第四話 ユージ、旅の四日目、四番目の宿場町で川を渡る

「ユージさん、見えてきましたよ。あれが四番目の宿場町です」


「おお! ほかの宿場町より大きいですね!」


 プルミエの街から王都への旅の四日目の午後。

 御者席に座るケビンから掛けられた声にユージが応える。


 馬車が進む道の先には宿場町が見えてきていた。

 遠目に見えるだけでも、明らかにこれまでの三つの宿場町よりも大きい。


 さっそくカメラを準備するユージ。

 そんなユージの横ではアリスとリーゼが目を輝かせていた。


「予定通り早い時間に着きましたね」


「たしかに。朝早く出発したかいがありましたね!」


「ええ、今日はゆっくり休みましょう」


 四番目の宿場町を抜けると、馬車は峠越えの難所。

 まだ距離はあるが、宿場町の向こうには山が見えている。明日はあの山を越えるのだ。


「そうか! ここがサウナがある町ですね!」


「ええそうです。宿に馬車を預け、馬を手配してから行きましょうか」


「え? 馬を手配?」


「峠道の前に、ここで馬を替えるんです。なじみの馬屋がありますからそこで預かってもらいます。王都からの帰りにまた寄って、馬を入れ替えるんですよ。まあこの馬でもいけますが、峠越えは力がある馬の方が向いていますからね」


「なるほど……」


 準備や日程も含め、すっかりケビンに任せっきりだったユージ。護送隊長とは何なのか。まあここまでエルフの少女・リーゼが危ない目にあうこともなく、無事に護送できてはいるのだが。


「馬車はこのままですから、荷物は下ろさなくて大丈夫ですよ」


「あ、そうですか」


 馬を替えると聞き、ガサゴソと荷造りをはじめていたユージにケビンが声をかける。どうやらはやまったようだ。

 ワフッと息を漏らすコタロー。もうおとななんだから、ちょっとおちつきなさい、と言わんばかりである。


 旅の四日目。

 ユージは四番目の宿場町に到着するのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おお、家がたくさんある!」


「そうですね、このヤギリニヨンの宿場町が王都とプルミエの街の中継点ですし、交通の要衝ですから」


 宿場町の門衛のチェックを終え、町を進む幌馬車。

 キョロキョロとまわりを見ていたユージが思わず声をあげる。


「ヤギリニヨン……? ケビンさん、この宿場町は川ぞいにあるんですよね?」


「川ぞいと言いますか、川を挟んで両岸に広がっています。ここで川を越えて、明日から峠越えですよ」


「あ、はい。ケビンさん、その……川って、橋じゃなくて船で渡るんじゃないですか?」


「おお、よくわかりましたね! 川をさかのぼる場合は帆船が主ですから、邪魔にならないよう橋はかけなかったそうですよ」


「やっぱり……渡し船、ヤギリニヨン……ケビンさん、ひょっとしてこの宿場町を名付けたのって、初代国王の父ですか?」


「ユージさん、今日は鋭いですね! ええ、その通りです!」


「マジかよ……。ヤギリニヨンの渡し……矢切の渡し。やっぱりその人……」


 ブツブツと呟きはじめるユージ。

 ユージの隣ではコタローも思案顔である。犬なのに。


 川を渡る「渡し場」がある町の名前がヤギリ・・・ニヨンである。

 馬車の改造、黒髪黒目で変わった顔立ちと伝えられる容姿、そしてこの名前。

 さすがにユージも思いはじめたようだ。

 そいつ稀人だったんじゃね? というか日本人だったんじゃね? と。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「うわあ、すごい、すごいよユージ兄! お馬が川を渡ってる!」


 馬車の中に興奮したアリスの声が響く。

 その横ではリーゼも目を輝かせ、口を両手でおさえていた。人がいる場所ではエルフの言葉を話さないように、と言われているのだ。律儀に守っているのである。


 プルミエの町から四番目の宿場町、ヤギリニヨン。ユージたちはその中心を流れる川を渡っているのだ。

 ヤギリニヨンの渡しで待っていたのは、幅広で喫水が浅い船だった。

 船頭の指示に従ってそのまま馬車ごと船に乗せる。

 その様子を見たアリスとリーゼはテンションを上げていた。フェリーに車でそのまま乗り込んだ時の子供と同じ反応である。34才のおっさんもはしゃいでカメラをまわしていたが。


「明日は早朝から出発しますからね。今日のうちに対岸に渡っておいた方がいいんですよ」


 そう言ってこの先のスケジュールを伝えるケビン。

 時刻はまだ15時前。

 馬を手配してものんびり休める余裕はある。

 旅慣れたケビンにすべて任せたのは正解だったのだろう。まあユージは初めから口を出す気はないようだったが。


「あれ? ケビンさん、あの石造りの建物はなんですか?」


「ああ、あれですか。あれは兵士の詰め所です。以前、ユージさんに川には水棲モンスターが出るとお伝えしたでしょう? 稀に上流まで来るヤツらもいますから、ここで見つけて殺すんですよ。川の深い場所には、潜んで遡れないように金属の網があるそうです」


「な、なるほど……」


「王都側にもあるんですが……湿地が鬼門なんです。船上から攻撃しても水中にはあまり効果的ではないですし、上陸して戦おうにも足場が悪い。せめてモンスターから町を襲われないように、ああして詰め所を造って見つけ次第殺ってるんですよ」


 ところどころ物騒な言葉遣いをするケビン。

 そう言えばこの男、血染めのマントを纏った『戦う行商人』なのだ。まあこの世界の住人の感性としておかしくはないのだが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふううー。いやあ、生き返りますね!」


「ええ、旅の疲れが抜けていくようです」


「ユージさん、だいぶ体が締まってきたな」


 馬車を置き、馬を手配して宿に入った一行。

 その足で向かったのは、この宿場町の名物。

 サウナである。

 ケビンが選んだ宿はそこそこ値が張るらしく、宿泊者専用のサウナがあった。


 アリス、リーゼ、ユルシェルの女性陣はすでにサウナを利用した後だ。

 リーゼの尖った耳をいかに隠すかは、針子のユルシェルのアイデアであっさり解決した。

 え? 頭に布を巻けばいいじゃない。髪が濡れるのを嫌がる人もいるから、わりといるわよ、という発言で。


 部屋を出る前から女性陣は頭に手ぬぐいがわりの布を巻き付け、サウナに向かっていった。

 無事に部屋に帰ってきたところで、ユージたち男性陣と交代したのだ。

 ちなみにプルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンは、女性陣がサウナを利用している間、建物のすぐ外で待機していた。変態ではない。ロリコンでもない。護衛のためだ。


 サウナを利用できないコタローは、宿の裏手の水場でユージに丸洗いされていた。ワンワンッと吠えながらも大人しくされるがままになっていたコタロー。どうやら我慢できる女のようだ。


 女性陣が先にサウナを使った。

 つまり、ユージと一緒にサウナに入っているのは男のみ。

 ユージ、ケビン、ケビンの専属護衛二人。

 熱気あふれるサウナに、四人の男が全裸で。

 サロモンと元3級冒険者のエンゾは、エルフの少女・リーゼの護衛のため部屋で待機している。女性陣を守るため、男性陣は二手に分かれてサウナを利用しているのだ。


 訓練の成果か、肉体労働の結果か。ケビンの専属護衛・アイアスがユージの裸を見て肉体の変化を褒める。プルミエの街のサウナに入った時と比べ、ユージはたくましくなっているようだった。体は。

 ユージは異世界で順調に裸のお付き合いを重ねているようだ。おっさんと。


「明日はまた早朝に出発ですからね。今日は早めに休みましょう」


「いよいよ峠越えですかー」


「ええ。明日は峠で野営です。次の日に峠を降りて最後の宿場町へ。その次の日には王都に到着しますよ」


「峠さえ越えればわりとすぐなんですねー」


「ええ。王都は山と川に守られた土地なんです。大軍で攻めるには難しい場所を選んだようですよ」

「なるほどー」


 ひさしぶりのサウナで弛緩状態のユージ。

 せっかくのケビンの解説もあまり頭に入っていないようだ。


 ともあれ。

 こうして旅は無事に四日目を終え、いよいよ難所である峠にさしかかるのだった。


 ちなみにユージは、サウナにカメラを持ち込んでいない。

 カメラには湿気が大敵なこともあるが、おっさん四人の裸など誰得なので。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る