第十四話 ユージ、貴族の館で稀人について調べる

「よ、読めない……」


「そうですね、かなり難解な文章で書かれています。私もちょっとキツイですね……」


『ユージ兄、なんて書いてあったの? 稀人のこと書いてあった?』


 アリスとシャルルの祖父、バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵。

 その書庫に、ユージとケビン、リーゼの姿があった。

 この国の初代国王、その父が稀人であったと聞いて、ユージはバスチアンが持っていた書物を調べようとしていたのだ。


 書庫に設置されたテーブルに本を広げるユージ。

 横からはケビンとリーゼが覗き込んでいる。

 だが、ユージはこの世界の文字の勉強をはじめてから三年半。

 普段は使わない言葉、古い言い回し。

 ユージの手はおろか、ケビンすら読解に時間がかかるようだった。


「ユージさま、僭越ながら私が解説いたしましょうか?」


「えっと、フェルナンさん。いいんですか?」


「ええ、大切なお客様ですから」


 バスチアンに仕えている執事・フェルナン。

 どうやら書庫への案内だけではなく、説明役としてユージにつけられたようだ。

 フェルナンが書物を開き、ユージに説明する形で調べ物ははじまるのだった。



「えっと……その、テッサ様でしたか? その人はどれぐらい昔の人なんでしょうか?」


「そのあたりは歴史書と建国記に書かれています。いまの国王様で八代目。在位期間はおおよそ30年ですから、250年から300年ほど昔でしょうか。功績はいくつも語られていますが、テッサ様自身の情報は曖昧なものが多いのです」


 書棚から取ってきた二冊の本を開いてユージに見せながら、執事のフェルナンが説明をはじめる。


「そうですか……どういった功績があるんですか? その、車輪に巻き付ける皮とか衝撃を吸収する脚とか、ヤギリニヨンの話は聞いたんですけど」


「学校、冒険者制度、法の下に貴族や平民という立場に関わりなく捜査できる警備隊、奴隷制度の改革。テッサ様が発案したものはいろいろあるのですが……」


「義務教育、警察……冒険者ギルドはどうなんだろ、それに奴隷制度の改革? いまも残ってるし……」


 フェルナンの話を聞いて考え込むユージ。

 同席しているリーゼやケビンは蚊帳の外である。


「では、ざっとテッサ様が記録に残っているところをお話ししましょうか」


「あ、それがいいですね。お願いします!」


「まずテッサ様は、流通を変革して財を成したと言われています。その後がこの国の建国とも関わってきます。ユージさま。この国は、他の国と比べて異常なのですよ」


「え? それはどういう……?」


「ユージさまは市井を歩くことがあるかと思います。獣人族やドワーフ、多種多様な人をご覧になりませんでしたか?」


「はい、たくさん見かけました。元いた世界にはいなかったので、見てるだけで楽しいですよ」


「やはり稀人はそう思うのでしょうか。ユージさま、他の国ではこのように種族が混在することはほぼないのです」


「え?」


「獣人族は種族ごとに街や里を築いています。ドワーフなども同様ですね。もちろん交易はしているようですが、基本的には別々に暮らしています」


「この国だけ違うんですか?」


「いえ、基本的には別々、です。他の国でも他種族は同じ街におりますよ。多くは奴隷や流浪人、貧民です。先ほどの奴隷制度の改革にも関わってくるのですが」


「……え?」


「この国では、犯罪奴隷以外の奴隷は最低限の衣食住を保障する必要がありますし、賃金を払わねばなりません。奴隷が貯めたお金で、自分の身分を買い戻すことも可能です」


「ええ、知ってます。あ、そういえばマルセルはあと何年かで買い戻せそうって言ってた気が……」


「ユージさん、その辺は帰ってからにしましょうか」


 ユージの思考が飛びそうになったところで、ケビンが遮る。

 付き合いが長いケビンは、必要な時にはユージの独り言に反応できるようになったようだ。


「他の国では違うのです。奴隷はこの国と違って自分を買い取ることもできず、衣食住も保障されない。酷い国になると、他種族狩りが行われて捕まった者は奴隷にされるようです」


「そんな……」


「そう思うのが稀人の価値観なんでしょうか。テッサ様はそれが許せず、財を投げうって保護されたのです。そして、その者たちを率いて、当時何もなかったこの地に街を創ったと。どんな種族でも、安全に、平等に暮らせる場所を目指して。当時のテッサ様の言葉も残されております」


「すごい人だったんですね……ちなみに、なんて言ってたんですか?」


「みんなちがって、みんないい。だそうです」


「ん? どっかで聞いたことあるような……」


 ぼそっと呟いて考え込むユージ。

 コタローは庭園で行われているバスチアンの魔法講座に、アリスとシャルルとともに参加していた。

 ツッコミ不在である。


「街は徐々に大きくなってきました。保護された者たちが同族を呼び、噂を頼りに流れてくる者も多かったようです。ユージさま、この国の礼拝堂をご覧になったことはありますか?」


「見たことないです。あれ? そういえば、そもそも宗教の話を聞いたことがないような……ケビンさん、プルミエの街に礼拝堂ってありました?」


「ユージさん、ありますよ。お連れしなかったのは……まあこの後の話をお聞きください」


「人族も含めてさまざまな種族が集まったため、信仰する宗教も違う。テッサ様が創った街でも問題になったようです。そこでテッサ様は、得意の土魔法で礼拝堂を創りました。ですが、その礼拝堂の中には何もなく。テッサ様はおっしゃったそうです。ここを自由な祈りの場とする。それぞれ祭壇を創れ。説教、説法、法話。自らの信じる所を語るのは許すが、家族であっても勧誘はいっさい許さない、と」


「え? それはまたずいぶんぶっ飛んだ話ですね」


「ええ、革新的でした。勧誘禁止ということで当時の宗教組織から苦情もあったようですが……え? おまえら中身じゃ選ばれないの? と言ったそうですよ。まあその通りに言ったかどうかはわかりませんが、それからしばらく街の広場では説教や説法が毎日行われたと記録に残っています。おそらく近いことはあったのでしょう」


 苦笑しながら語るフェルナン。

 確かにそう言われたらそうなるだろう。酷い煽りである。


「ともあれ、こうしてさまざまな種族、さまざまな宗教が入り乱れた都市ができたのです。それがいまのこの街。リヴィエールです」


「なるほど……でもそれ、元の国と揉めなかったんですか? 明らかに浮いてますよね?」


「とうぜん揉めました。そして、独立戦争が起こったのです」


 そう言って、ユージの手元にある建国記のページをめくるフェルナン。


「街 対 国。多勢に無勢です。住んでいた者たちも、勝てぬ戦いだと思っていたようです。それでも自由のために戦うと、我が子に悲惨な生活を送らせるぐらいなら自由の名の下に死ぬと。民が書いた石板、木簡、書物などが残っています。ああ、このあたりにも記載がありますね」


 ゴクリと唾を飲み込むユージ。

 隣に座ったリーゼも、ユージの同時通訳を聞きながら息を呑んでいる。


「圧勝でした。テッサ様率いる、街の」


「……え? はい?」


「テッサ様は、土魔法で街の外に石の壁を造られました」


「ああ、そういえばケビンさんに聞きました。代々、王族の中で土魔法が得意な者が王になるって」


「そうです。ですが、街に籠っていてはいずれ負けます」


「それで、どうしたんですか?」


『ま、街を囲うほどの土魔法……なにそれ、稀人ってスゴイのね……』


 ユージは先が気になるようだが、リーゼは稀人の魔法に目を丸くしていた。ユージの魔法は見ていたはずだが。ユージは目つぶししかできないので。


「テッサ様、テッサ様の奥様たち、その子供たち。テッサ様は岩を撃ち出し、大地を割り。ある奥様は魔法で竜巻を起こし、ある奥様は自分の子と共同で炎の絨毯を創って敵軍を燃やし。豪雨のように矢を降らせる奥様とその子、斬り込んで背中合わせに戦う奥様と子供たち。魔法で、弓で、剣で、圧倒したそうです。街の者は城壁の上から眺めるだけだったとか」


「な、なんすかそれ……。あれ? 奥様?」


「人族、さまざまな種族の獣人族、ドワーフ。元の国の貴族だった方や平民、それどころか奴隷出身の奥様もいたようです。そういえば、エルフもいたようですが?」


「マ、マジかよ……ハーレム野郎……」


『うふふ、ナイショよ!』


 澄まし顔で答えるリーゼ。

 境遇の違いにショックを受けているユージだが、通訳はこなしているようだ。慣れとは恐ろしいものである。


「みんなちがって、みんないい。だそうです。いまでもこの国は他種族との婚姻を認めておりますよ。まあ見た目が違いますので、平民などでも恋に落ちることは少ないようですが……」


「で、ですよねえ」


 フェルナンの言葉に、ユージは頷いていた。

 ケモミミを求めて奴隷を購入したことなど、遠い記憶の彼方に捨て去ったようである。

 それにしても、同じ言葉なのに「みんなちがって、みんないい」の意味がずいぶん違う。


「さて、そうして独立を勝ち取ったわけですが……テッサ様は、建国を子供たちに任せて旅立たれました」


「え? あ、そうか、ですもんね。どこに行ったんですか?」


「国のことはすでに成人していた子供たちに任せ、奥様方を引き連れて……いまで言う辺境に向かったそうです。以降、その足取りは記録に残っておりません。当時は小さな集落だったプルミエの街で過ごしていたようですが、詳しいことは何も残っていません。このゴルティエ侯爵家は王にならなかったテッサ様の子供が初代なのですが、それでも記録がありません。おそらく意図的なものかと……」


「そんな。そうだ、その、テッサ様はどこから来たとかわかってるんですか?」


「いえ、それもわかりません。いくつかの品を開発する前の情報は何も」


「それもわからないんですね……」


 稀人だと思われる初代国王の父。

 いくつもの功績こそ残っているものの、ユージが知りたい情報はわからなかったようだ。

 ユージはがっくりと肩を落としていた。


『ユージ兄、エルフの里なら長生きがいっぱいいるからわかるかも! リーゼ、まだ教わってないんだけど……その、稀人がいたら連れてくるようにしてるみたいだし!』


 励ますように、リーゼがユージに言葉をかける。優しいレディである。


「『ありがとうリーゼ。そうだね、まだ諦めるのは早いよね!』 あ、そうだ! その初代国王の父の絵姿が残ってるってケビンさんに聞いたんですけど……ここにありますか?」


 少女の慰めが効いたのか、ユージが気持ちを切り替えて執事のフェルナンに質問する。


「ええ、ありますよ。たしか……ああ、こちらです」



 布をかぶせて書庫の片隅に立てかけられていたいくつかの絵画。

 そこからひとつ抜き出し、ユージの前に戻ったフェルナンが布を取り去る。


 描かれた人物は、で、だった。


「ユージさん、私が言っていた絵姿と同じものです。どうですか?」


『な、なんかユージ兄みたい! あんまり似てないけど、雰囲気が!』


「これは……やっぱり日本人? すいません、ちょっと失礼します」


 ユージは、腰につけていた大きめのポーチから黒い木箱を取り出す。

 お手製の衝撃吸収外装に包まれたカメラである。


 カシャカシャと音を響かせるそれを不思議そうに眺めるフェルナン。だが、特に何も聞かないようだ。ユージたちは平民とはいえ、主であるバスチアンの客なのだ。こうして初代国王の父の話をしたのもユージが希望したからであり、最初に口にした通り「僭越ながら」なのだ。



 貴重なバッテリーとメモリーを消費して、ユージは初代国王の父・テッサの絵姿を写真に収めるのだった。

 とりあえず、戻ったら掲示板だな、と呟きながら。



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