第十九話 ユージ、ケビンとジゼルの結婚披露パーティに参加する
「おお、アリス、シャルル、よく似合っとるのう……」
「えへへ、ありがとうおじーちゃん! これね、ユルシェルさんが作ってくれたんだよ!」
ユージたちが王都のエルフと会ってから二日。
ケビンがゲガス商会に依頼してプルミエの街までの帰路の準備を整える間、ユージたちはバスチアン侯爵の館に滞在していた。
今日は所用のため、ユージたちは全員が
アリスが着込んだ服は、掲示板住人がデザインして針子のユルシェルが作ったもの。
貴族であるバスチアンの目から見ても、優れた物であるようだ。
まあ爺バカの意見かもしれない。
シャルルはケビンが用意した既製品に袖を通している。
バスチアンの館には、サイズが合う服がなかったのだ。
いや、あったところで貴族まるだしの服か使用人の服しかないのだが。
ユージやサロモン、エンゾもいつもより装飾過多な服を着込んでいた。
「バスチアン様、そのような格好をさせてしまい申し訳ありません……」
「よいよい、無理を言ったのはこちらじゃ。お忍びじゃし、今日という日に主役より目立つ気はないのでな」
恐縮しきりのケビンに、鷹揚に頷くバスチアン。
バスチアンはいつもの服よりドレスダウンしている。その姿は、まるで楽隠居した金持ち平民のようだ。
一方で、ケビンはいつもより豪奢な服であった。
「さあケビンさん、行きましょう! ゲガス商会へ!」
目を輝かせて言うユージ。
ユージの手を握ったアリスとリーゼも、頬を緩めてその目を輝かせている。
ゲガス商会の裏庭。
今日はそこで、ケビンとジゼルの知り合いを招いたパーティが行われる予定なのだ。
ユージがいた世界風に言うと、結婚披露宴である。
それも、ガーデンパーティなどという小洒落た感じの。
ちなみに。
コタローは今日も堂々たる全裸であった。淑女だが、犬なので。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ゲガス商会の裏庭。
さんざん血を流したその場所だが、今日のケビンはニコニコだった。
裏庭の中央に設けられた木箱で作られたステージ。その上にジゼルとともに座らされ、友人たちが祝福の言葉をかけている。
建物近くにはテーブルが出され、料理が並んでいた。
王都では珍しい料理の数々は、他の街や国との交易を生業とするゲガス商会のプライドをかけて用意されたもの。
祝福に訪れたゲストの中には、主役そっちのけで群がる者たちもいた。
そして。
「うわあ、うわあ! ユージ兄、ジゼルさんすっごくキレイだね!」
『どう、ハル? あのドレスは開拓地で作ったのよ!』
『お嬢様、アレは素晴らしいですね……』
エルフの里産の絹の布で作ったドレス。
掲示板住人と針子のユルシェル、ヴァレリーが心血を注いだドレスは、参加者から賛辞の言葉が絶えない。何度も見てきたアリスですら。
最後の最後まで調整に力を注いでいたユルシェルの努力は報われたようだ。
ウエディングドレスは、幸せな花嫁が着てはじめて完成するのだ。たぶん。
現役の1級冒険者にしてエルフのハルが隣にいるため、リーゼはエルフの言葉で話すことを許されていた。
冒険者ギルドで会って以降、ハルはバスチアンの館の客人となっている。
そのハルもドレスに見とれているようだ。
『さて、お嬢様。サロモンさんとユージさんの隣にいてください。ボクはちょっと、次代のお役目になったケビンをお祝いしてきますから』
『わあ、ハル! アレをやるのね! ちょっと待ってて、ユージ兄とアリスちゃんとシャルルくんと、見やすい場所を確保するから!』
エルフの里との窓口になり、稀人とエルフを保護する。
ゲガスからその役目を継ぐことになったケビン。
そのケビンの結婚を祝うため、ハルは一つ準備してきていた。
いわゆる出し物である。
ケビンに話しかけたハル。
その声が聞こえたのか、ケビンとジゼルが座るステージの前にいた人が後ろに下がり、スペースが空いていく。
観客の最前列には、ユージとアリス、リーゼ、シャルル、サロモン、エンゾ、ドニの姿があった。
リュートのような楽器を演奏していた者に合図を送るハル。
ちなみにこの奏者を手配したのはハル自身である。
さすがに王都を拠点にする冒険者、それなりの伝手はあるようだ。
観客が注目する中、奏者がゆっくりと音を奏でる。
空いたスペースの中央にたたずんでいたハルが、音に合わせて細剣を抜く。
それは、剣舞であった。
音楽に合わせてステップを踏み、細剣を振るうハル。
華奢な体、陽光を浴びて輝く金の髪、整った細面。
エルフの剣舞。
その美しさに、女性のみならず男性も目を奪われていた。
男性の大半は強面の男たちだが。
クライマックスが近づくに連れて曲のテンポが上がる。
優雅な舞いは、やがて激しくキレがある剣技へ。
空気を切り裂く音を最後に、ハルがピタリと動きを止めた。
呑まれていた観客が、一斉に拍手を送る。
もちろん、最前列で見ていたユージやアリスたちも。
輪の中央で優雅に礼をして、人ごみの中に戻るハル。
さっそく女性たちに囲まれる。
「ふふ、みんなで話しかけられたら困ってしまいますよ。あちらに参りましょう、レディたち!」
黄色い悲鳴を上げる女性を引き連れて、ハルは裏庭の一角に向かっていった。
まるでこうなることを予想していたかのような動きである。
『もう、ハルは……アレがなきゃ完璧なんだけど』
ぽつりと呟くリーゼ。もっともである。
「ふむ、良いものを見せてもらった。ケビン殿、儂からもお祝いじゃ」
剣舞の盛り上がりに興が乗ったのか、それとも二人の孫にいいところを見せようと思ったのか。
空いたスペースに出てきたのは、お忍びで来ているバスチアンだった。
金持ち平民風の服装はまわりに溶け込んでいたが、身にまとう威厳は隠しきれない。
何も知らない人たちからも、貴族だろうとバレバレであった。
まあ新郎であるケビンの箔付けという意味ではよかったのかもしれない。
中央に出たバスチアンが、従者風の服を着た執事・フェルナンから指輪を受け取る。
そのまま左右の中指に嵌めるバスチアン。
もはや貴族であることを隠す気はないのか。
「アリス、シャルル。それからケビン殿、奥方、お集りの皆様。とくとご覧あれ」
前口上を吐いて注目を集めたバスチアンが両手を天に掲げる。
「万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、炎となりて想いを象れ。
掲げた手の先から生まれた炎が、鳥の姿に変化する。
炎でできた鳥は、大きく羽ばたいてそのまま真上に飛んでいく。
あ、そこはフェニックスじゃないんだ、などとのたまうユージの言葉を置き去りにして。
そして。
火の鳥は上空で弾け、炎の輪を広げていった。
「うわあ! おじーちゃんすごーい!」
「すごい……」
『うふふ、ニンゲンっておもしろいこと考えるのね!』
アリス、シャルル、リーゼ。子供たちの褒め言葉は、大人たちの喝采に飲まれていった。
だが、バスチアンは聞こえていたようだ。デビルイヤーか。
孫の笑顔を見てデレッと相好を崩すバスチアン。
爺バカである。
「あ、ゲガスさん。おめでとうございます。どうしたんですか、こんな隅っこで」
「おお、ユージさんか」
出し物も落ち着いたところで、コタローと一緒にふらふらと料理を取りにきたユージ。
裏庭の片隅にいたゲガスを見かけて話しかける。
外に出るようになって五年目、どうやらユージのコミュ力は上がっているようだ。
「なに、駈け足だった俺の人生もこれで一段落だと思ってな」
愛娘を送り出したゲガス。
娘を持つ男親にとって、今日はどうやら特別な日であるようだ。
「そうですよね……ゲガスさんはこれからどうするんですか?」
娘の嫁入り、そして商会からの隠居。
肩の荷を下ろしたゲガスに、これからの予定を尋ねるユージ。
たしかに、とでも言うようにコタローがワンッと鳴いている。
「そうだな、これからはまた好きに生きるさ。だがひとまずは……」
唇を持ち上げて笑みを作るゲガス。
「ひとまずは?」
「ジゼルをケビン商会まで送らないとな!」
「え?」
「ジゼルが生まれた時から、最後の荷は娘だって決めてたのよ!」
そう言い切って、ゲガスは顔を上げる。
その足下では、コタローがワンワンと吠え立てていた。ちょっと、にもつあつかいってかわいそうよ、と。
「そ、そうですか」
「ああそうだ、旅の間はユージさんがいた世界のことでも話してくれよ。ハルと出会う前から稀人には興味があってな、まあそれでいろんな場所をまわったもんだ」
「そうだったんですね……あ、なんだったら開拓地も見に来ます? 家はちょっとアレですけど……」
「おお、そういやあの山の建物みたいに見えない壁があるんだったか! ユージさん、ぜひ見せてくれ! ……というかアレだ、エルフの里には挨拶に行きてえし、そうなるとどっちにしろ開拓地には行くことになるか」
ユージの予想以上に、ゲガスは乗り気であった。
王都からプルミエの街、そして開拓地へ。
間もなく出発する帰路は、ゲガスも同行することになるようだ。
またおっさんが増えた。
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