第一話 ユージ、王都までの旅の初日を過ごす
森の中の道を進む一台の馬車。
道の脇に設けられた広場に入り、進行を止める。
「ユージさん、ここで昼休憩です」
「はい、了解です! よーし、みんな降りるよー」
御者席から声をかけてきたケビンの言葉に返事をし、車内の面々に指示を出すユージ。
幌馬車の後部のカーテンが開き、コタローが飛び出してグッと体を伸ばす。猫か。朝に出発して以来、ずっと馬車の中でおとなしくしていたコタローだったが、そろそろ飽きてきたようだ。まわりの森を見渡し、フンフンと鼻を鳴らす。ごごからはわたしもはしろうかしら、と言っているかのようだ。気まぐれな女である。
続いて出てきたユージが振り返り、アリスを抱き上げる。アリスを降ろすと次はリーゼを抱えて降ろす。保父さんか。
二人の少女もコタローと同じように、キョロキョロと興味深くまわりを見ていた。
針子のユルシェルは、ユージの手を借りることなく馬車から降りる。ユージ、つくづく女性には縁がないようだ。まあユルシェルは人妻なのだが。
ユージたちが馬車から降りている間に、ギルドマスターのサロモン、ケビンの専属護衛、三人の騎馬組は馬から降りていた。さっそく広場に設けられた柵に馬をつなぐ。
ケビンは御者席から荷台に移り、ガサゴソと準備をはじめている。飼葉、水、ブラシと馬の世話の準備をしているようだ。
旅の経験者たちの流れるような動きに取り残されるユージ。思い出したようにカメラを構え、広場に降り立った全員と馬車や馬を撮影している。
春の陽が射し込む森の中の小さな広場。
何もないが、絵になる光景ではあった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「それにしても……スゴイですね! 途中に休憩できる広場があるなんて」
「ええ。この道もそうですが、よく使われる道にはたいてい設けられていますよ。商人にとってはありがたい話です」
「やっぱりみなさん馬車で移動するんですか?」
「基本はそうですね。ただ開拓村への行商や駆け出しの頃は、荷車を引いたり背負子を背負って歩いていく場合もありますよ」
「歩いて……それはまたキツそうな……」
「徒歩の場合はこういった休憩所で野営することになりますからね。おっしゃる通り、なかなかしんどいですよ」
遠い目をしてユージに語るケビン。どうやら徒歩で行商していた経験もあるようだ。
「ユージ兄、もうあったまったかな!?」
『そろそろ? そろそろかしら?』
ユージの横に座ったアリスがユージに声をかける。アリスとリーゼの視線は、広場に備え付けの簡易な土かまど、その上にある鍋に向いていた。
ケビンが旅の間の食事として、またサンプルとして持ち込んだ缶詰。
備え付けのかまどを見たユージのアドバイスにより、湯煎して温めているのだ。ちなみに水は馬車に乗せてきたものを使っている。この先には水場を備えた広場もあるようだが、ここにはなかったのだ。
「うん、いいんじゃないかな」
目を輝かせる二人の少女に答えるユージ。まあ缶詰を湯煎で温めるだけなのだ。見極めが必要なほどの難易度もないのだが、ユージとケビンたち以外は初めてのこと。ユージに確かめるのも無理はないだろう。
「じゃあ味見してみましょうか。アイアス、イアニス」
湯煎していた缶詰をケビンが取り出し、専属護衛の二人に声をかける。
短剣をきらめかせて缶詰を開けていく二人。
アリスとリーゼはその
「あ……ケビンさん、今度、缶切りを見せますね。たぶんそんなに難しくはないと思うので……」
「缶切り、ですか? なにか特殊な技術でしょうか? 剣の振り方とか?」
「ああいえ、缶詰を開ける道具です!」
缶詰は、ユージの提案によりケビンが商品化したもの。販売ははじまっているが、まだまだ流通量はわずかである。保存食を購入している商人や冒険者は刃物を携帯しているため、これまで問題になってこなかったのだろう。まあ地球においても缶詰の初期はノミと金づちで開けていたようだが。
「ああ、あれば便利かもしれませんね。さてみなさん、味見してみましょう!」
恰幅のいいケビンが、腹を揺らして宣言する。
ワンワンッと吠えるコタロー。あじみって、そのはらじゃせっとくりょくないわよ、と言わんばかりだ。
「美味しいじゃないですかケビンさん!」
「冬に作った分が春にも食べられるのか……うむ、腐ってもいない。これはギルドでも……」
「おいしいね、ユージ兄!」
『ユキウサギの料理じゃない! なにこれスゴイ!』
「うん、おいしい。味の変質もなし。これはイケそうですねえ……」
ケビンが提供したのは、領主の館の料理長が提供したレシピで作られたユキウサギのシチュー。この春にテスト販売をはじめたばかりの高級品である。
旅を理由に、一緒に行くメンバーで試してみたわけではあるまい。エルフの少女・リーゼを王都まで護送中なのだ。腹を壊したら大惨事なのだ。きっと人柱ではないはずだ。ちなみに、専属護衛の二人は別の保存食を食べていた。
「そうだ、ユージさん。リーゼさんに伝えておいてください。宿場町に着いたらエルフの言葉を話さないようにと。不便かもしれませんが……」
「え? どうしてですか? プルミエの街では気にしてませんでしたよね?」
「プルミエの街は移民が集まった街です。ですからたまに違う言語で話す人もいるんですよ。そんな人たちも宿場町を通過するので、それほど気にする必要はないかもしれませんが……プルミエの街より珍しいことは間違いありませんので」
「はあ、そういうもんですか……わかりました」
いまいちピンときていない様子のユージ。当たり前だ。プルミエの街の雑多な人の中にいても、ユージの耳に入ってくるのは意味が通じる言葉ばかりだったのだ。気づかなくて当然である。
『リーゼ、宿場町についたら、エルフの言葉を話さないようにだって』
『わかったわ!
あっさりとユージの言葉に頷くリーゼ。身分を隠して旅をするという物語によくある展開に、冒険心を刺激されたようだ。
そんなリーゼに向かって、ワンワンッと吠えるコタロー。りーぜ、れでぃはそんなふうにはしゃいじゃだめよ、と言いたいようだ。だが、リーゼにも一行にも伝わらない。犬なので。
王都へ向かう旅の途中。
その初日は、平和に過ぎて行くのだった。
ちなみに休憩を終えて出発する前、ユージは出発する騎馬と馬車、道を走っていく馬車を撮影していた。馬車に乗っている状態ではいい画が撮れないのだ。ユージ、すっかりカメラマンとしての仕事が板についてきたようだった。
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「ユージさん、見えてきましたよ。あれが最初の宿場町です」
「おお! ……あれ? なんか小さいですね?」
「そうですね。王都に行くには最初の宿になるわけですし、王都から来たら最後の宿。プルミエの街まですぐの場所ですから」
いそいそとカメラをセットし、撮影をはじめたユージの目に飛び込んできた宿場町。それは、大小五軒の建物がある集落だった。集落を囲うのは木の柵。ユージたちの開拓地よりも小さい。
ユージは落胆していたが、アリスとリーゼは違うようだ。旅の雰囲気にあてられているのだろう。
王都への旅路、その初日。
時刻にして午後三時すぎ。ユージたちは最初の宿場町に到着するのだった。
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「思ったよりも立派な建物ですね」
馬を預け、水と飼葉などの補充を頼み、荷物を置いた一行。
宿は二階建てで、一階は食事所兼酒場となっていた。ユージ、リーゼ、アリス、コタロー、サロモンは一部屋。残りの面々で一部屋。それぞれの部屋は、それでも充分に余裕がある広さとなっていた。
すでに陽は傾き、一行は一階の食事所兼酒場に集まって夕食をとっていた。
「ええ。なにしろ領主様も移動の際はこの宿を使うわけですから」
「ああ、なるほど! あれ? でも、それにしては……」
「まあパストゥール領の領主様は代々騎士でもありますから。私も初めてお会いしましたが、領主様はああいった方ですし。ほかの貴族がプルミエの街に訪れることはほとんどありません。ですから辺境などと言われるわけでして」
わずかに苦笑を浮かべながらケビンが解説する。
「ユージさん、通常、貴族が泊まる宿は貸し切り、連れてきた護衛などはその宿のほか、もうひとつ別の宿を貸し切って泊まるものです」
「はあ……」
「ですが、この宿場町で大きな宿はここだけ。先ほどお聞きしたら、領主様はこの宿だけ貸切、あとの方は野営するようですね」
「それはまたずいぶんとタフな……」
「ええ。貴族らしからぬ方ですねえ。お供の数もずいぶんと少ないようですし」
ケビンと会話しながら、チラリと手元のお椀に目を落とすユージ。
いまは夕食のさなか。そこにあるのは野菜とわずかな肉が入ったスープ。それにパンと煮豆が夕食の献立であった。
最初こそ、うおおお、中世っぽい! などと謎のハイテンションになっていたユージだが、食べるにつれテンションはがた落ちしていた。あまり美味しくなかったようだ。
ちなみにリーゼは宿の中でも耳を隠すニット帽をかぶり、ローブのフードを下ろしている。
ニット帽こそないものの、アリスもフードを下ろしていた。おそろいにする、と言い張ったのだ。優しい幼女である。
ユージがこの世界で生活してから5年目にして初の旅路。
その初日は特に何が起きるでもなく終わるのだった。
初日の収穫は、移動した距離とカメラに収められたデータのみである。
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