第十一話 ユージ、引き続き貴族と話をする
ユージたちが連れて来られた貴族の館。
そこでユージたちは、アリスの母がこの館の主、侯爵であるバスチアンの娘であることを知る。
「お父さんとお母さんは、盗賊に襲われたら、逃げられた人だけでも幸せにって言ってたの! だから、元気出して、
「おお、おお……儂を祖父と呼んでくれるか……」
つまり、アリスにとってこの貴族は祖父。
アリスにおじいちゃんと呼ばれたバスチアンは、また涙を流していた。
「シャルル兄、おじいちゃんだよ! 挨拶しよ!」
バスチアンから手を離して、今度は兄であるシャルルの手を引っ張っるアリス。
恐れ知らずの幼女である。
そんな二人の姿を、ソファに腰かけたまま固唾を呑んで見守るバスチアン。
「おじいさま、シャルルです。12才です」
「おお、おお……あんな目にあったのに、なんと強く賢い子か……」
そう言って、アリスとシャルルの祖父はまた泣き出していた。
「はっ! 村を襲った賊はどうなった!?」
「盗賊団・泥鼠は殲滅いたしました。王都、それから宿場町に潜んでいた協力者は捕らえられたと聞いております」
「むっ、全滅しておるか。儂の火魔法で地獄を見せたかったものを……フェルナン、よい、指輪はしまえ。それから誰ぞ走らせて、状況を確認させよ」
「かしこまりました」
バスチアンの後ろに控えていた執事風の男・フェルナンがすっとその場を離れる。
応接間の扉を開き、外にいた使用人と話をしているようだ。
「さて。では、ユージ殿とドニ殿は、我が孫の命の恩人ということじゃな。感謝しよう。何か希望はあるか? 儂に叶えられることならば、全力を尽くそう」
「お、おじいさま、でしたら、お願いがあります」
侯爵の位を持つ貴族、バスチアン。
アリスとシャルルの命を救ってくれた礼として、ユージとドニに希望はあるかと質問する。
応えたのは、二人のいずれでもなく、シャルルだった。
ユージやアリスと一緒でも、これまで口数は少なく、大人しかったシャルル。
そのシャルルが一番に口を開いたことに、ユージは目を見張る。
「おお、おお、シャルル。何かな、おじいちゃんになんでも言ってごらん?」
「だ、旦那さま……」
先ほどまでの威厳はどこにいったのか。
デレッと目尻を下げるバスチアン。どうやら爺バカの気があるようだ。
戻ってきていた執事・フェルナンが、そんな姿を目にして呆然としている。
「ドニ、ドニを助けてください。ドニは、ボクを助けるために盗賊に協力して、見つかったら大変だって、でも、ドニがいなかったら、ボクは、それにドニは、自分じゃ言わないだろうから、ボクが」
「おお、そういえばそういう話じゃったな。ふむ……」
盗賊団・泥鼠に捕まったシャルルとドニ。
狼人族の男・ドニは、その鼻と耳を活かして盗賊に協力していたのだ。
人質に取られたシャルルを守るために。
だが、ドニの協力によって命を落とした者もいる。
ケビンはドニの姿を知る者はいないのだから、自首しなければ見つからないだろうと話し、ユージは判断を保留していたのだ。
「よかろう。フェルナン、のちほどドニ殿とともに警備隊の詰め所に向かえ。被害を受けた者の縁者が存命の場合は、幾ら使ってもかまわん」
「旦那さま、それでも難しい場合はいかがいたしますか?」
「犯罪奴隷に落とし、儂が引き取る。そのように手をまわせ」
「はっ」
「シャルルや、これでいいかのう?」
「ありがとうございます、おじいさま」
「シャルル……」
「おじいさま……なんという甘美な響き……これが孫か。うむうむ、受けた恩を忘れず報いるシャルルは偉いのう。おじいちゃんに何でも言うんじゃぞ? ドニ殿、これでよろしいかな?」
「……ありがとう、ございます」
礼をするドニ。
頭を下げたため、その表情は窺えない。
「ケビンさん、これってありなんですか?」
「ええ、ユージさん。侯爵ほどの後ろ盾、財力があれば……それにドニさんは事情もあったわけですから。これなら犯罪奴隷までいかない可能性もあります」
「そ、そうですか……」
ひそひそと言葉を交わすユージとケビン。
この世界の事情に、ユージは驚きを隠せない。
まあ元の世界においても、この場合は情状酌量の余地はあるだろうが。
「ユージ殿はいかがか? アリスを守ってくれたのじゃ。何でも言うがよい」
顔を突き合わせてひそひそと話をしていたケビンとユージ。
バスチアンは、気を悪くするでもなくその会話を見守り、ユージにリクエストはないか質問する。
初めての孫と接したバスチアンは、その恩人たちに対してずいぶん寛容になっているようだ。
まあそれを見て取ったから、ケビンは目の前で会話したのだが。
バスチアンの質問を受けてユージは考え込む。
それは、バスチアンの後ろに控えた執事風の男がお茶を交換するほどの長い間。
ここには、頼れるネットもなく、掲示板住人もいない。
初めて大貴族と対面している緊張を忘れ、バスチアンの接し方を見て粗相があったらというプレッシャーも忘れ、誰に急かされるでもなく、ユージは考えていた。
やがて、ユージが口を開く。
「バスチアン様。今は何もいりません。でも、何かあった時に、俺とアリスとコタローと、それからリーゼを守ってください」
静かに言葉を紡ぐユージ。
ワンッ! と吠えるコタロー。ゆーじ、いいおねがいよ、と言いたいようだ。上から目線である。
「ふむ、その程度は構わぬよ。しかし……なんぞ、狙われるような事情があるのか? 守るためには教えてもらいたいのじゃが……なに、どんな事情があろうと悪いようにはせんよ。儂の名にかけて約束しよう」
「わかりました、お話しします」
「ユージ殿!」
「ユージさん……いいんですね?」
「ケビンさん、サロモンさん、ありがとうございます。でもいいんです。俺は、初めて貴族の力を見ました。もし俺たちに向けられたら、抵抗が難しいことも理解しましたから……」
そう言って首を振るユージ。
心情的にはともかく、罪としては黒であったドニを白、もしくは灰色にしたのを目の当たりにしたのだ。
貴族の権力。
元の世界にはなかったそれを見たユージは、すべてを明かしてでも味方になってもらおうと決めたようだ。
心配そうにユージを見つめるケビンとサロモンの言葉と視線を退ける。
「ユージさん、わかりました。ユージさんが覚悟したのなら、私もそれがいいと思います。貴族にとって『名にかけて』というのは重い言葉なんです」
「ああ。味方になってもらえれば、リーゼの嬢ちゃんの危険はほとんどなくなる。ユージ殿、俺も賛成だ」
「ありがとうございます。バスチアン様、お待たせしてすいません」
ユージがバスチアンに向き直る。
「よいよい、気にするでない」
「バスチアン様、まず……リーゼは、エルフです」
「なんと、エルフ! うむ、それは狙われてもおかしくあるまい。よかろう。儂が守ると約束しよう。王都の貴族にも手出しはさせぬよ」
「ありがとうございます。『リーゼ、ニットキャップをとってもいいよ』」
『え? ユージ兄、いいの?』
エルフの言葉で話しかけられたリーゼが、おそるおそるニットキャップに手を伸ばす。
ユージ、ケビン、サロモンに視線を送るリーゼ。
三人が頷いたのを見て取って、リーゼはそっとキャップを外す。しまっていた細やかな金髪が、さらりと流れる。
『スッキリしたわ! リーゼ、ちょっと暑かったの!』
「よかったね、リーゼちゃん!」
「その耳……本物のエルフなのじゃな。うむ、安心せい、守るという言葉に二言はない」
「開拓地からここまで隠してきました。王都でエルフの冒険者と会って、里まで送り届ける予定です」
「バスチアン様。ユージさんは、辺境を治めるファビアン・パストゥール様より、エルフ護送隊長の任を受けています。ユージさん、証書と印章を」
「む、ガタイだけでかくなったあの小童か。ふむ、なるほどのう……」
そう言ってユージが差し出した証書を読み込むバスチアン。
印章はすっと近づいてきた執事風の男に渡していた。間違いありませんという言葉とともに、印章がテーブルに置かれる。
「よろしい。では、儂の印章も渡そう。王都ゆえ証書は出せぬがな」
「それは……過分なご配慮、ありがとうございます」
バスチアンの言葉に驚きを見せるケビン。
その横に座るユージは首を傾げている。
「これを見せれば、何をしても無下にはされまい。処罰される前に儂に連絡が来ることになっておる。この館にいる時は儂の名にかけてその少女を守ろう。館から出た時は……貴族以外は叩き斬れ。貴族であればこの印章を見せよ」
「す、すごい効力ですね……」
封建制の凄まじさを聞いて目を見開くユージ。
どうやらユージは、予想以上の後ろ盾を得たようだ。
「ただ、エルフとなるとな……。街中では隠した方がよいじゃろう。少なくともこの館では自由に振る舞うがよい。ここはそれなりの広さがあると自負しておる。退屈することはないじゃろう」
「ありがとーおじーちゃん!」
願いが叶い、リーゼの自由が広がったことがうれしいのだろう。
バスチアンにガバッと抱きつくアリス。
表情を変えないようにがんばっているようだが、バスチアンの口元はひくひくと動いていた。
「それから先ほど、俺とアリスとコタローの名前も挙げましたが……」
「おお、そうじゃったな。ユージ殿は開拓団の団長とおっしゃっていたか。なんぞ支援でも必要かの?」
「いえ、それは大丈夫です! そうではなくてですね……」
「ふむ、悩んでいるようじゃが……心配するでない。孫の恩人じゃ、名にかけてというのは偽りではないよ」
「ありがとうございます。では」
バスチアンの言葉を受けて、ユージはついに踏ん切りをつけたのだろう。
思えば、見抜かれることはあっても、ユージが自ら明かすのは初めてのこと。
「俺は、
ユージの手は、わずかに震えていた。
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