閑話9-18 郡司先生、メディア対策と権利関係に奔走する

-------------------------前書き-------------------------


副題の「9-18」は、この閑話が第九章 十八話目ぐらいの頃という意味です。


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「え? はい? サクラさん、申し訳ありませんがもう一度言ってください。ユージさんの話がハリウッドで映画化する、と聞こえたもので。え? それであっている? ……本当ですか?」


 宇都宮、県庁近くの郡司法律事務所に入った一本の国際電話。

 弁護士である郡司が受けたのは、サクラからの電話であった。

 普段は冷静な郡司が珍しく取り乱している。当たり前だ。とても信じられる話ではない。いや、ユージが異世界に行ったことも通常は信じられる話ではないのだが。


 そのユージの物語が、映画になる。ハリウッドで。


 誰が聞いても疑って当然の話である。


「ええ……。なるほど、それでメディアや画像、動画の使用はこれまで以上にきっちり断ってほしいと。わかりました。海外で映画化ということですし、強い弁護士を探すことになると思います。まだ検討段階ということでいいんですよね? ええ。こちらの体制も含め、基本方針をまとめてサクラさんに提案します」


 50代であり自らの法律事務所を構えていても、得手不得手はあるものだ。まして海外で映画化となれば、著作権、肖像権やその範囲など管理すべき、そして決めるべき事柄も多い。いかに郡司が経験豊富な弁護士とはいえ専門外である。どうやら伝手をたどって得意な弁護士を探すことにしたようだ。


「ところでサクラさん……。ユージさんにこの話はしましたか? そうですか、これからですか……。今後、ユージさんが画像や動画を掲示板に上げなくなることは? いえ、私ではなく、みなさん気になるかと思いまして。ええ、私ではなく。そうですか、掲示板に上げること自体は問題ない方向にしたいと。全力を尽くします。あ、いえ、私ではなくみなさんのために。ええ、はい」


 この話を受けて郡司が真っ先に心配したのは、これからもユージがアップするはずの画像と動画の取り扱いのようだ。

 この弁護士、だいぶファンタジー世界に毒されているようである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 電話を切った郡司は、チェアに深くもたれ、ふうっ一つ大きな息を吐く。

 動揺をおさめているようだ。

 立ち上がって自らコーヒーを淹れ、しばし考え込む郡司。

 やがて考えがまとまったのか、ペンとメモ帳を手に、動き出す。


「代理人としての取材や画像使用の窓口はいまのままで問題ない。このままシャットダウン。いや、無断使用の場合の警告をもう少し攻撃的にして、掲示板に注意書きの文章を挿入するべきか。これは相談案件。国際法、著作権、肖像権に詳しい弁護士は……やはり先生に連絡を取るのが一番か。ふむ」


 独り言を発しながらメモを書き込んでいた郡司の手が止まる。デスク上の電話に手を伸ばし、発信。どうやらさっそく伝手をあたるつもりのようだ。


「こちら郡司です。先生、ご無沙汰しております。ええ、ええ、こちらは元気にやっておりますよ。先生こそ、引退されて余生を楽しんでらっしゃいますか? はっはっは。それで先生、一つ相談がありまして。近々お時間をいただきたいのです。ええ、こちらから伺います。明後日? 明後日は……ええ、問題ありません。はい、奥様にもよろしくお伝えください」


 電話をかけた相手は、郡司が独立する前に働いていた、ある法律事務所の所長だった男。いまは弁護士稼業から引退しているが、その顔は広い。知る人ぞ知る法曹界の大物である。

 余生を楽しむ、は恩師と郡司の間のお決まりの冗談であったようだ。郡司の表情が変わらないため、非常にわかりにくいものだったが。


「さて。ひさしぶりの東京か。あの二人との会合も行いたいものだが……」


 いつ異世界に行ってもいいよう、すでに郡司は担当を持たずに不在でも事務所がまわるようにしている。そのため恩師から明後日といわれても気軽に動けるのだ。東京に行くついでにクールなニートや物知りなニートと掲示板についての相談もかわしたいようだが、彼らは急なアポイントに対応できるだろうか、と郡司は不安らしい。


 だが心配はいらない。

 彼らは就学、就労、職業訓練のいずれも行っていない15才〜34才の人物なのだ。服飾のデザイン&型紙の投稿&ダウンロードサイトを立ち上げたが、彼らの手は離れている。能力があろうとなかろうと、彼らは定義通りのニートであり、ヒマ人なのだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 JR秋葉原の電気街口を出て神田川方面へ。

 古くからある喫茶店チェーン、その貸し会議室に四人の男が集まっていた。むさい。


 弁護士の郡司と、郡司の恩師に紹介されたもう一人の弁護士。

 そして、掲示板住人でもあるクールなニートと物知りなニート。

 合計四人の男たちである。


 おたがい自己紹介したのち、クールなニートが話を切り出す。


「それで……郡司先生。急にどうしたんでしょうか? 何かトラブルでもありましたか?」


「トラブル……。ええ、対処を間違えた場合、そうなるかもしれません。私たちが、ということはないのですが……」


 郡司にしては珍しく歯切れが悪い。

 そして、サクラから持ちかけられた話を伝えていく。



「……からかっているのではなく、本当の話……なんでしょうね。じゃないと二人も弁護士が動きませんか」


 目をむく物知りなニートを横に、クールなニートは動揺を見せずに話を進める。冷血漢である。いや、冷静な男である。


「ええ。他に売り込まないよう独占契約を結んだ後、向こうが資金集めを行って映画化の可能性を検討することになるでしょう。お二人を呼んだのは、掲示板やネット上の対処と、日本における権利を管理する組織について相談したかったからです」


 クールなニートの発言を受けて話をはじめたのは、もう一人の弁護士。書籍の映画化やアメリカとのやり取りの経験もある弁護士である。

 そんな人物をあっさり紹介できるあたり、郡司の恩師の顔はそうとうに広いようだ。郡司から話を聞いた際は、爆笑してさっそく掲示板をチェックしていたようだが。


「過去、掲示板の書き込みから書籍化した例はありますね。実際に関係者の間で権利関係がどうなったかまではわかりませんが……。それにしても、ぜんぶすっ飛ばしていきなりハリウッドですか……」


 ようやく現実に戻ってきたのか、物知りなニートが話をはじめる。そう。掲示板に公開された話である以上、掲示板の管理者とのやり取りも必要になる可能性が高いのだ。


「ええ、お二人にはそういった情報を提供してほしいのです。もちろん事例の詳細はこちらで調べます。弁護士の肩書きがあれば、相手方もきちんと対処してくれますしね。また、ユージさんは今後も新しい情報や写真、動画をアップする意向とのことでした。ユージさんにとって譲れないことのようですから、それは契約上も問題ないようにするつもりです。ただ二次使用や無断の拡散は避けたいのですよ。そのあたりもご意見をうかがいたいのです」


 郡司の横で語りだす弁護士。新しい情報や写真、動画をアップする意向というところで、うんうんと頷く郡司。決して自分が見たいからユージを誘導したわけではあるまい。たぶん。


「それから……。ユージさんには、契約金などの報酬が予想されます。本人がほぼ動けない以上、先ほども申し上げたように、ユージさんが持つ著作権、肖像権などの管理会社を設立しようかと検討しているのです。ユージさんとしては、どちらでもかまわないと。ただし、これまで通りキャンプオフなどの援助は続けたいようなのです」


 そう言って、ユージとサクラの代理人である郡司が話を続ける。

 ユージが異世界にいる以上、ユージ本人は動けない。代理人の郡司がこのまま動いてもいいのだが、これまでとは額面が違う。さらに実際に話が動きはじめれば、アメリカとのやり取りやメディア関連など煩雑な業務も予想される。ユージも、郡司一人でも難しい話なのだ。


「なるほど、ユージらしい。ですが……映画化に伴う収益と、キャンプオフ等の援助は別で考えるべきでは? 会社とした場合、援助の方は利益を見込めるものではないでしょうし……いや、ニート脱却に対する事業としては成り立つか? 性格からいうとNPOの方がしっくりくるが……」


 ユージの意向を受けた郡司の言葉を聞き、ブツブツと考え込むクールなニート。

 もっともらしいことを言っているが、この男、ニートである。


「郡司先生、なぜこの二人を呼んだのかようやく理解しましたよ。いま働いていなくても、有能な人はいるもんなんですねえ……」


 あきれたように話すのは、二人のニートとは本日が初対面となる弁護士であった。


「ええ、在野にも人物はいるのです。いえ、この場合、民間企業でも働いていないわけですから、在野ですらありませんか」


 なぜか誇らしげに話す郡司であった。


 ともあれ。

 さすがにこの場で結論は出せない、ということでたがいの連絡先を交換し、四人は再度の話し合いを約束するのだった。


 これまでお世話になってきた掲示板の住人に、手間もお金もかけさせず新しい情報や画像、動画を見てもらえるように。また、オフ会にかかるお金は援助を続けられるように。

 そんなユージの意志も、いちおう尊重されるようだった。いまのところは。




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