第二話 ユージ、旅の二日目に二番目の宿場町にたどり着く
プルミエの街から王都への旅路、その二日目。
道を行く幌馬車には、昨日までなかったものがたなびいていた。
進行速度にあわせ、後方にひらひらと流れる布。
馬車に並走するコタローは、時々飛びかかっている。なにこれ、わたしをさそうわなね、と気になってしょうがないようだ。
布の正体は、ユージの褌である。
「あの……みなさんは気にならないんですか?」
暗い表情で御者席のケビンに問いかけるユージ。
「そうですねえ、あまり……」
王都へ向かう旅は二日目だが、ユージが開拓地を出てからすでに六日目。
昨夜、宿場町の宿ではお湯を用意してもらい、布で体を拭うことができた。だが、逆に言えばそれだけである。
馬車とはいえ旅は旅。持っていける荷物は限られている。ユージが持ってきた服と下着は、この世界で作られた物を三セット。すでに二周目である。現代日本で育ったユージは、何日も洗っていない服が気になっていたのだ。服はまだ許せても、下着はガマンできなかったようだった。
体を拭った残り湯で、着用する一枚を残して持ってきた服と下着を洗ったユージ。だが、一晩では乾かなかった。
さらに、幌馬車の中にいるのはユージ、アリス、リーゼ、針子のユルシェル。ユージ以外は女性陣。そんな空間に褌を干せないと思った結果が、外にたなびく生成りの布である。
ちなみにこの世界の男性用下着は褌のほかに、トランクスタイプも存在する。ゴムではなく、紐で結ぶタイプだが、違いはその程度のものだ。まあ布の素材は段違いだが。元々ボクサーパンツ派のユージが選んだのは、褌タイプだった。フィット感は欠かせないようである。
「そうですか……。その、ほら、臭いとか……?」
ほどけばただの布とはいえ、さすがに下着をたなびかせて進む状態が恥ずかしいのだろう。ユージはうなだれた様子である。
「そうですねえ。王都までそのままだったらさすがに気になりますが……。四番目の宿場町は大きく、川のそばにあるんです。そこでサウナを利用する予定ですよ。しっかり休んで汚れと疲れを落とし、次の日は峠越えです」
「なるほど、四番目ってことは……明後日……」
「それに、このマントは臭いを消す布で作られてるんですよ」
「え?」
なにそれズルい、とばかりにユージが目をむく。
素知らぬ顔でユージの視線を無視するケビン。
「土蜘蛛というモンスターの糸から作ったものでして。強靭で、臭いを消す効果があります。ですから汚れによる臭いも自分の体臭も外に漏れません。臭いのせいでモンスターに襲われることもありますからね」
「ケビンさん、それ! そのマント、俺も欲しいです!」
「ユージさん、これ、けっこう貴重な素材なんです。貴族の女性でも少ししか入手できないほどですから。人気の商品ではあるのですが……」
「貴族の女性? ああ、やっぱり臭いが気になるんですか?」
「ええ、まあ、その、時期的なものですが……あ、ユージさん、コタローさんが何か仕留めたみたいですよ!」
助かった、とばかりにコタローを見るケビン。
ふらっと森に駆けていき、戻ってきたコタローの口には、山鳥がくわえられていた。山鳥にとっては死神だが、ケビンにとっては救いの女神である。
実際、話をするユージとケビンの後ろでは、ユルシェルが冷ややかな目線を送っていた。異世界においても、女性の前ではタブーな話題であるようだ。
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「あれ? そういえばケビンさん、川はプルミエの街から王都まで繋がってるんですよね?」
「ええそうです。どうしましたユージさん?」
コタローが仕留めた山鳥を捌き、野菜を入れた簡易なスープを昼食にとる一行。
二日目の昼休憩に選んだ広場の横には小川が流れていた。そのままは飲めないが、馬に与えたり煮沸して料理に使う分には問題ないようだ。
その水場を見て思いついたのか、ユージがケビンに疑問を投げかける。
「川は繋がってるのに、間に峠があるんですか?」
「なるほど、そのことですか」
「やっぱりアレですか、こう、魔法的なアレで水が峠を登ったり?」
「……いえ」
キラキラした目でケビンに聞くユージだが、あっさりと否定される。34才の発想はただの妄想だったようだ。
だがユージの横にいるアリスもリーゼも、期待に満ちた目でケビンを見つめていた。まあリーゼはほとんど言葉がわからないのでユージの通訳を待つしかないのだが。
ちなみにコタローは水場の下流でバシャバシャとはしゃぎまわっていた。縛られたくない自由な女なのだ。犬なのに。
「四番目の宿場町で、道は川からそれるんです。そこからしばらく、川のまわりは湿地が広がっていましてね。馬車や徒歩ではとても進めない。そこで、峠に道を通したそうですよ」
「湿地、ですか……」
ユージはあまりピンときていないようだ。
だが地球にも、もちろん日本にも湿地は存在する。開発に成功した湿地もあるが、いまだ手つかずの湿地も数多い。危険な生物もさることながら、迷路のように水場が行く手を阻み、時に沼や泥は脱出に難儀するほどなのだ。ましてやここはモンスターが闊歩する世界。迂回できるのであれば、それに越したことはないだろう。
「ええ。船で行く場合はそこが一番の難所となっています。プルミエの街から王都に向かう人々は四番目の宿場町で休憩して、湿地か峠という難所に備える。王都からプルミエの街へ向かう人々は、難所を抜けて宿場町で疲れをとる。ですから、四番目の宿場町は発展したのですよ」
「はあ、なるほど……」
わかっているようなわかっていないような、微妙な表情をするユージ。
水深が浅く難儀し、歩こうものなら水や泥、底なし沼や落とし穴のような天然のトラップが存在する湿原が「難所」だと理解しづらいのだろう。ユージは釧路湿原も熱帯の湿原もアメリカあたりの湿原も行ったことがないのだ。
難所と聞いてなぜかワクワクを隠せないアリスとリーゼ。冒険譚に期待する二人の少女をよそに、のんびりとした昼休憩は過ぎていくのだった。
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「そうそう、二人ともうまいわよ、その調子!」
「へへー、アリス、うまくできたらリーゼちゃんにあげるんだ!」
『リーゼ、これができたらアリスちゃんに贈るの!』
言葉が通じていないのに、発想がシンクロした二人の女の子。
アリスとリーゼは、針子のユルシェルに教わってハンカチを作っていた。
揺れる馬車の中で器用なものである。
ユージはその様子をぼーっと眺めながらコタローのブラッシング。ユルシェルが何かを教える時には、通訳としてリーゼにその言葉を伝えている。
気のないブラッシングだが、コタローは尻尾を振ってご機嫌な様子だった。幌馬車の中の空間でゆっくりしたり、気が向いたら外を走ったり、時には森で狩りをしたり。この旅を一番楽しんでいるのは、もしかしたらコタローなのかもしれない。
「みなさん、見えてきましたよ。あれが二番目の宿場町。今日の宿泊場所です」
「おお! おお?」
御者席のケビンが、振り返って幌馬車の中に声をかける。
ユージはもちろん、作業の手を止めてアリスとリーゼも荷台の前方へ。
だが、瞳の輝きはあっさり曇っていった。
二番目の宿場町。
それは、大小10軒ほどの建物と木の柵、農地がある小さな集落であった。
初日の宿場町よりも建物の数が多く、農地も広いようだが、それでもあまり代わり映えはない。
「あの……なんか、ちっちゃくないですか? それにあんまり最初の宿場町と変わらないような……」
「ユージさん、四番目の宿場町以外はどこもこんな感じです。あまり期待しない方がいいですよ」
ケビンの言葉を聞いてがっくりと肩を落とすユージ。
その後ろではアリスとリーゼも落ち込んでいる。
ユージたちの様子を見て、苦笑を浮かべるケビン。
陽があるうちに何事もなく宿場町にたどり着く。ケビンにとって、というかこの世界の旅人にとって、それはホッとする瞬間なのだ。
まあ、ユージさんたちの気持ちもわかりますけどね、と独り言を呟くケビン。
プルミエの街から王都へ向かう旅の二日目。
エルフ護送隊は今日も無事に二番目の宿場町にたどり着くのだった。
護送隊長のユージが「率いている」かどうかは別として。
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