第十八話 ユージ、エルフの冒険者と一緒にゲガス商会に行く

「おお、ケビン! よく帰ってきた! 会頭とジゼルは裏庭にいるぞ。まずはそっちに行ってやれ!」


 王都の冒険者ギルドからゲガス商会に向かったユージたち。

 馬車がゲガス商会の前に着くと、ケビンの姿を見た店員のおっさんが大声で叫ぶ。

 連絡はあったものの、突然貴族の館に行くことになったケビンを心配していたようだ。


「裏庭……」


 そう呟いて固まるケビン。

 会頭、裏庭と聞いてどうやら傷だらけになった闘争を思い出したようだ。

 コタローがワンワンッと吠える。しんぱいかけたんだもの、あきらめていきなさい、と言いたいようだ。冷たい女である。体温は高いが。犬なので。


 ユージ、アリス、コタロー、リーゼ、エンゾ、サロモン。

 ケビン、ケビンの専属護衛とエルフの男・ハル。

 8人と一匹は、店舗に入らずそのまま裏庭に向かうのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ゲガス商会の裏庭。

 そこでは、昼間から何人もの従業員が訓練に励んでいた。

 全員がえび茶色のマントを纏って。

 ユージたちが滞在していた時と違って物々しい雰囲気である。


「会頭、無事に戻りました」


「ケビン! てめえこの、心配させやがって!」


 ケビンが一人の男に声をかける。


 日焼けした肌、シワの多い顔は人生の大半を屋外で生きてきた証明だろう。

 黒々とした長いアゴヒゲ以外、禿頭にも顔にも、いたるところに傷跡が見える。

 左右の腰には二本のカットラス。

 海賊である。

 違う。ゲガス商会の会頭『血塗れゲガス』である。


 挨拶もそこそこに、バシバシとケビンの背中を叩くゲガス。

 どうやら義理の息子のことを心配していたようで、傷だらけの顔には笑みが浮かんでいる。

 子供が見たら泣きそうなほど凶悪な面相だったが。

 ちなみにアリスとリーゼはそれを見てもニコニコしている。タフな少女たちである。

 ユージはちょっと引いていた。


「まあまあゲガス。無事なんだからいいじゃないか!」


「ん? ハルじゃねえか。そうか、あの話か」


 ゲガスと娘婿の心温まる肉体言語の交流を遮ったのは、エルフのハルだった。

 だが。


「ケビンッ! 帰ってきたのね! 心配したんだからー!」


 裏庭の奥から駆け出し、勢いのままケビンに抱きついた一つの影。

 ゲガスの娘でケビンの嫁、ジゼルである。


「ジゼル、心配かけてすまない。せっかく結婚が認められたのに、さびしい思いをさせたね」


 ジゼルを抱きしめて声をかけるケビン。

 イケメンなセリフである。恰幅の良いおっさんだが。


「アリス知ってるよ! おとーさんとおかーさんがそうなったら、ちゅっちゅってするんだよ! それで、アリスとシャルル兄とバジル兄は子ども部屋に行って出てきちゃいけないの!」


 突然はじまったラブシーンに目を輝かせるアリス。いらない情報である。

 その言葉に触発されたのか、至近距離で見つめ合うケビンとジゼル。

 ジゼルがそっと目を閉じる。

 二人の距離がさらに近づく。

 熱いベーゼを……。


「おうケビン、表でろや」


 交わそうとしたところで、怒りが籠った低い声が聞こえてくる。

 ゲガスである。

 結婚は認めたものの、目の前で愛娘とキスすることは許されなかったようだ。

 ちなみにここは裏庭。

 裏ではあるが、表である。

 表に出ろとは、外に出ろという意味なのだ。


「ちぇっ、止めるなよゲガス。いいところだったのに! それにしても……娘さん、こんなにキレイだったんだねえ……もっと早く知ってれば!」


「うっせえぞハル! だからお前には会わせなかったのよ!」


 不穏なハルの言葉に、ジゼルをさっと背後に隠すケビン。すばやい。

 だがそんなハルの言葉で、ピリピリした雰囲気は霧散していた。


「まあいい。ジゼル、さっさと離れろ、ケビンに用がある。あとは……」


「ゲガス、ケビン。あとはユージさんとお嬢様も来てもらおうかな」


「わかった。ジゼル、他のお客人を案内してくれ。俺たちは応接室を使う」


 そう言って店舗の裏口に向かうゲガス。

 ユージたちはぞろぞろとその後を付いていくのだった。

 ゲガスが建物の中に消えた後、最後尾のケビンとジゼルが何をしたかはユージたちも知らない。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「さてと。ハル、ケビンにはどこまで話した?」


「まだ何も。ユージさんもちゃんと秘密を守ってたってさ! 律儀なことだねえ」


「お前はあいかわらずだな……」


 応接室にいるのはゲガスとハル。

 そしてケビンとユージ、リーゼの五人である。

 ソファに座るユージのヒザの上には、なぜかコタローもいるが。


「会頭、それで何の用ですか?」


「ああ、実はな。俺は隠居しようと思ってよ」


「……はい?」


「え?」


 ゲガスの言葉に目を丸くするケビン。

 隣に座っていたユージも驚いている。


「番頭も育ったしな。ゲガス商会はアイツに継がせる」


「そ、それはまた急に……みんなは知ってるんですか? ジゼルは?」


「ああ、説明した。お前が最後だな」


「そうですか……」


 どうやら会頭のゲガスが引退することは従業員に知らせていたようだ。


「で、だ。お前に引き継ぎたい仕事がある」


「え? 会頭、私はもうゲガス商会の人間じゃありませんよ? いいんですか?」


 ケビンの質問を受けて、ユージとリーゼに目を向けるゲガス。

 一度目を閉じ、ふたたび口を開く。


「ああ、お前が最適だろ。人の縁に感謝するんだな」


「はあ、恵まれてると思いますが……」


「ケビン、お前に継がせるのは……絹の取引よ」


「はい? 会頭、それこそゲガス商会にとって大事な!」


「アレはもともとオマケみたいなもんよ。旅ができない平民に、他所の街の珍しい物を売る。それがゲガス商会の仕事だからな。貴族向けの商品がなくても困りゃしない」


「ですが、私の商会はまだ貴族にツテはありませんよ? 王都にも店舗を構えてませんし……」


「なに、お前にその気がなけりゃ仕入れだけお前がやって、ゲガス商会に卸せばいい。もちろん直でやりたくなりゃお前が売ればいいさ」


「そ、それは願ってもない話ですが……」


「まあこのあたりは後で考えとけ。ハルが来たのは、仕入れ先に関係するからよ」


「会頭が誰にも明かさなかった仕入れ先……誰一人わからなかった……まさか!」


「まあさすがに気づくわな。そうだ、ケビン。絹の仕入れ先は、エルフの里よ」


 パッとハルに目を向けるケビン。

 その視線を受けて、ハルがニヤリと笑う。


「そう! ゲガスには、稀人の情報を集めて、見つけたら教えてもらうって役目をお願いしてるんだ! それから、人里で困っているエルフがいないか探るのもね!」


「……え?」


 今度はユージ、そしてリーゼに目を向けるケビン。


「そう、ドンピシャだったのよ。お前が稀人のユージさんを見つけて関係を築き、エルフの少女を連れてくる。さすがに俺も驚いたぜ」


「不思議なもんだよねえ。ま、そういうことで! こちらからのお願いは、ゲガスの時と一緒。稀人の情報を集めて、怪しい情報を見つけたらボクに教えてもらう。人里に迷い込んだエルフや捕らえられたエルフの情報があれば、保護するかボクに教えてもらう。報酬はエルフの里の絹の布! 使い道は好きにしていいよ」


「そういうことですか……」


「どうするケビン?」


 スッとテーブルに上体を乗り出してケビンに問いかけるゲガス。

 ケビンが考え込んだのは一瞬だけだった。


「やります。私はユージさんと出会ったから、プルミエの街に店を構える決断をしました。稀人のユージさんのおかげで、ケビン商会は順調です。稀人から受けた恩は、稀人に返しましょう」


「よし、よく言った! ハル?」


「偶然かもしれないけど、実績は実績! エルフの里を代表して、ボクはケビンを認めよう。でも、あと一つ確認しなきゃいけないことがあるんだ」


 ハルとゲガスが揃ってニヤリと笑う。


「何かあった時に、自分の身と保護したエルフを守れなきゃね! もちろん稀人も!」


 つい最近もゲガス商会でケビンが聞いたようなセリフである。

 どうやらゲガス商会の裏庭は、ケビンにとって鬼門であるようだ。


「わかりました。表でろ、ですよね?」


 察したケビンが立ち上がる。

 今日のカードは、現役の1級冒険者でエルフのハル対『戦う行商人』ケビンのようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「さすがに1級冒険者だな……」


「ちょ、ちょっとハルさん強すぎませんかねえ……」


「ユージさん、人間の街でエルフが暮らすってのはそういうことよ」


『ほんっとにもう……彼、実力だけはスゴイんだから……』


 ゲガス商会の裏庭。

 その中央では、エルフの男・ハルとケビンが戦っていた。

 いや、ハルの一方的な攻撃をケビンがひたすら凌ぐだけの時間が続いていた。


 ハルが手にしているのは、腰に佩いていた細剣。

 踊るように軽やかなステップでケビンとの距離を詰め、正面から、横からケビンを攻撃している。


 ケビンが手にしているのは、ゲガス戦と同様にマン・ゴーシュ。

 攻撃を弾き、身を守るための短剣である。

 またも格上の相手と見て取ったケビンは、守ることに特化した武器を選んだようだ。


 二人の戦いを遠巻きに見守るエンゾ、ユージ、サロモン、リーゼ。

 そして、祈るように胸元で手を組んでケビンを見つめるジゼル。

 アリスはその横に立って、キュッとジゼルの服をつまんでいる。優しい少女である。

 その足下にいるコタローは、ジッとハルを見つめていた。まるで、見取り稽古のように。


「ゲガスさん、止めなくていいんですか?」


「まあ守り切るだけなら大丈夫だろ。ケビンは昔からその辺は上手かったしな。それに……」


「それに?」


「ハルが本気なら、弓を使う。まあそれじゃ試験にならねえんだが」


「え? これで本気じゃないんですか?」


「まあハルは細剣も得意なようだがな。ユージさん、エルフは長命種だ。その気になりゃ人間より遥かに長い時間を鍛錬にあてられるのさ」


「ああ、なるほど」


『嬢ちゃん、ハルは何才だったか?』


『えっと、お父さまとお母さまより年上だから……たぶん300才ぐらいかしら』


『はい?』


 目を丸くするユージ。

 どう見てもハルは20才ちょっとに見える。

 エルフは長寿だと頭ではわかっていても、ユージはまだ実感がわかないようだ。


「人間がどれだけ位階を上げても150才がせいぜいだろ。才能はともかく、ハルと同じだけ訓練するのも難しいってこった」


「なるほど……でも、心配じゃないんですか? そんな強い人と、娘さんの旦那さんを……」


「ああ、ケビンなら守りきれるさ。アイツが子供の頃から、俺が守り方を仕込んだんだ」


 わずかに目を細めてゲガスが語る。


「そうなんですね」


「ああ、息子みたいなもんよ」


「そうですか……」


 どうやらユージには、まだ人の心の機微はわからないようだ。

 だが、それでよかったのだろう。

 ユージの相づちを受けながら、ゲガスはケビンとジゼルの昔話を語り続けていた。

 陽が傾き、ハルがケビンの戦闘力を認めるまで。



 二本の短剣を手に、ケビンは今回も大きな傷を受けずに自分の身を守り切った。

 そして、ハルがケビンを次のお役目だと認め。


 ケビンさんの取引の時に、またみんなに会える! とリーゼが喜びの涙を流すのだった。



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