第三話 ユージ、旅の三日目に乗馬を体験する
「お、おお、うわっ!」
プルミエの街から王都への旅、三日目。
そこにはこれまでと違う一行の姿があった。
「ユージさん落ち着いて。俺が手綱をとってるから、焦らなくていい」
ユージ、初めての乗馬体験である。
まあケビンの専属護衛の一人、アイアスが手綱を持っているため、観光牧場の引き馬状態なのだが。
一行が出発する前に、ユージはケビンに投げかけられたのだ。三番目の宿場町までは距離が短いですから、ゆっくりでも到着します。よかったら乗れるように練習してみませんか、と。
ケビンの言葉を受け、ユージは乗馬にチャレンジしているのだった。
出発直後こそ危なっかしかったものの、いまでは問題なく
ユージを乗せた馬の横をコタローが歩いていた。どうやら乗馬に興味津々なご様子である。乗る気なのか。犬なのに。
幌馬車の荷台からは、前方の御者席に身を乗り出してアリスとリーゼがユージの勇姿を見守っている。どう考えても、次はわたし! と期待している目つきだ。
「じゃあユージさん、ちょっと速度を上げましょうか」
御者席に座るケビンの号令で、一隊は徐々に速度を上げていく。
ユージが乗った馬も、トットットッと軽快にスピードを上げていく。
「お、おお、けっこう揺れる!」
「ユージさん、体を後ろに! 鞍からケツを離すな!」
ケビンの専属護衛からユージに指導が飛ぶ。どうやら馬の上下動に合わせて立ったり座ったりする騎乗スタイルではなく、まずは座りっぱなしの姿勢を教えるようだ。
ところでこの専属護衛、走って引き馬を維持している。しかも息を上げる様子はなく、馬とタイミングを合わせて軽々と。異常である。異常であるが、ユージは気づかない。
こうしてユージの乗馬訓練は、昼休憩を迎えるまで続くのであった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「馬に乗るって、けっこうキツイもんなんですね……」
ユージにとってようやく訪れた昼休憩。合間に馬のための休憩こそ挟んでいたが、早朝から昼までユージは馬に乗りっぱなしだったのだ。
太ももとふくらはぎはプルプルと震え、鞍に突き上げられたお尻をさすっている。優雅に見えるが、乗馬とは全身運動なのだ。
「まあ慣れれば大丈夫ですよ。賢くて丈夫な馬を選びましたからね。その分、ユージさんのお尻がやられたようですが……。理想は補助なしで二人乗りで
チラリとアリスとリーゼに目を向けるケビン。
どうやらユージに乗馬を教えていたのは、何か起こった時のためのようだった。ヒマを持て余していたユージに娯楽を提供したわけではないのだ。
「え? それハードル高くないですか?」
「ええ、初めて乗ったにしては悪くないのですが、さすがに無理そうですね」
当たり前である。乗馬初日でそこまでできるようになったら、乗馬レッスンがあれほど高い料金になるわけないのだ。まあこの世界では別なのかもしれないが。
「アリス、アリスもお馬さんに乗りたい!」
『ユージ兄、リーゼはレディだから、馬に乗れるようになりたいの。ケビンさんに伝えてちょうだい』
午前中、目を輝かせてユージの乗馬体験を見守っていた二人の少女。やはり馬に乗ってみたかったようだ。だがなぜその横のコタローまで目を輝かせているのか。さすがに四つ足で乗馬は不可能だろう。それはもはや乗馬ではなく曲芸だ。
「ケビンさん、二人も乗りたいそうですが……」
「うーん、さすがに子供用の補助具は持ってきてませんからね……二人とも乗れた方がいいのは間違いないんですが」
「ユージ殿、ケビン殿。一人ずつなら前に乗せてやろうか? 慣れておいた方がいいだろう」
考え込んだユージとケビンに助け舟を出したのは、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン。
エルフの少女・リーゼの護衛の名目で同行している彼にとって、いざという時の選択肢が増えるのは有意義なことなのだろう。まあ元1級冒険者のサロモンがいる以上、たいていの危険は食い破れるのだが。
「やったー! ありがとうサロモンのおじさん!」
『乗れるのね! 二人乗りなんて、まさにレディじゃ……うん』
両手を上げてはしゃぎだすアリス。
ユージの通訳を聞き、一拍遅れてリーゼも喜びを露にする。だが、リーゼは三人の騎手を見てちょっとテンションを下げていた。
馬に乗っているのはケビンの専属護衛が二人、そしてサロモン。
二人乗りはレディっぽい。しかし、同乗者は誰を選んでもおっさんである。レディと護衛と考えればおかしくはないが、それでもリーゼの理想を打ち砕くには充分だったようだ。
「じゃあ午後からはアリスとリーゼが乗馬だな! よかったなー二人とも」
微妙な表情のリーゼには気づかず、ぐりぐりと二人の頭を撫でるユージ。
ユージは横でワンワンッと吠えるコタローもスルーであった。
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「うわあ、うわあ! たかーい! はやーい!」
『すごい、すごいわ!』
昼休憩を終えて午後。
アリスはケビンの専属護衛のイアニスと、リーゼはサロモンと二人乗り。
抱えられて馬に乗った二人の少女は、ニコニコと笑顔で楽しんでいるようだ。
レディの理想とは違ったようだが、リーゼもはしゃいでいた。まだまだお子様である。
はしゃぐ二人につられたのか、サロモンとイアニスも笑みを浮かべている。
一方で、午前中ユージに乗馬を教えていたアイアスとその馬はちょっと寂しそうであった。34才のユージを乗せるぐらいなら、重さが増えても楽しそうな少女を乗せたかったのかもしれない。ユニコーンか。
「アリス、リーゼ、気をつけるんだよ!」
現地の言葉とエルフの言葉、ユージが声を二度張り上げて二人に告げる。
そのユージの手にはカメラがあった。アリスとリーゼの勇姿を撮影しているのだ。運動会のお父さん状態である。
「くくっ、ユージさんも心配性だな。すっかり保護者か」
そんなユージを見て、御者席の狭いスペースに立つ元3級冒険者パーティの斥候役・エンゾが声をかけていた。コタローとともに周囲の警戒を担当していたエンゾ。コタローが荷台ではなく外に出ている時は、多少の余裕があるようだ。
「そりゃそうですよ、だって護送隊長ですからね!」
ユージ、どうやら肩書きは忘れていないようだ。いちおう。
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「リーゼちゃん、今日は楽しかったね! おじさん、ありがとう!」
「たのしかった、みんな、ありがとう」
三番目の宿場町、その宿の食堂。
ニコニコとご機嫌なアリスとリーゼが、乗せてくれた二人に感謝を伝えていた。
リーゼはエルフの言葉ではなく、アリスから教わった現地語である。
「そっかー、よかったな二人とも!」
二人乗りは、昼休憩のあとから次の休憩までのわずかな時間。それでも二人の少女はしっかり楽しんでいたようだ。
二人の乗馬姿を見て触発されたのか、針子のユルシェルはこの世界で作られた粗い紙にデッサンを描きはじめていた。アリスとリーゼの乗馬服のデザインらしい。この女、だいぶ現代に毒されてきたようだ。
「そうだ、リーゼちゃん! これあげる!」
アリスが取り出したのは、一枚のハンカチ。針子のユルシェルに教わって自分で縫った最初の作品だ。
乗馬を終えた後、上機嫌で鼻歌まじりにアリスが縫っていたハンカチ。アリスはそれを記念としてリーゼにプレゼントしたのだった。
「ありがとうアリスちゃん! わたし、これ」
冬の間に教わったとはいえ、リーゼの言葉はまだ片言。しかも旅の間は危険を避けるため、人がいるところではエルフの言葉を話さないようにと言われている。もどかしい表情をしながらも、アリスに自分が縫ったハンカチを渡すリーゼ。
「うわあ、リーゼちゃんも一緒だったんだ! ありがとう! アリス大事にするね!」
それでも。
気持ちは通じたのだろう。
アリスは満面の笑みを浮かべ、リーゼの手をとって感謝を伝えている。
プルミエの街から王都への旅、その三日目はこうして終わりを迎えるのだった。
二人の少女に、旅の思い出と大切な贈り物を残して。
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