第二十二話 ユージ、ドニと話をする
シャルルが貴族になることを選び、アリスは開拓地に残ることを決めた日の夜。
ユージとコタローはバスチアンの館の庭を散歩していた。
どうやら寝付けなかったようだ。
「たまには夜の散歩も気持ちいいな、コタロー」
ユージの言葉に同意するかのように、前を行くコタローは振り返ってワフッと一つ鳴く。
尻尾はブンブンと振られ、上機嫌な様子である。
「それにしても広い庭だなー。貴族ってすごい……」
いまさらながらにそんなことを言いつつ、ユージとコタローは散歩を続ける。
季節は春の半ば。
少し冷え込むものの、軽い散歩には気持ちいい季節である。
「ん? あれ、誰かいるのかな?」
フンフンと鼻を鳴らして立ち止まったコタローに続き、ユージも足を止める。
バスチアンの館、その庭にある西洋風あずま屋・ガゼボ。
そのあずま屋のベンチに腰掛けている人影。
ユージが目を凝らしてシルエットを見ると、頭の上に三角の耳が見える。
「あ、ドニさんか。ドニさんも寝付けなかったんですか?」
「ん? ああ、ユージさん。まあちょっとな」
シャルルに忠誠を誓った狼人族の男・ドニであった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「もうすぐドニさんともお別れか……寂しくなりますね」
「そうだな。短い間だったが楽しかったぜ。ああ、離れるんだからユージさんに買ってもらった装備は返さねえとな」
「ああいいですよ! そのまま使ってください。俺からのプレゼントってヤツです!」
ユージ、太っ腹である。
もとの世界でもこの世界でも、お金を持っている者の余裕か。
二人の足下でおすわりしているコタローがワンッと吠える。そうね、もらっておきなさい、と言いたいようだ。太っ腹な女である。くびれはある。犬にもくびれはあるのだ。
「……ドニさんはこれでよかったんですか?」
「ユージさん。俺はな、アンフォレ村にいたのよ。シャルル様が6才、アリスが3才か。二人ともこんなちっちゃくてなあ。俺なんて顔は狼だろ? 子供には怖がられるんだが、二人とバジルはよく俺のところに遊びに来ててな」
ポツリポツリと語りはじめるドニ。
それは、流れ者だったドニがアンフォレ村に定住してからのお話。
ユージは小さく相づちを打って話を聞いていた。
「アリスはふさふさー! とか言いながら俺の尻尾を触ろうとしてな。シャルル様がなだめる。そんで、バジルや二人にいろんな話をしたもんよ」
「あ、アリスにイノシシの解体を教わりましたよ! あれは助かりました」
「ああ、解体も教えてやったな。俺とあの子ら三人で解体して、こっそり内臓を焼いて食ったりな」
ドニは静かに語る。
在りし日を思い出すかのように。
「小さな村でよ。自警団しかなかった。俺はその一員だった。鼻も耳もいいし、狩人だからな。だがあの日、俺は気づかなかった」
「ドニさん……」
「ヤツらが入り込む前に俺が気づいてりゃ、もっと逃げられたはずだったのよ。バジルも、アリスの両親も、村のみんなもな。逃げるどころか、入り込む前なら撃退できたかもしれねえ」
地面に目を落とし、ドニは語る。
「鞭打ちで終わろうと、俺にゃ罪があるのさ。小さな村に一人しかいない狩人。鼻も耳もいいってんで狩人として住まわしてもらったのによ。俺は気づかなかった」
「でもドニさん、それは……」
「シャルル様を守るために、盗賊に協力したことは後悔してねえ。同じ状況になったらまたやるだろう。でもな……あの日。あの日、気づかなかったことは」
ワンワンッ! と。
ドニの言葉を遮るようにコタローが吠える。
「ありがとうなコタロー。まあそんなんだからな。シャルル様にアリス。二人は群れに入ったみてえだし、俺は行こうとしたのよ。シャルル様の言う通り、逃げなんだろうなあ。俺ァ役立たずだからな」
「ドニさん……そんなことないですよ。昔の俺と比べたら……」
引きこもっていた当時のことを思い出したのか。
フォローするつもりが、ユージがダメージを受けてしまったようだ。
「ユージさん、俺ァ戦えない、狩りもできない狼よ。他の種族ならまだしも、狼人族にとっては役立たずってのと同じ意味さ」
動かない右腕、そして親指と小指がなくなった左手に目を向けるドニ。
ユージはかける言葉もない。
「でもな、シャルル様はこんな俺を必要としてくれた。戦え、と言ってくれた。この命を、シャルル様のために使えと」
ドニの独白は続く。
「あんなちっちゃかった坊主がなあ……俺ァさ、うれしかったのよ。まだ役立たずじゃねえんだなって」
「ドニさん……」
「シャルル様が魔法を使う間の盾ぐらいにはなるだろ。もう武器は持てねえが、命を張って文字通りの盾になるさ。なに、足は健在だ。かき回したり、蹴ったりぐらいはできんだろ」
ユージに向けて決意を語るドニ。
褒めるかのようにワンッと吠えるコタロー。
だが、ユージの反応はない。
「ユージさん?」
「え、あ、すいません。ちょっと思い出したことがあって……ドニさん、左腕は動かせるんですよね?」
「あ? ああ、動かす分には問題ねえよ。残った指も動く。ただ指が欠けた分、武器は振れねえな」
親指と小指は、武器を振り回すには必須である。
三本の指で剣を持っても、思うようには使えない。
それはドニが得意としていた弓や短剣も同じ。
肩をまわし、肘から先を動かし、残った指を動かすドニ。
ユージはそれをじっと眺めていた。
「ルイスさん、予知能力でも持ってんのかなあ……」
「ん? どうしたユージさん?」
「ドニさん、ちょっと聞きたいんですけど……こういう武器はありませんかね? こういう形で、
身振り手振りで、そして地面に拙い絵を描いて示すユージ。
ドニは頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「なさそうですね。たぶんいまのドニさんでも使えると思うんだよなあ」
「ホントかユージさん! 俺でも使える武器があるのか!?」
「ええ、たぶん。手甲に爪を固定するわけですから……ちょっとでも握れれば使えると思うんですけど……」
ユージが示したのは、鉄の爪。
それは、サクラの夫・ジョージの友人のルイスが異世界の服を作ると聞いた時に描いた武器であった。
ルイスが描いたのは、上半身に太い二本の革ベルトだけを装備し、鉄の爪をつけた狼男の姿。
ユージはどうやらそれを思い出したらしい。
ゾンビはいないが。
また戦えるかもしれない。
そう聞いたドニの目からは、涙がこぼれていた。
「えっと……構造とかあいまいなんで、開拓地に戻ったら調べてみますね。試作品を作ってみて、できたらここに送ります」
「ああ、ああ……頼む、ユージさん!」
月明かりが照らす庭のあずま屋。
男は、動く左手でぎゅっともう一人の手を握る。
目は潤み、顔は近い。
一見、ロマンチックな状況であった。二人とも男だが。
ともあれ。
どうやらルイスの悪ノリは、一人の男の心を救うことになったようだ。
そして。
ユージが開拓地に戻ってドニの武器について報告すると、掲示板はある種の熱狂を見せるのだった。
全身に凶器をまとい、のちに『全刃狼』と呼ばれる男が生まれたのは、この瞬間だったのかもしれない。
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