第十三話 ユージたち、アリスの祖父の貴族から魔法を教わる

 アリスとシャルルの祖父・バスチアン。

 ユージたちは侯爵である彼の屋敷に滞在していた。

 豪華な朝食の後、一行は庭に案内される。


「う、うおおおお……広い、しかもキレイな……」


「これは立派な庭園ですね」


「うわあ、すごーい! ひろーい!」


『ニンゲンもなかなかやるじゃない!』


「そうじゃろう、そうじゃろう。この庭は儂の自慢じゃ」


 広大な敷地に刈り込まれた芝生。

 整えられた立ち木と色とりどりの花々。

 一画には迷路のような仕掛けも見える。

 芝生の奥に見える白い屋根は、野外でティータイムを過ごす西洋風のあずまや・ガゼボだろうか。

 庭に出たユージやアリス、リーゼ、シャルルは美しい庭園に目を奪われていた。

 ユージだけではなく、ケビンやサロモンでさえも。


「……アリス、シャルル。主らの父が、この庭を手入れしていたのじゃよ」


「え!?」


「うわあ、おとーさん、すごかったんだ!」


「それは……」


 ぽつりと寂しそうに呟くバスチアン。

 その言葉に驚くユージたち。

 ケビンのみは静かに首を振っていた。


「ケビンさん……?」


 そんなケビンに話しかけるユージ。

 ケビンの声は、隣に立つユージにだけ聞こえるほどの小声だった。


「バスチアン様は認めなかったことを後悔しているご様子でしたが……庭師と侯爵令嬢では、認めることは難しいでしょう。ましてバスチアン様もご令嬢も、魔法の使い手だったようですし」


「それは……ええ、俺でもわかります」


「あるとしたら、愛人の存在を許す男を婿にするぐらいでしょうか」


「え? でも、それってみんなツラくないですか?」


「ええ、そうでしょうねえ。しょうがないとわかっていても、ジゼルが違う人と結婚して、私が愛人扱いだったら……くっそ!」


「ケ、ケビンさん? ただの例え話ですよね?」


「ああすいません、ちょっと想像してしまいました。本気の恋であればあるほど、駆け落ちもやむをえないかと……バスチアン様もさすがに認められないでしょう」


「ですよね……あれ? でも、ドニさんの話だと、アリスのお父さんも戦っていたような」


「貴族の館で働く者は、いざという時は主人の盾になるものです。みな多少は戦えるはずですよ」


「え? じゃあ館にいた美人なメイドさんも……」


 ゴクリと唾を飲み込むユージ。

 戦っている姿を想像したのだろう。ロングスカートをたくしあげて、太ももに隠していたナイフを手にする姿を妄想して生唾を飲み込んだわけではあるまい。たぶん。


「ユージ兄! はやくはやくー!」


 いつの間にか、ユージとケビンは遅れていたようだ。

 さっそく芝生に突入したアリスから呼ばれていた。


 朝の陽射しを浴びて、庭園を散歩する。

 一行が庭に出た目的はそれだけではない。


 『赤熱卿』バスチアンによる魔法講義。

 庭園のあずまやにたどり着いた一行は、バスチアンの教えを受けるのであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふむ……やはりコレを着ると気が引き締まるのう」


「おじーちゃん、カッコいい!」


「おお、そうかそうか」


『火紅玉を指輪に、しかも二つ……それにアレ、火鼠の皮かしら』


 引き締まると言ったそばからデレッと相好を崩すバスチアン。


 この世界は血筋で魔法が使えるかどうか決まり、魔法使いは貴族が中心。

 そんな世界において、初めての貴族による魔法の講義である。

 目を輝かせて説明を待つユージ。

 まずは準備じゃなと言ったバスチアンは、左右それぞれの中指に一つずつ指輪を嵌める。

 そして、着ていた上着を脱いで、灰色のローブに袖を通していた。


 いや。

 袖を通したローブに、袖はなかった。

 ローブは肩まで。腕は剥き出しである。

 歳のわりに鍛えられた二の腕と前腕の筋肉がまぶしい。


 顔が引きつるユージ。

 足下のコタローがワンワンッと吠える。二回鳴くのは否定の意。ありす、あれはださいわよ、と言いたいようだ。


「さて……まずは『赤熱卿』の魔法を披露しよう」


 バスチアンの宣言に、パチパチと手を叩くアリス。

 ユージも、つられてリーゼも手を叩く。

 ユージたちから離れて庭園の開けた場所へ体を向けるバスチアン。

 そこには、使用人の手によりいくつかの案山子がセットされていた。あれが的なのだろう。


「万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、炎となりて我が身に宿れ。炎の腕アームス・オブ・フレイム


 詠唱を終えたバスチアンの左右の腕に炎が宿る。

 肘から先、指まで炎に包まれていた。


「マ、マジか……かっこいい……」


「うわあ、うわあ、おじーちゃんすごーい!」


『な、なにこの魔法……ニンゲンっておもしろいわ!』


 ユージ、アリス、リーゼが目を輝かせてバスチアンに賛辞を贈る。


「え? あれ? バスチアン様、熱くないんですか?」


「うむ。魔法は術者に影響せんのじゃよ。火魔法の場合、燃え移ればその限りではないがな」


「あ、それで袖がないんですね……」


 納得するユージ。

 袖なしローブは厨二病の発露ではなかったようだ。


「これで終わりではないぞ? ほれ」


 炎に包まれた右腕を振るバスチアン。

 すると、炎の一部が分離して前方に飛ぶ。

 庭園に立てられていた案山子に着弾し、爆発する。


「うわあ、うわあ! おじーちゃんカッコいい!」


 アリスのテンションは天元突破している。

 隣にいるシャルルは、火魔法を目にしてわずかに震えていた。

 そんなシャルルにそっと寄り添うコタロー。優しい女である。目はバスチアンの魔法に釘付けであったが。


「くふふっ、孫から褒められるのがこれほどうれしいものじゃとは……ほれ、儂のとっておきじゃ!」


 拳を握りしめるバスチアン。

 ふんっ、と気合いを入れて、一気に拳を開く。

 五本の指から一発ずつ、五つの火の玉が飛ぶ。それはまずい。

 五つの火の玉は、案山子に当たって爆発する。


「これだけではないぞ。フェルナン、あれを」


「はっ」


 そう言って執事・フェルナンが差し出したのは二振りの小剣。

 バスチアンが抜き放ち、わずかな間に刀身に炎が宿る。


「二本ともミスリルかよ……」


 目を見張ってぼそっと呟くサロモン。

 プルミエの街のギルドマスター・サロモンの愛剣はミスリル製。

 元1級冒険者の稼ぎでようやく購入したそれを、バスチアンは二本も持っているのだ。高位貴族の財力たるや。


「おおおおおお!」


「すごーい! すごーい!」


 ユージとアリスの興奮は留まることを知らない。

 孫と稀人に称賛されたバスチアンのテンションも。


「せい、せい!」


 炎に包まれた二刀を得意気に振り回すバスチアン。

 近くにいたユージたちの所にも、わずかに熱気が飛んでくる。


「ふむ、こんなところかのう。自ら赤く燃える炎を纏い、遠距離でも近距離でも敵を燃やし、熱する。気づけば『赤熱卿』などと呼ばれておったわ。土魔法も水魔法も使えるんじゃがの」


 そう言って剣を納めるバスチアン。

 自分の二つ名を自ら解説するあたり、褒められまくって気分が良いようだ。すっかり教えることを忘れている。

 それにしても。

 紅い宝玉がはまった指輪、袖無しローブ、燃える腕、炎の剣。

 痛々しい装備と魔法ばかりである。


「おじーちゃん! アリス、アリスに教えて!」


「おお、そうじゃったの。アリス、シャルル、こちらに来なさい」


 だが、アリスの琴線には触れたようだ。

 厨二病は受け継がれるものなのかもしれない。

 ともあれ。

 孫のリクエストを受けて、ようやくバスチアンの講義がはじまるようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「まず、基本じゃが……魔法についてどこまで知っておるかの?」


「えっと、物にも空間にも魔素が宿っていて、魔法を使える人はそれを動かしたり変化させられる。それができる人は、血筋とかで決まっている。それで、魔法が使える人はへその下あたりで魔素を感じて、それを動かして魔法に変化させる。あとは人によって属性に相性があるってことでしょうか」


「うむ、ほぼ正解じゃ。よく勉強しておる」


「ありがとうございます」


 バスチアンの問いかけに答えたのはユージであった。

 ケビンやリーゼから教わった魔法の知識である。

 どうやら掲示板住人に説明しているうちに、すっかり覚えてしまったようだ。

 元の世界の魔法使いたちは魔法を使えなかったようだが。


「バスチアン様、ほぼ、なんでしょうか?」


「うむ。あまり知られていないことじゃが……へその下とは限らんのじゃよ。ごく稀に、体の別の場所で魔素を感じる者がおる。魔法を使える血筋でありながら魔法を使えない者は、ほとんどがこれを勘違いしておるのじゃ」


「え?」


「儂もその一人よ。儂の場合は、両腕じゃ」


「あ、それで……」


「うむ。結果的に強力な魔法となっておるがな。魔法が使えるユージ殿とアリスはへその下かの? おそらくエルフも同じじゃと思うが……」


「アリス、お腹のとこでぐーってやると使えるの!」


「俺もリーゼもそうですね。あ! じゃあシャルルくんは!」


「その可能性が高いの。儂の孫でアメリーの子じゃ。強弱はともかく、まったく使えないというのは考えられん」


「ボクが……魔法。お母さんやバジル兄やアリスみたいに……」


「うむ。まずは自分の中の魔素を感じ取る瞑想を教えよう。シャルルに魔法を教えるのはそれからじゃな」


 ニッコリと微笑んでシャルルの頭を撫でるバスチアン。

 シャルルはわずかに目を落とし、考え込んでいる。

 やがて。


「おじいさま、ボクにそのを教えてください! ボクが、ボクが魔法を使えれば、あの時……」


「シャルルや、焦るでない。過ぎた時は戻らぬ。これから、これからじゃ」


 思い詰めた表情のシャルルをそっと抱き寄せるバスチアン。

 シャルルからは見えないが、バスチアンは歯をくいしばっていた。

 まるで自分に言い聞かせるように。



 ケビンに使いを頼まれたエンゾはいまだに帰ってきていない。

 執事は他の使用人と交代して帰ってきたが、ドニは警備隊の詰め所で聞き取り調査中。

 ユージ、アリス、コタロー、リーゼ、シャルル。

 ケビン、専属護衛のイアニス、サロモン。

 7人と一匹は、アリスとシャルルの祖父・バスチアン侯爵の館で有意義な時を過ごすのだった。



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