『第十二章 エルフ護送隊長ユージは王都に向けて旅をする』
第十二章 プロローグ
森の中を走る一本の道。
春の陽射しが照らす中、一台の馬車が進む。
前を行くのはケビンの専属護衛の二人。えび茶色のマントに身を包み、それぞれ馬に乗っている。どうやら前方の警戒を担当しているようだ。
二頭の馬に引かれた幌馬車の後ろには、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンが馬に乗ってついてきている。サロモンの役割はリーゼの護衛。そのため、荷台の後方にある出口にもっとも近い場所を担当しているのだろう。
幌馬車の中には、ユージ、アリス、リーゼ、ユルシェルが木箱に腰かけていた。いや、どうやら木箱の上にクッションを置き、その上に座っているようだ。ユージがユルシェルに発注して用意したドーナツ型の穴あきクッションである。
コタローは荷台の最後尾に立ちはだかっている。そとにでようかしら、と考えているようだ。
「ユージ兄、ばしゃは速いね! あんまりゆれないね!」
「そうだね、アリス! たしかに思ったより揺れないなあ」
エルフの冒険者と会うため、リーゼを連れて王都に向かったユージたち。
いまは旅の初日、プルミエの街を出て小一時間経ったところ。
馬車は快調に進んでいた。
「ユージさん、出発前に車輪をご覧になりましたか?」
ユージとアリスの会話を聞きつけたのか、御者席にいたケビンがユージに話しかける。
ケビンが手配したのはシンプルな幌馬車。左右と上方は厚手の幌で覆われているが、前方と後方はカーテンのように開け閉めできるようになっている。御者席側の前方は半開きにしていたため、会話が聞こえてきたのだろう。
幌馬車の御者席にいるのは、ケビンとエンゾ。ケビンは座って馬車を動かし、エンゾはその横に立って周辺を警戒している。狭いスペース、揺れる馬車でバランスを取っていられるのはさすがに元3級冒険者の斥候である。
「ええ。なんか、灰色の何かがぐるっと巻かれてましたよね?」
「そうです。あれは、王都の近くで飼われているモンスターの肉と皮なんですよ」
「え?」
「草食のモンスターなんですが、刃物も通さず、打撃にも強い。農地を荒らす厄介者なのですが……この国を興した初代国王の父が牧畜に成功した、とされていますね」
「はあ……豚みたいなもんかな? 大きいんですか?」
「そうですねえ。高さは私よりもちょっと高く、長さは……尻尾の先まで入れると、この幌馬車ぐらいでしょうか」
「え? デ、デカいですね……」
ユージ、予想以上の大きさだったようだ。カバみたいな感じかな、いや、トリケラトプスみたいなヤツか? などとブツブツ呟いている。
「その皮と肉を車輪に巻くことで、衝撃を吸収するんです。それから、同様にカエル型のモンスターも初代国王の父が飼育に成功しましてね」
「は、はあ……それも馬車に使われてるんですか?」
「ええ。脚の腱と筋肉が、上下の衝撃を吸収しているのです」
「すごーい! すごいね、ユージ兄!」
「モ、モンスターの脚が……それ、乾燥してすぐに使えなくなっちゃいそうですけど」
「ええ、通常はそうなります。特殊な処理が必要らしいんですが……いまだに開示されてないんですよ。いまでもこの国の名産品となっています」
「なるほど……ちなみに、探ろうとすると?」
「額は大きくありませんが、国の財源の一つですからね。良くて縛り首です」
揺れが少ない馬車の現実に衝撃を隠せないユージ。
一方で、アリスはキャッキャとはしゃいでいる。動揺しながらも通訳を忘れないユージにより、リーゼも驚いて目を丸くしていた。ユージはすっかり訳すクセがついてしまったようだ。
「いまの国王様は8代目ですから、記録でしかわからないのですが、発表された当時は画期的なことだったようですよ。ともかく、それで富を築き、その息子たちがこの国を興したとされています。初代国王は息子ですが、国を創ったのは初代国王の父である、という学者もいるほどです」
「はあ……。すごい方がいたんですねえ」
「ユージさん、ちなみに。その初代国王の父の絵姿が残されていましてね」
「そうですよね、立派な人ですもんね」
「
目を見開き、ケビンが座る御者席を見つめるユージ。
後方にいたはずのコタローもユージに駆け寄り、ワンッと吠える。ちょっと、くわしくはなしなさい、と言うかのように。
ユージが異世界に来てから五年目の春。
どうやらユージは、王都に行く理由がもう一つできたようだ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「よし! 二棟ともひとまずガワはこれで完成っす!」
「よっしゃあ!」
木工職人のトマスの宣言を受け、ユージ不在の開拓地に大きな歓声が響く。
ホウジョウ村開拓地に建てられたのは、二軒の家だった。
これまでは布を重ねたテントと二つの共同住宅しかなかった開拓地。
トマスの親方たちが来たことで建築の速度は上がり、ついに家族向けの住居が完成したのだ。もっとも、数を建てるために内装は後まわしにされていたが。
「二班に分けると速いっすねー。順番通りに進めるより、一度で二軒分の作業をやるのがいいんすかね」
トマスはブツブツと呟いているが、開拓民たちは無視である。独り言はスルー、というのがこの開拓地の不文律のようだ。どう考えてもユージのせいである。
「細けえことは気にすんな、トマス! よし、最初の家の住人はもう決まってんだ!」
ユージ不在の開拓地を任された副村長、元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー・ブレーズがまわりを見まわす。やがて目的の人物を見つけたのだろう。
「おお、いたいた! マルセル! 今日からこの家がおまえらの家だ!」
「……え? ブレーズさん、私は奴隷ですよ?」
「いいんだよ! もうすぐ買い戻せるんだろ? ユージさんたちを除いたらこの開拓地の最古参で、そもそも農業はマルセルがいなきゃみんなわからねえんだ」
「ですが……」
「ま、最初の家はマルセルに、ってのはユージさんの発案だがな! 開拓地で開拓団長の言うことを聞かなくていいのか? マルセルの主なんだろ?」
「……ありがとうございます!」
その言葉で納得したのか、ようやく頭を下げるマルセル。ユージの奴隷にして犬人族のマルセルとその家族は、ついに仮設テントから引っ越すことになるようだ。
「それにしても……マルセルが自分を買い戻して奴隷じゃなくなっても、この開拓地にいさせるために……いや、考えすぎか。ユージさんはそこまで考えてないだろ」
ボソリと呟き、頭を振って否定するブレーズ。
ブレーズがユージの計算なのかも、と疑うのも当然だ。
マルセルがお金を貯めて自分を買い戻し、奴隷でなくなった後は開拓地から離れることもできる。だが、ここには家族で暮らすのに充分な家があり、仕事もある。もともと考えていたようだが、マルセルはこのまま開拓地にいる気持ちが強くなったことだろう。
「よーし、それで二軒目は! どうすっかなあ。とりあえず家庭持ちが優先なんだが……」
勢い込んだものの、ブレーズの歯切れは悪い。
自身と弓士の夫婦のほか、盾役のドミニクと元奴隷の夫婦、針子の夫婦。開拓地にいる結婚済みは三組。
続けて二棟の家を建築することが決まっているものの、二軒目は俺たちだ、とは言いづらいようだった。弱肉強食の世界で無頼者の冒険者として生きてきたクセに。ひょっとしたら、ユージの甘さはちょっとずつ伝染しているのかもしれない。
ともあれ。
第二次開拓団を迎え入れ、ユージたちが旅に出た開拓地。
14人の開拓民と出張で来ている職人組は、順調に開拓を進めているようだった。
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