第十五話 ユージ、アリスとシャルルの今後について貴族と話をする

「おお、そうじゃ! アリスはすごいのう」


「えへへー、ほんと? あのね、おじーちゃんが貸してくれたこの指輪するとね、ばばばーんってやりやすいの!」


「うむうむ、火紅玉の指輪は火魔法を補助してくれるからの、さもありなん」


 バスチアンの館、その庭園。

 アリスは祖父であるバスチアンに魔法を教わっていたようだ。

 指輪を借りてご機嫌な様子である。


「シャルル、どうじゃな?」


「まだよくわからないです……こう、体の中でぐるぐる動いてるみたいなんですけど……」


「ふむ、魔素は感じ取れて、しかも動かせるのか。となると魔法は使えるはずじゃが……あとはきっかけかのう」


 一緒に教わっていたのは、アリスの兄のシャルルだった。

 いまだに魔法は使えないため、今日も瞑想を行っていたようだ。

 あぐらをかいて地に座るシャルルの横では、春の陽射しを浴びてコタローが丸くなっていた。護衛のつもりなのか、あるいは瞑想でもしているのか。謎多き女である。犬だが。


「まあ焦らずともよい。気長にの」


 バスチアンは、微笑みを浮かべてシャルルの頭を撫でていた。そこに貴族の雰囲気はなく、ただの好々爺である。


「あ! おじーちゃん、シャルル兄! ドニおじさんとエンゾさんだ! おーい!」


 使用人に案内され、三人と一匹がいる庭園のあずまやに向かってくるドニとエンゾ。

 どうやらドニは取り調べから解放されたようだ。


 ユージたちが執事から稀人の話を聞き、アリスたちがバスチアンから魔法を教わっていた春の日の午後。

 エルフ護送隊のメンバーは、ふたたび全員顔を揃えるのだった。

 エンゾは、懐に二通の手紙を携えて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ドニさん、おかえりなさい。それで、その、どうなりました?」


「ああ、けっきょく鞭打ちを受けて終わりだ。犯罪奴隷にもならねえで、あとは自由にだとよ」


 どこか投げやりな口調で自らの刑罰を報告するドニ。


 ユージたちに提供された客室には、王都まで旅をしてきた一行が揃っていた。

 バスチアンや執事の姿はない。

 孫との時間を優先してきたが、ついに先送りしてきた仕事に捕まったようだ。

 惜しい表情をありありと浮かべて、執務室の扉の向こうに消えていったのである。


「ドニ、よかった……じゃあ、じゃあもう自由なんだね」


 気まずそうに顔を歪めたドニに近づき、しがみつくシャルル。

 目に涙を浮かべて喜んでいる。

 アリスはニコニコと笑顔を浮かべ、ドニの手を取ってぶんぶんと前後に動かしていた。アリスなりの喜びの表現のようだ。



「ふむ、これは……エンゾさん、ありがとうございます。苦労をかけましたね」


「まあ領地に出入りする商人に聞きゃ一発よ、ってゲガスさんが協力してくれたしな。俺はたいして動いてないぜ」


 ソファに座り、元3級冒険者の斥候・エンゾが持ってきた二通の手紙、いや、一通の手紙と一つの報告書に目を通したケビン。

 読み終えたケビンがユージに目を向ける。


「ユージさん。いい報告と、それほどよくない報告があります。どうなるかはわかりませんが……どちらから聞きたいですか?」


「え? じゃあ、いい報告からお願いします!」


 ユージが迷ったのは一瞬だった。


「では。ユージさん、リーゼちゃん、お待たせしました。こちらは王都の冒険者ギルド、グランドマスターからの手紙です。エルフの冒険者が王都に帰ってきました」


「おお、やっとか! よかったねリーゼ!」


『もう、ホントにどこをふらふらしてたんだか』


「やったねリーゼちゃん! もうすぐおうちに帰れるんだね!」


 ユージたちが王都に来た目的。

 リーゼを王都にいるエルフに会わせ、里に帰す。

 拠点の王都から離れていたエルフの冒険者が、ようやく帰ってきたようだ。


 その一報を聞いて沸き立つユージ、リーゼ、アリス。

 コタローもリーゼのまわりをぐるぐると駆けまわっている。よかったわね、りーぜ、と言わんばかりだ。


「あ、ちょっと待ってみんな。喜ぶのはよくない報告を聞いてからにしよう」


 ユージ、意外と冷静である。


「大丈夫です、この件とは関係ありませんよ。では。……こちらは、エンゾさんに調べてもらったことなんですが……」


「そ、そんな溜めないでくださいよケビンさん。よくないだけで、悪い報告じゃないんですよね? き、緊張しちゃうなあ。どんなことでしょうか?」


 歯切れが悪いケビン。

 不安をごまかすように言葉を紡ぐユージ。


「ユージさん。バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵に、直系の跡継ぎはいないそうです」


「え? え?」


 ケビンの言葉を受けて、ユージが二人の子供に目を向ける。

 アリスと、シャルル。

 バスチアンと同じ赤い髪を持つ、バスチアンのに。


「いまはバスチアン様の弟の息子、甥ですね。その方が継ぐと目されています」


「えっと、その、普通、こう、順番というか継承権というか、そういうのはどうなってるんですか? 王様は、王族の中で土魔法が得意な者って言ってましたし」


「貴族は直系男子優先です。もちろん不在の場合や男子がおらず婿を取る場合、直系の子が魔法が使えない場合など、なんらかの事情で直系でない者が継ぐこともありますが……」


「え、そんな、それじゃ……」


「ユージさん、まだどうなるかわかりません。二人は貴族の教育も受けていないわけですし」


「でも、その」


 可能性を提示されたユージは動揺を隠せない。

 ユージとて考えなかったわけではない。


 開拓団長で村長とはいえ、僻地の開拓村での生活。他人で、しかも別の世界から来た稀人である自分。

 一方で、貴族の館での生活。祖父で、この世界の有力者のバスチアン。


 アリスにとって、シャルルにとって。

 ユージとて考えていなかったわけではないのだ。


 動揺するユージの足にコタローがまとわりつく。わふっと吠えるコタロー。おちつきなさいゆーじ、ほんにんたちのいけんをきかなきゃ、と言いたいようだ。


「ユージさん、動揺されるのはわかります。ですからまずは、バスチアン様の考えを聞きに行きましょう。私が見る限り……いえ、憶測はやめておきます。行きましょうユージさん。みなさんはこちらで待っていてください」


 ソファから立ち上がるケビン。

 たしたしと前脚でコタローに叩かれ、腰を上げるユージ。


「ユージ兄! アリス、ユージ兄と一緒がいい!」


 扉に向けて歩くユージは、腰にタックルを受ける。

 アリスである。


「うん、ありがとうアリス。大丈夫、勝手に決めないよ。まずはバスチアン様の考えを聞いてくるだけだからさ」


 すっとアリスの頭を撫でるユージ。

 いつもの、何度も繰り返してきた動作である。


「だからアリス、ちょっと待っててね」


 そう言い残し、ユージとケビンはバスチアンの下へ向かうのだった。

 不安を瞳に映すアリスと、考え込むシャルルを置いて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「入れ。む、ユージ殿とケビン殿か。どうされたのじゃ?」


「バスチアン様、執務中に申し訳ありません。お聞きしたいことがございまして……」


「うむ、では茶でも淹れさせよう。ちょうど休憩しようと思っていたところじゃ」


 カリカリと動かしていた羽ペンを休め、立ち上がって一角にあるソファに向かうバスチアン。

 ケビンとユージの表情から何かを察したようだ。


 テーブルの上に人数分のお茶を配り、執事・フェルナンが退室する。

 クイッと顎を動かしたバスチアンの指示に従ったようだ。できる男である。


「さて、薄々はわかっておるが……聞きたいこととはなんじゃ?」


「ユージさん」


「はい。バスチアン様、アリスとシャルルの話です。……どうするつもりでしょうか? その、引き取るとか、このままとか……」


「やはりその話か。アリスとシャルルを見つけた当初は、引き取ろうと思っておった。アメリーの忘れ形見じゃからの」


「当初は、ということはいまは違うのですか?」


 ユージをフォローするようにケビンが尋ねる。


「うむ……ちょっと爺の昔話に付き合ってもらってもよいかの?」


「え、あ、はい。俺でよければ」


「うむ、まあそれほど長い話ではないからの。昔、領地が流行病に襲われたことがあったのじゃ。その時に、儂は妻と息子を亡くしてのう……」


 ポツリポツリと話しはじめるバスチアン。

 そこにいたのは貴族ではなく、ただの老人だった。


「その時に誓ったものよ。残されたアメリーを幸せにすると。天真爛漫なアメリーは、貴族社会には向かなかった。それを補えるいい縁談を見つけてきたつもりじゃったが……いまになって思えば、それがあの子を苦しめたのじゃな」


「その、気づかなかったんですか? 館で働く庭師だったと言ってましたけど……」


「ふふ、直接的な物言いは稀人ゆえかの」


「あ、すいません」


「よいよい。……気づいておったよ。いかに花が好きとはいえ、あれほど長い時間、庭におればの、気づかぬわけがない。アメリーが幸せであれば、婿を取っても続ければいいと思っておったのじゃ。子をなした後は、そうしておたがい愛人を作って楽しむ貴族もおるらしいからの」


 どうやらこの世界の貴族は、それなりにただれているようだ。

 いや、役割と恋愛を分けているだけかもしれないが。


「じゃが、アメリーは割り切れなかったようじゃな……あの子らしいといえばあの子らしい。気づいた時には遅かったわい」


 寂しそうに首を振るバスチアン。

 いまだに後悔しているのだろう。


「じゃが……ケビン殿、ドニ殿。それに、アリスとシャルルから開拓村でのアメリーの話を聞くとの。幸せそうでなあ」


「はい。いつも笑顔がたえない一家でした」


 アリスたちが暮らしていたアンフォレ村。

 行商で通っていたケビンが、バスチアンの言葉を肯定する。


「盗賊はいまも許せん。ヤツらのせいでもたらされた最期もじゃ。じゃが、貴族として心を殺して生きていくのと、どちらが幸せじゃったか……儂は貴族としてこの歳まで生きて、いまさらそんなことを考えるとは思いもせんかった」


「それは……」


「よいよい、もはや答えはわからぬのじゃ。じゃがそうなるとの、ユージ殿に聞かれた話に戻る。アリスとシャルルじゃ」


 いよいよ本題である。

 バスチアンの言葉に、ゴクリと唾を飲み込むユージ。


「アリスはアメリーに生き写しじゃ。天真爛漫で、分け隔てなく人と接する。気づけば周りが笑顔になっておるのよ。シャルルものう、よく見ると二人に似ておるよ。素直で……返す返すも盗賊が憎いがの」


 在りし日を思い出すように遠い目で語るバスチアン。

 ユージとケビンは、言葉を挟むことなく聞いていた。


「じゃからの……二人の決断に任せようと思っておる。貴族として生きるのであれば、儂が教えよう。じゃがそれは、心を殺し、表情を読ませず、感情を表さないで生きていくことも必要なのじゃ。領民を守る責任もあり、時には苦さを呑み込まねばならぬ。ひょっとしたら、そこに二人の幸せはないかもしれん」


 貴族であるはずのバスチアンは、悲し気な表情をあらわにしていた。


「じゃあ……」


「うむ、儂からは無理は言わぬ。アリスとシャルルがそれぞれ選べばよい。なに、心配するでない。貴族を選ばずとも、儂が後ろ盾になるのは変わらんよ」


 すでに腹をくくったのだろう。

 バスチアンはユージに笑顔を見せる。


「ありがとうございます。二人に聞いてみます」


「バスチアン様、待っていたエルフが到着したようで、明日は外出いたします。アリスちゃんとシャルルくんの答えは、王都を発つまでにお話すればよろしいでしょうか?」


「うむ、それでよい。まあ後から貴族になりたいと言っても、儂が生きているうちなら歓迎するがの。遅ければ遅いほど大変になるのは間違いないのじゃが」


 これで話は終わりだと示したかったのだろう。

 バスチアンは大きく伸びをして、さて、では明日は仕事に励むかの、と言って立ち上がる。

 会談の終了を見て取ったケビンもユージを立たせ、執務室を後にする。



 強引に事を進めるつもりはなく、アリスとシャルルの決断次第。

 ひとまず胸を撫で下ろしたユージは、割り当てられた客室へと戻るのだった。

 わずかな不安を胸に抱いて。



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