第十六話 ユージ、冒険者ギルドで王都を拠点にする冒険者のエルフに会う

 エンゾを通して連絡をもらったユージたちは、王都の冒険者ギルドに向かっていた。

 王都を拠点にしている冒険者のエルフ。

 帰ってきたというその人に会うためである。


『大人のエルフに会うのは初めてか! リーゼ、どんな人なの?』


『ナイショよユージ兄! もうすぐなんだから、会ってからのお楽しみね!』


 ニコニコと笑顔を浮かべるリーゼ。

 ユージがエルフの少女・リーゼを保護したのは秋。

 およそ半年ぶりに、同族に会うのがうれしいのだろう。

 そして、そのエルフに会えば故郷へ帰れる。

 いくら楽しい生活を送っているとはいえ、12才の少女が親元を離れて暮らしていたのだ。

 懸念していたもう二度と会えないかもしれないという事情も、ゲガスを通じてなんとかなるかもしれない、という可能性を聞かされた。

 リーゼは、満面の笑みでアリスと手を繋いでいた。


 冒険者ギルドに向かっているのは、ユージ、アリス、コタロー、リーゼ、エンゾ。

 ケビン、ケビンの専属護衛、サロモン。

 7人と一匹である。

 アリスの兄・シャルルと狼人族のドニは、バスチアンの館で留守番。

 バスチアンの執事の下、シャルルは瞑想に励んでいるようだ。


「ユージさん、着きましたよ!」


 馬車を操作していたケビンから声がかかる。

 止まったのは、石造りの冒険者ギルド前。

 ユージたちが開拓村を出発してから半月あまり。

 いよいよエルフ護送隊は、王都での目的を果たすのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「そういえば、手紙をもらっただけで今日行くって連絡しませんでしたけど……大丈夫なんですか?」


 冒険者ギルドでエンゾがギルド職員に声をかけると、すぐに別室に通された一行。

 流れるような案内に、ふと疑問に思ったユージがエンゾに声をかけていた。


「ああ、さすがにエルフだし、ここの冒険者ギルドも一大事と思ってるんだろ。いつ来ても連絡が取れるようになってるってよ。いまごろ職員がそのエルフの下へ走ってるんじゃねえか?」


 ユージたちがそんな会話を交わしていると、扉がノックされる。


 こらえきれずに笑みを浮かべるリーゼ。

 期待に目を輝かせるアリス、コタロー。

 そして、ユージはガサゴソと黒い外装に収められたカメラを用意する。

 おそらく、今回の旅で撮影できるのはこれが最後。

 それでもユージは、エルフの姿を撮影することを選んだようだ。


 木製の扉を開けて入ってきたのは、老人だった。


「待たせてすまんの。ん? なんか、その、すまん」


 後ろに撫で付けた髪は白髪。手には顎まで届くほどの杖を持ち、長いひげも白い。その身にはローブをまとっていた。

 冒険者ギルドのグランドマスターである。


「なんだ、じいさんかよ。期待して損したぜ」


 グランドマスターを見てがっかりしたユージたちを代表するかのように声をかけるサロモン。昔を思い出したのか、口調が荒くなっている。


「サロモン、おぬしはもうギルドマスターなんじゃ。口調はしっかりせい。まあヤツは間もなく到着するじゃろ」


「あの……二人は知り合いだったんですか?」


「なんじゃサロモン、話しておらんかったのか? うむ、ユージ殿。サロモンがまだこーんな小僧だった頃に、いろいろ仕込んでやったのよ」


 ニヤリと微笑んだグランドマスターが、座ったまま胸の高さに手のひらをかざす。

 仕込んでやったと言うが、卑猥な意味ではあるまい。二人とも男なのだ。職業は冒険者なのだ。


「その頃から生意気な小僧でのう。魔法使いなんか殺してやる、俺の相手じゃない、などと息巻いておったのよ」


「うるせーぞじいさん。アレだ、若気の至りってヤツよ」


 恥ずかしそうに頬を染めるサロモン。顔に傷を残すおっさんの赤面である。かわいくはない。

 その反応に気を良くしたのか、ユージたちが生暖かくサロモンを見つめる視線を面白がったのか。

 グランドマスターが話を続ける。


「そんなことを言うもんじゃからのう、魔法使いの儂がボコボコにしてやったのよ。そしたらサロモンは泣き出しおってな」


「じいさん、訓練場は空いてるか? 遺書は書いたか?」


「俺を強くしろと言い出しての。面白いんでいろいろ鍛えてやったんじゃ。まあこやつが1級冒険者になれたのも儂の教えの賜物じゃな」


「よし、じいさん。死ぬにはいい日だな。今日を命日にしてやる」


「ふん、粋がりおって。地竜を倒せたのは誰のおかげじゃ?」


「え? 竜?」


「そうよユージ殿。かつて王都の裏手の山に地竜が出たことがあっての。儂もこやつも、多くの冒険者や騎士とともに戦ったのじゃ。サロモンの傷は、地竜に深手を負わせた一撃の代償よ」


 かつての弟子をからかう様子から一転して、目を細めて当時のことを語るグランドマスター。

 プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン。いまも頬に残る大きな傷跡は、竜を相手に奮戦した時のもののようだ。


「じゃあサロモンさんも、グランドマスターも、ドラゴンスレイヤーってことですか?」


 目を見開いて尋ねるユージ。


「ふむ、ドラゴンスレイヤーは言い過ぎじゃの。一対一とは言わずとも、せめてパーティで竜を倒さねばな。あの時は数百対一。とてもドラゴンスレイヤーとは言えんよ」


 遠い目をするグランドマスターに、その答えは否定されるのだった。



 それからも昔話、あるいはサロモンの恥ずかしい過去の話に花を咲かせるユージたち。

 和やかな時間である。サロモン以外は。

 と、ようやく木製の扉がノックされる。


 どうやら待ち人が来たようだ。

 席を立って扉を開くグランドマスター。


「お待たせしました! 1級冒険者、エルフのハルの到着ですよ!」


 予想外の勢いにポカンと口を開けるユージ。

 いや、ユージだけではなくコタローも口を開けている。

 どうやら一人と一匹のエルフのイメージとは違ったようだ。


 扉を開けて入ってきたのは、一人の男。

 華奢な体躯、リーゼと似たサラサラと流れる金髪。

 隠すことなく晒されたその耳は長い。


 エルフである。

 が、子供のように無邪気な笑みを浮かべてノリノリな自己紹介である。

 なまじリーゼがユージのイメージにあるエルフそのままであっただけに、ユージは驚きを隠せないようだ。

 決して男であることにガッカリしているわけではない。ユージは、リーゼから『彼』と聞いていたのだ。


「えっと……なんかおっさん臭いですねえ……残念です!」


 フリーズする周囲をよそに、ユージたちを見たエルフが失礼な発言をする。だが、その通りである。

 ここにはおっさんか老人、少女しかいないのだ。いや、19才の女はいるが。犬なので。


『あいかわらずねハル。でも……ひさしぶり! リーゼよ!』


『おっと、これは失礼しました!』


 ユージたちの動揺をよそに声をかけるリーゼ。

 彼女だけはこのエルフの性格を知っていたのだ。


 リーゼに近づくエルフの男。

 と、イスに座るリーゼの前にすっと跪く。


『お待たせいたしましたお嬢様。里長より命を受けて、このハルトムート、お迎えに上がりました』


『はあ、あいかわらずやればできるのね……。ええ、ハルトムート。エルフの里までリーゼロッテを送ってちょうだい』


 美少女の前に跪く細面のイケメン。絵になる光景である。

 先ほどまでの残念なテンションを忘れれば。


『えっと……あれ? ひょっとして、アリスだけじゃなくてリーゼもいいとこの子なの?』


 ただ一人、エルフの言葉がわかるユージは、二人の所作と言葉に驚いている。

 いや。

 ユージに続いてワンッと吠えるコタロー。りーぜ、ほんとにれでぃだったのね、と言いたいようだ。

 ユージとリーゼに挟まれて座っていたアリスは、うわあ、うわあと目を輝かせている。まるで物語のワンシーンのような光景に感動しているようだ。


『え? ああそうか、ゲガスが言ってたっけ。お嬢様、彼がユージさんですね?』


『ええそうよ。それに、自分で間違いないって言ってたわ』


『そうですか、では』


 そう言って、エルフの男・ハルが立ち上がってユージに目を向ける。

 アリスやケビン、サロモン、グランドマスターが見守る中、ユージに話しかけるハル。

 まあリーゼ以外は見守ったところで何と言っているのかわからないのだが。


『稀人であるユージさん。よろしければエルフの里に案内いたします』


『えっと、そこに稀人の情報があるんですか? それに、テッサ様の情報も?』


『テ、テッサ様……ふふ、そうか、そうでしたね。ええ、ユージさん。テッサ様の情報も残されていますし、テッサ様がいつか稀人を見つけた時に、と私たちに託された手紙も残っております』


『ほ、ほんとですか! ええ、行きますエルフの里!』



 ようやく会えた、里の場所を知る王都のエルフ。

 ユージがイメージするエルフとは性格が違うようだが、男は問題なくリーゼを里まで送ると宣言していた。

 そして、ユージが知りたがった情報は里にあると告げる。

 即座に自分も里に行くと言い切るユージ。


 会談は、まだはじまったばかりである。


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