第十六章 エピローグ
「よしよし。よくガマンしたねアリス」
「ゆーじにいー!」
エルフの里を出た二艘の船は小川を進み、泉で潜って水中トンネルに入る。
せっかくの潜水の魔法だったが、ユージはひっついて号泣するアリスの世話で忙しかったようだ。
半年ちょっとの間、一緒に過ごしてきたエルフの少女・リーゼとの別れ。
ほとんど涙を見せず、見えなくなるまでぶんぶんと大きく手を振った後。
9才の少女は、ユージにしがみついて涙していた。
どうやらアリスは、しばらく会えなくなるリーゼに涙を見せないよう、ガマンしていたようだ。
ヒックヒックとしゃくりあげながらアリスが涙している間に、船は水中トンネルを抜けていた。
ユージはずっとアリスを腕の中に抱え込んでいる。
コタローも慰めているつもりなのか、ユージとアリスのかたまりにひっついていた。
同乗している船頭役のエルフとハル、隣の船の船頭役のエルフとゲガス、ケビンは二人と一匹に何を言うでもなく見守るのみ。
いや、一度だけ、紋章を確認したいケビンが申し訳なさそうにユージに光の魔法をリクエストしていたが。
ケビンは可能な限り紋章を記憶して、いまはさらさらと手持ちの紙に書き付けている。
潜水していた二艘の船が浮上する。
滝をわずかに越えた場所へ。
行きと違い、ハルと二人の船頭役のエルフは滝を割らなかった。
どうやら滝を割らずとも水中トンネルは利用できるらしい。
行きではリーゼが張り切っていいところを見せようとしただけのようだ。
ちょっと見栄っ張りなレディだったのだ。
「わっ! まぶしい!」
目を閉じて涙していたアリスは、まぶたの裏に光を感じて目を開けたのだろう。
だがせっかく目を開けたものの、太陽の光で目がくらんだようだ。
「あ、ホントだ。いつの間にか外に出てた」
「アリスちゃん! ユージさんと一緒にいつでも遊びに来たらいいよ! みんな歓迎するから!」
ハル、あっさりした言葉である。
その楽観的であっさりした発言がよかったのかもしれない。
「うん! アリス、エルフのことばをたくさん覚えて、またリーゼちゃんに会いに行く!」
二度と会えなくなるわけではない。
ユージは船と船頭のエルフを呼び出す鍵をもらい、エルフたちはユージもアリスも歓迎すると伝えられた。
開拓地からエルフの里は片道で一日ちょっとと、プルミエの街よりも近い。
アリスは言葉を覚えてまた会いに行くと決意を口にしていた。
拳を握りしめて。
「そうですよアリスちゃん! ユージさんと私と一緒にまたエルフの里に行きましょう。それまでに……ひとまず服、コサージュも評判がよかったし、缶詰……は工場が完成して増産できるようになってからか。絹じゃない布で作るドレスも何着か持っていければ」
「おいケビン、落ち着けって。まあ気持ちはわかるけどよ」
ゲガスからエルフと人間を繋ぐお役目を継いだケビン。
ユージと一緒に商品を持っていけば、物々交換ができる。
ケビン、すでに頭の中は新しい取引でいっぱいなようだ。
新商品を売り出し中のケビン商会にとって、販路は多い方がいいのだろう。
まあ長い時を生きるエルフが手がけた品々を入手したいだけかもしれないが。
「そうだねアリス。川原まで一日なんだし、次は夏にでも遊びに行こうか! 暑くなったらきれいな川も気持ちいいし、温泉もあるしね」
春は終わり、季節は初夏。
ユージ、ずいぶん短い間隔で行くつもりのようだ。
きっと温泉が気に入ったのだろう。日本人なので。混浴だからではあるまい。たぶん。
「ふふ、ユージさん。夏になればエルフの里の
「プ、プール? マジかよテッサさま……いやもういいや、何してんだテッサ」
ユージ、ついに『さま』が外れていた。
仕方がないことである。
だが呆れたような言葉とは裏腹に、ユージは拳を握りしめていた。
ガッツポーズである。
コタローがワフワフッと首を振る。おとこってほんとばかね、とばかりに。
「それにユージさん、川原まで一日って言ってたけど……この川から開拓地まで、用水路を引くつもりなんでしょ?」
「え、あ、はい」
「長老たちから言われてね、もしユージさんがよかったら……用水路造りはボクらエルフが手伝うけど、どうする?」
「え? だって、ハルさんは風魔法が得意で、土魔法は苦手って」
「うん! だからほら、長老たちはこの二人を船頭役につけてくれたのさ! 里を出られるほどの水魔法の使い手で、土魔法も得意な選りすぐりのエルフの二人をね!」
ユージに向けてニコリと笑いかける二人のエルフ。
男女一人ずつ。
20代に見えるが、きっと見た目通りの年齢ではないのだろう。
エルフの里を出られる以上、少なくとも100才は越えているのだ。
「あれ? 宴会のとき、アリスと話してた……」
「あら、覚えててくれたのね! ええそうよ。もし用水路を造ることになったら、ニンゲンの言葉がわかるエルフがいた方が便利でしょ?」
「そりゃそうですけど……でも、危ないんじゃ?」
「ユージさん、心配ないよ! 川のそばならすぐ逃げられるし、この辺にはユージさんの知り合いのニンゲン以外はいないんでしょ? それに……」
「それに?」
「ボクほどじゃないけど、この二人ならユージさんは瞬殺じゃないかなあ。一対一でも、開拓地にいたブレーズより強いと思うよ?」
「はい? ブレーズさんより?」
「ほら、なにしろボクらエルフは時間だけはいっぱいあるからね! 剣を100年、魔法を100年訓練したってまだまだ死なない。ニンゲンじゃ無理でしょ?」
「ええ、そりゃ200年とか無理ですよ。エルフすげえな……」
船を潜らせて進める水魔法、用水路を造るための土魔法、現地のニンゲンの言葉、戦闘力。
船頭を務める二人のエルフは有り余る時間で鍛えてきたらしい。
それにしても。
『深緑の風』のリーダーにしてホウジョウ村副村長のブレーズ。
元3級冒険者で、ワイバーンの首を一刀で斬り落とした開拓地最強の男。
もはやその強さは基準にされてしまう程度のようだ。哀しいことに。いまだにユージより強いのだが。
「ハルさん、長老のみなさまは報酬面などはお話しされていましたか?」
「ケビン、心配しないで! ほら、船が使える広さと深さの用水路ができたら、ユージさんと連絡が取りやすくなるでしょ? 稀人の保護の一環だってさ!」
「それはまた……ユージさん、受けましょう。開拓地の近くにエルフが来ていることは隠した方がいいかもしれませんが、いや『深緑の風』のみなさんに話を通しておけばそれだけで済むか」
「わかりましたケビンさん。用水路は課題でしたもんね。ハルさん、お願いします!」
「はーい、了解! じゃあテッサさま譲りの土魔法でちゃちゃっとね!」
「ちょっとハルじゃなくて私たちがやるんだから、適当なこと言わないで!」
「ああっ! じゃあユージ兄、ハルさん、エルフの里がもっと近くなるの!?」
「アリスちゃんは賢いね、その通りだよ! それにアリスちゃん、テッサさまは150過ぎまで長生きしたんだ。100才を超えても元気で動きまわっててねえ」
「アリス9才だよ!」
「うん。それで、お嬢様は12才。エルフが大人と認められるのは100才だから、88年後」
「ハルさん、ってことは!」
「こっちの言葉で言う位階を上げる、テッサさま風に言うとレベルを上げる、が大前提だけどね!」
「アリス! こっちの世界なら、97才でも健康かもしれないって! 俺は122才……」
「ユージ兄! アリス、たくさんたくさんレベル上げる! ユージ兄もだよ! それでリーゼちゃんとまた大冒険するの!」
「位階を上げる、レベルを上げる……たしか、モンスターを倒せばいいんですよね?」
「んんー、普通の生き物でも上がるみたいだけどね! モンスターの方が効率いいなってテッサさまが言ってたよ!」
「アリス火魔法が得意なんだよ! たくさんたくさん倒す!」
リーゼが里を出られるのは、大人と認められる100才になってから。
その頃にはユージが122才、アリスは97才。
だがテッサは150才を超えて生き、元気に動きまわっていたらしい。
150を超えてリーゼの祖母を妊娠させるほどに。
アリスは両手を握りしめて、むふーっと鼻息を荒くしていた。
位階を上げるべく、気合いが入っているらしい。
近いうち、辺境の『大森林』は『大焦土』と呼ばれるようになるかもしれない。
さすがにアリスもそこまでしないだろう。たぶん。
エルフの里。
ユージが保護したエルフの少女・リーゼは無事に家族の元へ送り届けた。
ユージが乗る船には、里に残されていた稀人のテッサ、キースの手紙や荷物を入れた木箱が積まれている。
領主から頼まれた交易の交渉は、ひとまず稀人であるユージとの取引なら、と一部は認められた。
エルフの里まで意外に近く、滞在も合わせて二週間弱の旅路。
さまざまな収穫を抱え、ユージたちは開拓地への帰路を行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます