一つと東屋があるだけ。
テッサはなかなか帰ってこなかった。
入り口で待つお嫁さんたちと子供たちは心配そうな顔をしていたっけ。
嫁の一人、エルフのイザベル……イーゼと少し話をしたのを覚えている。
本当は教えちゃいけないのだけど、中に何があるかイーゼに教えた。
帰ってきた稀人には、別に口止めしないことになっているから。
イーゼにとってはいま知るか、後で知るかの違いでしかない。
『稀人が来たら案内する場所』には、キース・シュミットのお墓がある。
イーゼは知ってたみたい。
薬を飲んで忘れる前の私がそう言ってたって。
他にはキースが残した物、それから読めない言葉で書かれた手紙。
目にするたびに、きゅっと胸が締め付けられる手紙。
私が読めないのは、稀人が暮らした世界の言葉で書かれたから、らしい。
いつだか長老が言っていた。この世界のニンゲンの文字とも違うって。
やがて、テッサが帰ってきた。
足早に戻ったテッサは、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
待っていたお嫁さんたちと子供たちがテッサに抱きつく。
なぜか胸が痛い。
イーゼが私を抱きしめる。
イーゼは何も言わなかったけど、少し救われた気がした。
大騒ぎだったテッサがエルフの里を出て。
しばらくしてまた戻ってきた。
里ごと移動しよう、と言って。
テッサの言う通りなら、移動するかもしれない。まあ候補地を見てきてかららしいけど。
お茶を飲みに来た長老はそんなことを言っていた。
また少し経って。
けっきょく、里を移動させることに決まったらしい。
この場所を離れるのは寂しいけれど。
テッサは、キースさんのお墓はまわりの土ごと移動させるから、と言ってくれた。
だからジルは何もしないで待ってるだけでいい、と。
私はユリアーネなんだけど。
里の移動も、テッサたちが里で暮らすようになってからも、毎日大騒ぎだったみたい。
代わる代わるお茶を飲みにくる長老たちに聞いた話。
ううん。
元の世界に似た家を造るんだって、テッサもこの場所に来てたけど。
お嫁さんや子供たちと部品を造って、一人中に入って作業する。
楽しそうなテッサと微笑むイーゼ。
なぜか心が痛かった。
幸せそうな友達の笑顔はうれしいはずなのに。
テッサが死んだ。
寿命、だったみたい。ニンゲンはエルフと違って長生きできないらしいから。
お嫁さんや子供たちは、それぞれの道を行った。
里に残った人もいたらしいけれど。
胸にぽっかり穴が空いたみたい。
これが悲しいってことなのかもしれない。
でも、だけど、だとしたら、私の胸の中に元々あった、もっと大きな穴はなんなのか。
私の家に、イーゼが来なくなった。
妊娠して、子供が産まれたみたい。
子供が大人になってから、またイーゼが私の下へ来るようになった。
時々、寂しそうな顔を見せるけど、イーゼは何も言わない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
いままた、エルフの里に稀人が来ているらしい。
テッサ以来の稀人。
160年ぶりに、稀人がこの場所を訪れるかもしれない。
ちょっと張り切って掃除したのは当たり前のこと。
ひさしぶりの稀人と聞いて、少し心が浮き立っているのかもしれない。
迎えるのが守り人の役目だから、それはきっと当たり前のこと。
160年ぶりの稀人がやってきた。
案内して来たのはイーゼとその孫のリーゼ。それにテッサの友達だったハル。
あの赤毛の子は、テッサのお嫁さんの子孫なのだという。
『これより先は、守り人である私と稀人しか入れません。準備はよろしいですか?』
『は、はい。大丈夫かなコタロー』
新しい稀人のユージさんはどこか不安そうな様子だった。
見守るリーゼと赤毛の子の姿にふっと頬が緩む。
まるで、テッサとあの頃のお嫁さんたちを小さくしたみたい。
そして。
ユージさんは稀人の墓所に向かっていった。一匹の動物を連れて。
残る大人たちがお茶の用意をしている。
イーゼがうまく誘導して、待ち時間はリーゼが『ニンゲンの世界を大冒険したお話』を語る会になっていた。
きっと、二人の少女は不安を押し殺しているのだろう。
陽が傾いた頃、ユージさんが帰って来た。
赤毛の少女が飛びつく。
テッサは吹っ切れた顔をしていたけれど、ユージさんはどこか落ち込んでいた。
違いはわからない。
けれど。
ユージさんの表情を見て、私の胸がズキリと痛む。
今ならもうわかる。
これは、私が忘れた思い出の痛み。
隠すように微笑みを浮かべ、ユージさんに言う。
『私はここに残ります。稀人よ、また訪れる時まで私がこの地を管理しましょう。この身が朽ちるまで』
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ユージさんがエルフの里を去っていった。
長老たちからの命で、キースさんやテッサの荷物を持ち出したのは私。
何も教えてくれなかったけど、私でも気づく。
ユージさんは、何かわかるかもしれないのだと。
だから、荷物を持ち出したのだと。
あの手紙も、読めるのかもしれない。
ドクリ、と私の心臓が鳴る。
テッサが残した手紙ではなく、キース・シュミットが残した手紙。
俺は読めないんだ、もっとちゃんと勉強してりゃよかったな……すまん、とテッサがなぜか私に謝ったあの手紙。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせて、私は編み物をする手を動かす。覚えてないけれど、勝手に動く私の手。
私の手が作る編み物は、私が着られないほど大きくて。
私は知りたいのか、知りたくないのか。
知ってしまえば、ユージさんに言ったように『この身が朽ちるまで』守り人はしないかもしれない。
静かで、穏やかで、平和な暮らしが終わるかもしれない。
私は何を忘れたかったのか。
すべてを忘れたこの暮らしは、幸せなのか。
もし何かしたくなったら、その時は私の好きにすればいい。エルフの生は長いから。
私から私に書かれた手紙は、どんな意味だったのか。
心に湧き上がる知りたいという気持ちは、いまの私のものか、かつての私のものか。
知りたい。
あの人の言葉を。
……あの人?
私はユリアーネ、もしくはリアーネ。
エルフの里、稀人の墓所の守り人。
私をリアーネと呼ぶ人は、誰もいない。
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