第十二話 ユージ、貴族に『名にかけて守る』と約束される
「俺は、
「なんと……」
ユージの告白に目を見開くアリスの祖父、バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵。
元々知っていたケビンは、バスチアンの反応を窺っている。
初めて明かされたサロモンとエンゾは納得顔であった。
森の中にポツンと建つ見たこともない館。攻撃を防ぐ謎バリア。無尽蔵に流れ出る水。ユージの謎の知識と発想、常識のなさ。
いずこの国の大魔法使いか、あるいは稀人か。
開拓地に住むエンゾは当然、そして開拓地を見ただけのサロモンもそう推測していたのだった。
そして。
「建国王の父、テッサ様が稀人だと言われておるが、遥かに昔のこと。それは狙われるじゃろう。取り込んで繁栄を目指すか、あるいは稀人の血を引く王家に仇なすとされるか……」
「おじーちゃん、だめ? ユージ兄を守ってくれないの?」
ブツブツと呟いて考え込むバスチアン。
不安に思ったのか、アリスが近づいて問いかける。上目遣いである。天然とは恐ろしいものだ。
「名にかけてと言ったのだ、二言はない。ユージ殿も儂が守ると誓おう」
「ありがとうございます!」
「ありがとーおじーちゃん! よかったねユージ兄!」
バスチアンの言葉を受けて、にっこりと笑うアリス。
ユージはほっと息を吐いて胸を撫で下ろしていた。
「バスチアン様。ユージさんの開拓地がある辺境の領主ファビアン・パストゥール様と夫人のオルガ様、プルミエの街の代官・レイモン様は気づいていると思われます。あとは市井にも何人かおりますが……」
「うむ、あの小童とは話をつけておこう。なに、アイツは独占するつもりも害なすつもりもないのであろう? 開拓と戦闘にしか興味がない変わり者じゃ。辺境で開拓団が機能しておる限り、うるさいことは言わんじゃろ。市井の者は……」
背後に控える執事・フェルナンにチラッと視線を送るバスチアン。
慌ててケビンが口を挟む。
「いえ、そちらは何の問題もありません! ですよね、ユージ殿?」
「ええ、みんなに良くしてもらってます。俺は、今のままの生活を続けられればそれで……あとはリーゼを送るのと、それから……」
「む、そうか。フェルナン、動かなくていいそうじゃ。ユージ殿、ほかにも希望があるのか?」
「その、稀人だという建国王の父。その情報を教えていただけないでしょうか。今はいないんですよね? 亡くなったのか、それとも帰ったのか……」
ケビンから聞いた建国王の父が稀人だという情報。
王家の祖であるその人物の情報を、ユージは知りたかったのだ。
どこから来て、どう生きたのか。
何より、死んだのか帰ったのか。
ケビンが集める情報もさることながら、王家や貴族に残されている情報がないか知りたかったのだ。
ところで、止められなければ執事のフェルナンがどう動くつもりだったのかは謎である。
「ふむ、儂が聞いた話もあるが……この館にある書物にも書かれておる。書庫に案内させるゆえ、まずは読んでみるがよかろう」
「ありがとうございます! その、俺なんかが読みに来てもいいんですか? 本を読むとなると、けっこう時間がかかりそうな……」
「うむ、それでも構わぬが……他の方々と一緒に、今日はここに泊まっていかぬか? できれば村で生活していた頃の娘の話や、アリスとシャルルの話が聞きたいのじゃ」
「かしこまりました。私は行商でアンフォレ村を訪れておりましたから、いくつか話もございます。ただ家人が心配しますので、使いを出してもよろしいでしょうか?」
「ケビンさん?」
「おお、急な誘いじゃったからな。では部屋に案内させるので、夕食までは自由に過ごすがよい。その時に使いを出せばよいじゃろう」
そう言って立ち上がり、後ろに控える執事風の男に目で合図を送るバスチアン。
どうやらまずはバスチアンが退室し、その後に客室に案内されるようだ。
ひとまず休憩。
だが、長い一日はまだ終わらないようだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ユージたちにあてがわれた豪華な客室。
貴族用の部屋なのだろう、置かれた調度品はユージの目から見ても高そうな一室である。
「ふう……まずはいい方に転びましたね」
ソファにもたれたケビンが口を開く。
ぐったりとした様子は、珍しく疲れているようだ。
「ええ、よかったです。俺たちもリーゼも守ってくれると言ってくれましたし、ドニさんも」
ユージはチラリと扉に目をやっていた。
部屋を案内した執事のフェルナンは、そのままドニを連れていった。
ドニの罪を何とかしてほしいというアリスの兄・シャルルの願いを叶えるため、さっそく動くのだろう。
不安そうな様子で見送ったシャルル。今はアリスと手を繋ぎ、コタローにひっつかれている。
優しい女たちである。
「ええ。ユージさんが打ち明ける気になったのもよかったと思います。侯爵から名にかけて守ると言われたのは僥倖ですよ」
「はい。その……相談しないですいません」
「ユージ殿、気にするな。俺たちは手助けするが、あくまでユージ殿が決めることだ。開拓団の団長も、護送隊の隊長もユージ殿なんだぞ?」
「ユージさん、サロモンさんの言う通りですよ。大切なのは、当事者であるユージさんがどうしたいかということですから」
ケビンとサロモンに謝るユージだが、逆にその二人から諭される。
役職が持つ責任。そして、自分の意志。
10年間引きニートをしていたユージには縁遠かったもの。
この世界に来て、外に出るようになってから約四年。
幼女のアリスはともかく、大人と接するようになってから約三年。
開拓団長となってから一年ちょっと。
ようやくユージは、自分の意志で動けるようになってきたようだ。
「さて……エンゾさん、使いを頼まれてくれますか?」
「ああ、そりゃかまわねえが。俺でいいのか?」
指名されたエンゾは、ケビンの専属護衛・イアニスに目を向ける。
「ええ。報酬をお支払いしますので、エンゾさんには他に頼みたいこともあるんです」
紙を取り出したケビンは、一行の注目を浴びながらペンを走らせる。
それは、エンゾに頼みたいことの内容と報酬金額だった。
ゲガス商会への状況報告。ドニがどうなったかの情報収集。そして、バスチアン侯爵の情報収集。
口に出さないのは、周囲に人がいないか警戒してのことだろう。
「ケビンさん、これ……」
「大事なことですから。エンゾさん、ゲガス商会に走ってもらってもいいですかね?」
「ああ、任しとけ!」
上機嫌で請け負うエンゾ。
どうやら提示された報酬額が予想以上だったらしい。
「ああ、待てエンゾ。俺も手紙を書いておく。じいさんに渡しておけ」
ケビンに加えて、サロモンはこの国の冒険者ギルドのトップ、グランドマスター宛の手紙を書くようだ。
ワンッ! と吠えるコタロー。やるじゃないふたりとも、と言いたいようだ。
ソファに座って楽しそうに会話するアリスとリーゼ、静かに座るシャルルをよそに、大人たちは手を打つのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「それでね、おかーさんから教わって、アリス魔法使えるようになったの! バジル兄はもう大人だったから、村の子供で魔法使えるのはアリスだけだったんだよ! シャルル兄はいま魔法を練習中なの!」
「おお、おお。アリスは魔法を使えるのか。おじいちゃんと一緒じゃな。アリスもシャルルも、おじいちゃんが魔法を教えてやろうかの?」
「お願いしますおじいさま!」
魔法を教えようかというバスチアンの投げかけに食いついたのは、シャルルであった。
バスチアンに招かれた夕食は和やかに進む。
着席で、次々に皿が出されるコース料理のようなスタイル。
部屋に入った瞬間にテーブルセットを見て青ざめたユージだったが、気にするでないというバスチアンの言葉に胸を撫で下ろしていた。
それでもユージは、貴族と一緒のかしこまった食事に緊張して味を感じられないようだ。
アリスは自由に振る舞っているが。
「うむうむ。では食後に……」
「旦那さま、すでに夜です。せめて明日になさってください」
初めての孫との触れ合いに上機嫌のバスチアン。
食事が終わったらさっそく魔法を教えようとして執事に止められる始末である。
『おいしいわ! ニンゲンってすごいのね!』
隠さないでいいことで気が楽になったのか、それとも物語に出てくるお姫様やお嬢様の食事風景に似ていたからか。
エルフの少女・リーゼもご機嫌であった。
一皿ごとに驚き、感嘆の声をあげる。どうやら貴族の料理がお気に召したらしい。
ちなみにレディを自称するリーゼは、それっぽい所作で食事していた。
一方で、床に特別席を設けられたコタローは犬食いである。当たり前だ。レディではあるが、犬なので。
「うむ、では明日はこの『赤熱卿』が魔法を教えよう! フェルナン、儂の指輪とローブを用意しておくように!」
「かしこまりました」
張り切って二人の孫に宣言するバスチアン。
どうやらこの貴族、爺バカであるようだ。しかも二つ名持ちである。
ともあれ。
高位貴族との遭遇と屋敷への招待だったが、ユージはひとまずぶじに切り抜けたようである。
貴族の名にかけて守る、という言葉をもらって。
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