閑話集 10
閑話13-2 ジゼル、結婚して新天地へ旅立つ
-------------------------前書き-------------------------
女性一人称に再ちょうせ…断念しました。
副題の「13-2」は、この閑話が第十三章 二話終了ぐらいという意味です。
といっても、十三章全体にかかっていますが……ご注意ください。
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「それで、ケビンから贈り物ってなに?」
王都・リヴィエールのゲガス商会、その一室。
ケビンに同行していた女性に尋ねるのは、ゲガス商会の会頭・ゲガスの娘のジゼル。
別室に案内してほしいという女のリクエストに応えて、ジゼル自ら案内したのだ。
抱えていた木箱を下ろして、ようやく女性が自己紹介する。
「あ、私はユルシェルです! ケビン商会に針子として雇われてて、それで……ああもう! 見てもらった方が早いわね!」
「え?」
ジゼルが止める間もなく、ガバッと木箱を開けるユルシェル。
中に入っていたのは、絹だった。
「え? これ、パパが餞別だってケビンに送った……」
「そう、絹の布よ! でももう布じゃないんだから!」
勢い込んだ口調とは裏腹に、丁寧な手つきで絹の布を手にするユルシェル。
「うわあ……なにこれ、すごい……」
絹の布で作られたドレス。
初めて見たジゼルの口から漏れたのは感嘆のみ。
「でしょ! このシルエットを出すのにすっごい苦労したんだから! さ、脱いでちょうだい!」
「え? なんで?」
「なんでって……これ、ジゼルさんへの贈り物なのよ? ジゼルさんのサイズに合うように調整して、やっと完成なんだから!」
「……うそ」
「ええ!? ちょっとケビンさん、ホントに何も言ってなかったの!? 信じらんない!」
ようやくケビンの意図を理解したジゼルは涙を落とす。
慌てるユルシェル。
だが、ドレスを木箱に閉まったユルシェルの手つきは丁寧だった。腐ってもプロである。いや、彼女は腐っていない。
ユルシェルは泣きはじめたジゼルにハンカチを渡し、肩を抱いて慰める。
ジゼルの目利きとセンス、ユルシェルのデザインと技術。
服飾ブームを巻き起こすことになった二人の女性が出会った瞬間である。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
気がつけば、彼はいつも私のそばにいたの。
産後の肥立ちが悪くて、私を産んだママは死んじゃったんだって。
ママのこと、私は絵姿でしか見たことがないの。
それでも、寂しいと思うことはなかったわ。
遅くできた子供だからなのか、私を溺愛するパパ。
見た目は怖いけど、根は優しい従業員たち。
棚に並んだ珍しい商品。
見たこともない品を面白がって購入する変人たち。と、旅情を楽しむ風流な平民。
ゲガス商会は、いっつも騒がしかった。
それにね。
その頃のゲガス商会には、一人だけ柔和な顔をした丁稚がいたの。
おまえが一番若いし、見た目も怖がられないだろう。ジゼルを見てやってくれ。
彼はパパにそう言われたんだって。
まだ小さい頃の私が聞いたら、ちょっと困った顔で教えてくれたわ。
物心ついた時から、ずっと隣にいてくれた。
遊びに行きたいと言えば一緒についてきてくれて。
市場を見たいと言えば案内してくれて。
商人になる、訓練して強くなりたいと言えば相手をしてくれて。
8才になって学校に通うようになるまで、彼はいつも私のそばにいたのよ。
学校に通うようになったら、彼は行商に連れていかれることになったの。修行だってね。
それはもう泣いたわよ。
私のケビンが! 行くなら一緒に連れてって! って。
パパが行けばいいのにって言ったら、今度はパパが泣き出しちゃってね。
大騒ぎだったのよ、ホント。
8才の私は、旅に出るたびに贈り物をあげますね、っていう言葉でコロッと騙されちゃったんだけど。
恋なんだ、って気づいたのは、商人ギルドの学校に通う頃かな。
私、モテたのよ?
でも同級生も先輩も後輩も、子供にしか見えなくって。
アイツら私より弱かったし!
それでゲガス商会のみんなが異常に強いって気づいたんだけど。
だいたい何よ『血塗れゲガス』って。
商人ギルドの先生たち、私のクラスの講義はやたらビクビクしてたわよ。
それでね、商人ギルドの学校は15才で卒業なんだけど……私、卒業したらケビンに言おうと思ってたの。
でもその前に、ケビンから呼び出されてさ。
告白かしら! ってドキドキしてたら、独立しますって。
何なのよもうって泣いちゃってね。
そしたら、ケビンが抱きしめてくれて、こう言ったの。
今度の旅は長いけど、ちゃんと贈り物を持ってきますからね、って。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「うわあ! それでこのドレスが贈り物なんだ! ケビンさん、やるー!」
「そうね、贈り物は合格よ! 贈り物はね!」
「あれ? ジゼル?」
「なんで言葉がないのよ! これ、そういうことでいいのかしら?」
「たぶんそうだと思うけど……はい、次はこっちに手を通してねー」
ガールズトークを繰り広げるジゼルとユルシェル。
まあユルシェルは着付けに忙しく、聞き流している様子だったが。
とりあえず、二人は呼び捨てで呼び合う仲にはなったようだ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
それからもジゼルとユルシェルは、ドレスの最終調整という名目で何度も二人でガールズトークに花を咲かせていた。
昨日の夜、やっとケビンに結婚を申し込まれたのよ! という報告を皮切りに、おたがいにプロポーズの言葉を報告し合う。
パパとケビンが戦うことになったの、と不安を打ち明け。
ドレスの汚れを取らなくちゃ! ほら、さっさと脱いで! とユルシェルがいきり立ち。
そして、ユルシェルに最新の流行を教えるわね、とジゼルがユージたちを引き連れて王都の高級商店街の仕立て屋を訪れた日。
事件は起こるのだった。
「ユルシェル、どうしよう、ケビン、ケビンが、ユージさんたちも」
「落ち着いてジゼル! アイアスさん、イアニスさんは何て言ってたの? その紙は?」
「まずゲガス商会に戻るようにと。もし陽が落ちるまでに連絡がなければ、この紋章の屋敷を訪ねるようにってよ」
「ほらジゼル、お貴族様の紋章で名前も屋敷の場所もわかるんでしょ? まずは帰って準備しなきゃ! 女は男を信じて待つのも大事なのよ!」
ジゼルの肩を抱いて言葉をかけるユルシェル。
ちなみにユルシェルは新婚だが、開拓地に夫のヴァレリーを置いてきている。待たせている女の言葉ではない。
だが、ジゼルの耳には届いたようだ。
「そう、そうよね。急いで帰るわよアイアス!」
どうやらジゼルの動揺は落ち着いたようだ。
準備して集合かけて待機ね、いちおうそのまま街を出る準備をした方がいいかしら、相手は貴族だものね、などと呟いているが。討ち入りか。
蛙の子は蛙。
『血塗れ』の子は、『血塗れ』であるようだ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ゲガス商会、その裏庭。
訓練所としても使われるそこに、十数人の男が集まっていた。
手にはそれぞれの得物を持ち、防具の上からは全員がえび茶色のマントをまとっている。
十数人の輪の中にいるのは、一組の親子。
ゲガス商会の会頭・ゲガスとジゼルである。
他の従業員同様、二人もマントをまとっていた。
「おめえら、いいのか。敵は貴族だ。参加したヤツはもう王都にいられねえぞ。この国にもな」
「何言ってるんすか会頭! ケビンだって俺らの身内っすよ!」
「ウチの客人に手を出したらどうなるか教えてやらねえと!」
「婚約早々、ジゼルを
ゲガスの発言に言葉を返す男たち。
中央にいるゲガスとジゼルの目が潤む。
この集団、れっきとした商会の従業員たちである。
「みんな、ありがとう。ケビンから連絡がなかったら討ち入るわよ!」
「応ッ!」
「敵は『赤熱卿』バスチアン侯爵! 相手にとって不足なし!」
「応ッ!」
「陽が沈み切ったら出陣よ!」
「応ッ!」
「盗人には死を!
「応ッ!」
ジゼルの声に応え、男たちの野太い声が響く。
この集団、れっきとした商会の従業員たちである。
「おーい、誰もいないのか? ケビンさんからの連絡……は?」
裏庭を覗き込んだエンゾは、その光景を目撃する。
元3級冒険者、数々の鉄火場を潜り抜けた男は、異様な集団の迫力にちょっと引いていた。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
エンゾからケビンの伝言を受け取ったジゼル。
それからは、信じて待つ日々だった。
まあ何があるかわからないと、マントを着込んで臨戦態勢を維持していたが。
日々、報告が届く。
どうやら無事らしいと安堵の息を吐くジゼル。
そして、事態はふたたび動き出す。
ひょっこりとケビンが帰ってきたのだ。
いつものように、何食わぬ顔をして。
「ケビンッ! 帰ってきたのね! 心配したんだから!」
「ジゼル、心配かけてすまない。せっかく結婚が認められたのに、さびしい思いをさせたね」
いつものように、ではなかった。
旅立ったケビンが帰ってきた時に、こんな言葉をかけられたことはない。
「アリス知ってるよ! おとーさんとおかーさんがそうなったら、ちゅっちゅってするんだよ! それで、アリスとシャルル兄とバジル兄は子ども部屋に行って出てきちゃいけないの!」
うっとりとケビンに目を向けるジゼル。
口付けを、と思ったところでゲガスに邪魔されたが。
だが、裏庭から建物に入る前。
最後尾につけたジゼルとケビンは、そっと口付けを交わす。
無事で良かったと、想いを伝えるように。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
それからは慌ただしい日々が続く。
父である会頭・ゲガスの引退と、ジゼル本人の移住の準備。
ユルシェルの腕と発想を見込んで、開拓地で開発する服飾品の布の買い付け。
さらに、お世話になった人を招いて行うパーティの準備。
慌ただしくも幸せな日々は続く。
結婚披露パーティでお忍びの『赤熱卿』バスチアンと顔を合わせた時は、ジゼルも従業員も気まずい感じだったが。
そしてついに、旅立ちの日。
前日に荷物扱いしてきたゲガスに拳を振るったのは、ジゼルなりの照れ隠しだった。
一般人が喰らえば卒倒モノだったが。
馬車の御者席に乗り込んでゲガス商会を出発する前に、ジゼルはケビンと言葉を交わす。
「私のケビン! 今度こそ……行くなら一緒に連れてってね!」
「ふふ、懐かしい。ええジゼル。今度こそ、どこまでも」
母はいない。
まわりにいたのは、溺愛してくる父と、騒がしい従業員たちと、兄のような、いまの夫と。
寂しいと思うことはなかったと、もう強がる必要もない。
これからは待つのではなく、共に行くのだから。
想いを噛み締め、ジゼルは旅立つ。
王都からプルミエの街へ。
ゲガス商会からケビン商会へ。
期待に胸を膨らませて。
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