第二十一話 ユージ、シャルルの魔法についてリーゼから話を聞く
シャルルに忠誠を誓い、寝っころがって腹を見せる最上級の礼を見せたドニ。
どうやらドニはシャルルを群れのボスとして、自らの主として認めたようだ。
ドニの前に立つシャルルにアリスが近づいていく。
「シャルル、兄、もう、あえないの? アリス、アリス……」
盗賊に襲われ、ようやく再会した兄。
道を違えるということは理解したのだろう。
アリスは涙を流していた。
館の主、バスチアンがそんなアリスに声をかける。
「アリス。なに、また会えるじゃろ」
「え? おじーちゃん、ほんと!?」
「おじいさま?」
バスチアンの言葉に驚くアリスとシャルル。
何かを察したのか、ケビンとサロモンは頷いていた。
「うむ。何しろ儂は貴族じゃろ? ならば、商会の者が儂の館に御用聞きに来てもおかしくはないのう」
うむうむと頷きながらケビンに目をやるバスチアン。
「そうですねえ。ケビン商会は新しく開発した保存食や服飾品があります。今後は絹の布も取り扱うことになりますし、ぜひバスチアン様にも見ていただきたいところです」
ニコニコと笑みを浮かべて説明するケビン。
「ほう、絹の布。それに保存食に服飾品か。保存食は味見をせねばならぬし、服飾はやはり着る者が選ばねばのう」
ニヤリと笑みを見せてケビンに乗っかるバスチアン。茶番である。
「ありがとうございますバスチアン様。では、次回王都に来た際には必ずお伺いしましょう。ああそうだ、高価な荷ですから私一人では運べませんねえ」
ケビンニンマリと笑みを作り、いまにも揉み手をはじめそうだ。演技である。
どうやら口実としてだけではなく、本当にちゃっかり売り込むつもりのようだ。たくましい男である。演技、だけではないようだ。
「はい! アリス、アリスがお手伝いする!」
バスチアンとケビンの茶番を理解したのか、アリスが眼を輝かせて立候補する。
「おじいさま、ケビンさん……」
「それにのう、儂が後ろ盾になっておる開拓団の団長が王都に来た際には、儂の館に挨拶しに来るのは当然じゃろ? ほかに同行している開拓民がいれば、儂に挨拶があってしかるべきじゃしな」
チラリとユージに目を向けるバスチアン。
「ええ、もちろんです! 王都に来たのにバスチアン様に挨拶しないわけにはいきませんよ!」
ユージもフリを理解したようだ。めずらしく。
乗っかるように茶番を演じていた。
「アリス、開拓民なの! 一緒に挨拶する!」
涙の跡を残したまま、アリスがぴょんぴょん跳ねてまた立候補していた。
「おじいさま……」
「シャルル、アリス、心配するでない。貴族は社交も仕事よ。怪しまれない程度に会う方法などいくらでもあるわ。まあ儂らが開拓地に行くのは難しいじゃろうし、一緒に暮らすのは無理じゃがな」
「わーい! おじーちゃん大好き!」
「だ、だいすき……く、くふふふ」
祖父であるバスチアンにガバッと抱きつくアリス。
先ほどまでの厳めしい貴族の顔はどこへやら、バスチアンはデレッと相好を崩していた。
アリスの大好き宣言にやられたようだ。
怪しまれずに会いたいのはバスチアンの方なのかもしれない。
貴族として生きていくことを選んだシャルル。
開拓民として生きることになったアリス。
道は違え、兄妹だと名乗ることはなくなるかもしれないが、生き別れになることはなさそうだ。
ユージがこれまで培ってきた人の縁と、立場によって。
穏やかな空気が流れる応接間の片隅で。
リーゼとハル、エルフの二人は身を寄せ合ってヒソヒソと会話していた。
『ハル、さっきのは……』
『ええお嬢様。間違いないでしょう』
『リーゼと同じ…………魔眼』
『ええ、種類は違うようですが。たしかにあれでは、理解しなければ魔法は使えないでしょうね』
『ハル、教えていいのかしら?』
『問題ないですよ。別にエルフだけの秘密じゃありませんし。ボクから言いましょうか?』
『そうなの!? もう、リーゼ、ユージ兄とアリスちゃんに秘密にしてたのに! じゃあリーゼが言うわ。ユージ兄!』
『うん? どうしたのリーゼ?』
『ちょっと通訳をお願いしたいの』
『そりゃかまわないけど……』
いきなりリーゼに話しかけられたユージは、腑に落ちない様子だった。
それでもリーゼが話すエルフの言葉を現地の言葉に訳し、部屋にいる面々に伝えていく。
それは、シャルルが魔法を使えなかった理由だった。
「ボ、ボクにそんな力が……」
「シャルル兄、すごーい!」
「話に聞いたことはありましたが、実在するとは……」
「うむ、三代前の当主がそうだったと文献に残っておる。シャルル、これはお主の武器になるじゃろう」
エルフの少女・リーゼ。
彼女が語ったのは、先ほどシャルルの
魔眼。
そう呼ばれる能力の話であった。
いわく、魔法が使える人はへその下か体のどこかに魔素を感じる。だが、魔眼を持つ者はそれが二箇所。体のどこかと瞳。二つのポイントに魔素を集めなければ発動しない。一箇所で魔素を感じる通常の方法では魔法を使えないため、気づかないケースもあるとか。
そして。
『魔眼を持つ者は、他にもできることがあるの。一つは、何もない場所や物に存在する魔素を見られること』
「うむ、それも記録に残っておる。じゃが、それよりも重要な話があったが……」
リーゼの言葉、そしてバスチアンやシャルルの質問を同時通訳するユージ。忙しそうだ。
ハルはユージの通訳を手伝う気はなく、シャルルを見つめていた。
まるで、敵対しないか見極めようとしているかのごとく。
『ええ。魔眼を持つ者は、体内の魔素だけじゃなくて、離れた場所の魔素を使って魔法を発動できるの。こんな風に』
ユージの通訳を待って、リーゼが無詠唱で魔法を発動させる。
テーブルの上、何もない空間に小さな水の球が生まれる。
「近くで放つのではなく、離れた場所に発動できるのか……文献は残っているが、見たのは初めてじゃ。これはすごいのう」
『魔素が濃い場所なら、もっと強力な魔法も使えるのよ! それに……リーゼは水だけど、シャルルくんは火の魔眼だから……』
「正直、シャルルくんが王都に残るのは良かったかもね! 大森林で使われたらちょっとなあ」
今回のリーゼの言葉を訳したのはハルだった。
「あ、やっぱりエルフは森が大切だったりするんですか? 自然とともに生きるみたいな?」
「ああユージさん、そういうわけじゃないんだ! まあ近いって言った以上はみんな気づいてるだろうけど、エルフの里は大森林にあるからね。さすがに燃やされたら困っちゃうよ!」
「あ、それもそうか」
「そう! あ、大森林にあるってことはナイショね!」
唇の前で人差し指を立て、ウインクするハル。イケメンがやると決まる仕草である。
『ハル……シャルルくん、発動のコツはリーゼが教えるわ! 種類も違うし、魔法自体は自分で覚えるしかないけど……』
「ありがとうリーゼ殿。なに、三代前のご先祖様が書き記した書物が残っておる。シャルルと同じ火の魔眼じゃ。そこから先はシャルルが自身で努力すべきじゃろう」
「はい! ありがとうございます、リーゼさん、おじいさま!」
バスチアンの侯爵家は初代国王の血を引く家系。
300年近い歴史がある家であり、初代も含めて連綿と火魔法の使い手が続いてきた血筋でもある。
中には魔眼を備えていた者もいたようだ。
「珍しくはあるんだけど、火魔法特化の家系で短命なニンゲンならいてもおかしくはないかなー。まあよかったねシャルルくん! でも大森林で使う時は、燃やし過ぎないよう気をつけてね!」
ハル、あいかわらず軽い発言である。
ともあれ。
瞑想を続けても魔法を使うことができなかったシャルル。
それには理由があったようだ。
貴族として生きる。
そう決めたシャルルは、大きな武器を手に入れるのだった。
そして。
「ま、魔眼……なにそれ、かっこよすぎだろ……俺もきっと……」
通訳を終えたユージの呟きは、つっこまれることなく応接間に溶け込んでいくのだった。
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