第十三章 エピローグ

 早朝、まだ薄暗い王都・リヴィエール。


 開門を待つ門前の広場に、三台の馬車が近づいてくる。

 馬車を見た行商人や旅人の間にざわめきが広がっていく。

 三台の馬車の両横に、2メートル四方の旗が張られていたのだ。

 旗に描かれていたのは天秤。

 右の受け皿には財貨や布、木箱が。左の受け皿には割れたドクロと骨らしきものが乗っていた。


「おい、見ろよアレ……」

「ん? 馬車三台に三騎って護衛少なくないか?」

「おまえ新参か? 旗とマントを見ろよ」

「ゲガス商会? 馬車三台は初めて見たな」

「おいおいおい『血塗れゲガス』じゃねーか! 『万死』もいる……ひっ!」

「耳が遅いなおまえら。辺境に行くんだとよ」

「あ、お前それで行き先変えたのか! 便乗する気だな!」


 先頭の馬車の御者をするのは、ゲガス商会の元会頭。いまは会頭から退いた『血塗れゲガス』。

 二台目の御者は、ゲガスの娘で新婚のジゼル。

 三台目はケビンが御者をしている。

 ケビンの専属護衛の二人も含め、五人はえび茶色のマントをまとっていた。


「ユージさん、しばらく開門待ちです」


「わかりました。すいませんケビンさん、誰か御者できればよかったんですけど……」


「いえいえ、気にしないでください。ジゼルとの時間はこれからたっぷりありますから」


 ユージたちが乗っているのは二台目の馬車。

 そこにはアリス、リーゼ、ハル、ユルシェルの5人が乗っている。

 荷物はできるだけ一台目と三台目にまとめ、もしもの時は二台目の馬車を守る。

 そんな考えで護衛対象をまとめて乗せているようだ。


 荷台の幕を開けて、後ろの馬車の御者席に座るケビンに話しかけるユージ。

 どうやらケビンとジゼルが分乗していることを気にしているようだ。

 まあユージが言う通り、ほかに御者をできる者がいないので仕方ないのだが。


 ケビンの専属護衛のアイアスとイアニス、そしてサロモンは騎乗して三台の馬車を囲んでいる。

 エンゾとコタローは、位置を定めずふらふらしていた。

 基本的にはエンゾは索敵のため、先頭のゲガスの横、御者席に立っている。

 だが、時おりふらっと飛び降りては移動していた。街中でもやってみたのは練習のつもりなのだろう。

 真似るように馬車の間を移動し、思うまま駆けまわるコタロー。何が楽しいのか、ブンブン尻尾を振ってご機嫌な様子である。



「ああ、こういう時は空き缶をつけてガラガラさせるんだったかな?」


「ユージさん、そろそろ開門ですよ。動くので気をつけてくださいね」


 結婚してすぐに旅行、というか移住のために出発する新婚夫婦のことを思い、いらぬ知識を思い出すユージ。

 馬車の中ではアリスが首を傾げ、ハルはやっぱり稀人は訳がわからなくておもしろい、と含み笑いをしている。

 空き缶をつけるなど、日本でもやることはない。そもそもこの世界では、ユージとケビンが作った缶詰の空き缶ぐらいしかないのだ。

 やったところでその意図は通じないだろう。


「開門ッ!」


 門衛の大声が響き、王都を囲む石壁に設けられた門が開いていく。


「さあ、ユージさん、帰りましょう。まずはプルミエの街へ!」


 ケビンの合図とともに、三台の馬車はゆっくり動き出すのだった。

 便乗する数台の馬車を引き連れて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「王都の壁は分厚いね」


「すっごくおっきかったねユージ兄!」


「あれは土魔法がベースになってるんだ! エルフでもあそこまでの使い手はそうそういないよ」


「この馬車も揺れないわね! じゃあ行きみたいにまた裁縫しようかしら」


 ユージ、アリス、ハル、リーゼ、ユルシェル。

 二台目の馬車に乗った者たちが思い思いに言葉を交わす。

 一名は大声の独り言になっていたが。

 と、リーゼが馬車の後ろに向かい、王都の空を見上げる。


『……魔法が発動する?』


 その言葉に反応するユージとハル。

 ユージはのんびりと空を見上げ。

 ハルは万が一のため、とばかりにリーゼのすぐ後ろに移動する。

 そんな三人の動きに釣られて、アリスとユルシェルも王都の上空を見上げていた。


 そして。

 さっき通ってきた門の上。

 石壁の上から、二つ・・の魔法が発動したようだ。


 大きく、細部まではっきりとかたどられた火の鳥。

 そして、大きな火の鳥に併走する小さな

 体と翼ぐらいしかはっきりしていないのは、ゆえだろうか。


 石壁から放たれた二羽の火の鳥は、空を飛んでユージたちの上空へ。

 馬車の荷台から乗り出して見上げる一行。

 火の鳥はユージたちの頭上で弾け、炎の輪を広げていった。


「ユージさん、アリスちゃん! いまの魔法は!」


「バスチアン様、それにあのちっちゃい方はシャルルくんか!」


「シャルル兄……」


『魔法、使えるようになったみたいね! リーゼが教えたんだもの、まあ当然よね』


『お嬢様、ずいぶんうれしそうですね? 顔がニヤけてますよ?』


 石壁の上から放たれた魔法は、開拓地を目指すユージたちに向けたバスチアンとシャルルの別れの挨拶だったようだ。


 アリスはぎゅっとユージにしがみつき、馬車は進む。



 王都からプルミエの街までおよそ一週間。

 ユージ、アリス、コタロー、リーゼ、ユルシェル、エンゾ。

 ケビン、二人の専属護衛、ジゼル、ゲガス。

 サロモン、ハル。

 12人と一匹、馬車三台。

 大所帯の旅がはじまるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージさんはハルさんと会えたかねえ」


「ふふっ、ブレーズったら最近そればっかり。ちょっと前は着いたかどうか心配してたのに」


 ユージ不在の開拓地・ホウジョウ村。

 元3級冒険者『深緑の風』のリーダーで副村長のブレーズ。

 エルフの少女を探しにきた冒険者のエルフ・ハルと開拓地で話して以降、ブレーズは何度もその言葉を繰り返していたようだ。


「大丈夫よ、ユージさんたちはハルさんと会えるまで王都にいるつもりみたいだし。ほらほら、心配してないで働きましょ!」


 元3級冒険者で妻のセリーヌに促されて、ブレーズは自宅を出るのだった。


 このところ、開拓団のうち元冒険者だった二組は住居の建築に取りかかっている。

 すでに建っているのは二軒の共同住宅と、獣人一家とブレーズたちが住む二軒の家族向け住居。

 続けて二軒の家族向け住居を建築中だったが、第二次開拓団の元5級冒険者パーティたちの強い希望によって、もう一軒、追加で建てることになったのだ。

 いわく、カップルはさっさと家族向け住居に住んでくれ、と。

 どうやら共同住宅でのろけ話を聞かされ続けるのは、独身の男たちにとってことのほかツライことだったらしい。


 春の農作業が落ち着いたことから、ブレーズもその思いを汲んで建築に力を入れることを決めていた。


 新しくできる三軒の住居に住む予定なのは、元3級冒険者の盾役の男と元奴隷で針子見習いの夫婦、針子のヴァレリーとユルシェルの夫婦、元斥候のエンゾとプルミエの街から身請けするイヴォンヌちゃん。

 合計三組の夫婦が入居することになるようだ。


 幸せな夫婦への妬みからか、住居用地確保のための伐採は高速で進んでいた。

 独身男たちのひがみは木々に叩き付けられているようだ。


 一方で、出張で来ている鍛冶師は着々と缶詰工場建設のための準備を進めていた。


 第二次開拓団を迎え入れ、ユージたちの帰りを待つ開拓地・ホウジョウ村。

 14人の開拓民と出張で来ている職人組は、順調に開拓を進めているようだった。


 だが、彼らはまだ知らない。

 ここが開拓地か! ボクもここに家が欲しい! お金はケビンさんに払えばいいのかな? と気軽に家を購入する、お金持ちでイケメンの1級冒険者の存在を。

 ケビン、ここに住居兼店舗を建てるわよ! いまのうちに一等地を押さえておきましょ! と即断する新婚夫婦の存在を。


 辺境、大森林にある開拓地・ホウジョウ村。

 開拓に終わりはないようだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る