閑話9-18 サクラ、ジョージと一緒にルイスの友人たちと会う

-------------------------前書き-------------------------


副題の「9-18」は、この閑話が第九章 十八話目ぐらいの頃という意味です。


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 アメリカ、ロサンゼルス。

 ユージの妹サクラとその夫のジョージは、友人のルイスが運転する車に乗っていた。

 ルイスいわく「パタンナーを知っていそうな顔が広い友人夫婦」に会いに行くのだ。


『ルイスさん、その夫婦はこの辺に住んでるの? なんか……高級住宅街なんですけど……。それに、初対面なのに自宅でいいのかな?』


『気にすることないよサクラさん! 夫婦二人とも話せる人たちでね、若い頃からお世話になっているのさ! そんなに緊張しないで、いい人たちだしむしろ面白がってくれるに決まってるから!』


 サクラの不安をよそに、運転するルイスは暢気なものである。

 後部座席に座るサクラの横では、ジョージが鼻歌まじりにタブレットをいじっていた。どうやらすでにパタンナーが見つかった気になっているようだ。どれから見てもらうか、と一人でブツブツ呟いている。


『よーし着いた、ここだよ! ちょっと待っててね!』


 ルイスが車を停めたのは、一軒の家の前。

 いや、おそらく一軒の家の前なのだろう。

 門の奥、見える場所に家はないが、おそらく車で入っていってその先には家があるのだろう。


 え、うそ、なにこれ、と日本語で呟くサクラのことなど気にもとめずに、インターホン越しに何やら告げるルイス。


 門が開く。


『さーて、あの二人はパタンナーを知ってるかなー!』


 ご機嫌かつマイペースなルイス。

 呆然とするサクラ。

 タブレットをいじるジョージ。

 車内のカオスは無視され、一行は豪邸に到着するのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 大きな窓から陽光が差し込むリビングルーム。

 いや、おそらくリビングルームだと思われるだだっぴろい空間。


 サクラは、身を小さくしてちょこんとソファに腰かけていた。

 気づいてしまったのだ。

 何気なく置かれていたモダンなソファが、デザイナーの手による有名かつ高額な逸品であることに。


 もたれることなく座るサクラ。小市民である。初老の女性に出迎えられ、リビングまで案内されたが、豪邸にやられてあまり覚えていないようだ。

 一方で、ルイスとジョージはくつろいでいた。豪邸にひるむことなく、むしろなぜかアメコミの話で二人は盛り上がっている。マイペースなクリエイターどもである。


『やあ、待たせたね。ひさしぶりじゃないかルイス、元気だったかい?』


 現れたのは初老の夫婦と一人の女性。

 ルイスの友人と聞いていたサクラは、ルイスとの年齢差に驚く。

 だがアメリカにおいて、年齢差がある友人というのは珍しくないものなのだ。


『あらあら、やっぱり。お嬢さん、覚えてらっしゃるかしら?』


 リビングまで一行を案内した初老の女性は、ルイスの友人であったようだ。案内の時にそうかもしれないと思ったが、あらためて見て確信したのだろう。上品な初老の女性が柔らかい笑顔を浮かべ、サクラに話しかける。


『え? ……失礼ですが、どこかでお会いしたことがありますか?』


『ええ。何年前かしらねえ……。日本からロサンゼルスに帰る飛行機で。通路を挟んでお隣にいるお嬢さんに話しかけたのよ。覚えてないかしら?』


『ああ! あの時の! よくわかりましたね!』


 それは、サクラが「ユージが異世界に行った」と訳のわからないことを言い出した友人の恵美の連絡を受け、日本に飛んで。

 宇都宮でゴタゴタを片付け、ロサンゼルスに帰る際。

 奮発してビジネスシートを利用した時のことであった。

 確かに、サクラは通路を挟んで座る上品な女性に話しかけられていた。

 ようやく思い出したサクラが驚きを見せる。


『ええ、かわいらしいお嬢さんの素敵な笑顔でしたもの。大好きなお兄さんは元気にしてらっしゃるかしら?』


 当時のサクラは28才である。お嬢さんとはいえまい。いや、きっと英語で『レディ』と呼んだにすぎないのだ。たぶん。

 満更でもなさそうに照れ笑いを見せるサクラ。童顔に見られる日本人顔のメリットを最大限に堪能できる至福の時間であった。


『なんだサクラさん、知り合いだったのかい! だったら言ってくれればよかったのに! それにお兄さんのお話もしたの? 話が早いじゃないか!』


 あいかわらずまくしたてるように早口のルイス。テンションが高い。これでなぜ上品な老夫婦と友人なのか謎である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



『……ということで、僕たちはパタンナー、それもこちらで言う中世後期のヨーロッパの道具や技術を使うことを想定して指示を出せる人を探していたんですよ』



 初老の夫婦と一人の女性を前に、長い話を語ったのはジョージであった。さすがにルイスには任せられなかったようだ。自らの広告デザイン事務所を経営するデザイナーとして、プレゼンは手慣れたものであった。


 初老の夫婦は目を輝かせ、このいかにもうさんくさい話を聞いていた。唐突に話に切り込むルイスにも、にこやかに目を向けていたほどだ。懐が深い人物である。

 一方で、もう一人の女性は早々にジョージからタブレットを奪い取り、食い入るように異世界の画像と動画、デザインをチェックしていた。目が血走り、鬼気迫る表情である。


 やがて、初老の女性がはしゃいだ声をあげる。


『おもしろい、おもしろいわ! ねえあなた!』


『ふむ……にわかには信じがたいが……。ルイスくん、キミでもこの画像と動画に加工の跡は見つけられなかったのかね?』


『いやだなあ、言ったじゃないですか! これが加工したものだったら、ボクは頭を下げて今すぐ教わりにいきますよ! 画像は時間をかければいけるかもしれませんが、動画はまあ無理ですね! ボクは何年かけても無理です!』


『そうか……ルイスくんがそう言うなら、この動画は本物か……』


 初老の男性は、そう言って考え込む。オタク気質で気分屋でマイペースでエキセントリックで独身でモテないルイスだが、CGクリエイターとしての腕は本物なのだ。

 それにしてもすさまじい信頼度であるが。


『ねえ、ねえあなた! これ、面白いんじゃないかしら?』


『うむ……。ルイスくん、ジョージくん、サクラさん。この話は、どれぐらい広まっているかね? 日本では有名な話なのかな?』


『うーん、どうでしょうか。弁護士の先生にお願いして、画像や動画の二次使用とか取材、メディアでの紹介もぜんぶお断りしてるんです。でもそれなりには広まってるんじゃないかと思いますけど……』


『なるほど、メディアは断っているのか。ならば……ふむ……』


 サクラの言葉を聞いて、なにやらブツブツと口にしながら考えこむ初老の男性。

 落ち着いているように見えて、そこはさすがにルイスの友人。まわりを気にしないという点では同類のようだ。


『素晴らしい! 素晴らしいわ! 私はやるわよ! デザインもパターンも縫製の指示も任せなさい!』


 とつぜん、食い入るようにタブレットで画像を見つめていた女性が叫ぶ。どうやらこの女性が、サクラたちが探していたパタンナーであったようだ。エキセントリックである。アメリカでも、類は友を呼ぶようだ。


 まずは絹のドレスね! プロポーズのために用意するなんてステキじゃない! と叫ぶ女性を無視して、考え込んでいた初老の男性がサクラに話しかける。

 カオスである。


『サクラさん。この話、映画化するつもりはないかね?』


『……え? はい? いまなんとおっしゃいました?』


『とはいってもまず独占契約を結んで、そこから資金集めだがね。もちろん、サクラさんのお兄さんに相応のお金を出そう。動画のリクエストもするだろう。そのまま映画にするかは別だが……。ああ、それからメディアへの対応はいまより厳しくしてほしい。やるとなったら、情報の公開はこちらでコントロールしたいからね』


『え? えっと……?』


『あなた、ちゃんと順序立てて話しなさい。それにルイスくん。ルイスくんったら私たちのこと何も説明してなかったの? まったく、あいかわらずねえ』


 そう言って場を仕切りはじめる初老の女性。当然だが、ルイス主導でおたがい名前を告げて自己紹介はすませている。特におかしな点はない。

 キョトンと首を傾げるサクラに、あらためて向き直った初老の女性が語りかける。


『夫はプロデューサーで、私は脚本家。この子は衣装担当でよくお願いしているの。私たち夫婦のコンビはわりと有名なんだけど、サクラさんは知らないかしら?』


 やわらかな笑みを浮かべてサクラに話しかける初老の女性。


 だが。

 上品な初老の夫人の丁寧な言葉は、サクラをさらに混乱させた。


『ああ、どうりで名前をお聞きしたことがある……って、え? ええええええ!』



 そう、ここはアメリカ、ロサンゼルス。

 その超高級住宅街、ビバリーヒルズ。

 ハリウッドで有名なプロデューサーと脚本家コンビの夫婦の豪邸に、サクラの叫び声が響き渡るのだった。



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