閑話集 13
閑話16-17 エルフの少女リーゼ、里で決意を固める
-------------------------前書き-------------------------
副題の「16-17」は、この閑話が第十六章 十七話終了ごろという意味です。
ご注意ください。
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『よしよし。よくガマンしたねリーゼ』
『お父さま! お母さま!』
船着き場を出た二艘の船は小川を進み、やがて見えなくなった。
半年ちょっとの間、一緒に過ごしてきたユージとアリスとの別れ。
ほとんど涙を見せず、見えなくなるまでぶんぶんと大きく手を振った後。
12才の少女は、両親にしがみついて涙していた。
どうやらリーゼは、しばらく会えなくなるアリスに涙を見せないようにガマンしていたようだ。
『偉かったわよリーゼ。あれだけ寂しがってたのにガマンできるなんて。レディの涙は高いんだから!』
『母さん、ちょっと黙っててくれないかな』
エルフの里の桟橋のうえで。
リーゼは両親にしがみついて、ヒックヒックとしゃくりあげながら涙している。
少女を抱えた父親は、自分の母に冷たい言葉を返していた。残当である。
『リーゼ、レディだからガマンできるの! ユージ兄も、アリスちゃんも、また来るって言ってくれたから』
『偉いわリーゼ。でも今度見送る時は、次に会う日付を決めておくのがレディよ。男ってほんと忘れっぽいんだから』
『母さん!』
『わかったわお祖母さま!』
どうやらリーゼの謎のレディ観は、祖母譲りであったようだ。
その祖母は、稀人であるテッサの嫁でもあった。
レディ観がズレまくっているのもしょうがないのかもしれない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
『リーゼ、それで最後の夜はどうだったのかしら?』
『あのねお祖母さま、リーゼ、ユージ兄にキスしちゃったの! ファーストキスなのよ!』
『あらあら、あらあらあら』
アラアラウフフ、と笑うリーゼの祖母。アラフである。
エルフの里、ユージたちやリーゼが一時的に泊まっていた宿。
その混浴露天風呂に、リーゼと祖母の姿があった。
両親は一足先に家に帰って荷物を片付けているようだ。
リーゼの旅装や持ち込んだ荷物、ユージとケビンから渡された手土産の整理である。
まあリーゼの気持ちを切り替えられるように、ゆっくり風呂にでも入っておいで、と置いていったようだが。
『そうなのね。それでそれで、ユージさんはどんな味がしたって? テッサはファーストキスがレモンの味なんてウソだな、とか言ったらしいけど』
下世話か。
エルフの長老会にも名を連ね、数々の功績を残したテッサの妻であったリーゼの祖母。
恋バナに歳は関係ないのかもしれない。
『え? リーゼ、ユージ兄のほっぺたにキスしたのよ!』
『あらー、そっちか』
『お祖母さま、ダメだったのかしら?』
『ううん、どうかしら。ユージさんは
『ユージ兄はアワアワしてたわ!』
『うふふ、やっぱり。それでリーゼ、この先はどうするつもりなのかしら?』
『リーゼね、がんばる! 100才になったら里を出てもいいわよって言われるように、たくさん鍛える! あとニンゲンの言葉も勉強しなきゃ!』
『そう。じゃあ剣術とニンゲンの言葉は私が教えてあげる。水魔法と土魔法は……長老たちに話をつけてあげるわ』
『ほんとう? お祖母さま、ほんとう?』
『ええ、もちろんよ! 水の魔眼は水辺にて最強。テッサが考えた魔導書を持ち出してあげるわ!』
『やったあ!』
バシャバシャと水滴が飛ぶ。
リーゼ、諸手をあげて祖母の言葉を歓迎していた。
その魔導書にはロクなことが書いていなさそうだが。
『相性が良くて、レベルが上がって、イメージができれば魔法の可能性は無限なのよ。リーゼは水の魔眼持ちだから、きっとテッサが書き残したいろんな魔法が使えるようになるわ!』
『お祖母さま、でもテッサさまは土の魔法しか使えなかったんでしょ?』
『そうよ。うふふ、でもね、テッサが育った国はいろいろな魔法が想像されてたんですって。ユージさんは何か言ってたかしら? テッサは、どうせヒマだし思いつく限り書いとこうって』
『あ! あのね、リーゼはユージ兄の
『そう、そんなことが……家がすごい……』
『お祖母さま、ダメよ? リーゼは行けないんだから!』
『あ、あらやだリーゼ、そんな、ねえ? 見に行ってみようかしらなんて考えてないわよ?』
『お祖母さま!』
リーゼの祖母・イザベル。
かつて稀人の嫁だったエルフは、ひさしぶりの稀人の情報に浮き立っているようだ。
リーゼに止められるほどに。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
『お祖母さま、家に帰らなくていいのかしら?』
『ええ、今日までこの宿を使えるようになってるから。問題ないわ』
露天風呂から上がったリーゼと祖母は、そのまま宿の中庭のベンチに腰かけて涼んでいた。
木のコップに入れた飲み物を飲みながらのんびりとくつろぐ二人。
別れに涙していたリーゼも、だいぶん落ち着いたようだ。
『この宿……えっと、ユージ兄が言ってた、ほてるりばーさいど』
『あら、リーゼはニンゲンの言葉だけじゃなくて稀人の言葉も勉強してるのね』
『冬の間にユージ兄が教えてくれたの! じゃあテッサさまがつけたお名前なの?』
『ええそうよ。川のそばって意味なんですって。それと……まあ大人になったらわかるわね』
『え? お祖母さま?』
『大丈夫よリーゼ、それは別の棟だから。私たちが泊まってるのと、ユージさん、ケビンたちが泊まったのは客人用。一緒に清掃・管理してるだけだもの』
『お祖母さま、リーゼよくわからないんだけど……』
『ああ、まだわからなくていいのよリーゼ。大人になってからね。だいたい滅多に使われることもないんだし』
ホテルリバーサイドの意味を、川のそばという意味だと言ったリーゼの祖母。
たしかにその通りだが、その通りではない。
まあ建物の一部は客人用で、それ以外は別の用途に使われているのだ。名前の通りに。
『この建物はね、お風呂も含めてテッサが土魔法で建てたのよ。土の魔導書にはその魔法も書かれてるんですって』
『ええ! すごい……』
『それだけじゃないわ。里には温泉が引かれてるでしょう?』
『うん! あのね、ユージ兄のおうちにもお風呂があって、それから開拓地にも露天風呂ができたんだよ!』
『あらあら、稀人は本当にお風呂が好きなのね。テッサはね、温泉に入りたい! って言って山の近くで掘り当てて、ここまで水路を造ったの。土魔法でね』
『テッサさまはやっぱりすごかったのね!』
『ええ。それに偉ぶったところがなくてね。裸なら身分の上下はない! って言って。長老も若いエルフも関係なく温泉を使えるようにしたのよ』
そう言って遠い目をするリーゼの祖母。いい話である。
様々な立場・種族の嫁がいるテッサが、全員と混浴したいという欲望ゆえの発言だったと知らなければ。
『リーゼ。いろんな思い出を作りなさい。そうすれば……寂しいけれど、楽しさも残るから』
『お祖母さま……』
『思い出を作ったら書き残すのよ。忘れないように』
『うふふ、お祖母さまはユージ兄と同じことを言うのね! リーゼとアリスちゃんね、ユージ兄から何も書いてない本をもらったの! 羊皮紙だから長く残るんだって!』
『あら、ユージさんも隅に置けないわね。他には何をもらったの?』
『えっと、みんなにも見せたしゃしんでしょ、それから本でしょ、ミサンガと、アリスちゃんとハンカチとコサージュを交換して、あとね、ギルド証も!』
ユージ、アリス、それに旅に同行したサロモンからのプレゼント。
他にも、他にもと指折り数えるリーゼ。
リーゼの祖母は、微笑みながらその姿を見守っていた。
『そう。じゃあ明日、リーゼに見せてもらおうかしら。リーゼ、それで昨日話した……心は決まったの?』
『お祖母さま、リーゼ、まだわからないわ。でも、ユージ兄とアリスちゃんと一緒にいると楽しいから。だから、たくさん鍛えて、勉強して、大人になるの!』
『うーん、アリスちゃんもか。まだ恋じゃないのかしら。いえ、私もコレぐらいの頃は好きだっていってもかわいいもので……淡い初恋……それもいいわね』
リーゼの言葉を受けて、ブツブツと小声で考え込むリーゼの祖母。
『お祖母さま?』
『あ、うん、何でもないのよ。そうね、どっちにしろ大人になるまで里からは出られないんだから、まずは鍛えましょう! 剣も魔法も、心も体もね! ……抜け出さずに出られる方法、ないのかしら』
『はい! お祖母さま、リーゼがんばるわ!』
リーゼの祖母・イザベルの最後の言葉は、リーゼの耳には届かなかったようだ。
長老会に名を連ね、風の魔法の使い手としても里で名の知れたイザベル。
里のエルフから尊敬されている彼女だが、同年代や年かさのエルフは知っている。
かつてこのエルフがおてんば娘だったことを。
まあそうでもなければ、里の外で稀人と出会って結婚するなんてことがそもそも起こり得ない。
『あ、でもリーゼ、がんばるのは四日後からね。いえ、それまでもがんばることになるけど』
『お祖母さま?』
『黙って里を抜け出したんだもの。罰はちゃんと受けなくちゃ』
『う……ごめんなさい』
『説教小屋よ。三日間ね』
『うう……暗くて、狭くて、怖いの……』
『リーゼ、だって罰だもの。ちゃんと反省するのよ? ハルみたいに抜け出さないように!』
『はい……』
ユージたちが出発したあとのエルフの里。
家族の元に帰ったリーゼは、いつか来る日のために鍛えることを決意するのだった。
まあその前に、暗くて狭いという説教小屋でオハナシがあるようだが。
ともあれ。
里を抜け出し、お話のような大冒険をした少女は、ちょっと大人になったようだ。
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