閑話9-15 とある二人の冒険者、人手を得る

-------------------------前書き-------------------------


副題の「9-15」は、この閑話が第九章 十五話目ぐらいの頃という意味です。

中心がその頃であり、冒頭はかなり前のお話です。

ご注意ください。


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「おーい、そこのお二人さん!」


 ホウジョウ村開拓地からプルミエの街へ向かう獣道。

 その上を歩く二人の冒険者に声がかかる。


 季節は初夏。

 彼らは知らないが、ユージが異世界に来てから四年目の夏の初めのことだった。


 がさがさと道の脇から出てきたのは、二人の男。

 一人は斧を手にした大男。

 もう一人は、上半身裸の猿人族の男。

 かつて冒険者ギルドでユージに絡み、いまは道を切り拓く役目を与えられた二人の男たちである。


 二人の冒険者は、ゴブリンとオークの調査依頼を受けた『宵闇の風』。斥候と軽戦士で構成されたパーティで、二人とも3級冒険者である。ちなみに、彼らは大男と猿人族の存在に気づいていた。そのまま隠れ続けているようであれば、戦闘態勢に入るところだったのだ。


「ああ、そう言えばお二人は道を拓いているんでしたね。……そうだ、ゴブリンとオークと遭遇することはありましたか? あったら場所を教えてください」


「ああ、そりゃいいけど……。何かあったのか?」


「開拓地と街から、ゴブリンとオークが増えてるんじゃないかということで、集落の調査依頼が入りまして。僕ら『宵闇の風』が依頼を受けたんですよ」


 そう伝えた冒険者の言葉に納得したのか、嬉々として遭遇場所、怪しい場所を教えていく木こりと猿。この森を荒らすなんて許せん、俺たちにできることがあったら言ってくれ、などと言いながら。人間、変われば変わるものである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おう、木こり」


「どうした猿?」


 暑さもピークを過ぎ、すごしやすくなった森。

 秋の気配を感じる中、今日も今日とて、斧を持った大男と猿人族の男は荷車が通れるようにするべく、獣道を切り拓いていた。

 それにしても。

 ついにおたがい、木こりと猿であることを認め合ったようだ。

 シティボーイなど存在しなかったのだ。


「イヤな予感がするんだ。街か開拓地、どっちかの近くに移動しておかないか?」


「虫の知らせってヤツか? お前もずいぶん森に馴染んできたな。ここからだと……街の方が近いか。移動するのはいいとして、何もなけりゃあいいんだけどな」


 そう言って相棒の提案にのった木こりは、二人して街方面へ移動を開始する。手荷物は少ない。

 基本的には保存食と水袋、毛布代わりにもなる厚手のマントのみである。ほかの荷物を置くために、長く森で暮らしている二人は各所に寝床を作っていた。

 ちなみに猿人族の男の強硬な主張により、寝床はツリーハウスであった。木の上である。もっとも、枝に木を渡し、屋根代わりに葉つきの枝を乗せた簡易なものであるが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 木々の葉も落ちきった秋。

 街よりに移動した木こりと猿は、あいかわらず道を切り拓いていた。

 いまや街側から半日分の獣道は、ギリギリ荷車が通れるかどうか、という規模になっている。

 努力が目に見える形になってきたことで、二人のモチベーションは上がっていた。

 自らの仕事を振り返り、工夫できる箇所を探し、効率を高めていく。二人は意識高い系となっていた。木こりと猿だが。


 そんな二人の目に、冒険者たちの集団の姿が目に入る。

 時に食料採取のため、水の確保のため、高低差が少ない場所を探すため、獣道をそれることも多い二人は、必ずしもこの道を通る人物と遭遇するわけではない。

 いまや信頼されはじめたのか、ケビン一行が彼らと会えない場合はツリーハウスに保存食を置いていくほどになっていた。

 だが、そんな二人も20人を越える大集団が獣道を通れば気づかないはずがなかった。


「おーい! ぞろぞろとどうしたんだ? 開拓地へ移民か?」


 木の上から集団に声をかける猿人族の男。

 がさごそと樹上から降り、猿と木こりの二人が冒険者の集団と話をはじめる。

 応対したのは『宵闇の風』の軽戦士。モンスターの集落の調査に向かった際、木こりと猿から話を聞いた男であった。


「あったのか、モンスターの集落! くそっ、開拓地は大丈夫か!」


「あわてないでください。開拓地には『深緑の風』がフルパーティでいるんですよ。集落にいたのはゴブリンとオークですし、攻められても余裕でしょう。気になるようでしたら、集合場所で一緒に待ちませんか? いまギルドマスターが開拓団長のユージさんたちを呼びに行ってますから」


 余裕の表情を見せる冒険者の言葉に納得し、待つことを決める木こりと猿。

 かつて冒険者ギルドでユージを怪我させてやろうと意気込んでいたのはなんだったのか。もはやただの善良な木こりと無害な猿であった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「大丈夫かなあ、ユージさん」


「あの戦力なら余裕だろう。信じて待とうぜ」


 冒険者たちと開拓組が合流し、モンスターの集落の討伐に向かった後。

 獣道の上では、木こりと猿がそんな言葉を交わしていた。

 彼らも戦闘能力はあるが、現在は懲罰中なのだ。

 与えられた荷車が通れる道を作る労役と防衛のための戦闘、生きていくための食料と水の確保以外のことは認められていない。

 生きるか死ぬかしかなかった冒険者から、二人はいまや善良な労働者となったのだ。



 そんな二人の心配をよそに、ユージたちはあっさり帰ってきた。

 誰一人欠けることなく、無傷で。

 いや、欠けるどころか一人、エルフの少女を増やして。


 ちなみにもし木こりと猿の二人が討伐を待つだけではなく、積極的に見まわっていたら。

 エルフの少女リーゼを助けるのは、この二人であった。

 リーゼをさらったオークとゴブリンの一隊は、それほど遠くない場所を通って集落に戻ったのだ。


 ならず者だった男たちが、機会を得て心を入れ替え、更正する。

 そして、偶然出会った美少女エルフをモンスターから救出する。

 言葉が通じないながらも、助け出した美少女エルフとはじまる心温まる交流。

 少女はいつか里を見つけ、二人は笑顔で送り出す。涙をこらえて。


 知らぬ間に、二人はそんな物語の主役になる機会を失ったのであった。

 これはお前の物語だ! とは、誰にも言われなかったようだ。

 メガネのおっさんはいなかったのだ。



 ともあれ。

 集落殲滅と、参加者に大事なかったという報告を聞いて安堵する木こりと猿。

 これで心おきなく道造りに励めるぜ! などと大喜びしていた。

 ついでにエルフの少女の小袋の形状を聞かされた二人は、できる範囲で探すことも約束していた。

 エルフの少女を見ても、金になるかもだとか、害そうともしなくなった二人。

 すっかり綺麗な心の持ち主になった木こりと猿に、コタローも満足げに唸るのみであった。

 いまなら彼は、金の斧も銀の斧も手に入れられるかもしれない。そんな泉はないが。


 だが。

 そんな木こりと猿は、間もなく新たな問題を抱えることになるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「え……? 犯罪奴隷、ですか……?」


「ええ。新しい開拓地は領主夫人や代官の覚えもいいようですね。早めに道を通すため、モンスターの集落の討伐が終わったら、こちらに犯罪奴隷をまわすようにとのことでしたので」


「そんなこと言われても……。俺ら、人を使ったことなんてないですよ?」


「かまいませんよ。これから冬になる森はそれだけで過酷ですから、環境的にはむしろ問題ありません。あんまりいい環境じゃ付け上がりますからね。ああ、死んでも問題ありませんから。ただ、逃がさないでくださいね。逃がしたにせよ逃げられたにせよ、その場合はあなた方の罪になります。それぞれ役務の期間は違いますが、その辺は近くなったら連絡に来ます。ああ、最低限の食料はケビン商会に手配していますから安心してください」


「ちなみにこれ、断れたり……?」


「しません。通常は断ることもできますが、これは領主夫人の肝いりです。あなた方も荷車が通れる道を開拓地に繋げるまで、解放されないのでしょう? 使い潰していい労働力。いいじゃないですか」


 ユージから殲滅完了の報告を聞き、喜んでいたところに現れたプルミエの街の役人。

 斧を持った大男と猿人族の男が聞かされたのは、役人が連れていた犯罪奴隷を道造りにあてるという話であった。

 しかも拒否権なしである。


 足枷をつけ、役人に連れられた五人の犯罪奴隷の目は死んでいる。

 文字通りの肉壁として連れてこられ、次は冬の森で道造り。

 通常の奴隷とは違い、犯罪奴隷の扱いは過酷なものであった。


 わかりました、というか、やるしかねえんだよな、とブツブツ言いながら五人の犯罪奴隷を引き受ける木こりと大男。


 こうして、プルミエの街から開拓地を繋ぐ道は、二人がかりから七人がかりになるのであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「どいつもコイツも暗い目をしやがって。おう、おまえら。座って足出せ」


 役人が去ってから、五人の犯罪奴隷に向き直った大男。斧を肩に担ぎ、不機嫌そうな様子で犯罪奴隷に最初の指示を出す。

 のそのそと動く犯罪奴隷。

 座り込んだ五人の男が、やせ細った足を地面に投げ出す。


「チッ、クソ、言われるがままかよ。まあいい」


 目に剣呑な光をたたえた大男。

 まるで、かつてユージに絡んだ頃の男に戻ったような口調である。

 だが横にいる猿人族の男は何も言わない。


 斧を持った大男が、その斧を頭上に振りかぶる。

 それでもまだ犯罪奴隷は反応しない。


 ガツンッ、と大きな音が森に響く。


 全部で五回。


 目を見開き、自分の足を見る犯罪奴隷たち。


 斧は、足枷を断ち切っていた。


「こんなもん着けてっからそんな目になるんだよ。だがな、いいか、おまえら。この道のまわりで俺とコイツから逃げられると思うな。一人でもそんなヤツがいたら全員に罰を与える。俺たちにもな」


 大男の言葉に、わずかに驚きの反応を見せる五人の犯罪奴隷たち。

 足枷を外されただけではない。

 犯罪奴隷が逃げようとしたら、監督者の二人も罰を受けると言っているのだ。しかも、自主的に。


「これから冬になる。寒くてキツくて長い冬だ。誰か一人がいらん事をすりゃ全滅する可能性だってある。俺ら二人だって、道ができなきゃ死ぬまで森にいるしかねえんだ。いいか、俺たちはチームだ。先のことなんてわかんねえ。だがな、まずは全員でこの冬を生き延びるぞ」


 目に決意をたたえて語る木こりの男。横では猿が訳知り顔でうなずいている。


 ならず者だった自分たちと、捕まった犯罪奴隷。

 その差は、わずかだったのだ。

 目から光を失い、力なく座り込む五人の犯罪奴隷。

 冒険者ギルドで依頼主かもしれない新顔に絡んだ自分たちは、この懲罰がなければいずれ罪を犯していた可能性も高かった。

 五人の犯罪奴隷は、自分たちのあり得た未来なのだ。

 自分たちは、天職を見つけて救われた。

 ならば、彼らは。


 犯罪奴隷たちを目にした大男と猿人族の男は、ある決意をしていた。

 この七人で、誰も欠けることなく道を造ってみせると。

 元ならず者と犯罪奴隷が偉業を成し遂げるなんて、面白いじゃねえか、と。



 後世、彼らは未開地に道を切り拓く達人チームとして辺境の街・プルミエに名を残すことになるのであった。たぶん。

 基本は森に滞在していたが、七人の小人とは呼ばれなかった。でかいので。

 ついでに、姫とも出会えなかったようだ。エルフの美少女は惜しかったが。




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