第二十三話 ユージ、開拓地に帰る準備をする

「バスチアン様。お世話になりました!」


「ユージ殿、いろいろと感謝しておる。何かあったら儂を頼るのじゃぞ。渡した印章も遠慮なく使うように」


「はい、ありがとうございます! 開拓団長としてまた来ますから。もちろんアリスを連れて」


「うむ、いつでも歓迎しよう」


 バスチアンの館、その車回しの前。

 ユージたちはここでバスチアンたちと別れ、今日はゲガス商会で宿泊。

 明日、プルミエの街に向けて旅立つ予定となっていた。


「ほら、泣かないでアリス。また会えるんだから。アリスは幸せに暮らすんだよ」


「うう、ぐすっ、シャルル兄……」


 挨拶を交わすバスチアンとユージの横では、アリスとシャルルが抱き合っている。

 貴族として生きていくことを決めたシャルルは、ドニとともにバスチアンの館に残るのだ。

 アリスが王都に来ればまた会えるとはいえ、プルミエの街から王都までは往復で二週間。

 そう頻繁に会えるものではない。

 二人が離れるまで、ユージは急かすことなく見守るのだった。



「それではバスチアン様。次回は新たな商品をお持ちいたします」


「うむ、その時は女性の手伝いがいるとよいのう。儂の孫のシャルルと近い年齢の、な」


「はい、かしこまりました」


「シャルル兄、またね!」


「シャルルくん、魔法、しっかり!」


「バスチアン様、お世話になりました!」


 御者席の横に座らせてもらったアリスがブンブンと手を振る。

 バスチアンの館の車回しから、ゆっくりと馬車が進んでいく。

 思い思いの挨拶を交わす一行。


 ユージ、アリス、コタロー、リーゼ。

 ケビンとその専属護衛。

 リーゼの護衛役でプルミエの街のギルドマスター・サロモン。

 王都を拠点にしているエルフの冒険者・ハル。

 7人と一匹は、ゲガス商会に向けて出発するのだった。

 シャルルとバスチアンに見送られて。


「行ってしまったのう」


「はい」


「シャルルや、これからみっちり勉強じゃ。他の者より始まりが遅い分、厳しい日々になるぞ」


「はい」


「それからのう。貴族たる者、人前で涙を見せてはならん。覚悟ができたら館の中に入るのじゃ。その時から、貴族としての教育をはじめよう」


 そう言ってシャルルにハンカチを手渡すバスチアン。

 踵を返し、執事のフェルナンとともに館に戻る。

 迷ったようだが、執事に促されてドニも戻っていった。

 残されたのはシャルルのみ。


 およそ一時間後、シャルルは重厚な玄関扉を開けるのだった。


 少年の闘いは、ここから始まる。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おーい、ユージさん! ケビンさん!」


「あ、エンゾさん! 出迎えてくれたんで……え?」


 王都・リヴィエール、その一角にあるゲガス商会。

 ケビンが操作する馬車が店の前に止まる。

 ユージたちはここで最後の準備を整え、明日早朝に王都を出立する予定であった。


 店舗の前でユージに声をかけたのは、元3級冒険者の斥候でいまは開拓民のエンゾ。

 出迎えに喜ぶユージだが、エンゾのちょっと困った顔が目に入る。続けてエンゾがわざとチラ見した方向に目を向けるユージ。

 そこには、すでに二台の馬車があった。


「おーう、来たかユージさん!」


「ケビンッ!」


 二台の馬車の陰から出てきたのは、ゲガス商会の元会頭・ゲガス。

 そしてケビンの妻となったジゼルの二人であった。


「あの、会頭、これは? たしか私は旅の準備をお願いしたはずですけど……」


「おう、バッチリ準備しといてやったぜ!」


「え?」


「なに驚いてんだ! ゲガス商会の元会頭の娘の嫁入りだぞ!」


「は、はあ、それはそうですけど……」


「そうよ、ケビンからも言ってやって! パパったら大げさなんだから!」


「そんなこと言ったってなあ……これでも減らしたんだぞ?」


 見た目は海賊の元会頭・ゲガスが情けない表情でポリポリと頭をかく。

 呆れたようにワンワンッと鳴くコタロー。まったく、おやばかね、と言いたいようだ。


「会頭、三台分の護衛は用意してませんし、ここは引いてください」


「なに言ってんだケビン! エルフの里まで、俺も同行するんだぞ?」


「え?」


「向こうにも引き継ぎの挨拶しなきゃいけねえからな」


「ああ、そうでしたね……」


「それにな……行商人としての最後の荷は、娘だって決めてたのよ!」


「ちょっとパパ、私が荷物ってどういうことよ!」


 渾身の右ストレートがゲガスを襲う。

 が、娘の拳はあっさりといなされた。

 『血塗れゲガス』の戦闘力は伊達ではない。


「はあ……ユージさん、とりあえず中に入りましょうか……」


 義父と嫁のやり取りを見せられて肩を落とすケビン。

 とぼとぼと浮かない足取りで、ゲガス商会に入っていくのだった。



 ゲガス商会の応接室。

 その中に、ユージたちの姿があった。

 ちょっと疲れたケビンの姿も。


「はあ……ユージさん、けっきょく馬車は三台です。必要な物があったら言ってくださいね。余裕で乗りますから」


「おお、じゃあ嫁入り道具に箪笥たんすを……」


「パパ? その話はもう終わったわよね?」


「う、うむ、すまん」


 どうやらケビンは、恩人で義父のゲガスが手配した合計三台の馬車を断りきれなかったようだ。

 嫁入り道具はジゼル自身が厳選して、これでも減らしたようだが。

 プルミエの街にも木工職人はいるのだ。

 わざわざ王都から運ぶ必要はない。



「忘れ物チェックってヤツですね! まあ俺は装備ぐらいですし、本や香辛料なんかは背嚢一つで収まってますし……アリスは?」


「アリスはねえ、これだけだよ! あとね、おじーちゃんからもらったコレ!」


 いつも背負っている小さな背嚢と一つの布袋を示すアリス。たいした量ではない。

 そして、アリスはガサゴソと襟首から胸元に手を突っ込む。

 誇らし気に出したのは、火紅玉が嵌められた指輪だった。なくさないよう革ひもを通してネックレスにしているようだ。


「アリス、いつの間に……ケビンさん、コレ、いいんですかね?」


「高価な物ですが、侯爵様のコネと財力なら手に入らない物ではありません。バスチアン様自らアリスちゃんに贈ったようですし、問題ないでしょう。アリスちゃん、それはあんまり人に見せないようにね」


「はーい! おじーちゃんもおんなじこと言ってた!」


 指輪の値段が気になったユージがケビンに質問する。

 高価な品だが、唯一無二ということはないようだ。

 ケビンの忠告を受けて、またガサゴソと服の中にしまうアリス。ちなみにぺったんこである。まだ。



「な、なあ、俺の荷物も問題ないよな? たいした量じゃないしな?」


 会話が一段落したところを見て取り、ケビンとユージに話しかけるエンゾ。

 その足下には、木箱や布袋が積まれていた。


「ええ、まあ問題ありません。壊れやすい物だけは自分で注意してくださいね?」


「おう!」


「あの、エンゾさん? 何をそんなに買ったんですか?」


「よく聞いてくれたユージさん! ワイバーン革を加工させたベルトだろ、ネックレスだろ、それにいろいろ臨時収入もあったしな、布に珍しいお菓子に」


「つ、つまりぜんぶイヴォンヌちゃんへのプレゼントですか?」


「おう! 身請けするんだ、恥ずかしい思いはさせたくねえからな。あ、イヴォンヌちゃんだけじゃねえぞ? お付きの子も一緒だから、その子にもな」


 プルミエの街の夜蝶を射止めた男は、身請けの金の他にプレゼントも用意していたらしい。お付きの禿かむろの分も買い込むという周到っぷりだ。

 このあたりの気遣いと稼ぎが、イヴォンヌちゃんを射止めた理由なのかもしれない。優しいカモである。



「あ、あの……ケビンさん、その……」


 おそるおそるケビンに話しかけたのは、針子のユルシェルだった。


「まあ商売に繋がる物ですしねえ……ぜんぶ積み込みましょう」


「いやったあ!」


「ほらユルシェル、言った通りでしょ? 大丈夫だって!」


「うん、ありがとうジゼル!」


「やっぱりですか……。ジゼル、馬車が増えると聞いて布を手配しましたね? ちなみにケビン商会として購入した物はどれですか?」


「えっとねえ、コレとコレと、コレよ!」


「ほとんどじゃないですか……」


「大丈夫よケビン! ぜったい売れるから!」


「まあそのあたりの目利きはジゼルを信用しますよ。ユルシェルさん、試作品ができたら教えてくださいね」


 しょうがない、と言いたげにユルシェルの荷物を認めたケビン。

 ユルシェルの足下には、裁縫道具が入った小さな木箱の他に、布が入った木箱が置かれていた。いくつも、いくつも。

 どうやらジゼルの入れ知恵であったらしい。

 ユルシェルとジゼル、同じ時間を過ごすことが多かった二人はすっかり仲良くなっているようだ。

 新天地に向かうジゼルにとってはいいことなのかもしれない。

 ケビンはハイテンションなコンビに不安を感じているようだが。



「リーゼちゃんとハルさんはそれだけでいいんですか?」


「まあボクはまた王都に帰ってくるしね! お嬢様は開拓地で用意してもらうんだって!」


 エルフの二人が持っているのは、それぞれ背嚢が一つずつ。他には一つの布袋だけ。

 ユルシェルとは比べるべくもない。


『開拓地でコサージュを作ってもらうの! アレはお母さまもお祖母さまも、みんな喜ぶと思うわ!』


 エルフの言葉で説明するリーゼ。

 現役の1級冒険者、しかも同族のハルがいることで、リーゼはエルフの言葉で話すことを止められなくなった。

 そして、ケビンがゲガスの役目を引き継ぐことで、ユージやアリスとまた会えることになりそうだ。

 リーゼはご機嫌な様子である。



「あとは……あ、サロモンさん! 冒険者ギルドに移動の申請をしなきゃいけないんでしたっけ?」


「ユージ殿、俺の方でじいさんに連絡しておいた。すぐ出ていっても問題ない」


 プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン。

 どうやら旧知のグランドマスター宛てに出発の連絡をしていたようだ。

 本来は本人が窓口で手続きしなければならないのだが、ずいぶん簡略化したものだ。

 持つべきものはコネである。



「問題なさそうですね。では、荷物を積み込んでしまいましょう。馬も用意してますので、騎乗する人は馬具の調整をお願いします」


 そう言ってケビンが話を締める。

 それぞれ荷物を持ち、応接室を出て馬車へ向かう一行。


 こうして。

 まずはプルミエの街を目指す旅。

 その準備を終えるのだった。


 ユージ、アリス、コタロー、リーゼ、ユルシェル、エンゾ。

 ケビン、二人の専属護衛、ジゼル、ゲガス。

 サロモン、ハル。


 9人で王都に向かったユージたちエルフ護送隊は、12人と一匹になっていた。

 加わったのは、ケビンの新妻・ジゼルと、『血塗れゲガス』。

 そして、現役の1級冒険者でエルフのハル。

 馬車は三台となったが、心配あるまい。

 元々過剰だった戦力は、さらに増しているのだ。


 ちなみに。

 犬が一匹、少女が二人、人妻が二人。

 7人はおっさんである。

 最後の一人、エルフのハルの実年齢は300才ぐらい。

 見た目は若いが、年寄りである。


 季節は春だが、ユージの春はいまだ遠い。



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