閑話13-7 シャルルくん、修羅の道を行く
-------------------------前書き-------------------------
ひさしぶりの一人称。
副題の「13-7」は、この閑話が第十三章 七話終了ぐらいという意味です。
といっても、十三章全体にかかっていますが……ご注意ください。
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「うわあああ!」
イヤな夢を見た。
あの時の夢。
アリスを逃がして、でもボクは捕まって。
盗賊に村に連れ戻されて目にした、あの時の。
「シャルルくん、大丈夫?」
「ユージさん……」
ドニに守られて、ボクは生きてきた。
ぼんやりとだけど、その日々も覚えている。
ユージさんはわざわざ起き上がって、ボクのところに近づいてくる。
気の抜けた顔をしてるけど、優しい人。
ボクは森で捕まったけど、アリスは逃げられた。
それからアリスをずっと守ってくれてた人。
それに、ボクとドニを助けてくれたのは、ユージさんたち。
ユージさんがいなかったら、アリスもボクもドニも……。
「ほら、おいで」
ボクが助けられてから、イヤな夢を見て起きると。
ユージさんは必ずボクの手を引いて、温かい飲み物を飲ませようとしてくれる。
ホットミルクか
ここあが何か知らないけど。
うっすらと目を開けて、部屋から出て行くボクとユージさんを見送るドニ。
こっそりついてきて、危なくないか見守ってくれる。
ドニは気づかれてないと思ってるみたいだけど。
一緒に来ればいいのに。
でも、ありがとう、ドニ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「……エルフの薬?」
「うん、リーゼに聞いてね。そういうのがあるらしいんだ。忘れさせる薬だって。でも、何を忘れるか、どれぐらい忘れるかはわからない。家族のことも、自分のことも忘れちゃう人もいるんだって」
「それは……」
「うん。でも、もしシャルルくんが辛いなら、それもありだと思う」
まだ日も昇ってない時間。
ゲガス商会の裏庭に出たユージさんとボク。
ドニは……ふふ、あそこの陰か。
ユージさんが、リーゼちゃんから聞いた薬を教えてくれる。
それを飲むと、忘れることができるらしい。
でも……。
「ちょっと考えます。お父さんとお母さんとバジル兄のこと、忘れたくないから」
「わかった。キツい時は言ってね。俺は話を聞くぐらいしかできないけどさ……」
ユージさんは優しい。
お父さんと違って、ちょっと頼りないけど。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ある日、貴族の館に連れていかれた。
おじいさま。
お母さんは駆け落ちなのよ、って言っていた。
この人が、お母さんのお父さんらしい。
バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵。
それが、ボクのおじいさま。
「さて。では、ユージ殿とドニ殿は、我が孫の命の恩人ということじゃな。感謝しよう。何か希望はあるか? 儂に叶えられることならば、全力を尽くそう」
おじいさまがこの言葉をかけてくれた時、ボクはすぐに思い出した。
ユージさんとケビンさんの会話を。
事情を話せば、見つかれば、ドニは捕まるということを。
ドニは、ボクを守るためにやったのに。
悪いのはドニじゃない、アイツらなのに。
「お、おじいさま、でしたら、お願いがあります」
ドニはきっと、自分からおじいさまに言わない。
ううん、ひょっとしたら、ボクが元気になったら、ドニは自分から警備隊に言うかもしれない。
だから、ボクが。
助けられたボクが、せめて。
おじいさまは、ドニを助けるって言ってくれた。
もし難しい時は、犯罪奴隷にしておじいさまが引き取ると。
きっと悪いことにはならない。
貴族様は、スゴイらしいから。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
それからボクたちは、おじいさまの館で生活することになった。
美味しい食事、温かくて清潔な寝床。
そして。
火魔法。
お母さんの火魔法はすごかった。
着火の魔法しか使えなかったバジル兄は、成人してから炎の形を変える魔法を使えるようになっていた。
アリスは、天才。
家族の中で、ボクとお父さんだけ魔法を使えなかったけど、そういうものだと思っていた。
でも……。
「儂の孫でアメリーの子じゃ。強弱はともかく、まったく使えないというのは考えられん」
魔法、ボクも魔法が使えるかもしれない……。
「おじいさま、ボクにそのめいそうを教えてください! ボクが、ボクが魔法を使えれば、あの時……」
思い出すのは、あの時。
村に連れ戻されて、お父さんと、お母さんと、バジル兄を見ていたあの時。
ボクは、見ているだけだった。
もしも魔法が使えたら、助けられたかもしれない。
「シャルルや、焦るでない。過ぎた時は戻らぬ。これから、これからじゃ」
ぎゅっとボクを抱きしめるおじいさま。
おじいさまの腕は、力が入って固くなっていた。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
自由になったドニも帰ってきて、それからは特訓の日々。
でも、それだけ。
魔法は使えない。
おじいさまはきっかけだって言うし、ユージさんは
魔法の特訓をしていると、考えごとをしなくて済む。
あの日のこと、ぼんやり覚えている日々のこと。
エルフの薬のこと。
そして。
これからのこと。
時間さえあればめいそうしていたボクは、弱かったのかもしれない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
それは、ユージさんたちが冒険者ギルドに行った時のこと。
ボクはその日も、庭でめいそうするといっておじいさまの執事・フェルナンに見てもらっていた。
ドニは、おじいさまの館は安全だと納得したのか、別の場所で足技の訓練をしている。
ボクは、ずっと聞きたかったことがある。
ドニには聞けなかったけど、たぶん、これはチャンスだと思う。
「フェルナンさん、教えてほしいことがあるんです」
「私で答えられることであれば」
「ボクが盗賊に捕まっていた時……他に捕まった人はどうなったんですか? ドニは何か言ってましたか?」
「シャルル様……。私からは申し上げられません」
「そう……」
「その、覚えてらっしゃらなかったのでは?」
「ぼんやりだけど覚えてるんだ。じゃあフェルナンさん、普通は、そうやって盗賊に捕まった人たちはどうなるの?」
「シャルル様……それも、私の口からは」
「教えてほしいんだ。もしドニがいなかったら、ボクがどうなったか。捕まった人はどうなるか。フェルナンさんに聞いたって言わないから。例えばでいいから」
ボクはフェルナンさんを見つめる。
おじいさま、ううん、貴族様に頼られる執事。
この人は、いろんなことを知ってると思う。
「では、一般論ですが……。ドニ様がいなければ、おそらくシャルル様は売られていたでしょう。盗賊に捕まった場合、男性と子供は闇ルートで売られるものが多いと聞きます。女性は……売られるか、その、盗賊に囲われるか……」
「そっか……ねえ、盗賊はなんで盗賊になるの? アイツらが子供を育てるわけじゃないんでしょ?」
「理由は様々です。街で罪を犯し、逃亡して盗賊になる者。働かず、奪って暮らそうと考える者。不作や飢饉で農民が盗賊になる場合もあります」
「そう。アイツらは?」
「不明が多いですが、農民はいなかったようですね。もともと貧民やゴロツキ、冒険者だったようです。シャルル様、これ以上は私からは……」
フェルナンさんは、ためらいながらもボクの質問に答えてくれた。
もし、ドニがいなければ。
もし、盗賊がいなければ。
頭の中がぐるぐるまわる。
ボクは死んでいたかもしれない。
いまもみんなで暮らしていたかもしれない。
盗賊に捕まって苦しんでいる人が、いまこの時もいるかもしれない。
いまこの時も、盗賊が生まれたかもしれない。
頭の中がぐるぐるまわる。
村が襲われた時、ボクが魔法を使えれば。
盗賊に捕まった時、ボクが立ち直っていれば。
あの時、ボクに力があれば。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ユージさんたちが帰ってきた。
エルフに会って、三日後にプルミエの街に向けて旅立つ予定を聞いた。
リーゼちゃんは、家族の元に戻れるらしい。
よかった、と思う。
だけど。
ボクは戻れないのに、と思う。
ボクや、アリスや、盗賊に襲われた人や、盗賊に捕まった人は。
でも。
暗い気持ちになると、思い出す。
あの時のお母さんの魔法と、お母さんの言葉。
ユージさんたちが助けにきて、ボクを守った時の、ドニの背中。
ボクの目を覚ましてくれたドニの言葉。
やっぱりボクは、忘れたくない。
暗くてドロドロした気持ちはあるけど、忘れたくない。
それに。
アリスに聞こえないようにしてもらって、ドニに聞いてみる。
「盗賊に捕まった人は、どうなったの? アンフォレ村の人は? それに、その後にもいたよね?」
殺されるか、売られた。
答えたのはフェルナンさんだったけど、ドニも頷いていた。
「そう、ですか。それで、売られた人たちはどうなりましたか? 買った人は捕まりましたか?」
「ドニ様が解放されてからも警備隊は情報を追っておりました。ですが、時間も経っております。売られた人がどうなったかは不明。買った側も、足取りは途絶えているそうです」
やっぱり。
ボクを守るためにドニがあんなことをして、これだけ傷付いた。
そうじゃない人たちは、助からなかった。
ボクに、もっと力があれば。
魔法が使えれば、心が強ければ。
「ドニ、ケビンさん。盗賊は、盗んだり奪った物をどこに売ってたんですか? フェルナンさん、その人たちは捕まりましたか?」
「シャルルくん、盗品を売買できると言われている場所は私も知っていますが……」
「シャルル様、捕まっておりません。盗んだ物だとわからなかったと言われれば、罪に問うのは難しいのです。確たる証拠があれば別ですが」
村を襲って、ボクとドニを捕まえた盗賊団はなくなった。
でも、お金になるなら、きっとまた盗賊は出てくる。
ぎゅっと手を握りしめる。
許せない。
盗賊も。
何も守れないボクも。
力がないなら、つければいい。
目の前で倒れる人を助け、誰かを守り、誰かを殺せるようになればいい。
もう二度と。
やっと、気持ちが固まった。
ボクは、おじいさまに決意を告げる。
「おじいさま、いえ、バスチアン様。ボクを貴族にしてください」
「ふむ……シャルル、なぜじゃ? なぜ貴族になりたい?」
おじいさまが、ボクを見つめてくる。
目は、そらさない。
いまのボクには力がない。
せめて、心だけは強くありたい。
弱いボクが出てこないように、叫ぶ。
あの時のお母さんを思い出して。
ボクの想いをぶつける。
あの時のドニを思い出して。
アリス、ごめんよ。
お兄ちゃんは、ぜんぶ忘れて平和に暮らすなんてできない。
おじいさまは、バスチアン様はわかってくれた。
こんなボクと、一緒に歩くと言ってくれた。
アリスは泣いていたけど、大丈夫。
アリスは一人じゃないから。
アリスには、ユージさんがいるから。
優しいコタローもついてるし。
でも。
ドニが、出て行こうとしていた。
ボクを守ってくれたドニ。
なのに、村のみんなを守れなかったことを悔やんでるドニ。
「ドニ、どこに行くつもり?」
「なあに、シャルルもアリスも新しい群れを見つけたみてえだからな」
ボクを見ないで、ドニは言う。
「ドニ、ちゃんと答えてくれ。どこに行くつもり?」
「シャルル……俺ァな、群れを守れなかった。狼じゃなくてただのイヌッコロよ。だから適当に生きて、適当に死ぬのさ」
ドニはまだ、ボクを見ない。
「ああそうだ、ユージさん。この鼻と耳、開拓地で役立たねえかな? 狩りと解体の知識もあるぜ」
吐き捨てるようにドニは言う。
強くて、優しかったドニ。
バジル兄も、ボクも、アリスも大好きだったアンフォレ村の狩人。
ああ。
ドニも、ボクと同じなんだ。
あの時、力があれば。
みんなを守れたのに。
盗賊から逃げ出せたのに。
誰かを救えたのに。
でも。
ドニに救われた人もいるんだ。
ここに。
ボクの勝手かもしれない。
ほんとうは、ドニは自由に、平和に暮らすのがいいのかもしれない。
でも、それじゃ。
たぶん、ドニはずっと後悔する。
だから、ドニ。
ごめんよ。
これは、ボクの勝手かもしれない。
でも。
大好きなドニ、アンフォレ村の狩人。
ボクは、負け犬じゃないドニがいい。
ボクは、すうっと息を吸い込んだ。
「逃げるのかドニ!」
ドニが足を止めた。
「狼人族は……狼人族は、群れを守るために戦って、死んでも殺すのが誇りじゃないのか!」
ボクの体の中のぐるぐるが、出口を求めて動きまわる。
「シャルル、あの時の言葉が聞こえてたのかよ……」
ドニはようやく振り返ってボクを見る。
「だからドニ! ボクのために戦え! ボクのために死ね!」
ボクに、ボクたちに、もう一度あの姿を見せてほしい。
強くて、優しくて、誇り高い、アンフォレ村の狩人。
ボクの体の中のぐるぐるが、両目に集中しているみたいだ。
「立派になったなシャルル。そうか、お前の群れに入れってことか……」
ドニが、ボクの前で横になる。
手足を上げて、お腹を見せて。
後で聞いたら、それは獣人にとって最上級の礼なんだって。
「シャルル。いや、シャルル様。狼人族のドニ。流れ者の我が身なれど、シャルル様に忠誠を。御身のために、この命を捨てましょう」
ドニは、下からボクを見上げてくる。
それは、昔のドニの瞳だった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「シャルル、ちょっと早朝の散歩に行かんか」
そんなおじいさまの言葉に釣られて馬車に乗った。
よいよい、お忍びじゃ、そう言って警備兵の案内を断るおじいさま。
連れて来られたのは、王都の外壁の上だった。
「朝焼け……キレイですね」
「うむ。それにほれ、内側の広場を見よ。間もなく開門の時間じゃ」
初めて登った外壁は、高くて見晴らしがよかった。
おじいさまの言葉を聞いて、まだ日が当たってない門の内側を見る。
「おお、何やら三台馬車が並んでおるのう。同じ旗印、同じ商会じゃな」
見下ろしながら指をさすおじいさま。
おじいさまの指の先をたどる。
「あれは! ……ドニ?」
「シャルル様、間違いありません。あれは……ゲガス商会の旗です。先頭がゲガス殿、三台目がケビン殿ですね」
「じゃあ……あ、おじいさま、ご存知だったんですね?」
ボクの言葉を聞いて、イタズラが成功したみたいにニッコリ笑うおじいさま。
いたずらが成功したアリスの表情とソックリだ。
「うむ。直接見送ることは難しい。ゆえに、ここからはなむけを送ってやろうと思ってのう」
「おじいさま!」
「ふふ、シャルルも一緒にの。見せてやろうか」
「はい!」
ゆっくりと門が開き、三台の馬車が動き出して行く。
門を出て、外へ。
王都から、プルミエの街へ。
「儂はシャルルの後に続こう」
「はい、ではいきます!」
おじいさまからもらった火紅玉の指輪をはめる。
ボクの体をぐるぐる流れる魔素を感じて両目に集める。
大気中の魔素と、体内をめぐった魔素。
魔法を想像しながら発動点へ流し込む。
そしてボクは、覚えたばかりの呪文を唱える。
「万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、炎となりて想いを象れ。
視線の先から生まれた炎が、鳥の姿に変化する。
炎でできた鳥は、まっすぐ道の上を飛ぶ。
おじいさまと違って、形はぼんやりしてるけど。
続けて唱えたおじいさまの火の鳥が、ボクの魔法に寄り添うように飛翔する。
そして。
火の鳥はゲガス商会の馬車の頭上で弾け、炎の輪を広げていった。
「シャルル様、二台目の馬車にアリスの笑顔が見えました」
「そっか、ドニは目もいいんだね」
ドニの言葉でうれしくなる。
王都の外壁の上。
馬車が見えなくなるまで、ボクはずっと見つめていた。
さようなら、ボクの妹。
さようなら、アンフォレ村のシャルル。
ボクはこれから、力をつける。
もう二度と後悔しないように。
もう二度と、誰かにこんな想いをさせないために。
バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵の孫のシャルルとして。
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