『第九章 開拓団長ユージはホウジョウ村村長と防衛団長を兼務する』

第九章 プロローグ

「よし! これで南側の柵の補強は一段落だなー」


「ユージ兄! じゃあまた柵の外をへこませる?」


 秋も深まり、森の紅葉が葉を落とす頃。

 ユージとアリスは、木製の柵と空堀を強化すべく開拓地の南側で作業していた。

 ユージは木工職人のトマスが切り出した杭を斜めに打ち込み、柵を補強する。

 アリスは魔法で柵の外側の空堀を深め、広げる。

 その間の警戒は、いつものごとくコタローの仕事であった。


「これでよしっと。明日からは西側かなー」


 ユージがこの世界に来てから4年目の秋。

 開拓団長として、冒険者として、初めての大規模戦闘を控え、ひたすら準備に励むのであった。




「おかえりなさいユージさま、アリスちゃん」


 開拓地と森を隔てる柵から家に帰る途中、ユージに声をかけたのは犬人族のマルセルであった。わずかな面積の農地はすでに収穫を終えている。今は新しく開墾して、畑にする予定地の石や木の根の処理に取りかかっていたようだ。なにしろ開拓地は、冬になれば雪が積もる。冬の間に木を伐ることはできるが、雪の下にある土をいじるのは現実的ではない。そのため、いまのうちに手をかけているようである。


 ユージの奴隷、犬人族のマルセルとその息子のマルクは、並んで石を掘り出していた。二人ともなぜか四つん這いになり、素手である。本能なのか。

 ユージが足下を見ると、コタローがうろうろと落ち着きなく動いていた。大きく振られた尻尾が、わ、わたしもやりたい! と気持ちを代弁しているかのようである。

 横ではなぜかアリスも目を輝かせていた。なぜ子供は土を掘る、という行為に魅せられるのか。ここは砂場でも浜辺でもないのだ。

 だが、アリスよりもコタローよりも先に、よーし、みんなで手伝うか! と駆け出すユージ。33才であった。



「ユージ兄、いっぱい土がついちゃったねえ……。アリスあとでせんたく・・・・してあげるね!」


 ひとしきりマルセルとマルクの畑仕事を手伝った、いや、遊んだユージとアリス、コタローは今度こそ家に向かっていた。アリスが言うように、みんな土まみれである。ちなみにアリスは土遊びをはじめる前、コサージュとマフラーを外していた。しっかり者である。


 農地から家に帰るユージは、つい先日完成した集会所兼共同住宅を目にする。

 木工職人のトマスの指揮で完成した建物は木造。冬の間、ユージたちと獣人一家を除く開拓民はこの建物で過ごす予定であった。人族がテントで越冬するのは辛いのでは、というマルセルのアドバイスである。

 もっとも、元冒険者パーティ唯一の独身、斥候役の男は、俺はテントで過ごす、と言い張っているようだが。当たり前だ。共同住宅に住む予定の開拓民のうち、元冒険者パーティのリーダーと弓士が夫婦、針子の二人が夫婦であり、さらに婚約者ありの男。木工職人トマスとその弟子二人はまだ若い。独り身のおっさんには辛い環境なのだ。


 その元3級冒険者パーティの面々は、それぞれの武具を手入れしているようであった。その目はなぜかギラついている。開拓、建築の手伝い、狩り、見まわりとこれまで忙しく働いているとはいえ、彼らは長らく命のやり取りが仕事だったのだ。ひさしぶりの大規模戦闘を前に気合いが入っているようである。ベテランのクセに。

 いや、そもそも開拓地の防衛もあるのだ。というか本来、討伐はギルドで依頼を受けた冒険者の仕事である。彼らが出る幕はない。だが、ギラついた元冒険者パーティにユージは何も言えないようであった。問題の先送りである。


 針子の二人は、作業用のテントから共同住宅に仕事道具を運んでいるようだ。雪が降り積もっても彼らの仕事は変わらない。ケビンからゴーが出た『じいぱん』『おおばあおーる』『布の花』を作り、下着の試作を繰り返す日々である。当たり前だが商品が優先されるため、下着の試作はいまいちはかどらないようであった。時おり深夜に、ああーもう、どうなってんのよコレ! というエキセントリックな叫びが聞こえるのみである。

 掲示板住人のアドバイスによってユージは古い型のブラジャーも教えたのだが、針子の二人は技術の粋を集めた現代のブラジャーを見てしまったのだ。古い型で試作をはじめつつ、それでも研究に余念がないようである。先は長い。

 そして、どう考えても針子の人数が足りない。二人の目の下の隈は、日に日に大きくなっていた。そんな二人に、時おりユージが声をかける。あの、また新しいデザインと型紙ができたんですけど、と。掲示板の住人たちの欲望はとどまるところを知らなかった。そのたびに、針子の二人はこけた頬と血走った目で大喜びしながら受け取るのだ。病んでいる。ケビンの到着が待たれるところである。


 ともあれ。

 ユージがこの世界に来てから四年目。

 現在、住人は7世帯14人と一匹、それから六羽の鶏。

 開拓は順調で、資金源となる保存食の販売と服飾の商品化も進んでいる。


 現在のユージの課題で大きなものは一つだけ。

 自分たちの安全のために、そして開拓地の未来のために。

 ゴブリンとオークの集落を討伐することである。


 ユージ初の大規模戦闘は、目前に迫っているのであった。


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